December 23, 2007

イラク治安改善?

ここ最近イラク国内の治安が改善されてきたと、いくつかのメディアで報道されている。主に米国防総省の発表を基に、米軍の増派作戦が著しく効果を上げているというもので、例えば、首都バグダードでの米軍やイラク民間人に対する攻撃が今年6月から68%減り、イラク民間人の死者数は、今年1月の2500人から、11月は600人まで減少したという。(参考記事)イラク政策が国民に酷評され支持が落ちる一方だったブッシュ政権としては、数字を見る限り政策の成功を誇示できる嬉しい発表だろうが、これはあくまでも米政府機関の報告である。実際のところ現地ではどうなんだろうか。

イラク現地にいる友人たち数人から聞いたところ、治安が改善されてきているのは間違いなさそうだ。

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November 06, 2007

共に歩いて

絶望しかけていた友から、「おかげで何とか持ち直してきた。ありがとう」と返事がきた。

「誰かを激しく愛していればいるほど、裏切られたときその事実を受け入れることはとても困難なこと。俺にとってのイラクは、まさに教育、歴史、文化の全てであり、誠実で美しい人々が住むところ、そしていつまでもここで暮らしたいと夢見ていた故郷・・・。しかしあれから、君が言うように、この戦争と占領のせいで、全てが変わっていった。もちろん俺だって、この戦争と占領が全てを変えたって事はしっている。でも、こんなにも早く悪く変わってしまうことが、どうしても信じられなかったんだ。」

「とにかく、君に自分の思いと苦しみの全てを話してから、怒りは少しずつ収まっていったよ。決してイラクそのものが間違いだったわけではない。イラクはその名と歴史によって、誇り高くあるだろう。そして子どもたちには何の罪もないんだから。これまでよりイラクの人々には気をつけなければいけないけど、支援はもちろん続けるよ。とにかく、俺はイラクを愛し続ける。たとえ何があっても、俺はチグリスとバビロンの息子なんだ。大きな支えをありがとう・・・」


こんな感傷的なやり取りは、ただ私たちの活動の未熟さを醜く曝け出しているだけであり、紹介などするべきではないのかもしれない。しかし、これもまたイラクの現実のひとかけらであり、これまでイラクの友と共に歩んでこなければ決して見えてこなかった現実のひとつだと思い、あえて紹介した。

たとえナイーブだと呆れられても、あの戦火の下から彼と共に希望を持って歩んできた私にとっては、そして私たちにとっての希望である友の絶望は、どんな凄惨な遺体の写真を送られるよりも、一度に何百人も殺されたなどと伝えられるよりも、遥かに重く心に圧し掛かる。彼にとっての希望であるイラクの絶望は、どれだけ重いものだろうか。

イラク人が絶望したら、イラクを支配したい輩の思う壺だとは、まさにその通りではある。しかし、今の彼らの絶望に深く加担してきた一味である私たち日本人から、絶望してはいけないなどとどうして言えるだろうか。彼らの絶望は、私たちの責任である。彼らが希望を抱けないのは、私たちの支える力が足りないからだ。絶望するなと言う前に、私たちが彼らと共に希望を見出せるように、力を出し合っていかなければならない。

絶望を乗り越えていく希望を見出すためには、その絶望の深さをしらなければならない。彼らがたたずむその深淵の闇に共に身を沈め、その震える魂の鼓動を感じるまで寄り添うほど近づいて、彼らの身になり考えていくことが、どこまで出来るのだろうか。しかし、彼らと共に絶望を乗り越えていく、真の希望を見出していくということは、そういうことではないだろうか。

彼らの絶望は、私たちの想像ではとても見渡せないほど深い。今の私がかけられる言葉などでは、とてもその深淵を照らすことなどできやしない。それでも、たとえ刹那の気休めにしかならないとしても、友の目の前の闇を照らす一滴の光にだけでもなれないものだろうか。その一心で私は、友に言葉をかけ続けようと思う。共に絶望の淵を歩いていこうと思う。

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November 03, 2007

友への返信

先に今日イベントの宣伝から。

ライブ&トークイベント「カフェスロージャッ9」
時間:18:30(開場18:00)~21:00
場所:カフェスロー(東京都府中市栄町1-20-17/042-314-2833)
http://www.cafeslow.com/
参加費:予約1800円/当日2000円(ともにワンドリンクつき)
※予約先:042-314-2833(カフェスロー)
トーク:相澤恭行(PEACE ON)/松村真澄(ピースボート)
ライブ:ピースフルベジタリアンズ/櫛田寒平/風義/幸
主催:9LOVE(クラブ)
http://www.9love.org/

(友の絶望の続き)

「あまりの衝撃に混乱して、なんて書いていいかわからず、すぐに返事が出せなかった。家族に起こった事については、僕も本当に驚いたし、君の衝撃はさらに大きかっただろう。あんなことを聞いた後なら、君の気持ちも理解できる。僕だって、君の立場なら同じように感じたかもしれない。

しかし友よ。心して言うからどうか聞いてくれ。僕は本当に君の気持ちは理解するけど、イラク人が良くない人間だなんて意見には決して同意できない。少なくとも、君と、君の家族が、僕にとって素敵な人間でいる限りは。

君はどうなんだい?君は自分の家族すら、そして自分自身すら信じられないって言うのかい?たとえ君がイラク人を信じることができなくなったとしても、君の家族と、君自身を信じることができる限りは、イラク人が良くない人間だなんてことは言えないだろう。

確かに、このイラクの現実を見れば、そんな風に考えてしまうことは無理もないかもしれない。でも、そんな考えは、ただイラクを支配したい輩を利するだけじゃないか。

僕の考えでは、今、イラクで起こっている全ての悪い事は、この戦争のせいであって、決してイラク人の人間性によるものなんかじゃない。戦争は、ただ建物を破壊したり、人々を殺したりするだけじゃなく、どんな人間でも持っているはずの良心そのものを破壊するんだ。

人間は、善も悪も併せ持っている。完全に善な人間もいないし、完全な悪なんて人間もいない。人間には、国や民族、宗教などによって、様々な違いが見られるとしても、決してそんな範疇で善と悪が分けられるわけじゃない。

いっそのこと、「イラク人」なんて範疇は忘れようよ。そもそも、イラク人って誰?イラクって何?その昔、アラブ世界を引き裂いたあと、イラクなんて国を作ったのは誰?

友よ。僕だってイラクプロジェクトなんてやっているけど、「イラク人」なんて別に気にしていない。彼らが「イラク人」だからイラクの人々を支援しているなんて、決して言わないよ。「イラク人」だからじゃなく、イラクの支援が必要な人々のことを心配しているんだよ。

君が良く知っている通り、初めて戦争を体験したイラクは僕にとって特別なところ。だから、まずはイラクでのプロジェクトから始めたんだ。空襲下を共に過ごした特別な親友である君といっしょにね。あの戦争の前、イラクに行こうと決めたのは、全ての戦争を憎み、今始まらんとしているイラクへの攻撃をどうしてもやめさせたかったから。「イラク人」だからって理由じゃない。他の場所が狙われていたら、そこに行ってたかもしれない。

イラクで僕は多くの素敵な人々に出会った。そして、たくさんのことを学んだ。生きるために大切なことを。それは日本では忘れかけられているように感じた。やがて彼らのことが大好きになって、イラクのことをもっともっと知りたくなってきた。そしてこのご縁を大切にして、出来る限りの手助けをしたくなったんだ。

親愛なる友よ。今、イラクで起こっている全ての悪い事は決してイラク人の人間性によるものなんかじゃない。人間である限り、誰もがそうした悪い性質を持っている。普段はそうしたものを抑制することが出来ても、一度戦争がやってくれば、そうした悪い性質はいとも簡単に暴れだしてしまう。イラク人ではなく、この戦争を責めるべきなんだ。全ての悪は戦争から生まれる。今イラクで起こっていることもそうだ。そして、こうした悪は人々の間に不信の悪循環をつくりだし、それはやがて世界中に拡がっていく。これは大変危険な流れであり、今まさに我々が直面していることなんだ。

お互いに信じあうこと。こうした悪循環を乗り越えていくためにはそれしかない。「人間の盾」の理念を思い出そうよ。イラク人のことも、アメリカ人のことも信じることが出来なければ、とてもあんな危険な活動はできなかった。この信念から、人生の中で最も信頼できる友である君と共に、僕はPEACE ONを始めたんだ。そしてイラクにとっても、僕たちにとっても苦しい状況が続いているけど、今も活動を続けていられるんだ。

君はきっと、そんなことが言えるのはイラク人じゃないからだって言うだろう。その通り、こんなことが言えるのは、僕がイラク人じゃないからだよ。この点で、僕は君の「イラク人であるという鎖を解く」という考えには賛成なんだ。たとえ君がイラク人でなくなってしまっても、僕らは一緒に活動できると信じている。まずは、僕らにとって縁のあるイラクで助けが必要な人たちから、そして、どこだって出来るところから助けに行こうじゃないか。」


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October 31, 2007

友の絶望

もう2週間ほど前の話になるが、フランスに戻ったサラマッドから、これまでにないほど悲痛なメールを受け取った。

曰く、「もうイラクやイラク人のことなんかどうでもよく思えてきた。イラク人同士、盗み、殺し合うような日常を散々聞かされてきて、神がなぜ我々にこのような罰を与えるのかということがわかってきた。盗み、殺しあうような機会を与えられて、それをそのまま実行しているってことは、つまり、われわれは良くない人間ってことだよ」

「どうしてこの俺の口からそんなこと言えるのかって?確かに、これまではそんな犯罪者はイラク人ではないと思っていたし、たとえイラク人だとしても、それは一部のろくでもない連中や、外国からカネをもらって動いているグループだけだと考えていた。だけど、昨日バグダードの実家から避難先のモースルに戻ってきたばかりのお母さんから、こんな話を聞いてしまったんだ」

「お母さんは、僕らの家族にとって15年来の友人であった隣人Kのことを話してくれた。彼らは、サッダーム時代にはごみ収集の仕事をしていて、我々とは家族ぐるみの付き合いをしていたんだ。何でも困ったことがあればお互いに助け合ってきた。Kのお母さんが病気で歩けなくなったときも、完治するまで3ヶ月も一家総出で面倒を見てあげたこともあったんだ。とても純朴で、本当に素敵な家族だったけど、ここ数年はムカーワマ、いわゆる抵抗戦士としての仕事に加わるようになっていたそうだ」

「そのKの家族がお母さんのところに来て、『親戚が避難してくるから、空いている家を使わせて欲しい』と言ってきた。僕らの家族がモースルに避難している間は、別の友人に留守中の管理を頼んでいたので、お母さんはKの家族にその旨を伝え丁寧に断った。するとKの家族はその頼んでいた友人の所を訪ね、なんと『家を譲らなければお前たちをバラバラに切り刻んでやる』と脅したという。友人は怖くなり、留守中の管理を断った。そしてKの家族はお母さんにも、『一週間以内に戻ってこなければ、この家は私たちのものだからね』って脅したんだって」

「さらに驚いたことには、これまではまた別の友人に家の管理をお願いしていたんだけど、今回家に戻ったら冷蔵庫が壊されていて、二人の妹と義妹の服が全てその友人に盗まれていたんだ。お母さんと10年来の友人なのに、だよ」

「さらに、3軒の商店のオーナーでもある父は、やはり友人たちにお店を貸していたのだが、彼らは賃料を1割程度しか払わず、『もしこれ以上払えというのならまったく払わない。今俺たちが抵抗戦士と共に働いていることを忘れるな』とお母さんを脅してきたらしい。この人たちもかつては何から何まで面倒を見てあげていた友人で、長年同じモスクで礼拝していただけに、両親共に衝撃を受けているんだ」

「俺はお母さんに、『友人なのに、どうしてそんなことができるんだい?』と訪ねてみた。お母さんは、『いま、イラクには友人も兄弟もいないのよ。全てがお金、そして盗みと人殺しよ』だってさ・・・。」

「これでわかったよ。何でこんなに問題が続くのか。我々は良くない人間なんだよ。カネでお互いを簡単に売り渡せるから、イランもアル・カーイダも容易く増長しイラク人を殺していくんだ。その昔、イマーム・アリーと息子のフセインがイラク人に騙されて殺された話を思い出した。そして預言者ムハンマドが『全ての嘘と問題はイラクから来る』なんて言ったと知ったとき、はじめは文字通りに受け取れなかったけど、今ではまさにその通りだと確信しているよ」

「だから、俺は今イラク人を救う気分になんかとてもなれないし、我々に起こっていることは、全て当然の報いだと感じている。もう、イラクのことなんかどうでもよくなってきた。心も精神も空っぽで、今どこにいるのかもわからないよ。自分がイラク人であることが呪わしい。俺は、これまで身につけていたイラクの地図が刻まれたこの鎖の服を脱ぎ捨てるよ。そして今、フランス人になろうと決めたんだ・・・」

私は、しばらく返信することができなかった。これまでも、誰々が撃たれた、誘拐された、殺された、死体で見つかった、などという情報とともに、「バグダードは終わった」だの、「イラクは死んだ」など、深い絶望が滲み出た言葉を聞くたびに、一体どんな言葉をかければいいのかわからなくなってきていた。何を言っても、中空で漫ろに霧散してしまいそうで、迷いを重ねた言の葉が、胸の辺りに積もりに積もって苦しくなっていた。そして今回は、特に誰か殺されたとかいう話ではないのだが、これまでにないほど友の絶望の深淵が行間から垣間見え、その闇の奥底に胸に溜めていた言葉が全て吸い込まれてしまったかのようだった。

どんなに絶望的な状況にあっても、そこで希望を失わずに生きている友がいるということ、それが私にとっての希望だった。私たちにとって、彼は希望の星なのだ。その彼が、希望を失いかけている。そこまでイラクを覆う闇は深い。破壊と殺戮による死の恐怖と共に、誰も信じることができないという疑いの連鎖が、疫病のように拡がって友の精神を蝕んでいるようだ。どんなに死傷者数を積み重ねてみても、どんなにたくさんの凄惨な写真を突きつけられても、決して見えてこない地獄がある。

友の言葉を受けて、今のイラクの絶望と同時に、私は自分の心の脆さにも気づいた。私はこれまで、どれだけイラクの友に頼っていたことだろう。戦時下でも笑みを絶やさず、おもてなしの心を失わなかったイラクの人々によって、どれだけ支えられてきたことだろう。「生きる」ということについて、彼らからどれだけ学んできたことだろう。そして、空襲下の死の恐怖も、生の喜びも、共に分かちあってきた親友の絶望は、私の精神をかつて見たこともない地平に放り込んだ。

一週間ほど悩んだ末に、私は友に返事を出した。「イラク人なんかやめちまえ」と。(続く)

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September 18, 2007

壊された日常のかけら~モースルの写真2~

およそ一年ぶりに家族との再会を果たし、約一ヶ月間イラク北部のモースルで過ごしてきたスタッフのサラマッドとアマラは、おかげさまで先日無事フランスに戻りましたのでお知らせします。引き続き届いた写真をいくつか紹介しながら、現地の様子を見ていきます。(最後の方に、小さいですが遺体が写っている写真もあるのでご注意ください)

Track
バグダードからトラックに家財道具を積み込んで避難してきた家族。今やバグダード行きのバスはがらがらで、乗客がいたとしても女性ばかりだという。男性のほとんどが道中狙われてしまうからだ。

Play_park
かつては子どもたちの歓声で溢れていた遊園地も今は寂れて空っぽ。

Wire
一日数時間通電という劣悪な電気事情のせいで、発電機からあちこちに配線するため町中電線が無秩序に張り巡らされている。整備する人間もいない。

Cleaning
清掃員として働く若者。多くが15、16歳で、学校には行けずに働いている。

Orphan
父親が殺され孤児になった3人の兄弟に新しい服などを買っているサラマッド。3人とも野菜を売って生計を立てているが、朝6時から夜10時まで丸一日働いても1.5ドルしか稼げない。

Saddam
サッダーム懐古気分がここにも。通常「アッラーフアクバル(アッラーは偉大なり)」と記されているイラク国旗に、「サッダーム・フセイン」と落書きされている。

Clouths
マネキンの顔が全て覆われた女性服売り場。モースルで勢力を拡大している過激派アル・カーイダは、なんと人形ですら女性の顔が出ているのはハラーム(禁忌)だという。

Bullet
両親の寝室。夜、付近で激しい戦闘があり、目が覚めたらベッドの間に銃弾が突き刺さっていた。

Dead
銃殺され路上に放置されていた遺体と遭遇。バグダードよりはましとはいえ、モースルでの生活も常に死と隣りあわせだ。

Border
シリアへの国境。シリアはこれまでイラク人を無条件で受け入れてきたのに、これからはビザが必要になると聞いて、慌てて殺到するイラク人で溢れていたという。今はラマダーン(断食月)ということでまだ入国制限はされていないようだが、これからはヨルダン同様厳しくなるのかもしれない。すでにシリアのイラク人難民は150万人を超えているというから、受け入れの限界に達しているのは間違いない。しかし本当にシリアにも行けなくなってしまったら、命からがら逃れてきたイラク人はどこに行けばいいのだろう。そもそもこうした難民が生まれないようにしなければいけないのだが、だからといってすでに400万人以上とも言われる故郷から引き剥がされている人々を放っておくわけにもいかない。

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September 09, 2007

壊された日常のかけら~モースルの写真~

9・11に迫った引越し準備に忙殺されてなかなかブログを書く時間がとれません。せめて少しだけでも現地の様子を紹介しようと、スタッフのサラマッドが送ってきた写真を載せます。

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孤児院の子どもたち

26
一人ずつ洋服を受け取ります

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みんな着替えて記念撮影

45
サッダームを慕う落書き

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母親が殺されて父子家庭になっている聾唖者家族の家。建築途中だった物件で、11歳の長女が台所用に組む石を洗っている

69
フランスからのサダカ(貧しいムスリムへの自発的喜捨)で洗濯機も届けました

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行政のゴミ処理サービスがひどいので、町中いたるところにゴミが散乱していて、やがて動物達が漁りにくる。通りには蝿などの虫が大量に発生し、病気も増えている

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スレイマニヤなどではコレラが発生したようだが大丈夫かと訊くと、今のところモースルでは発生していないようだが、衛生環境は非常に悪く多くの人々が心配しているという。モスクに礼拝に行くたびに、野菜はしっかりと水で洗ってから食べるようにと注意を受けているそうだ。特に150キロしか離れていないキルクークでもコレラが発生したことには皆戦々恐々としているという。

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September 02, 2007

壊された日常のかけら~モースルでの生活~

引き続きサラマッドのメールからイラク現地情報。今日はモースルの日常生活について少し。

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働く子どもたち

ここしばらくは灯油探しで忙しかったそうだ。安い今のうちに手に入れておかないと冬が大変らしい。通常一冬一家族660リットル必要で、今なら450ドルで手に入るが、冬になると1250ドルにもなるという。月給は以前より上がっているとはいえ一般市民は100ドルから良くても500ドル程度だから、これじゃあ人によっては年間給料はたいても一冬も越せない。ちなみにサッダーム旧政権時代はなんと同じ量でたったの3ドルだったそうな。当時は月給もそのくらい安かったとはいえ、今の物価高はあまりにひどい。

ガソリン価格も、今ではブラックマーケットで1リットル約1ドルと日本とほぼ変わらない。公式価格は1リットル36円前後なのだが、一人二日で25リットルのみと給油が制限されている。そして普通にガソリンスタンドに並んでいたのでは、一日中並ばないと手に入らないそうだ。産油国なのに精製が追いつかずガソリンを輸入しているからこんなことになるわけだ。昔は1リットル約2円だったのに。

政府からの食糧配給は5ヶ月前から止まったまま。これまでも何度も中断してきたそうで、復活しても中断分が再配給されることはない。なので通常配給分は買わなきゃ食えないわけだ。しかしミルクがハーフキロで32円だったのが360円に、調理オイルボトル36円が160円に、そして米が1キロ48円から100円にとそれぞれ値上げしているので家計は火の車だと言う。

そんな中、フランスのムスリム(イスラーム教徒)から預ってきたサダカ(貧しいムスリムへの自発的喜捨)でわずかながらも個人的支援を続けるサラマッドとアマラ。4人子どもが一日1ドル未満で働いている聾唖者の父子家庭と、狭い一部屋に13人もの大家族で暮らすシンジャールから逃れてきたヤズィディー教徒に、いくつか生活用品を届けてきたそうだ。ところでその大家族の最年少、生後3ヶ月の子どもの名前は今モースルで大人気の「サッダーム」だったそうな。

PEACE ONとしては、昨年に引続き孤児院への支援を行った。ベッドシーツ、掃除用器具、衣類などの生活支援、そしてパンクして動けなくなっていたスクールバスのタイヤを交換した。バグダードと違ってバス自体は足りているようだが、政府からの支援が届かず困っていたところだったそうで、今回はタイヤが最も喜ばれたという。状況悪化からバグダードでのバスプロジェクト中断中の僕らにとっても、バスで関われたのは嬉しい。
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August 26, 2007

壊された日常のかけら~モースル情勢について~

引き続きサラマッドのメールからイラク現地情勢について。

北部モースルの治安状況もひどいようだが、宗派主義暴力の吹き荒れるバグダードとはまるで違うという。スンナ派が中心のモースルでは、宗派間暴力は非常に少なく、米軍、イラク軍、警察、クルド人民兵ペシュメルガに対する攻撃がほとんどのようだ。

そして反米抵抗勢力ではアル・カーイダの勢力が増しているようだ。高等教育を受けた人ですら今では公然と支持を表明してはばからず、モースルの3人に1人は支持者ではないかという。かつてはアル・カーイダに反対していた一般市民の多くも、今ではニュースで現政府のひどい仕打ちが報道されるたびにアル・カーイダ支持に傾いてきているようだ。

アル・カーイダを名乗る数人から聞いた話によると、周辺国から来ているメンバーもいるが、多くはイラク人で構成されている。主に金銭面で支援しているというそのうちの一人は55歳の元イラク軍の幹部で、現政府と米軍とペシュメルガを憎んでおり、彼らを殺害するのは当然だと言い放っていた。またその彼は厳格なイスラーム法による国家が必要だと説き、世俗的な人間は容赦しないと言って、今は息子達に自爆攻撃をさせることすら厭わず訓練に励んでいるという。

アル・カーイダと言っても、国際テロ組織として世界的にブランド化した名前を騙っているだけかもしれないし、その3人に1人と言う数字も根拠はよくわからない。ただ少なくともアル・カーイダを名乗るものが多くなっていて、彼らを支持している市民が急増していると言うのは間違いないようだ。

その背景の一つとして、状況の悪化からモースルの市民の多くが心のよりどころをイスラームの教えに求めていることを挙げている。女性の多くが頭髪を隠すヒジャーブを被り、顔も手も全て隠す人も増えていて、とにかく規律を厳密に守る人が急増しているというのだ。もちろんイスラームでは殺し合えと教えているわけではないので、以前はアル・カーイダなどむしろイスラームの印象を悪くすると嫌われてすらいた。しかし今では、市民の多くが米軍とそれに追随する者たちを激しく憎むようになってしまい、結果的にアル・カーイダはとてもいい場所を見つけてしまったようだという。彼が行くモスクにも礼拝のある金曜日になると宣伝ビラを配る男が立っているという。

以前はとても世俗的な国家で、アル・カーイダなどとは無縁だったイラク。対テロ戦争の結果がこれだから、全く皮肉としか言いようがない。

また、サッダーム人気も凄まじく、彼は殺されてからむしろここでは殉教者として称えられているそうだ。多くの壁には彼を英雄として賞賛する落書きで溢れ、現イラク政府側の警察官からすら彼を懐かしむ声をよく聞くという。

ところでモースルではここ最近外出禁止令が出ているという。8月14日、シンジャールという140km離れた町で起きた大規模自爆攻撃のせいだ。500人以上殺されたとの報道もある。(関連記事)イラクの少数宗派のひとつ、ヤズィディー教徒が標的になったという。イラクにはこうした少数宗派が数多く存在していて、これまでは平和裏に共存していた。そういえば昨年9月にアルビルを訪れたとき、道を案内してくれたおじさんから、「私はイスラーム教徒ではない。ヤズィディー教を知っているか?太陽に礼拝するんだ」と言われてこの宗教の存在を知った。ゾロアスター教にルーツを持ち、イスラームやキリスト教の神秘主義の思想などが混ざり合っているともいわれる。

米軍とイラク政府はいつものようにアル・カーイダの犯行だと言う。報道も相変わらずろくな検証なしにそれをなぞるだけである。しかし友人によると、シンジャールの人々の多くはイラク政府の仕業だと言っているようだ。事実はわからないが、モースル周辺では政府発表など信じられていないということはわかる。

故郷イラクの変わり果てた状況に絶望していたサラマッド。「ただ、ここモースルではバグダードと違って盗みなどは珍しく、一般市民同士はとても誠実にやりとりしている」と付け加えていたのがせめてもの救いだった。

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August 22, 2007

前回記事の補足とお詫び

引き続きサラマッドのメールからイラク現地情勢について書こうと思ったのですが、前回の記事に対してコメント欄で指摘があったように、現地の声をそのまま載せただけでは、どうしても偏ったイメージを与えてしまう危険があるので、ここで少し補足しておきます。

友人でありイラク人現地スタッフのサラマッドの家族はイスラーム教スンナ派です。以前はスンナ派もシーア派も一般市民は特に大きな問題もなく共存していたバグダードですが、占領後政治的対立が激化して宗派間暴力に発展し一般市民も巻き込まれてしまった現状では、悲しくも両派の棲み分けが進んでいます。よって彼の周囲から聞ける話は、基本的にはスンナ派イラク人から見た現状のほんの一部、まさに壊された日常の「かけら」です。

同じスンナ派イラク人でも、地域によっては全く別の意見もあるでしょうし、シーア派イラク人ならなおさらでしょう。また、特にバグダードに関しては、住んでいる地域によって状況はかなり変わりますし、他地域への外出も困難なため、隣の地区で何が起きているのかもわからない状態です。乱立しているメディアも宗派主義に偏ったものが多いので、どのメディアを見るかによっても意見は大きく変わってくると聞きます。ですから今回は直接体験した声を大切にして紹介してみました。

今はイラク人というだけで、宗派民族国内外問わず多かれ少なかれ困難な状況に置かれているのは間違いありません。これまでシーア派イラク人からの意見も何度か取り上げてきました。ただ、私の友人にはスンナ派イラク人のほうが多いので、どうしても全体的にはスンナ派イラク人の見方に偏っているところはあると思います。

しかしまた、前記事のコメントレスにも書きましたが、一般報道で取り上げられるのは派手な事件ばかりで、しかもいつも枕詞のように「スンナ派武装勢力の犯行とみられる・・・」という憶測がついてまわるので、どうしても一般的にはスンナ派のイメージが悪くなってしまっています。実際には、バグダードではスンナ派狩りなどが横行して、まるで民族浄化のようなスンナ派受難が続いているのですが、そういう事実はあまり報道されていません。

友人の憤りはよくわかりますし、私としても、友人の「伝えてほしい」という声を無視することはできません。しかし指摘された通り、前回の記事のままでは背景の説明が足りないので、特に初めてこのブログを読んだ方には偏ったイメージを与えてしまう危険があるのは間違いありません。疲れていたからといって、あのような紹介をするべきではありませんでした。ここに補足のうえお詫びします。

本当はこのブログでこうした記事はあまり書きたくないし、活動に関する記事だけを書いていたいものですが、こうした現状が活動を妨げている現実もあるわけですから、決して避けて通ることはできないと考えています。それにしても、こうしてスンナ、シーアと補足しなければならないこと自体、このイラク戦争と占領がもたらした最大の悲劇のひとつなのかもしれません。

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壊された日常のかけら~バグダードからモースル~

ここ最近はかおりんにまかせっきりだったので、久しぶりにこちらでもイラクからの声を少し紹介。先だって日本に来てくれたカーシムのいるラマーディーなどアンバール州ではかなり状況が好転しているようで、(高遠さんのブログ参照)本当に嬉しい限りだが、こちらに届く便りによると、バグダード、モースルをはじめ他地域ではまだまだ厳しい。こうしてブログに書くのも正直しんどいけど、「このままでは何もないことになってしまうので、せめて僕の話だけでも伝えてほしい」という友の切なる声を、できるだけ伝えてみようと思う。

フランスから妻アマラと共にイラク北部モースルに帰ったサラマッド。ついに家族全員がバグダードからモースルに避難したのだ。まずは彼の親族や友人などから聞いたバグダードの様子から。

「特にチグリス河から東のラサファ地区はイランの手に落ちた。多くのイラン人が家族とともに移り住み、ペルシャ語が公然と飛び交っている」

「友人がイランの革命防衛隊の特殊部隊クドゥス軍に捕まった。収容所では、元イラク軍パイロットとしてかつてイランとの戦争で戦っていた人間ばかり400家族が3年も拘束されていて、連日のように拷問、強姦を受け一日に一人か二人は殺されているという。友人は元パイロットではないのに拘束されていて、何とか疑いが晴れて数日で解放されたものの、決め手は彼の母親がシーア派だったからだそうだ。友人が拘束中尋問されていたとき、担当員に『この男のことを知らないか』と写真を見せられたが、それが元パイロットである私の写真だったと言う。私は恐ろしくなって、偽のIDカードをつくりシーア派に変装してバグダードから脱出した」

「7人の従業員が職場に向うバスに乗っていると、突然ドライバーが7人に銃を突きつけシーア派地区に連れて行って、その先で7人の顔に硫酸をかけて殺してしまった。家族が遺体を発見したとき、IDカードがなければ身元確認すらできない状態だった」

他の話はかおりんが訳してくれたのでご覧ください

以上は今のバグダードの日常のごく一部に過ぎないそうで、避難してきた家族は「もはや選択肢などない」と言う。サラマッドも、今回バグダードでの活動は不可能だと諦めている。

さてモースル。

「全てが困難だ。電話も深夜12時過ぎないとかからないし、電気は3時間きて6時間停電、ひどい時は一日で3時間しかこない。この50度の暑さでどうやって生活できるのか、どうやって微笑むことができるのか、どうやって愛し合うことができるのか、なぜこんな状況で人々が生きようと思うのか理解できない。ここで生きるとはどういう意味をもっているんだろう?

一年前と比べて、ここモースルも劇的にひどくなっている。僕の家族も、他の家族にとってもここでは生活どころではない。電気もなくあまりの暑さに夜も眠れず、全ての物価が騰がっていて満足に食事もできない。

アマラも僕もひどい風邪をひいてしまった。四日前から注射を打っている。50度の暑さでどうやって風邪をひくかって?毎晩電気が来ない間は眠れずにベッドで泳げるほど汗びっしょりになってしまうんだ。そして電気がくる1,2時間で、耐え切れずにエアコンの前で眠ってしまうから汗が冷えて風邪をひいてしまう。ここの夜は本当に悪夢だよ。

そして昼も悪夢なんだ。今日はうちの隣で4人の若者がガソリンを売っていただけでクルド人民兵ペシュメルガに殺されたんだ。なぜって?販売禁止だって言ったのに、売るのを止めなかったからだって!僕らは彼らの靴とガソリン缶が血だらけになって通りに放置されていたのを見たよ。ここでは命がとても安くなっている。犬の命、羊の命のほうがむしろイラク人の命より高くなっているんだ。

今のイラクは完全に変わってしまったと言わなければならない。今日のイラクは君がかつて訪れたイラクのようではないんだ。今のイラクは人間のための国ではない。人殺し、ろくでなし、盗賊のための国だ。今のイラクでいい人なんかほとんど見つけられない。ごくわずか、一握りしかいない。今のイラク人は殺人者であり悪魔の息子と言わなければならない。こんなイラクを見ることになるとは、決して思っていなかった。イラクは死んでしまった・・・」

取り急ぎ今日はここまで。サラマッドの絶望はかつてなく深い。

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November 25, 2006

バグダード外出禁止令

アダミヤの友人からの連絡が途絶えたままだ。200人以上が死亡するという大惨事となった23日サドルシティーで起きた連続自動車爆弾テロからバグダード市内では外出禁止令が出ているから、ネットカフェにすら行けないのだろう。たった今サラマッドから届いたメールによると、バグダードにいる弟からの情報では、あの事件の20分後にはスンナ派居住地区アダミヤに大量のミサイルが打ち込まれ、アブ・ハニーファモスクも大きなダメージを受け、今日はアダミヤだけでなく隣のシーア派居住地域カズミヤでも銃撃戦になったという。彼の家族がいるドーラ地区含め、市内ほとんどの地域で住民が武装してシーア派民兵マハディ軍の襲撃に備えているという。今回の事件は宗派間抗争が激化するきっかけとなった今年2月のサマッラのアスカリ聖廟爆破事件同様か、それ以上の混乱をもたらすだろうとのことだ。

ちなみに事件のちょっと前には、先達てのサッダームの死刑判決について、また、ラムズフェルド更迭についてなどのバグダード市民の意見なども送られてきていた。この新たな悪夢の到来を前にして、どのタイミングで紹介するべきか迷っていたが、どうにも今落ち着かず他のことが手につかないので今ここで簡単にまとめて書き連ねてみると、「ラムズフェルドの更迭は遅すぎ。アブグレイブのときにすべきだった。しかし誰に代わろうが米軍がイラクから出て行かない限り状況はよくならない。そしてイラク政府も全て変わるべきだ・・・」等々。そして、「サッダームには公正な裁判を望む。アメリカの茶番裁判による死刑は認めない。(シーア派の一人だけ死刑は当然という意見)彼が死刑ならブッシュもラムズフェルドもそして現イラク政府閣僚全員そうなるべき。むしろサッダームを解放して大統領に戻してあげたい・・・」等々。ただし米国中間選挙にはほとんど関心を示していなかったそうだ。アメリカのゲームに引っ掻き回され続けた挙句、疲れ果ててもはやイラクの未来に完全に希望を失っているのだという。その反面、過去への郷愁からかサッダーム裁判には非常に大きな関心を示していたという。

しかし、今はそれすら考えているどころではないだろう。いつ解かれるかすらわからない外出禁止令の中、上空を飛び交うミサイルの音を聞きながら、多くの家族が見えない未来に怯えている。

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November 10, 2006

掻き消される声&11月12日イベントのお知らせ

サッダームからブッシュ、そしてラムズフェルドと、ここのところ紙面は久しぶりにイラク関連問題で賑やかになってきてはいるものの、やはり権力者とそれに群がる連中の声ばかりが喧しくて、イラク国内の市井の民の声は相変わらず掻き消されている。今このブログで紹介したところで連中のでかい声にはとてもかなったものではないが、だからといって書かなければその声が存在しなかったことになってしまうので、性懲りもなくいくつか紹介しよう。

Day_time_
*写真は日中だが人気のない今年8月のバグダード市内の様子。サラマッド撮影

まずはイラク北部モースルに避難していた現地スタッフのサラマッドの父親が先日数ヶ月ぶりにバグダードに戻ったときの話から。

陸路バグダードまであと30~40分あたりのスンナ派地域で、ある武装グループの検問があり、彼らはタクシーの乗客全員にアザーン(イスラームにおける礼拝への呼びかけ)を唱えてみよと言う。父は即座にこれはある種のテストだと悟った。なぜならスンナ派とシーア派ではアザーンの唱句に若干の違いがあり、それでどちらの宗派かがわかるからだ。父親はスンナ派なのでそこは問題なく通過できたが、もしシーア派だったら殺されていたかもしれないという。その辺りにはイラク国外からも多く戦士が入ってきているらしい。また、バグダードからもう5分という地域に入ると、今度は警察による検問が。しかしよく見ると全員がシーア派民兵のマハディ軍だったようで、さらにはタクシーがモースルのナンバーだということでスンナ派の人間が乗っていると断定され即座に殺されそうになったという。命乞いの結果、乗客同士で500ドルをかき集め彼らに渡すことによって何とか解放されたそうだ。これは現在イラク、特にバグダードの治安悪化の大きな原因になっている民兵が、結局は金目当ての強盗に過ぎないという例でもあるが、バグダード市内はシーア派民兵が猛威を振るっているものの、その周囲はスンナ派の戦士たちが包囲しているという最近耳にした噂にも一致する。

そしてサラマッドの弟からバグダード市内について。数日前、首相マリキはなぜかサドルシティーの道路封鎖を解いた。ドーラやアダミヤなど他の地域は完全封鎖されたままなのに、マハディ軍の拠点でもあるサドルシティーを開放するとは何事かと各方面から非難轟々。内閣の中からも、これでもし何かあれば全てマリキの責任だと不協和音が広がっている。巷ではマリキが最近アメリカによって首を挿げ替えさせられるのでないかと恐れていて、シーア派民兵の支持固めをしているのでないかとの噂だ。そして案の定マハディ軍は暴れだし、数日前も米軍によって完全に封鎖されているはずのサラマッドの実家のあるドーラ地区に侵入したようだ。ドーラの自警団が迎え撃ち何とか追い出したものの、なんとそのとき米軍は戦うどころか隠れていたという。その後マハディ軍はアダミヤにも進入し市民を16人殺害したので、政府への非難は高まる一方だそうだ。サドルシティーを開放してから拷問殺害もまたさらに増えて連日100体以上の死体が発見されているという。米軍はもはや市内の治安を維持するというモチベーションなど完全に失っているように見える。

そして最後はそのアダミヤに住む友人から昨日届いたメールから、一部省略&編集したものを取り急ぎ紹介。

「民兵による宗派間の暴力と占領によって、ここイラクでの生活は不可能になった。毎日、近所の通りでは民兵によって殺害された死体を目にする。そして米兵はそれをただ見ているだけだ。彼らはこの暴力を止めるために何一つしていない。それどころか連日家宅捜索で家屋を急襲し多くの無実の市民を捕らえている。シーア派地域に住んでいた二人の兄弟(スンナ派)は(民兵による暴力を恐れ)家を出て今新しい地域に家を借りて住んでいる。米兵は民兵を捕まえても次の日には解放したりする。死体の周りには野良犬が群がって遺体を食い尽くしている。米兵もイラク警察も死体を放置しているので子どもたちすら目にしてしまう。自分の息子も、学校の近所で目の前で無実の市民が民兵に殺されるのを目にしてしまった・・・。

このひどい生活のせいで、イラク人はみんな自分自身を爆破したいとすら思っている。イラクはもはや以前のようではなく、笑顔を見かけるのはとても困難になってしまった。誰もがみな悲しみに包まれている・・・。

数日前から新しい計画が実行されているようだ。ここアダミヤなどのスンナ派地域、そしてサドルシティーなどのシーア派地域を中心にして、迫撃弾による無差別攻撃が続いている。宗派間憎悪さらに煽り立て、イラク全体に内戦を引き起こそうとしているようだ。連日15発以上の迫撃弾が打ち込まれ、何人も殺されたり傷ついたり、家屋や車両が破壊されたりしている。

何人かのイラク人の間では、こうしたことはすべて米国家情報長官ネグロポンテがイラクに(米国大使として)来てから起こっているという。以前彼がエル・サルバドルで暗殺部隊を率いて行ったことと同じことを、今ここイラクでも行っているのだと・・。

今、私と家族は、この地域の他の多くの家族と同じように、家の中で身を隠している。いつ迫撃弾の攻撃を受けるかわからないし、多くの人が被弾して殺されているから。

どうかこの話を、君の友人たちみんなに伝えてほしい。」

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以下、イベントのお知らせです。PEACE ONのHPのスケジュール欄でも紹介していましたが、期日が明後日に迫りましたのでこのブログでも宣伝します。私も30分ほどですがイラク現地報告をしますのでよろしくお願いします。前売り券希望の方は事務局までご連絡ください。


劣化ウラン兵器禁止を求める国際行動デー

日時:11月12日(日)
    13:30~17:00(開場13:00)
場所:東京都 文京区民センター2階ホール
Speakers:嘉指信雄(ICBUWアジア太平洋コーディネータ、NODUヒロシマ・プロジェクト代表)・振津かつみ(ICBUW評議員、ヒバク反対キャンペーン)・豊田直己(写真家)・清水仁(映像ジャーナリスト)・相澤恭行・鎌仲ひとみ(映画監督)・内藤雅義(弁護士)・山崎久隆(劣化ウラン研究会代表)
参加費:1000円/前売800円
主催:劣化ウラン兵器禁止・市民ネットワーク


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August 19, 2006

シャハラザードに忘れられた故郷

明日19日のイベント、ライジングサンでのトークならびに明後日の講演に備えて札幌に来ています。更新遅れていたイラクレポートをひとつ。


無事バグダードからモースルに戻った現地スタッフのサラマッドからのメールには、変わり果てた故郷の様子が綴られていた。

「もし君が自分の目であの現実を見たら、僕が言葉で伝えることなんて全く比べものにならないということがわかるだろう。あれは決してバグダードじゃない。別の都市、まさに死の都市だ。光も命もない、ただ殺戮と恐怖の生活。自分が見たものを君が見られるように、僕の瞳を君にあげることができたならと思う。涙なしでは見られない。

人々はいまバグダードを亡霊の都市と呼ぶ。からっぽで通りに車も人もいない。昨年までは渋滞から通り抜けるのに1時間半かかっていたルートも今では多くのチェックポイントがあるのに10分もかからない。中心部の商店ですら午後2時になるともう店じまい!以前は夜10時頃まで開いていたところがだよ。街で見かける輩といえば、一般車両に乗って銃を持つ連中ばかり。午後4時に通りに立てばもうあたりには誰一人いないんだ。本当に怖かった。朝早くでも、殺されるのを恐れて多くの店は閉まっている。君もよく知っているカラダ通りの商店街、あの一番の繁華街ですら4軒に1軒の割合しか開いていない。他の通りじゃほとんどがもう仕舞屋で、開いているのはせいぜい1、2軒だろう。もし朝にパンが手に入らなかったらその日はもうパンなしで暮らさなきゃならないってことだよ。

ガソリンは1リットルあたり2500ID(イラクディナール:1$は約1500ID)でもはやヨーロッパ以上。以前は350IDだったガス1ボンベが20000ID。50度を超える暑さの中相変わらず電気は6時間に1時間のみの通電・・・


実家のあるドーラには米軍とイラク軍が完全に包囲していて帰ることが出来なかった。バグダード近郊のおばさんの家にお世話になっていたんだけど、おばさん夜寝るときは自分の部屋も含め全てのドアに鍵をかけるんだ。一度近所にシーア派民兵のマハディー軍がやってきて、一家皆殺しにされたことがあるからだ。おじさんの会社の従業員に何人かマハディー軍の人間がいるから何とか大丈夫みたいだけど、聞くとマハディー軍は夜襲などの際、警察に賄賂をわたしチェックポイントで見逃してもらったり、警察の車や銃を借りたりまでしているらしい・・・。

(以下とても長く複雑で今は書ききれないので今回は省略します)

この状況では僕らのNGO活動もとてもこれまでのようには出来たもんじゃない。病院に医薬品を届けることも出来なかった。保健省の事務所なんかもマハディー軍に占拠されたりしていて、米軍が急襲したら拷問部屋があったり、また、ディアラの高名な医師が保健省に呼ばれた際に、なんと保健省事務所のある建物の中でマハディー軍に拉致されたり。もちろんディアラの医師たちは皆で彼を解放しろと要求したが、3日後に拷問痕のある遺体として発見されたんだ。ところでこれまでコンタクトを取っていた医師は今オマーンに避難しているから、後任の医師からの連絡を待っているんだ。

これまで(弟が継続して)支援してきた障がい者福祉施設は、今子ども達は夏休み中だけど、アルマナー身体障がい者学校のマネージャーとは連絡が取れた。あまりに治安が悪いので2週間に一日くらいしか学校には行けないみたい。久しぶりだったから僕がバグダードに帰ってきてくれたことをとても喜んでくれて、この状況下では通学バスのサポートを一時中断せざるを得ないことも了解してくれた。そして代替支援案として、施設の図書室を充実させるというPEACE ONライブラリープロジェクトにも同意してくれた。ただ問題はこの学校が完全にシーア派居住区にあること。マネージャーは(スンナ派の)僕が来ることを完全に極秘にするって約束してくれているけど、市内でいい児童用の本を扱っている書店があるところはどこもトップクラスに危険な地域ばかりなんだ・・・。

バグダードを車で運転しながら、空っぽで汚く変わり果てた街を見て、あの歌、Je m'appelle Bagdad(My name is Baghdad)のあの一節、『シャハラザードは私を忘れた・・・』を思い出してしまった。」

(注)Je m'appelle Bagdad(My name is Baghdad)は、オーストラリア出身の女性シンガー、Tina Arena の新曲。かつて誇っていた美も栄華も、今はまるで廃墟のようになってしまったと嘆く女性の哀しみ、人間の儚さを、変わり果てたバグダードの都にかけた歌。
ビデオクリップ
フランス語・英語対訳
シャハラザードは千一夜物語・アラビアンナイトの語り部

このようにバグダードでの支援の継続が困難なため、無事に家族の避難先モースルに戻ったサラマッドは現在モースル市内の病院、障がい児福祉施設、孤児院などを訪れて調査しています。来月には私も周辺地域にて支援の打合せならびに調整を行いますので、引き続き皆様の温かい支援、ご協力のほどどうかよろしくお願いいたします。

・振込先 郵便振替 00160-2-647637
      口座名 PEACE ON
・備考欄に「イラク支援」とお書きください。

親愛なる人々の住むイラクをどうか忘れないでください。

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August 06, 2006

故郷イラクへの旅路2 ~バグダード恐怖の日々~

避難先のイラク北部モースルで無事家族との再会を果たしたイラク人現地スタッフのサラマッド。喜びもつかのま、バグダードでの恐怖の日々を聞いて言葉を失う。心配するといけないからと、彼がフランス滞在中は言えなかったことが多かったそうだ。

あれほど頑なに家を護ると言い張っていた父親が、ついに避難を決めた理由は、二度ほど直接銃撃にあい殺されかけたからだそうだ。一度は隣にいた親友が撃ち殺されたという。

ちなみに今バグダードではそれぞれの地区をそれぞれ違った武装したグループが支配していて、よそ者というだけで殺されてしまうので、地区から地区へと渡り歩くことがなかなかできない。

ドーラでもサドルシティでもアダミヤでもどこでも、通り、そして電柱など、いたるところに血糊がこびりついているという。電柱に括りつけて殺すからだそうだ。

そして通りのいたるところに死体が転がっていて、その脇を通って食べたり飲んだりすることがもはや普通のことになってしまっているとも。

ドーラそしてハイ・アル・ジハードでは、子ども達が死体をゴールにしてサッカーをしている・・・。

また、イランから大量の古い食物、毒入りのお菓子、そして鉄くず入りの粗悪品の小麦粉など入ってきて、食べる前に磁石でチェックしないといけない、また、他にイランから爆発物の混入された携帯電話の充電器やガスのボトルなども入ってきていて、危険なので使用しないようにと内務大臣すら警告したそうだ。(以上真偽の程は定かではないが、こうした噂が立っているということだけでイランに対する印象の悪さが伝わってくる)

非常に多くの連中が、お金目的で子どもや女性を含めて誘拐している。

今ドーラを支配しているアルカイダ系とも言われるオマル軍は、シーア派民兵のバドル旅団やマハディー軍を殺すためにサウジアラビアやエジプト、他スンナ派の国から資金援助を受けているという。それはシーア派とイランが増長し勢力を拡大していくのを恐れているからだとも。ひとり殺害すると700ドルもらえるらしく、何人かメンバーの名前を教えてもらったところ、信じられないことに、サラマッドの友人も何人か含まれていたという。そして住民の多くは身を護るために彼らに食事や多額の寄付を与えているそうだ。

いまや多くの若者は各グループのスパイ、大人は殺人を仕事にしていて、ドーラにいる隣人のほとんどはスパイか殺し屋に変わり果てていて、他の地域でもほぼ同じだろうという。

「あの友達がどうしてスパイや殺し屋になれるんだろう、あんなにいい奴だったのに、どうしても信じられない・・・」

この猛暑(50度以上)の中、電気は6時間に1.5時間通電のみ。ガソリン価格は17リットルで20000イラクディナール(1リットル100円近く)と高騰している。

上記は闇価格だが、ガソリンスタンドで給油すれば警察がやってきてスンナ派だとわかると殺されてしまうので、誰も怖くてスタンドには行けない。病院ですら同様だという。

また、以前弟の友人Kが玄関先で何者かに撃たれ瀕死の重傷を負った際の話だが、(1月23日の拙ブログ記事参照)あの時はKが弟のところに携帯電話を置き忘れていたらしく、妹がその携帯を取って玄関先でKに手渡した直後、妹の目の前で銃撃にあったという。それからというもの、当時の恐怖がトラウマになってか、毎晩起きて叫びながら歩き回っているようで、サラマッドが帰った夜もそうだったようだ。

そのKが病院に運ばれたときのエピソードもさらに詳しく聞いた。Kの兄弟ははじめ医師に両腕を切断しなければ助からないと言われたが、手術を待っている間、助手から「切断する必要はない。あの医師は手術する手間を省きたいだけだ」とこっそり耳打ちされ、どういうことだと医師に詰め寄った。さらに「今すぐ手術しなければ殺す」と脅したところ、医師はすぐさま取り掛かったそうだ。後に彼を別の私立病院に移したところ、やはり両腕を切断する必要はないとのこと。今、Kの腕はほんの少しは動くようになっている。

Kにまつわる話をもうひとつ。ある日医師に、「プラズマ注射がどうしても必要なのだが、ここにはない」といわれて、サラマッドの家族も皆手分けして病院を回り探したが見つからない。するとその医師の助手がやってきてどうしたんですかとたずねてきた。家族はプラズマ注射がないとKが助からないと言うと、「私に持ってきてほしいですか?ならば30000ID(約20ドル)支払ってください」と言うのでお金を渡すと、なんと、はじめ医師がここにはないと言った同じ病院の薬局から持ってきたという。

「YATCH、これでいかに人間の命が価値のないものに変わり果てるかわかるだろう。注射一本分の価値すらないんだ。そして、どれほどまでにイラクが終わってしまったか」

民兵による被害は深刻だが、以前のように外国人が人質になったりする危険は相対的に減少しているのではないか、そして今自分がイラクに入って活動できる可能性はどの程度かとの質問には、もし今イラクに来たら、金のために誘拐する連中の最高のプレゼントになってしまうとのこと。外国人が人質になるのが減っているのではなく、単にイラクに入る外国人が極端に減っているというだけで、決して誘拐の危険は減っていないと言う。入っていても数えるほどのジャーナリストくらいで、ほとんどはシェラトンやパレスチナホテルなどに篭って取材はイラク人にやらせている。先日、私の友人の日本人ジャーナリストも約一週間バグダードを取材して無事帰国したが、やはりとても以前と同じようには活動できず、また昔を知っているだけに、変わり果てたイラクが悲しかったと言っていた。私の気持ちもわかるが、今来てもほとんど外出はできないので、NGOとしてとても以前と同様の活動は出来ないと言う。

「こんなこと言うのはとても悲しいことだけど、もし僕らの活動が君の命を意味するのならば、胸が張り裂けるけどむしろ活動をやめたほうがいいとすら思っている。だって最も起きてほしくないことは、自分の実の兄弟のような君を失うことなんだよ」

そして、これからバグダードに向かうと結んであった。


ところで今日は8月6日、61回目のヒロシマ原爆忌である。一昨年はバグダードのギャラリーでウードの哀しい調べとともに、昨年は広島にて蝉時雨に打たれながら、「あの日」のことを考え祈っていた。今年は東京にいるが、イラク、レバノンで吹き荒れる暴力、この終わりなき人類の業の深淵を前にして、それでもやはり「あの日」のことを考えている。

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故郷イラクへの旅路

極度に治安が悪化したバグダードに住む家族から帰国を止められていて、昨年末から妻アマラの国フランスでの避難生活を送っていたイラク人現地スタッフのサラマッドが、ついにイラクに帰り、無事家族との再会を果たしたと電話がきた。

「アルハムドゥリッラー(神のおかげで)、何とかイラクにたどり着いたよ。とりあえず無事のおしらせ。詳しくは後でメールするよ」

イラクに帰国したとはいっても、故郷バグダードではなく家族の避難先、北部の都市モースルである。彼らの住んでいたドーラ地区はとりわけ治安が悪化していて、もう限界だと一ヶ月ほど前からモースルの親戚の家に避難していた。

今朝届いたメールには、モースルまでの道中と家族から聞いたバグダードの様子が、段落もなくスペルミスもお構いなしに長文でびっしりと書き込まれていた。

イスラエル大使館への抗議に何度も足を運んではいるものの、一向に治まる気配のないレバノン情勢についても書きたいことはあるのだが、取り急ぎ先にこちらから紹介する。

フランスの医師から寄付してもらった100キログラム以上にも及ぶ大量の医薬品、医療器具などの支援物資も持っていくため、道中は困難を極めたようで、行間からも労苦と溜め息が滲み出てくるようだ。

まずはパリからヨルダンの首都アンマンまでの飛行機。ロイヤルヨルダン航空に問い合わせると、これまでと同じように、はじめは荷物の事情を理解してくれて特別の計らいをしてもらえるとのことだったそうだが、出発の前日になって突然重量超過分は規定の料金を支払うようにと連絡がきた。話が違うと食い下がると、様々な責任者間をたらい回しにされた挙句、「イラク人にはアメリカがいるじゃないか。彼らが助けてくれるよ」とまで言われる始末。怒りを抑えてあきらめずに粘り強く交渉した結果、20キロから40キロ、最終的にはひとり60キロまで許可がおりた。それでも全ての支援物資は積みきらないので、あえなく着替えや家族や友人のために用意したお土産などを置いていかざるをえなかったそうだ。

アンマンには夜11時頃到着。なかなか大量の荷物を市内のホテルまで載せてくれる車が見つからず、やっとこさホテルに着いたときにはすでに深夜3時。ホテルのスタッフは乱暴に荷物を扱うものだから二つもバッグを壊してしまったうえに、一泊15JD(ヨルダンディナール 1JDで約160円)とこれまでの倍近くに騰がっている。アンマンで数日滞在して何人か友人とも会おうと思っていたが、これでは高すぎるし、レバノンからの避難民が大勢アンマンにきている影響もあってか、45分以上待ってようやくタクシー捕まるような状況なので、すぐさまシリアに向かおうと予定を変更したそうだ。

ところで前回2月に私がイラク人画家のハニさん宅に預けていったイラクの子ども達への文房具を取りに行くと、ハニさんは仕事で留守だったらしく、末っ子のハッスーニが出て「なんでYATCHの荷物を取るんだ。渡さないよ」と言われてしまったが、持っていたお菓子と交換ではどうか?と交渉するとあっさりと渡してくれたようだ。

さてシリアのダマスカスまではバスが安いのだが、この荷物では確実に国境で足止めを食らうだろうし、他の乗客もいる手前融通もきかないだろうと言うことでタクシーに変更。案の定国境ではいくらか賄賂を渡すと荷物もノーチェックで通過できたそうな。途中でタイヤがパンクしたので他のタクシーに乗り換えてダマスカスへ。巡礼地サイーダ・ザイナブ周辺などを少し散策し、モースル行きのバスに乗り込むと一人40ドルも取られた。家族からは13ドル程度だと聞いていたのにと周囲に尋ねると、レバノンからの避難民が押し寄せていてドライバーをどこも大忙しで値段も跳ね上がっていると言う。イスラエルの攻撃によって、レバノン総人口の3分の一近い100万人もの人が避難民になっていることを考えれば無理もない。

9時間ほどかけてバスはイラクとの国境(ラビーア)へ。シリア側税関で、サラマッドは問題ないが、連れのアマラははじめダメだと断られてしまう。結婚証明書を見せてそのコピーをとって何とか通過。さて問題はイラク側の税関。クルド人兵士「ペシュメルガ」がいてアマラの入国を頑として許可しない。ビザを見せてもこれはもう終わっているだの、結婚証明書のコピーを見せてもオリジナルをよこせだの、パスポートを見せてもこれはバグダードでしか通用しないだの、パスポートでぴたぴたと顔を叩かれながら嘲笑されたそうだ。やがて奥の事務室に通され、たらい回しにされた挙句の果てに、一度シリアに戻ってイラク大使館でビザを再発行してもらって来いという。それは困ると必死で懇願を続けた結果、何とか特別の臨時ビザを発行するという形で収まったが、手数料として80ドルも要求されたそうだ。おそらく同様の手口で賄賂を得る小細工を繰り返してきて、すっかり味をしめてしまったのだろう。まさに犬以下の扱い(アラブでは犬は侮蔑表現)を受けて、あんな連中に国を乗っ取られてしまったと、もうしばらくはイラクに帰ってくるものかとすら考えたそうだ。

しかし、苦難の旅を終えようやくモースルで無事家族と再会を果たした途端に、そんな思いはもちろん吹っ飛んだそうな。そして、家族はバグダードでの恐怖の日々を語り始めた・・・。(続く)

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July 13, 2006

ワールドカップとマハディー軍

先週の話になるが、しばらく連絡が滞っていたイラクの友人の一人からやっとメールが届いた。彼自身は無事だとのこと。しかし、やはり全体的には全てにおいて状況は悪化しているようだ。

「今やここイラクでは誰一人として普通の生活を生きることが出来ていない。水もガソリンも灯油も、もう何もかもが足りないよ。電力事情はどんどん悪くなっていて、もう最悪。特にサッカー好きのイラク人にとっては、テレビでワールドカップもろくに観られないし、ホントたまらないよ・・・」

先日イタリアの優勝で幕を閉じたワールドカップサッカー。中学時代はサッカーに燃えた日々を過ごした自分も、やはりワールドカップがはじまると血が騒ぐ。今回も日本戦のみならず決勝トーナメントはほとんどの試合を観戦したので、国内にいながらにして時差ぼけ状態だった。ちなみにイラク人は大のサッカー好きである。3年前の米軍侵攻時ですら戦況が一段落するとサッカーに興じるちびっ子たちがいて驚いたものだ。しかし一日数時間しか電気が来ない状態では、ワールドカップ観戦どころではないだろう。(他にも放映権の問題で限られた人しか観られないという報道もあったが)

「町中どこに行こうが銃声が聞こえるんだ。誰が撃ってんだかわかりゃしない。米軍、警察、イラク軍、マハディー軍(シーア派ムクタダ・サドル率いる民兵)、ギャング、酔っぱらった狂人・・・。先日は近所で一時間以上も銃撃戦。しかも早朝4時。とても眠れたもんじゃない。後で知ったけど、それは米軍とマハディー軍との戦闘だった」

ちなみに彼はバグダードのシーア派地区のカズミアに住んでいる。どうしても自分の友人はスンナ派が多いので、これまで寄せられた情報はスンナ派の見方に偏っているのだろうかとも思っていたが、やはりシーアの友人の置かれた状況も同様に深刻である。

「とにかく僕自身は大丈夫だし、家族も問題ない。昨年、妹がある暴力行為に巻き込まれて殺されたこと意外は・・・。これについてはこれ以上何も話したくはないけど、ただ、聞かれたことにはちゃんと答えなきゃね」

彼とは戦争前からの付き合いだ。これまでも友人の知人、友人の友人が殺されたという話はよく聞いてきたが、最近はついに友人たちの家族にまでその死の足音が及んできている。何ひとつ言葉が見つからないままに、そのまんまの気持ちで返信すると、

「大丈夫、気にしないで。イラクで死はとても普通のことになっているから・・・」

「ひとついい知らせがあるんだ。数日前、人文科学の修士号を取得したよ。そして大学の教授になる資格を得たから、きっと文学の翻訳など教えることになると思う」

日本のアニメが大好きだという彼と戦前に「ドラえもん」の話で盛り上がったことを思い出す。当時から、漫画家か、文学に携わる仕事がしたいといっていた。こんな状況の中でも夢がひとつかなって、嬉しい限りでもあるが、昨今イラクでは大学教授や医者などの知識人が誘拐、殺害が相次いでいることを考えるとやはり心配にもなる。(2003年からすでに医師が約300名、科学者が約100名、大学教授は80名以上が殺害されている。)

「追伸:サッカーの日本対ブラジル戦は素晴らしかったよ。特に前半のあの先制ゴール。あんな素敵なプレイを観られて、ホント嬉しかった・・・」

全く、どこまでも日本贔屓なやつである。そういえば自衛隊派遣に関しても、「だって武器を持ってきたら、抵抗勢力にとってはどう見たって敵だよ。一人でも日本人が殺されるのは見たくないんだ・・・」と言って最初から反対していた。

サッダームを追い出してくれたからと言って、しばらくは米軍の駐留を肯定していた彼も、先日お知らせした「アメリカにイラクにおける暴力を止めることを求める緊急嘆願書」を紹介すると、「これは素晴らしいことだ。友達にも伝えたよ。何らかの効果があることを願う」と言って、早速署名してくれた。

ところで先ほど話にも出たマハディー軍はここのところもっぱら評判が悪い。もはやムクタダ・サドルのコントロールは効かないのだろうか。それともサッカー嫌いと噂されるムクタダが、ワールドカップの熱狂に切れて暴発しているのかとすら思ってしまう。つい最近も、サドルシティで起きた爆弾テロやシーア派モスク爆破などへの報復と見られるスンナ派住民への大量銃殺事件が起きたばかりだが、ドーラ地区に住む現地スタッフの弟からの連絡によると、マハディー軍はハイ・アル・ジハード地区で50人以上殺害した後、警察、そしてイラン人までいっしょになって、アダミア地区、そしてドーラ地区にも攻撃を仕掛けようとしているということで、ドーラでは武装した若者たちが自警団を組織して道路を封鎖しているようだ。フランスから兄が携帯に電話すると、もう一人の弟と二人でちょうど屋上で見張りをしていたらしく、今ドーラはあの3年前の米軍侵攻時以上の緊張に包まれていると言う。両親はモスルに、妹たちはバグダード郊外の祖父の家に避難している。兄は4、5時間おきに電話をかけて、弟達の安否を確認している。

やはりこれではとてもワールドカップどころではない。

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June 24, 2006

昨日発売のFRIDAYに

先日来日したイラク人カメラマン、イサーム・ラシードさんの写真と共に、イラクについての記事が掲載されているのでお知らせします。PEACE ONバグダード支部局長のコメントも載っています。

*ところで今日も先ほど現地から届いた情報によると、新政府が出来てもザルカウィが殺害されても治安は全く改善されないどころか、治安部隊や米軍など4万人以上も投入してバグダードで展開中の過去最大規模とも言われる大規模掃討作戦の結果、治安部隊にバドル旅団やマハディー軍など多くのシーア派民兵が入り込み好き勝手やっているらしく、治安はさらにひどくなっているようだ。そんな中、陸自撤退を決定した日本政府は空自の米軍支援を拡大していくとのことだが、現地スタッフは、「知ってるよ。アメリカについていくしか道のない日本のような国を気の毒に思うよ。本当に悲しいことだ」とのこと。取り急ぎ

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May 19, 2006

荒地/イラクに咲く花

バドル旅団に拘束され日本円に換算すると120万円ほどの釈放金を要求されていたバグダードの友人のおじさんが先日約3ヶ月ぶりに解放された。結局55万円ほど支払ったらしい。

拘束の理由はファトワ(宗教令)の乱用?篤信家でもないおじさんにそんな理由はありえないと友人は憤る。今やこうして連中治安部隊は金目当てでなんだって適当な言いがかりをつけては手当たり次第拘束してるんだそうだ。拘束中の尋問ではさんざん兄弟(友人の父含む)の職業や収入など根掘り葉掘りきいていたというから、次は父がとても心配だとも。

とにかくおじさんの家族はもうこれ以上バグダードには住めないとシリアへの移住を決めた。ちなみにおじさんの息子、つまり友人の従弟は以前PEACE ONスクールバスのドライバーを務めたこともある私の友人だ。

続いて、いわゆるシーア派地域サマーワに住むスンナ派の友人が、ついに国外に避難したという知らせ。詳しくは確認中だが、こうしてまた一人、一人とイラクの友がふるさとを追われていく。

友人は、「イラクが空っぽになっちゃうよ」と呟いた。本当に、このままだとそのうち外国軍と治安部隊しかいない荒地になってしまうのではないか。

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さて、ここで明後日21日日曜日のイベントのお知らせです。

どんなに人心が荒む世に変わり果てても、心には花を咲かせていたい。
そうです。イラクにもちゃんと花は咲いているのです。

イラクアートも数点展示しますのでぜひお越しください。入場無料です。

「イラクに咲く花」-見る、聞く、知る、イラクの今と私たち

たくさんの夢があり、生活がある。お母さんがいて、あかちゃんがいる。青空は広がり、花も咲く・・・そんな当たり前の生活が失われつつある国、イラク。この国のことを、もっと見て、聞いて、知ってみませんか?

日時:5月21日(日)10:00~19:00
場所:東京都 明治大学 リバティタワーB1階 1001教室(東京都千代田区神田駿河台1-1)
→JR御茶ノ水駅、御茶ノ水口より徒歩3分
→地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅B1出口より徒歩6分
参加費:無料(開場時間中はご自由に各上映作品・ブース展示をご覧いただけます)

イラク支援を行う個人や団体が集まり、現地での活動を写真などでご報告します。会場では、普段なかなか見ることのできないドキュメンタリー映画の上映に加え、映画監督、ボランティア、NGO関係者による熱いトークセッションがあります。イラク・ティー(チャイ)やアラブ・ポップミュージック映像、イラク現代アートなどもお楽しみいただけます! イラクを知り・感じる一日です。ぜひ足をお運びください。

◆◇◆映画上映・トークセッション◆◇◆
11:00-11:22『IRAQ WAR』(04年 池上宗徳 当日参加予定)
11:40-12:42『イラクニ接近ス』(05年 谷澤壮一郎 当日参加予定)
13:15-14:12『アッバース君が6歳で死んだ理由』(05年 田保寿一)
14:25-15:15 トークセッション・1 ~監督から見たイラク支援~
15:30-16:25『ファルージャ2004年4月』(05年 土井敏邦)
17:00-17:33『ファッルージャからの証言』
      (05年撮影イサーム・ラシード)
17:45-18:45 トークセッション・2 ~私たちにできることは?~

◆◇◆インターネット放送◆◇◆
当日のもようをNPO法人OurPlanet-TVがインターネット放送します!
・http://www.ourplanet-tv.org/live.html
・放送時間 5月21日18:30~20:00
・放送内容 (前半)展示ブース、(後半)トークセッション2

共催:イラクホープネットワーク・明治大学軍縮平和研究所

【出展団体・個人】
◇イラクの子どもを救う会
◇日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)
◇セイブイラクチルドレン札幌
◇セイブ・イラクチルドレン・名古屋
◇セイブ・ザ・イラクチルドレン広島 
◇高遠菜穂子
◇NPO法人PEACE ON
◇NPO法人日本国際ボランティアセンター(JVC)
◇NO DU ヒロシマ・プロジェクト
◇ピースボート
◇BOOMERAN-NET
◇平和市民連絡会
◇細井明美
◇劣化ウラン廃絶キャンペーン
ほか

◆◇◆ボランティアスタッフ募集!◆◇◆
当日の会場準備等のお手伝いをしてくださる方を募集しています。イラクホープネットワークまでご連絡ください。

(PEACE ONのHPから各団体へリンクできます)

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December 23, 2005

イラク国民議会選挙

12月15日に行われたイラク国民議会選挙、先日日本での個展を終えたハニさんもヨルダンのアンマンにて投票を済ませたそうだ。また、ようやくイラク国内の選挙期間中の厳しい外出規制などが解けて、ネットカフェなどにも行けるようになったようで、イラク現地からも少しずつ情報が届き始めた。

以下、今バグダードにいるイラク人現地スタッフから届いた市民の声のいくつかを紹介。日本での講演を終え現在フランスにいるおなじみの支部長を中継して英訳してもらったので、一週間ほど遅れてしまったが、投票日に聞いたものだそうだ。少し長いが貴重な声なので取り急ぎ全て訳してみた。(回答者の名前は安全上の理由から念のためイニシャルにしています)

baghdad_in_day_of_election
投票日のバグダード市内

【質問】

1.この選挙についての意見は

2.この選挙は公正だと思いますか

3.スンニ派とシーア派のこの選挙への参加についてどう思いますか

4.選挙はイラクに治安をもたらすと思いますか

5.あなたはこの選挙に参加(投票)しますか

【回答】

A・Hさん
49歳
シーア派
ジャーナリスト 選挙センターのマネージャー


1.選挙はイラクの未来のための解決策であり、新政府は誠実で治安をもたらしてくれることを望む。

2.公正な選挙であることを望んでいるし、センターとしてもそのように努めている。

3.イラクにはそんな違いはない。スンニ、シーア両派ともイラクが安全になり治安が保たれること、そして全ての人にとってひとつの国であることを望んでいる。しかし占領がわれわれの間に違いを作ろうとしているのだ。

4.選挙はたくさんのことを変えてくれること思うが、それがいい変化であることを望んでいる。

5.はい。選挙には参加します。


D・Bさん(女性)
26歳
クルド人(イスラム教徒)
教師

1.選挙はこの占領をイラクから去らせるために、そして我々の自由のためにとても重要です。

2.はい、公正だと思います。なぜなら多くの異なる市民団体、そして政党などから監視団が来ているからです。

3.スンニ、シーア両派とも選挙に参加するでしょう。占領も、テロリストに好き勝手に我々の国で暴れられるのも、またスンニとシーアの対立という考えを植えつけられることも、彼らは望まないからです。

4.もし新政府がイラクと市民の問題を考えるのなら、この選挙は解決策になるでしょう。でもそうでないのなら、より多くの殺戮と問題が繰り返されるでしょう。

5.はい。この選挙には参加します。


R・Aさん
26歳
シーア派
石油省職員

1.もしこの政府が十分に強く誠実ならば、この選挙は我々の問題を終わらせるための、そしてイラクが再び立ち上がるための真の解決になるだろう。

2.神がお望みならば、公正な選挙になるだろう。国民投票のときの不正はあまりにもひどかったから、今は皆がこの選挙を監視して公正であることを望んでいる。

3.シーア派は間違いなくこの選挙を歓迎している。この選挙は解決策なのだから、スンニ派もまた歓迎することを望む。

4.もし、ナジャフの我々の偉大なイマームが新政権を運営するのなら、よい変化をもたらすと思う。

5.間違いなくこの選挙に参加します。


M・Aさん
45歳
スンニ派
ある政党の職員


1.この選挙は我々の問題を解決する真の手段であり、誰もが参加できることを望んでいる。しかし残念ながら軍事作戦のために参加できない地域がいくつかある。

2.この世界に100%公正な選挙なんてあるわけがないことくらいは知っている。それでも監視人がいるので、いいものになることを願っている。

3.この選挙は治安を手に入れるためには唯一の希望なので、スンニ、シーア両派とも参加するだろう。

4.この選挙が我々の生活をよりいいものに変え、占領軍をイラクから追い出すことができると思っている。

5.はい、参加します。


M・Sさん
22歳
スンニ派
労働者


1.これは民主化にとっていいステップだと思う。そして間違いなく我々は民主化を必要としている。

2.もし国連がこの選挙を監視し管理するならばいいものになるだろうが、そうでないのなら何らかの不正が起こるだろう。

3.シーアもスンニもこれまで民主化が何を意味するか理解していなかった。これまで両派ともそれぞれの宗教指導者が彼らのために何か決定を下すのを待っているだけで、彼ら自身では物事を決められなかったから。

4.良い政府になるのなら、選挙は治安をもたらすと言えるが、もし悪い政府なら、それはより多くの殺戮と破壊をもたらすだけだろう。

5.はい、選挙には参加するし、いかなる指導者や政党の意見にもとらわれることなく、自分自身で選ぶつもりです。

boxes_of_election
投票箱


*そして最後にフランス滞在中の支部長から;

スンニ派もシーア派も、これまでの悪い政府が終わるという点では喜んでいるだろう。そしてこの選挙は決してスンニのためや良い人々のためとは言えないにしても、少なくともスンニとシーアから良い人間が出てきて新政府に参加するならば、それは未来のイラクに大きな影響を与えることができると思っている。

前回の選挙に参加しなかったスンニと、他の良きシーアの失敗は、決して今回の選挙で修復できるものではなく、時間はかかるだろう。しかし、アヤド・アラウィなど、最近何人かイラク国内の全ての集団をまとめることのできる力を持った人々への支持が高まってきていることはいいことだし、アメリカもまさにアブドル・アジズ・アルハキームの政党(イラクイスラム革命最高評議会)のようなシーア派がイラクの全ての力を握ることは望んでいない。だから新政府は多くの警察や国家警備隊を変えると思うし、決してすぐとは言えないが、悪い方向ではなく、いい方向に向うと思う。

02
投票所の様子

一般報道によると、選挙の中間集計結果発表が出て、下馬評が高いといわれていたいわゆる世俗派のアラウィ前暫定政府首相率いる国民イラクリストが伸び悩み、ジャファリ現移行政府首相の統一イラク同盟が手堅くリードしているという。そして早速スンニ派勢力からは、選挙に不正があったとの批判が出ているとも。

この中間集計結果を受けて、イラクの市民がどのように受け止めているのかはまだ問い合わせ中なのでわからない。しかし、これまでは選挙のたびにいつも「茶番だ」という声ばかりだったのに、この度の選挙に関しては、少なくとも投票日までは、今回紹介した声でも、直接私が聞いた声でも、ひとつとしてそうした悲観的なものはなかった。

「とにかくこの一年で味わった最悪以上に悪くなることはないだろう、もう後は良くなる以外ないじゃないか」ということだろうか。それとも、実は私もある意味そうなのだが、疲れ果てたイラク市民の心境としては、もう良くなる以外は考えたくないというのが本音なのかもしれない。

いずれにしても、今はもう少し結果を見守り眠りにつこう。枕元にこっそり用意した靴下に穴が開いていないことを確かめて。

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November 13, 2005

フランスからアンマン事件を憂える

引き続きフランスにいる現地スタッフからメールがあった。

「今回のアンマンでの事件、本当に衝撃だった。別にヨルダンだからという理由ではなく、いかに世界が早く崩れ落ちているのか、また、ヨルダンでイラク人に対する新たな戦争が起こるかもしれないからだ。Newsでは早速ヨルダン当局がアンマンの貧しい地区に住むイラク人を100人も拘束したと伝えている。アルカイダが声明で、自爆犯はイラク人の男3人と女1人と発表したからだが、これはなんてふざけた邪悪なゲームなんだ。一体全体アルカイダがかつて犯行チームの国籍構成など発表したことなんてあったのだろうか?アフガン人が、またはシリア人が爆弾を、なんて、きいたことがないよ。」

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October 21, 2005

茶番続き

報告会、講演会と続いたうえに、イラク人招聘準備等でバタバタしてUP遅れてしまったが、バグダードの現地スタッフから16日の国民投票についての報告が届いていた。

投票直前スンニ派は憲法草案への賛否、そして投票するか否かで割れているとも聞いていた。しかしスタッフの住むドーラ地域では、ほとんどの住民が投票に行ったという。そして何人かに聞いたところ、全て反対票を投じたという答えだったそうだ。

また、スタッフによると、今回の投票は間違いなく不正だという。
彼が投票所にいくと、なんといきなり、
「家族の分もいっしょに投票しますか?」
と、係員に聞かれたらしい。
「皆それぞれ考え方の違いはあるし、当然自分自身で投票するべきだ」
と答えると、
「わかりました。では用紙を取って投票してください」
そして係員が投票者名簿の各名前の前の「投票をしたという欄」にサインをしようと探しているとき、スタッフは自分より早く投票に出かけていた自分の両親の名前を見つけたのだが、「投票をしたという欄」にサインはなかったというのだ。
「なぜ私の両親の名前にはサインがないんですか?」
とスタッフが訊ねると、
「問題ない」
と言ってサインをしたという。
他人の分も投票できて、投票した証拠もないんだから、こんなのどう考えたってでたらめじゃないかということだ。

スタッフの周囲では、直前に新憲法草案に賛成を呼びかけたイスラム党に対して、多くが怒りの声をあげていたという。関連する事務所に爆弾が仕掛けられたりもしていた。確かにスンニ派内それぞれの考え方に分裂していたとはいえ、それでも「投票して否決しよう」という声が多かったようだ。イスラム党が出した呼びかけも、幸か不幸か投票日前後は停電がひどく(ほぼ一日中停電)、彼らの呼びかけを聞いた人は少ないのではないか、また聞いたとしても、投票意思を変更するには時間が足りなかったのではないかとのことである。

その後19日の報告によると、米軍に包囲され投票すること自体が困難だったはずのラマーディですら91%は反対票(TVでは71%)と、スンニ派が多い各都市で反対が多数を占め、18県中3県以上で3分の2の反対票という条件に近づき否決できる勢いではあったのだが、多くの反対票が予想されていたディアラでは国家警備隊が5時間前に投票所を閉鎖、他の都市でも投票に行かせないように発砲するなどの嫌がらせが横行。モスルでは始めの統計では否決だったようだが、投票用紙が入った箱がバグダードに届かないということまで起こったそうだ。

多くの民間組織は、もしこの投票で不正が発覚したら、病院やバスなど全ての民間のサービスを停止(いわゆるストライキ?)するという約束をしていたようだ。一般報道では3分の2の反対票は2県に留まり予想通り新憲法草案は承認される見通しだということだが、一体どうなることだろう。

そして気がつけば中間報告もないままにイラク報道はサッダームの初公判一色に。まだ憲法すら出来ていない、つまり国として機能していないなかで茶番師が興じる裁判により茶番狂言のごとき国民投票の不正が茶化されていく茶番劇を見せつけられて茶腹が痛い。

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October 13, 2005

ラマダーンの贈り物

現在バグダードはラマダーン(断食月)の真最中。現地スタッフからのメールによると、今年のラマダーンは例年とはずいぶんと違うようだ。

「いたるところで攻撃などあり通りはがらがら。危なくて以前のように親戚の家など訪ね歩いたり、カフェで水タバコを楽しんだりすることすら出来ない。ラマダーン中はいつもより多く食料を必要とするのに、配給は3ヶ月前から滞ったままだし、市場では食物の価格は高騰している。それでもラマダーン、マブルーク(おめでとう)っていうのはもう習慣だからね。だから君にもラマダーン、マブルーク!」

こんな状況なので、当然子ども達もなかなか外に遊びに行けない。以前のブログでも紹介したが、盲学校の子ども達は毎日施設に缶詰で、きっと息苦しい毎日を送っていたことだろう。

さて、そこで先月アンマンでのミーティングを終え何とか帰国したスタッフから写真が届いた。

1
何もない殺風景な施設の庭に

2
なにやらけったいなモノが運び込まれていく・・・

3
なんだろうねえ???

4
これは・・・

5
プレイグラウンド(遊技場)じゃん!

6
滑り台はもちろん

7
ブランコもあるよ

8
シーソーだってあるね「僕にも乗らせてよう」

9
きゃー

10
お母さんも安心

「ちびっ子たちは取り合って遊んでいたよ。それはそれは美しい光景だった」byスタッフ

写真で見たらまたたまらなく会いたくなってきた。そういえばもう一年以上ここのちびっ子達と遊んでいないなあ・・・。

とにかく早速実現してくれて感謝!詳しくは16日に報告するのでどうぞよろしく。

さて、その前日15日はイラク新憲法草案の国民投票の日。スタッフの周りではこの草案に誰一人賛成していないものの、ボイコットした前回の国民議会選挙とは違って、今回は多くの人が投票に行って反対票を入れたいそうだ。イスラム党は新政府ができれば修正が可能だからと賛成を呼びかけているが、スンニ派の連合はボイコットを、そしてイスラム法学者協会は反対を呼びかけているとのこと。一ヶ月前は全てのスンニの組織が「投票に行って反対票を」と呼びかけていたのに、ここに来てころころと変わってきたそうで、もうこんなバカげたゲームには付き合っていられないと、皆どの組織のことも信用していないという。

いずれにしても前回の選挙同様事実上の戒厳令下での国民投票という茶番劇なのは間違いないし、結果がどうなろうとも安定に向かうとは残念ながら考えにくい。そしてこの憲法をめぐる混乱を見るにつけ、とても他国事とは思えなくなる。

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September 03, 2005

友情の橋

8月31日、バグダッドのカズミヤでなんと1000人に近い命が犠牲になった。直接の攻撃によるものではないにせよ、2年前のイラク戦争開戦以降最大の惨事である。カズミヤに住んでいる友人もいるので心配してメールを出したがまだ返事はない。一方アメリカではハリケーンの犠牲者が数千人にも及ぶ可能性があるという。西を向いても東を向いても、どうにもやりきれない。

カズミヤでの大惨事は、シーア派巡礼者が大挙してチグリス川に架かるアインマ橋を渡る際、何者かが「自爆攻撃者がいる」と叫んだことから、パニックになった群集が将棋倒しになり橋の鉄柵が崩壊。多くが圧死、または川に転落し溺れ死んだと伝えられている。数時間前には迫撃砲弾による攻撃があったとか、巡礼者に毒入りの飲食物が振舞われ数人が死亡したという報道もあった。

例のごとく「背後にはスンニ派のテロリストがいる」「スンニ派がうわさを流した」など、根拠は不明なのにもかかわらずスンニ派を非難するシーア派閣僚たちの声と、「何の関係もない」と打ち消すスンニ派閣僚の声が入り乱れている。しかしやはり全体的にスンニ派の犯行を前提にしているような報道が多いような印象を受ける。

以下はカイロ発の読売新聞の記事だが、スンニ派の犯行とほぼ断定している。さらには特に根拠も示さずに、今日のイラクの混乱の原因は、すべてスンニ派過激派にあるという論調の作文になっている。混乱の最大原因のひとつである虚偽の大義によるあのイラク戦争と、占領政策の失敗にはかけらも触れていない。イラク戦争は正しかったという社是を必死で守り通しているかのようだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050831-00000116-yom-int

こうした報道にうんざりしていると、バグダッドの友人からメールが届いた。弟がアインマ橋のすぐそばで働いていて、当時の状況を見ていたというのだ。

まず、あの橋は2年半ほど前から閉鎖されていたという。一度損壊したまま誰も修理もせず放置されていたそうだ。その橋を政府が開放し、大勢の巡礼者が狭い橋を渡り混乱が始まり、何人かが助けを求めて叫び出すと、チェックポイントにいた国家警備隊は自爆犯がいると誤解したのか空に向かって数発発砲したという。そこから群集がパニックになって逃げ惑い始めた。チェックポイントの壁があるために簡単には橋の外に出ることが出来ず、引き返す人々と衝突するなど、橋の上に閉じ込められたような状態で将棋倒しになり大混乱。橋は老朽化していたので鉄柵は簡単に崩壊し、人々も次々と転落していったという。

やがて川向こうのアダミヤ地区のスンニ派住人たちが川に飛び込み、何人かはそのために命すら落としながらも、シーア派の人々を助けたという。それは本当に偉大な友情だったと友人のメールは続く。その後アダミヤの人々は、彼らに十分な水と食料を与え、また、犠牲者の子ども達を家族が迎えに来るまで保護し、応急処置なども施していたというのに、政府の一部の連中は、「連中は食物や水に何かを入れて殺した」などと言い出したということだ。

以上が事の一部始終を見ていたというバグダッドの一般市民の証言である。

やはりここまで現地からの情報が入ってこなくなると、報道はどうしても一方からの情報に、特に大きな力を持った側からの情報に頼らざるを得なくなる。しかしこういう状況だからこそ、様々な方向から見ていくという努力が求められてくると思う。

カズミヤ(シーア)とアダミヤ(スンニ)を結ぶ友情の橋を破壊しようとしているのは誰なのか。

DSC00601いずれにしても、失った命はもう戻ってこない。イラクは3日間の喪に服している。せめて、助かるはずの命は助かってほしいと思う。そんな中、先日現地スタッフがフランスから持ってきて市内のとある病院に届けた手術用の医療器具が、この度早速役に立ったという連絡があった。カズミヤから60人もの子どもが運び込まれたので、あっという間に使われたらしい。

アダミヤの人々の友情と共に、救われる思いだった。

*はじめAdamiyahをアザミヤと表記しましたが、アダミヤに統一しました。

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August 15, 2005

イラク人が想うヒロシマ

今フランスにいるイラク人スタッフから、先日ヒロシマに関するドキュメント番組をテレビで観たといってメールが来た。原爆をつくり落とした側、そして落とされた側からの証言を集め対比させたような内容だったようで、「もはや言葉は見つからず、ただただ涙がこぼれ落ちるばかりだった」と。イラク人はサダム時代からの反米教育の一環としてアメリカによる原爆投下をしっかりと教えられてきたせいもあってか、驚くほどみなヒロシマ・ナガサキに同情してくれるものだ。しかしその被害の実態について、資料などで詳しく教わってきたわけではないようで、詳しく被曝者の証言に基づいたその番組には相当衝撃を受けていたようだ。特に焼け落ちる家屋の下敷きになり泣き叫ぶ赤ん坊を助けられなかった母親のことが頭から離れないと言う。同時に落とした側がいまだに正当化する様子を見て、その場でテレビをぶち壊してやろうかと思ったと、そのやり場のない怒りを綴っていた。そしてそうした想いを周りに話そうにも、やはり誰もがわかってくれるわけではないという嘆き。戦争がどういうものか皆しらないのだと。そしてメッセージは以下に続く。

「本当に、まさに心から、そして深い気持ちから、全ての日本人に、そしてまさにヒロシマの市民に言いたい。私はあなた方に起こったこと全てに同情します。歴史はあなた方を忘れず、そして決してアメリカを許さないでしょう。出来るのなら伝えてほしい。私はあの番組に出てきた人(被曝者)がみな、私の家族の一人であり、またイラクの人々であると感じました。この同情の気持ちをうまく説明する言葉が見当たらないから、なんと言っていいのかよくわからないのだけれども、どうか伝えてほしい。心から皆さんを愛し、本当にとても尊敬しています。そしてどうかアメリカをあなたの国から出ていかせてください。」

彼の母親は最近、心臓発作に苦しめられている。バグダッド掃討作戦の一環でもある米軍とイラク軍による連夜の家宅捜索を受けての恐怖とストレスも、原因のひとつらしい。

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July 16, 2005

遠くから

昨日は実に国際的な一日。

まずはアンマン経由の国際郵便でバグダッドから、現地スタッフにかねてから頼んでいた書類が届き、フランスからはバグダッド支部長の妻アマラから彼女の漫画第2巻と、バグダッドで制作したというPEACE ON現地活動の記録写真集CD(スライドショー)が届く。

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アマラの漫画は彼女がイラク戦争中「人間の盾」として活動していたときの物語を基に構成されているもので、昨年第1巻が出版され、5月のファルージャ支援の際に受け取っていた。今回の第2巻で終巻なのだが、残念ながらフランス語が読めないので近々友達に訳してもらわねば。読めないながらも絵を追ってみたが、戦火の中の恋愛談にはどうも触れていないようだ。最後のページで、二人の結婚についてはちょっとだけ載っていたが。

夜、最近イラク方面に旅立ったばかりのフリージャーナリスト安田純平君から電話。しばらくアンマンに滞在しているイラク人画家、ハニ・デラ・アリさんの家からだ。ハニさんがデザインした缶バッジが出来上がったので、安田君に届けてもらおうとお願いしていた。昨年イラクで彼が拘束される直前に一緒にハニさん宅を訪れて以来だから、彼にとっても久しぶりの再会だろう。拘束中イラクのTVに彼の写真が写っているのを見て、ハニさんの子どもらが「ジュンペ!ジュンペ!」とさぞ心配していたと聞いていたので、今回アンマンで出会えてなんか自分のことのように嬉しくなった。

ハニさんとはしばらく今後の展覧会の計画などについて電話で話したのだが、英語の上達ぶりには驚いた。さすがに昨年から半年ほど古美術修復の技術を学びにポーランドに留学してきた成果だろうか。バグダッドの治安悪化から家族を連れて出国、今はアンマンのギャラリーで絵を売って生活している。一度電話が切れてかけなおすと「Mr.YATCH!バグダッドからか?」などと大笑するほど元気なので一安心。子どもたちとも久しぶりに電話で話したが、相変わらず元気いっぱいで安心した。9月からは子どもたちの学校が始まるので一度バグダッドに帰るそうだが、やはり心配なようだ。バグダッドの自宅で再びあのとびきりうまいイラクの家庭料理を安心してみなで囲める日が一日も早く来ることを願う。

聞くと他にもバグダッドの友人がアンマンに一時避難している。やはり治安状況は厳しいままというか、むしろ悪化しているようだし、配給が減っているなど生活環境もよろしくない。現地からのメールによると、まず水が出ない。ひどいときには一週間も断水。以前水では特に問題のなかったドーラ地区でそうなのだから、他はもっとひどいのではないか。夏なので伝染病などが心配だ。そして電気は相変わらずだめで、2時間通電の4時間停電、時には停電がそれ以上。ガソリン不足も一層深刻化してスタンドは長蛇の列。灯油は通常200リッターで4000ID(イラクディナール)、約3ドル弱のところなんと50,000ID(約34ドル)まで跳ね上がっているという。ちなみに通常4000IDというのは冬の価格で夏は普通1500ID(約1ドル)だというから、事実上34倍近い値上がりである。「冬はどんだけになるか想像できるか!」と結んであった。

治安悪化に留まらず、こんな状況が続いていて、それでもそこに生きて生活を続けなければならない友人もいるのだ。友人のイラク人アーティストの一人アハメッド・アルサーフィーは今フランスにいるが、バグダッドのカラダ地区の爆発事件で友人二人を失ったらしい。他の友人からも最近いとこが殺されたと聞いた。そんなことに思いをめぐらせていると、グルジアに行ったフリージャーナリストの友人から電話。途中で切れたので詳細はわからないが、なんと追い出されることになったそうだ。想像以上の包囲網に驚いたが、生きていてなにより。お互い遠く離れていても、こうして様々な手段でつながりを確認できること、それもお互いが生きているからこそである。バグダッドから届いた書類を見つめ、改めてその有難さを想った。

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June 10, 2005

イラクは今

「稲妻作戦」と呼ばれるイラク軍と米軍による掃討作戦が続くバグダッド。友人からのメールによると、イラク軍は家宅捜査と称して問答無用で住居に押し入り、手当たり次第なんでも物色していくので、大切なものはみんな隠さないといけないそうだ。また、顎鬚を長く伸ばしていると、米軍にムジャヒディン(イスラム戦士)と見なされ拘束されてしまうというので、短くしている人が増えているらしい。しかし短くしていると今度は逆にムジャヒディンに不信心者とみなされ、処罰の対象になってしまうというから、全くたまったものではない。外出もままならず、地域によってはモスクに礼拝にすら行けないほどだという。また、イラク軍並びに警察は、イラクにいる外国人なら誰でも身柄を拘束し尋問する権利を与えられているそうだ。

そんな中、移行政府によるパレスチナ人に対する扱いは一層ひどくなっていて、拘束から拷問まで、彼ら曰くもはや「犬以下」だそうだ。サダム政権崩壊直後から、これまでの支援が断ち切られたイラク国内のパレスチナ人の境遇は悪化していたのだが、今度はさらに彼らをイラクから追い出そうとしているとも聞く。これまでPEACE ONが支援してきたパレスチナ難民キャンプのあるハイファクラブも、今年はじめにデマ情報による米軍のがさ入れを受け破壊され、責任者のQ氏は家族もろともドイツに避難したままである(過去記事参照)。祖国を追われた流浪の民が、またしても追い立てられていく。この艱難の旅路は、一体どこまで続くのだろう。

先月斎藤さんが襲撃を受けたヒート出身の画家、ハニ・デラ・アリさんは、これまでバグダッドで家族と住んでいたが、この度ヨルダンに移住した。治安が悪すぎて、とても暮らしていけないからだそうだ。昨年の8月までは何度もあの暖かい家庭におじゃまして、うまい家庭料理をたらふくご馳走になりながら、芸術談義に花を咲かせたものである。しばらくはあそこでハニさんと会うことが出来ないと思うと、何ともやりきれない。そういえば今度はヒートに連れて行ってもらう約束もしていたのだが、この分ではいつになることやら。

一度失ってしまった平和を取り戻すことは、これほどまでに困難なことだったとは。こうしてイラクの現状を伝えるのは、正直言ってしんどくて、ブログの更新が遅れ気味になってしまっている。しかし私なんかよりも、故郷イラクから出国せざるをえなくなってしまった友人たちの想いは、如何ばかりだろうか。そして日々命が崖っぷちに追い込まれているイラクの友人たちの想いはどうだろう。そんな友人たちが、無事に生き延びてくれていることは、大いなる希望のひとつではないか。そういえば彼らもイラク・ブーメラン意見広告プロジェクトの成功には大喜びしてくれていた。とにかく彼らの声を伝え、繋げていこう。そのためにも、この生かされてここにある命に感謝して、しっかりと毎日を生きていかなければ。

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May 24, 2005

斎藤さんのことも気になるが・・・

斎藤昭彦さんがイラクで拘束されたという情報から早2週間が過ぎてしまったが、彼の安否に関する情報は全くないままだ。現地スタッフや友人などにも問い合わせているが、アンサール・スンナ軍がいかに強力で、米軍警護としての斎藤さんの立場を考えると今回は厳しいだろうという意見以外はやはり何も情報がない。

報道は目立たなくなってはいるものの、イラク各地で爆破事件などが続き、日毎に状況は悪化している。イラクイスラム宗教者委員会幹部のハッサン・ヌアイミ師がイラク内務省特殊部隊に拘束され、拷問の末に遺体で発見されるなど、各地でスンニ派高位指導者の暗殺等が続き、宗派対立を煽る動きは留まるところを知らない。これでまだ民衆レベルでの大規模な宗派対立、内戦に至っていないのは、以前から「その手は食うか」と冷静に状況を判断していた多くの分別あるイラク人が、この現状においてもその聡明さを維持していることの証明ともいえるのではないだろうか。

斎藤さんが拘束されたイラク西部ヒート周辺の治安も最悪らしいが、さらにシリア国境付近でも米軍がまた掃討作戦と称して大規模な攻撃を行い、多数の一般市民の死傷者がでたという。そして以前現地スタッフから聞いた言葉、「米軍が攻撃の手を強めれば強めるほど、爆破事件などが増え、抵抗する勢力も強くなっていく」を裏付けるかのように、戦火は各地に飛び火していき、バグダッドの治安悪化も深刻だ。斎藤さんのことも気になるが、私にとってはイラクの友人たちのほうがはるかに気がかりだ。

先日現地スタッフから届いた連絡によると、いたるところで爆破事件が起きていて、彼の妹が通う市内ドーラ地区にある学校前でも爆発があり、妹の友達4人が亡くなったという。(妹は無事だそうです)そして米兵とイラク国家警備隊は家宅捜査を強化しているようだが、捜査を受けた家ではさまざまなものが盗まれるという被害が続出しているようで、現地スタッフもお金やコンピューター、また大切な書類などは全て隠したということだ。

そのドーラ地区では200人を超えるイラク人が逮捕され、また、イラク西方、ファルージャ近くの町ハディーサでは、やはり米軍と国家警備隊によって多くのイラク人が投獄され、中央病院も徹底的に破壊されたという。

米軍がいることによって守られている治安も確かにあるだろう。しかし米軍がいることによって悪化する治安のほうがはるかに大きい。やはり立ち返るべき言葉は、チョムスキーの「誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい」ではないだろうか。(昨年11月10日の当ブログ記事

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May 01, 2005

バスがきた

もう5月!忙しさにかまけてここのところブログの更新がとんと追いついていない。さて簡単にでも現地スタッフからのレポートを紹介。

DSC00422所用あって愛妻の祖国を再訪しているバグダッド支部長に代わって、現地スタッフから写真が届いた。昨年までアルアマルろう学校で使用していたイエローバスは米軍による銃撃の巻き添えを食らい故障中だったが、無事修理を終え先月からは新ドライバーのもとアルマナー身体障害者施設で再び子どもたちを乗せて元気に走りだしたとのことだ。

日毎にイラク関連報道の数は減っているが、スタッフによると実際には現地治安の改善の目処はほとんどたっていないという。そんな中、とてもとてもちっぽけかもしれないが、希望を伝える数少ない報せのひとつである。


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March 17, 2005

バグダッド活動レポート続き

【ファルージャ避難民キャンプへの食糧支援実施】
DSC00263「チキンの缶詰×2、ビーフの缶詰×2、魚の缶詰×2、パスタ2袋、トマトソース4缶、ヨーグルト2缶、マーマレイド2缶、チーズ2箱、ソラマメ2缶が入った袋を50家族分準備してファルージャ避難民キャンプに届けてきたよ。(約400ドル分)」~以上サラマッドからのメールより~

写真を見るとサラマッドの家族総出で和気藹々と食料を袋分けしていた。やっぱイラクの家族はあったかそうだなあ・・・。
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March 12, 2005

バグダッドから早速活動レポート

ヨルダンから帰国すると、一足先にイラク・バグダッドに帰国していた現地スタッフのサラマッドから続々と活動レポートが届き始めた。以下簡単に抄訳。

【ファルージャ避難民キャンプ-ジャドリア地区】
DSC00079「せっかくアマラと作ったキャンプ内に作った幼稚園だけど、残念ながら近日中にはなくなってしまうかもしれない。ここ最近でほとんどの家族達がファルージャに帰るためにキャンプを出たんだ。買っておいた人形やおもちゃなどは、ファルージャの自宅に持って帰ってもらうことにするよ。キャンプで今必要なものは灯油、そして魚や肉などの缶詰。問題は今どのくらいの家族がいるか。ある家族によれば35から40家族、責任者によれば60家族って言うんだよね。正確に数を把握したら買いに行くよ。」~以上サラマッドより~

2月前半には157家族(400~450人)の家族がこのキャンプに住んでいたが、ずいぶんと帰り始めているようだ。しかし以前戻ろうとしたが、米軍が使用したと見られる化学兵器で家の周囲が汚染されていて、やむなく引き返してきた家族も多いと聞いていたからどうなるかわからない。彼らはこのキャンプに昨年アメリカ軍のファルージャ侵攻が始まったときから住んでいる。モスクの中の屋根なしテントに住む家族と、外の屋根つきテントに住む家族に分かれているが、両者とも等しくサービスを受けていて、食事を作ってくれるコックもいる。水や電気の状態はバグダッド市内一般と変わらない。勉強に遅れが出るといけないということで、簡易的な学校も用意されているようだ。主にイラクの市民からの支援でまかなっていて、原則としてイラク政府や外国からの支援は受け取らない方針だという。(関連情報

【アル・マナー身体障害者施設-サイディア地区】
DSC00214「イエローバスはもうすぐ修理完了だよ。アル・マナーでは現在68人ほどの子どもたちが通えているけど、治安状況が悪く、またバスも足りないので通えない子どもたちがまだ50人ほどいるみたい。マネージャーにイエローバスもうすぐ来るよって言ったら滅茶苦茶喜んでたよ。(原文:so when I told her there is bus will come soon to your school she was too much happy believe me too much happy) 労働省からのバスのドライバーはあまり遠くの地域まで行かないから、現在使用しているブルーバスではそういう地域をカバーするようにしてる。また、不足している車椅子を5台届けてきた。本当はもっと必要なんだけど、今回は予算が足りないので貧しい子どもたちを優先にしたよ」~以上サラマッドより~


ほんの数日前、サラマッド自宅の向かいの家の家族の息子とその友達がドーラの市場で何者かに銃撃され息子は入院、その友人は死亡したという事件が起こったという。このようにバグダッド市内の治安の改善の目処は全く立っていないのだが、現地スタッフは今日も活動を続けている。

(今日は講演で京都に行ってきます)

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March 03, 2005

それでもバスは走り続ける(2日)

サラマッドとの打合せは続く。今回の寄付金は少なく新しいスクールバスを購入するなどのことは出来ないので、主に修繕費などに充てる。日によっては戦闘などのせいで子どもたちの送り迎えが出来ないときもあるが、バグダッド市内のアルヌーア盲学校のレッドバス(前回8月購入:10月9日ブログ参照)、そしてアルマナー身体障害者施設のブルーバス(11月25日のブログ参照)は子どもたちを乗せて元気に走り続けている。現在アルヌーアでは7人の子どもたちとなんと先生たちも5人、アルマナーでは11人の子どもたちが利用している。

DSC00042DSC00035ただアルアマルろう学校のイエローバスは以前12月20日のブログでも紹介したが、戦闘により被弾してしまい、後日エンジンにも支障が出て今は走れていない。後からドライバーから詳しく状況を聞いたところどうも戦闘ではなく、外出禁止の時間帯に出歩いていた女性が、ドライバー自宅付近に駐車していたバスの脇を通り過ぎる際に、米軍により撃ち殺されたらしい。

幸いアルアマル付近は治安もさほど悪くなく、また昨年夏ようやく労働省と日本政府からもバスが送られてきて、他の施設と比較すると状況はかなり改善されている。マネージャーとも相談の上これまでの繋ぎ役は十分果たしたと判断し、今回の寄付金でエンジンを修理したらイエローバスは他の施設で使うことになった。まだまだスクールバスが不足している施設は多い。本来であれば修繕費は米軍に負担してもらわねばならないのに、こうして日本のみなさまの寄付で賄うのはやはり心苦しい。また、「仮に米軍が負担してくれたとしてもその財源はやはりイラクのオイルマネーなんだ」というイラク人の言葉を思い出してまたやるせない気持ちになる。

ちなみに初代バスは当初ばりばり活躍していたのだがやがて頻繁に故障するようになり、またどこの施設も今は小回りのきくマイクロバスを求めるので、今は売りに出そうとサラマッドの弟が買い手を探しているところだ。聞くとイラクでは車の故障が非常に多い。原因として国内に出回っているガソリンの劣化があるようだ。さすがに産油国なので公式価格は1リットル日本円にして2円ほどと冗談のように安いが、極端なガソリン不足からスタンド前は連日長蛇の列で一日中待たされることもざらで、その価格で手に入れられることはまれだという。物価の高騰から以前は闇で買っても5倍の1リットル10円程度だったのが、今では時には50円から100円にもなるというから驚きだ(ピースオンバスはディーゼル車が多いのでもっと安いが)。それでいて不純物が混じった粗悪ガソリンが増えているらしく、そのせいでエンジンがやられてしまうケースが多いと聞く。

ところで各施設に労働省から送られてきたバスについては、ドライバーの評判がよろしくないようだ。まず危険なところにはあまり行きたがらない。そして当然給料ももらっているし本来無償の送迎のはずなのに、子どもたち一人頭月1ドル強ではあるがお金をとっているらしい。それでも他の交通手段よりは安いということで親御さんたちも出しているそうだ。こうして正規のバスサービスが始まってから、各施設のマネージャーや親御さんたちにピースオンバスサービスが改めて評価されてきたという。ちなみにピースオンバスは当然無償の送迎バスサービス。そのかわりドライバーは子どもたちの送迎以外は車を自由にタクシーとして使用できるので、外でしっかり稼ぐことが出来る。無料送迎バスサービスと、車の現地調達による地元経済の活性化、そして雇用の創出というお得な3点セットである。

外国とのつながりがしれると危険なので、以前はバスの両脇にデカデカと貼っていたピースオンステッカーも悲しいことに今ではきれいに剥がしてしまった。それでもバスはちびっ子たちを乗せ、未来に向かって走り続ける。

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February 13, 2005

剣呑だがほっとけない

先月末に行われたといわれるイラク国民議会選挙では、記者が現地にいないのにもかかわらず、あたかも見てきたかのように各メディアこぞって成功成功と囃したてたあと、まるでこれでもうイラク人が皆自分達の選んだ政治家によって自分達の国を作っていけるでしょう、めでたしめでたし、といわんばかりに報道の数はまた極端に少なくなってきているが、イラク人現地スタッフからの情報によると、バグダッドでは相変わらず剣呑な毎日が続いているようだ。

先月拘束されたブラジル人エンジニアの続報もすっかり途絶えてしまい心配なのだが、2月4日にバグダッド市内で拘束されたイタリア人ジャーナリスト、ジュリアーナ・スグレーナさんに関しても、解放かいや殺害か?と錯綜した情報が飛び交ったあと続報がない。そんな中、スタッフから送られてきたメールによると・・・、

「誘拐されたイタリア人ジャーナリスト知っているか。彼女は僕と妻がファルージャ(避難民)キャンプ(ジャドリア地区)にたどり着くほんの30分前にそこにいたんだ。それを聞いたとき、僕らの心臓がどんなに高鳴ったか想像できるかい?そして僕らが帰るとき、キャンプの責任者は銃を手にしたガードを二人乗せた車を付けてくれたんだけど、本当に恐ろしい状況だよ。僕らのために祈っていてくれ。」

Do you know the Italian journalist which kidnapped, she was in falluja camp before my wife and me arrive to that camp only half hour, so can you imagine our hearts how they were run when we hear that from falluja camp and also leader of that camp send with us when we left their camp car with 2 guards with their guns, it really scary situation, pray for us.

このように、当時の恐怖が綴られていた。残念ながら我々日本人が直接現地入りして支援できる状態にはほど遠いどころか、イラク人現地スタッフにとっても、活動はまさに命がけになってきている。それでも彼に尋ねると、

「うん、相当に危なかった。かなり気をつけて活動しているけど、まだ怖すぎるよ。でも、この時期に僕が活動を続けるのは、人々が助けを必要としていることがわかるから、それが全てだよ。」

yes it was too dangerous, we work too much careful but I still scared too much, but all what keep me work in this moment is how I see people need help.

dsc002121 dsc002111そして当日はキャンプにポテト70kg、チキン90kg(総額120ドルほど)を届けてきたそうだ。昨年8月に私が現地事務所に預けてきた予備費は全て使い果たしたので、最近は彼が支援金を立て替えてくれている。

戦時下での彼との友情からNGOを立ち上げ、「友達になっちゃったらやっぱりほっとけないよね」という単純な理由で始まったPEACE ONイラク支援&交流プロジェクト。このように厳しい状況になるとは夢にも思っていなかったが、こんな中でも継続できるのは、本当に彼のおかげである。

近々隣国のヨルダンにて彼と会い、支援ならびに文化交流活動の継続のための打合せをする予定ですが、引き続きイラク支援のための寄付金のご協力をお願いいたします。

・振込先 郵便振替 00160-2-647637
      口座名 PEACE ON
・備考欄に「イラク支援」とお書きください。
・ご協力いただいた皆様の氏名などは基本的に公開させていただいていますが、匿名希望の場合は備考欄に「匿名希望」とお書きください。

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February 02, 2005

投票日

昨夜、山梨・小淵沢フィリア美術館でのイラクアートの展覧会&トークから戻ると、イラク人現地スタッフから投票日についてメールが届いていた。今時間がないのでとり急ぎ以下訳のみ紹介します。


「投票日当日(1月30日)、見たこと聞いたことを綴ってみるよ。本当に通りは車がなく空っぽ(車両制限のため)。少しは攻撃もあったけど、いくつかの武装グループが言っているほどではない。警察とアメリカ&イラク兵がうまくコントロールしているようだった。

バグダッド市内でも、サドルシティーやマンスール地区、そしてカズミア地区など(シーア派が多い地域)では皆とても喜んでいて、通りでパーティーをしているくらいだったよ。一方、ドーラ、サイディア、カラダなどでは、何人かは投票したけど、他は行ってない。パーティーもなく静かで通常通り。

内務大臣は、「現在治安状況はコントロールできている。18ヵ月後には治安維持に関してイラク警察が実権を握る準備が整うので、米軍の撤退を要求するだろう。なぜならもう必要なくなるから」と言う。

スンニ派の人々は、来年の新内閣にスンニ派の人物が入らないだろうということを嘆いている。パチャチ元外相とヤワル大統領くらいだろう。だから多くの人々がスンニとシーア間で内戦が起こるのではないかと恐れている。そして本当にそうなるかもしれない。

シーア派では、投票に行けというファトワ(宗教令)があり、スンニではボイコットせよというファトワがあったんだ。

バグダッドは今、静けさに包まれている。」

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January 30, 2005

前夜

昨日イラク人現地スタッフからのメールを翻訳しようとしたのだが、睡眠不足から集中力の限界に達しついに眠ってしまった。するとアチェ取材に出発する直前の志葉玲君がしっかりと訳してブログにUPしてくれていた。彼にも同じ内容のメールが届いていたのだ。出発前で忙しいのにありがたや。

途中までは彼の訳を参照していただくとして、以下彼が略したところを紹介;

「我々が通うモスクは最後のお祈りの前に閉まってしまった。最後のお祈りは6時半なのに、今6時過ぎは誰も外を出歩いてはいけないからだ。また朝もしかり。朝一番の祈りは5時半から始まるのに、誰も朝6時前には出歩けないから。このひどい状況は今日(28日)の朝から始まった。50以上もの学校が爆撃されているんだけど、今日から2月3日までは休みになっている。」

さて、さきほどメールでまた追加情報が送られてきた。選挙前日であるが、どうやらインターネット通信環境は遮断されていないようだが、バグダッド市内は異様な雰囲気に包まれているようだ。

「米軍とイラク軍は今通りを監視している。なぜなら今朝早く、全ての車の移動を禁止するという放送が流れたんだ。今通りは空っぽだよ。もはや歩いて移動するしかできない。」

ふと2003年4月7日頃バグダッド陥落直前の街の空気を思い出した。今頃イラクは選挙前夜だが、まるでこれから首都攻防戦が始まるかのような緊迫感の中、皆どのような気持ちで夜明けを待つのであろうか。今が最も暗い時なのかもしれない。運命の黎明。私は今祈ることしかできないが、夜明け前が一番暗いと信じて、御来光を希う。

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January 21, 2005

イードルアドハー(犠牲祭)

昨日20日はイスラム最大の祭日のひとつ、イードルアドハー(犠牲祭)。イスラム教徒が預言者イブラヒームの故事にちなんで羊などを屠り貧しい人々や隣人に分け与えて祝う日なのだそうだ。サラマッドはバグダッドのジャドリア地区のファルージャ避難民キャンプに羊を3頭、他子どもたちへのお菓子など届けてきた。とても喜ばれたそうだが、はじめこの羊が日本とフランス(サラマッドの新婦アマラはフランス人)からの支援によって届けられたと伝えると、彼らはアラブ諸国以外の支援は受け取れないと断ったという。サラマッドはキャンプの責任者に、これは日本の政府ではなく日本とフランスの市民とのつながりから届けられたものだと説明したところ、彼らは理解し喜んで受け取ってくれたそうだ。ホッと胸を撫で下ろしたが、彼らは外国がみなブッシュとアメリカを助けていると思っていて、イラク人以外の支援はほとんど受け取らなくなっているらしい。暫定政権からの支援も同じく受けとらないとのこと。言わずもがなのことではあるが、この度のファルージャ大侵攻に対する彼らの怒りは相当なものなのだろう。それだからこそ、これまで日本とイラクの市民が積み上げてきた関係を彼らが理解してくたことが嬉しくてしょうがないと、サラマッドははちきれんばかりの喜びを伝えてくれた。

So here I want to tell you how much I was happy because those people understood Iraqi relationship with Japanese, Alhamdollah,(アルハムドゥリッラー:アラーのおかげで)

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お菓子の準備をするサラマッドとアマラ

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羊を運ぶサラマッドの弟

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キャンプに到着

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羊の解体

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キャンプの子どもたちとアマラ

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ジャドリア地区のファルージャ避難民キャンプ(向こうに見えるビルはバグダッド大学)

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January 16, 2005

パレスチナキャンプとファルージャ避難民

先日のブログで、バグダッドの友人からパレスチナ難民キャンプのあるハイファクラブが米軍のがさ入れをうけて破壊されたという情報が入ったと書いたが、その後サラマッドが確認に行ってくれていた。昨日まで上げなくてはならない会計関連の仕事に追われていて、すっかりこのブログで紹介するのが遅れてしまったが、友人からの話はやはり本当だったようだ。

どうもハイファクラブとキャンプの住人の一部との軋轢が原因だったらしい。ハイファクラブでは昨年からファルージャの避難民支援に精を出していたのだが、なんとキャンプのある住人がハイファクラブはファルージャのテロリストを支援していると米軍に垂れ込んだというのだ。とたんに米兵はカウボーイのようにキャンプに押し入り破壊の限りを尽くし、パソコンから書類から全てを押収していったという。責任者のQ氏とその家族はうまく逃れて現在ドイツにいるとのことだが、自宅も荒らされ金品から何から奪われてしまったらしい。また、彼の兄弟をはじめスタッフが5人拘束されてしまい、現在も米軍の留置所にいるとのことだ。(昨日のメールによればスタッフ3名は解放された)

サダム政権が崩壊し、パレスチナ人に対する援助が断ち切られてから、国外から支援してくれる親戚などがいない人々は家賃が払えなくなるなどして、アパートから追い出されるケースが戦後急増した。ハイファクラブはそうした人々の駆け込み寺のような存在となり、一時は300もの家族がテント暮らしをしていた。幸いUNHCR経由の支援で、一年間の契約に限られてはいるものの、少しずつアパートに移り住むことができていて、私が8月に訪れたときにはもうほとんどテントには残っていなかったのだが、中にはお金だけもらってキャンプに住み続けていた家族もいたようだ。クラブとしては早くアパートに移り住んでほしかったようで、そうした家族とのトラブルが絶えなかったようだが、まさかこんなことになってしまうとは。現在ハイファクラブではお金がないので、国外から支援されたキャンプ内の巨大ジェネレーターや、PEACE ONが昨年春に寄贈したミニトラックまで売りに出さなければならないと言っていたそうだ。

それにしてもそんな垂れ込みひとつでここまでするほど米軍は神経を尖らせているわけだから、誰かを陥れたかったら偽情報でも米軍に通報すれば簡単にできてしまうのだろうか。悲しいが、これがいまだに非常事態宣言は解かれていないイラクの現状である。そんな中、報道によれば今月末にはどうしても選挙をやるそうだが、そもそも非常事態宣言中に民主的な選挙というのがどうして成立するのか、いまだによくわからない。選挙前に人の出入りをはじめ全ての通信手段が遮断されるという噂は、やはり噂の域は出ていないものの、イラク人の間ではもっぱらそうなるだろうとの話で持ちきりだという。

さて、サラマッドはここのところアマラとファルージャからの避難民について調査をしてくれていた。避難民用に作られたキャンプだけではなく、バグダッド市内の空き家などにも多くの家族が住んでいて支援を必要としているようだ。メールで相談した結果、この寒い冬を乗り切るためのストーブ、そして小麦粉、砂糖、ライス、ビスケット、パスタ、ティー、スープ、オイルなどの食料を早速届けてくれた。とり急ぎ写真を送ってくれたのでいくつか紹介します。
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January 07, 2005

イラクからの新年メッセージ

元旦から親不知が痛み出し、散々な正月を迎えてしまった。休日診療をしている歯医者に診てもらうと、過剰歯なるものが親不知と奥歯の間に増殖し、押し合い圧し合いせめぎ合い、痛みのトライアングルを形成していた。炎症が治まったら、その過剰歯と親不知を2本同時に抜くことになりそうだ。あなおそろしや。一年の計は元旦にありというから、やはり今年も相当の覚悟をして生きなければならないということかもしれない。

大晦日から昨日5日までサラマッドからメールが来ないので遅いなあと思った矢先に、「イラクが4日から選挙後の30日まで完全遮断?(電話、インターネット、その他通信施設全て)」なんてメールが転送されてきた。もしやそのせいかと思いすぐさま電話してみると、サラマッドにはつながらなかったが、バグダッドの友人にはすぐつながった。その後すぐメールも届いたし、今のところは別段問題はないようだ。しかし事実だとしたらこれはとんでもないことなので、現在関連する情報がないか問合せ中。

さて、以下は昨日サラマッドから届いた新年の挨拶。

はじめに、全ての日本人、イラク人、そして世界のみなさんに新年あけましておめでとうと言いたい。そして言いたいことは、2004年、イラク人は辛い体験を学んだということ。我々は最も大切なもの、命を失った。命の試練。我々の命の価値はとても低いものになってしまった。アメリカは我々をテロリストと呼んで殺し、政府は我々を「テロリストを助けている」といって殺し、そしてムジャヒディン(イスラム聖戦士たち)は我々を政府に協力するものどもと呼んで殺す。一体どれだけの代償が支払われたのか。我々はあまりに耐え難いほど支払った。ただ平和がほしいだけなのに。過去、サダムによって殺された我々は、今はアメリカによって、そしてムジャヒディンによって殺されている。どの集団も自分らのルールを中心にしたいがためだ。そして我々イラク人は(言うことを)聞かなければならない。さもなくば死だ。苦しみを終わらせるために、アメリカのやり方に従おうと考えた人もいるが、今ではそれがどういうことか、誰もが確信を持って言える。
そしてこれは僕からのメッセージ。もし自分自身が救われたいと思うのなら、自分自身の力で救うのだ。きっと後でたくさんのいい人々があなたのそばにいることを知るだろう。私たちの国イラク、バグダッドは毎日泣いている。そしてそこに住む人々も泣いている。しかし我々の声を聞く人はそんなに多いわけじゃない。だから、新年を祝い集って楽しむ世界中に伝えたい。我々は爆弾を恐れ家に隠れて新年を楽しむだろうと。新年あけましておめでとう。

~以下原文の一部(安全を考慮して後半部のみにします)~
and this is my message, if you want to help your self, help it by your self, sure after you will find too much good people will be with you.
our country Iraq, Baghdad cry every day and its people but not too much persons listen to us , so I want to tell all the world enjoy your new year make party, celebrations, and we will enjoy our new year hide in house scared bombs.
happy new year.

また、電話がつながったバグダッドの友人は、つい先ほども近所で爆発があったばかりだというのに「おおYATCH、電話ありがとう!そして新年おめでとう」と笑う。後からメールもきたが、なんとPEACE ONも支援で関わってきたパレスチナ難民キャンプのハイファクラブに先日米軍が押し入ったらしい。テントから何から全てが破壊され、スタッフも全員逮捕。責任者のQ氏は家族と共に国外に逃亡したが、米軍は彼の自宅から全てを奪っていったという。いつも抵抗勢力との戦闘が繰り広げられている地域なので、米軍お得意の過激派掃討作戦に巻き込まれてしまったのだろうか。現在事実関係を確認中だが、事実だとしたらこれまたとんでもないことだ。あの施設が機能しなくなったら、バグダッドのパレスチナ難民は一体どうやって生きていけばいいのか。

また、ファルージャ市内の状況も凄惨を極めているという。とにかくジャーナリストが見事にいなくなってしまったイラクでは、今一体何が起きているのか、こうしてイラクの友人たちから送られてくるわずかな情報をつなぎ合わせ想像するしかない。本来であれば、私もバグダッドで正月を迎えている予定だったのだが、こうしてこののどかな日本で歯の痛みをこらえて雑煮を啜りながら彼らの声を拾うだけという体たらくだ。犠牲者が15万人を超えるという大惨事になったスマトラ沖津波の惨状も考えると、まさに世界は地獄の最中にいる。アンマン在住の亡命イラク人画家ハジムさんからも新年の挨拶メールが届いたが、彼も新潟の地震と共に、東南アジアの人々のことも心配していた。来月にはアンマンに行くつもりだが、全くこんなところで歯が痛いなどと言って年始の不運を呪っている場合ではない。

この据わりの悪い正月に鬱屈とした思いを戸惑いながら反芻している刹那も、この惑星は弛まず回り続けている。多くの悲しみを乗せたまま、今日も太陽の周りを回り続けている。人間の都合でその一周は一年と呼ばれ、ひとつの区切りとして正月があるが、この惑星の運行に何か特別なことが起こるわけではない。悲惨さもめでたさも併せ呑んで、この星はただただ回り続けているだけだ。年末年始に惨事が重なったせいか、とても正月を祝う気分になれないという挨拶は多いが、知らないだけで毎日どこかで人は殺されているし、いつもどこかで愛が芽生えて新しい命も生まれている。怒り、哀しみ、喜びを乗せて、この星は回り続けている。願わくは、毎日、この星の上で生きる全ての命と共に、陽が沈むたびに死にゆく命を悼み、陽が昇るたびにいまこの刹那に生かされてここにあることを喜び合いたい。大いなる天球の褥に体を横たえ、生と死が、ゆくりなく結び付く夢を抱いて。

以下は先日サラマッドとアマラがフランスから持ち帰ったギフトをバグダッド市内のC病院の子どもたちに届けているところ。子どもたちはとてもとても喜んでいたそうな。
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December 29, 2004

諸々紹介&サラマッドレポート続き

初雪。東北で生まれ育ったからか、毎年この刹那にはちびっ子時代の心のときめきを感じてしまう。気仙沼は太平洋側なので、そんなに雪が多いわけではないのだけれど。積もるかな。

さて、衝撃の宮崎も無事終了。詳しくはJVC真紀さんのブログに写真つきで紹介されていますのでご覧ください。終了後は高遠さんたちと忘年会。やはり笑劇の宮崎であった。

宮崎で今年最後のイベントを楽しんでいる間に、スマトラ沖地震による津波で大変なことがなっていた。さすがシバレイのブログでは早速緊急アクションに関する情報が転載されています。

友人がタイとマレーシアに旅行していたのだが、無事帰国の一報にひとまずは安心。しかし今日になって犠牲者5万人を超えたと聞いてまた絶句。この地球上、どこを見渡しても悲しみが絶えない。そんな中で、どうやって希望を紡ぎだしていくのか。私たち生きているものの課題である。


そして先日は時間がなくて紹介しきれなかったサラマッドからのレポートの続き。来年1月30日に予定されている国民議会選挙について、スンニ派はボイコットを呼びかけていたが、一時スンニ派のイラク・イスラム党が選挙人名簿を提出するなど、選挙に参加する動きも見せていた。その件で選挙管理委員会の責任者クラスのE氏は以下のように述べたという。

「スンニ派は参加するだろう。シーア派にボイコットを呼びかけても彼らは聞かないからだ。というのも、1920年英国占領下のイラクで、スンニ派がシーア派に投票に行くなと呼びかけたところ、その時はシーア派が呼びかけに応じたのだが、直前になってスンニ派が投票に行き、スンニ派の大統領が選ばれたのだ。その後、サダム・フセインまで大統領は全てスンニ派である。それでシーア派は今回もスンニ派が1920年のときと同じようなことをするのではと恐れているのだ。シーア派が投票に行くと言うことによって、スンニ派は彼ら(シーア)を止める方法がないと思っている。それでスンニ派は議席を失いたくないから投票に行くだろう。」(以上ほぼ直訳)

1920年の反英大暴動後即位したファイサルは大統領ではなく国王なので、何か当時の関連する背景を説明しているのだと思うが、興味深い見方だ。ちなみにE氏はシーア派である。

そしてイラク・イスラム宗教者委員会のクバイシ先生はこう語ったそうだ。

「スンニ派は参加しない。2日前、イラク・イスラム党に電話をして、なぜ選挙に行くと言ったのかと訊ね、またその理由を数日以内に答えるように言った。もし理由がなく選挙に行くのならば、我々イラク・イスラム宗教者委員会はイラク・イスラム党と共に働かないと人々に伝えるだろう。この選挙に参加するのはシスターニ師(イラクのシーア派最高権威)とクルド人の政党くらいで、サドル派など他はシーア派といえども参加しないだろうし、キリスト教徒も参加しないと聞いている。我々も参加しない理由として、アメリカが押し付けた選挙項目がある。それは、いかなる新政府が発足しても、例え米軍がイラクで人権侵害を犯そうがそれを変える権利はなく、新政府はその軍と治安と警察にかんする全ての権限をアメリカの支配下に置かなければならないと定めているのだ。」(以上サラマッドが聞いたのは23日)

27日、イスラム党がやはり参加を取りやめるとのニュースがあった。やはりクバイシ先生の影響は大きいのだろう。しかしこれで果たして本当に選挙などできるのであろうか。

ところでクバイシ先生は、「今日本人がイラク入りするのはおすすめ出来ない。例え民間人であっても、あなたの国が軍隊を派遣している以上身の安全は全く保障できない」とも言っていたそうだ。再びイラクの地を踏めるのはいつになるのだろう。


最後にもうひとつ。法学館憲法研究所の「今週の一言」で、私のインタビュー「イラク人と友だちになろう」が掲載されていますのでお知らせします。

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December 26, 2004

フランス帰りのサンタクロース

キリスト教徒ではないのだが、カトリックの幼稚園に通っていたせいか、クリスマスにはある種特別な感慨に浸ってしまう。大好きなフランスの画家、ジョルジュ・ルオーが描く黒く太い線に縁取られたキリストの聖顔から滲み出る光を見つめていると、それは毎朝幼稚園の教会で見上げていたステンドグラスから差し込む淡い陽光にも似ていて、聖母に抱かれ恍惚として眠りにつく幼い頃の記憶とも夢想ともつかぬ奇妙な既視感におそわれる。氷点下の悲しみが降り積もる夜が明ければ、一面の雪に地上の全ての音が吸い込まれてしまったような、静かな朝がきっとやってくるだろう。それまで、後どのくらいの夜を数えればいいのだろうか。

さて、イラク人現地スタッフサラマッドレポート。事務所近くの廃屋で生活している貧しい家族に、アマラと二人のフランス講演旅行でかき集めてきたお金でヒーター、レンジ、毛布などを届けてきた。夏は日中50度にもなるバグダッドだが、やはりこの季節は寒い。特に夜は底冷えするし、今年は電気事情が昨年と比べてもひどいので、毛布などはとびきりの贈り物だろう。とても暖かいクリスマスプレゼントになったと思う。そういえば昨年は高遠さんたちとストリートボーイズに毛布などを届けていたっけ。今年はフランス帰りのサンタならぬサラマッド・クロースかな。
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さすがに一ヶ月もイラクを留守にしていたので、彼も気になっていたらしく、私からの質問に対して実に丁寧に答えてくれた。なんと来年の国民議会選挙の運営責任者クラスの人物(E氏)と、イラクイスラム宗教者委員会のクバイシ先生にも会ってきて話を聞いてきたようだ。先生は現在大変忙しい上にカゼをひいていたらしく、ほとんどの訪問客を断っていたそうだが、モスクで偶然話しを聞ける機会ができたということでえらく喜んでいた。

自衛隊の派遣延長について聞いてみたところ、皆知ってはいるが関心はそれほどでもないという。一般市民からすれば、治安や電気など生活上の問題で手一杯で、それどころではないそうだ。E氏は、自衛隊は助けに来るといっているのに結局何も出来ていないということを前置きした上で、少なくともまだ誰一人傷つけていないということで、米軍よりはましだという評価である。クバイシ先生は、「我々はイラクにいる全ての軍隊に反対しているし、はじめから彼ら(自衛隊)を歓迎していない。その軍の名前がどうであれ、アメリカと働いている限り占領に手を貸しているということだ。イラクのどこであろうがいてほしくない」とさすがに手厳しい。

ファルージャについて、クバイシ先生は、「状況は最悪だ。全てが米軍に破壊されたが、米軍が掌握したのはファルージャの一部に過ぎず、抵抗戦士達が米軍からいくつかの土地を奪い返し、米軍は化学兵器と音響爆弾という国際法上禁止された兵器を使用して応戦している。ファルージャの住民は、電気も水道も出ないので戻ることが出来ない。ほとんどの住民はファルージャ周辺に逃れ、何人かはバグダッドにいる。戦闘はまだ続いていて、米軍はファルージャを開放するので住民に戻るように言うだろうが、実際には40%ほどしか開放しないし、とにかくファルージャの住民は化学兵器を恐れていて、誰も戻りたがらないのだ」と、米軍がファルージャにばら撒いた贈り物について嘆いていたという。

この他選挙についての興味深い見解も聞いたが、詳しくは後ほど。

イラクアート、「アジアの新生」銀座中和ギャラリーでの展示も今日で終了。ムハンマド・ムハラッディーン氏の作品もなかなかの評価を得たようだ。

明日は宮崎でイラクPEACEキャンペーンの最終イベントに参加して、私の今年の講演&イベントも終了となる。高遠さんやJVCの真紀さんともいっしょなのだが、一体どうなることやら・・・。衝撃(笑劇?)の宮崎にこうご期待!?

●12月26日…IN宮崎 雨天決行
  「Be Good Cafe 宮崎」と「イラクpeaceキャンペーン」のジョイントパーティ!
  宮崎市内を流れる大淀川河川敷(市役所横)でイラク写真展を併設しながら、
  いろいろなこと~即席ライブも有り?~を計画中!お楽しみに!
時間/12:00~18:00
参加費/500円(学生300円)
出席予定/布施祐仁(日本平和委員会)、佐藤真紀(日本国際ボランティア
センター)、相澤恭行(PEACE ON)、大平直也(イラク救済基金)、高遠菜穂子
(イラク支援ボランティア)、等々イホネットメンバーも宮崎に大集合!

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December 20, 2004

サラマッド、フランスから無事帰国

サラマッドから無事にバグダッドに到着したとメールがあった。アンマンからはやはりいつも通り陸路だったそうだが、封鎖された道も多く、ガソリンも闇でしか手に入らず、通常バグダッドまで12時間のところ18時間ほどかかったらしい。盗賊は見たものの、思いのほか道中は安全だったようだ。電気事情が悪くメールで到着を伝えるのが遅れたようだが、無事到着と聞いてまずは一安心。

バグダッドの状況はやはりかなり悪いままのようだ。電気は6時間中2時間もくればいいほうで、全くこないときも多いという。以前は身を隠していたイスラム戦士達も、堂々と街を闊歩するようになっていて、飲酒など風紀の乱れを厳しく取り締まりはじめている。市内各地での戦闘も相変わらずで、先日もドーラ地区で米軍とイスラム戦士との激しい戦闘があり、なんとAろう学校で使用しているPEACE ONのマイクロバスが一台巻添えに被弾し、窓ガラスが2枚破損。幸い子ども達は乗っていなかったものの、たまたまそこに隠れた女性がひとり撃ち殺されてしまったということだ。バスはサラマッドの弟が修理に出してくれて、今はまた子ども達の送迎ができているとのこと。他のバスは問題なさそうだ。

以上とり急ぎ報告まで。フランスでは小学校から高校まで学校での講演以外にも、国営テレビ第3チャンネルにも出演。そして新聞等の取材も受けて、イラクの現状から我々の活動について話してきたようだ。

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学校で講演中のサラマッドとアマラ

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左はフランス人元Human Shieldのナディア。昨年のイラク戦争中は、ドーラ浄水場でバグダッド陥落まで共に過ごした戦友?である。当時サラマッドは我々のガイド役だった。現在ナディアはジャーナリスト専門学校で勉強していて、今回サラマッドを取材したそうだ。

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2003年4月11日バグダッド陥落直後のナディアと私。パレスチナホテル前の米軍戦車を囲み、ロウソクを持ってイラク戦争の犠牲者を追悼した。

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December 10, 2004

サラマッド in France

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*左からアマラの妹の夫、アマラ、アマラの妹、サラマッド


フランス人アマラとの戦時下で芽生えた恋が、今年5月にめでたく結婚までたどり着いたイラク人現地スタッフのサラマッドは、国際結婚に関する手続きのため先月からフランスに滞在している。しばらく北部のネット環境もないようなところにいたらしく連絡が滞っていたが、ここ最近パリに戻ってきてまたメールが届き始めた。

当初長くても2週間ほどの滞在になるだろうと言っていたが、記者会見やら講演やらラジオ出演やら立て込んできて滞在の延長を決めたらしい。早く戻りたかったが、いま自分にしか伝えられないことがある。今のイラクの現状を、イラクに住んでいるイラク人の言葉で伝えること、そしてその中で我々がどういう活動をしてきたのかを伝えたいんだと言っていた。また、いかに多くの日本の市民がイラクの市民のことを気にかけて寄付をしてくれたか、アマラと一緒に説明したところ、何人かはムスリム、つまりイラク人の兄弟であるはずなのに、これまで1ユーロも寄付してこなかったことについて、恥ずかしく感じていたということだった。

フランスでは、病院に行っても、レストランに行っても、自分がイラク人であることがわかるとお金はいらないという人が多く驚いたそうな。また、たくさんの人がイラクのことを聞きたくて会いに来るが、誰一人としてイラク人のことを悪く言う人がいなく、皆とても親切に敬意を持って接してくれるので、とても嬉しかったと言っていた。

しかしそんなサラマッドも、ここ最近はホームシックのようだ。

「イラクが恋しくてしょうがない。今すぐ帰りたいよ。自分の部屋、生活、家族、全てが恋しい・・・」

いつかはイラクを離れて外国で暮らしたいとも言っていたサラマッドだが、治安が悪くなる一方のイラクでも戻りたいそうだ。私も早くイラクに戻って活動したい・・・。

と、ここまで書いていたらまたサラマッドからメール。これからリールでアマラと二人での講演だそうだ。アンマンには15日に出るとのこと。しかしバグダッドの父親に電話すると、状況が悪すぎるから今は帰ってこない方がいいと言われてしまったそうだ。電気は一日に一時間ほど。以前1ボトル500ID(イラクディナール 500IDだと約40円)だったガスが10,000ID(20倍)に。部屋を温める灯油はなく、弟のアムジェッドが父親の車のガソリンを入れるために朝5時に行っても、入れて帰ってくるのは夜10時。(以前正規価格は1ℓ約2円、闇でも10円ほどだった)ガソリンも1ℓで約1ドル(おそらく闇価格)。戦闘はいたるところで続いているなど・・・。(以下原文一部抜粋)

about the situation I called my father yesterday and he told me dont back now because it is too bad, electricity as he said 1 hour all the day, 1 bottle of gas by 10000 ID before was by 500 ID, there is no white oil to heat houses, my brother amgad go to get petrol to my father car since 5 oclock in the morning and he got petrol at 10 oclock in the night, and 1 litter of petrol in market around 1500 ID mean 1Doller, and still fighting every where, that what my father said to me, and when I back I will check every thing and tell you.
your friend

今日他から入った情報でも、電力不足のためかバグダッド市内の携帯電話が一斉にダウンしているようだと聞いていたので、まさにサラマッドの父親が伝えていることと一致する。

多くの報道機関が撤退したためこのような情報はますます少なくなっているが、バグダッド市内の状況はますます悪くなっているようだ。またファルージャでは、一時米軍が市内をほぼ制圧と発表してから極端に報道がなくなってしまったが、不気味な静けさを感じる。もし制圧したのならその様子を伝える報道がなぜ出てこないのか。つまり米軍とイラク暫定政権側が報道陣や人道支援団体などを現地に入れていないということだろうが、入られて状況を知られると困ることがあるからに違いない。一部アラブ系メディアによるとやはりまだ戦闘は続いており、米軍側も苦戦し相当の犠牲を出し、何と化学兵器を使ったのではないかという報道すら出ているほどだ。そういえば今年4月のファルージャ侵攻の際も、5月には停戦合意が結ばれたというものの、実際のところ米軍側は相当の犠牲を出し、事実上の撤退であったとも聞いている。5月にファルージャを訪れたとき、破壊された自宅を案内してくれたおやじさんが、「ムジャヒディンがここで米兵を30人は殺した。我々が米軍を追い出したんだ」と意気揚々としていたことを思い出す。

そんな中、政府は自衛隊イラク派兵の一年間の延長を閣議決定。イラクの風景に、またひとつ我々の罪業が塗り重ねられていく。


そういえば、ロシア南部カフカスのイングーシ共和国でロシアの秘密警察に拘束されていて、結局国外退去処分になって先日帰国したばかりのジャーナリスト、常岡さんから昨日(8日)電話があった。元気そうでなにより。日本ではほとんど報道されていなかったが、ロシアではTVも新聞も大々的に取り上げていたようで、解放後、現地ではちょっとした有名人になってしまったそうだ。他にもいろいろ面白いことを聞いたが、これから次々と暴露記事が出ることがとてもたのしみだ。ロシア秘密警察もまたとんでもない日本人を捕まえてしまったものだと思う。

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November 25, 2004

サラマッド、妻の国を訪れる

五日ほど前から現地スタッフのサラマッドはフランスにいる。アマラとの結婚に関する書類等の手続きとやらで、一度行く必要があるとは以前にも聞いていた。ここ最近のイラク情勢悪化により、しばらく出国を見合わせていたのだが、もうこれ以上は引き延ばせないということだったらしい。一時封鎖されていた国境が再び通れるようになったとはいえ、道中のことを考えると非常に心配で思いとどまるようにも言ったのだが、結局予定通り出発。アンマンから無事到着の一報をもらったときはほっと胸をなでおろしたが、やはり道中は相当危険だったようだ。

陸路アンマンまでいつもはバグダッド街道を使うのだが、今は当然ファルージャのあたりは閉鎖されていて通行ができないので、他の迂回路を使わざるを得なかったそうだ。三つの路を試してみたが、ひとつはイスラム戦士が検問をしていたので、ドライバーが外国人であるアマラのことを考慮して引き返した。別の路はすでに破壊されていて、結局残されたひとつの路を通るしかなかったそうなのだが、突如として4台の米軍戦車が現れ路を封鎖し、戦車砲の砲口をフロントガラスに突きつけたという。

サラマッドはその時の恐怖を次のように語っている。

「あの時はもうおしまいかと思った。なんて説明すればいいのか、全身の血が抜けていき、生気が全て失せていったような感じというか・・・」

その後数人の米兵が降りてきて車の中を調べられたが、何とか無事に通してもらったとのこと。ヨルダンとの国境は問題なく通過できたらしい。

フランスへの入国は、空港税関でいろいろ尋問されかなり時間がかかったそうだが、何とか二人とも無事到着。現在はパリで毎日電車を乗り継ぎながら、煩雑な書類手続きのためお役所周りをしているそうだ。

サラマッド、初めての妻の国フランスを訪れる。寒くて寒くてたまらないと言っていたが、アマラの家族の温かさに包まれてとても幸せそうだ。フランスでは、アマラがイラクの戦時下で人間の盾の活動をしていたときの体験を基にした漫画が出版されている。きっと多くの友人達が二人を祝福してくれることだろう。


サラマッドがフランスから電話でバグダッドの父親に聞いたところ、ファルージャでもバグダッドでも状況はさらに悪化しているらしい。ファルージャ市内では、相変わらず米軍が封鎖しているため本当に必要なところに援助物資が届いていない。米軍は中で自分達がしたことを見られるのを嫌い、救援隊の立ち入りを禁じているとしか思えない。

日本からの寄付金によるファルージャからの避難民にたいする支援は、スレイマンさんたちのおかげで継続できている。 (シバレイのブログ参照)

*以下の写真は先月末にサラマッドとアマラがバグダッドのアルマナー身体障害者施設に修理したマイクロバスを届けにいったところ。直後に香田さんの事件が起こったためUPが遅れていました。なおファルージャ総攻撃以降急激な治安悪化のため現在この施設は閉鎖されている。
almanar/DSCI0016almanar2/DSCI0021
amara/DSCI0023sarmad/DSCI0028

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November 16, 2004

サラマッド続報 ムサーナ・アルダリ氏に会う

IMGP2978.JPG
*写真左から二人目はムサーナ・アルダリ氏。8月バグダッド滞在時に撮影。

昨夜(14日)、サラマッドと電話連絡がついた。先日(13日)ウム・アル・コラモスクに行って、イラクイスラム宗教者委員会の広報責任者のムサーナ・アルダリ氏に会って話を聞いてきたそうだ。

イラク赤新月社などを通じて、国内からたくさんの支援物資がファルージャに向けて送られているが、何とか市内には入れたとしても、肝心の支援が必要としている人のもとには届いていないらしい。イラク暫定政権は許可を出していても、米軍が立ち入りを認めていないのだ。サラマッド自身も大量の食料や医薬品を積んだトラックを目にしたが、どの車も届けることが出来ずに立ち往生していたらしい。つまり、食料や医薬品など、すでに集められているのだが、それを必要としている人たちのもとにはまるで届いていないということだ。

また、市内から脱出できた人の証言によると、市内では病院等も占拠され、多くのドクターも捕らえられてしまっているので、あふれかえるけが人の治療が出来ない状態が続いているようだ。スナイパー(狙撃兵)が動くものは誰でも撃ってしまうので、救援に向かったドクターですら中には入れない状態で、市内は死体であふれ死臭がたちこめているという。

そして報道では米軍がファルージャ全域制圧とあるが、せいぜいメインストリートを占拠している程度で、米軍は伝えられっている以上の相当な抵抗にあって苦戦しているとも。そういえば、5月にファルージャを訪れた際、米軍はかなりの抵抗に苦しめられたという住民の言葉を思い出した。あの時は停戦合意とはいえ実際には米軍が撤退した形だったのは間違いないだろう。現在の報道はほとんど攻撃する側からの報道で、迎え撃つ側の報道はまるでない状態。米軍はすでに毒ガス等禁止された兵器を使っているとの報道もあったが、現在のような状況では真実は全て藪の中だ。戦争の最初の犠牲者はやはり真実である。

ムサーナ氏も必死で支援ルートを探しているがまるで見込みがないという。クバイシ先生にも会ったが、相当疲労困憊していた様子で、まともに話しかけられなかったということだ。先日クバイシ先生とハリス・アルダリ師が米軍に包囲されたというニュースには驚いたが、幸い二人とも無事だったらしい。もっとも、今後も逮捕される可能性は否定できないらしい。

イラクイスラム宗教者委員会は、選挙をボイコットするという声明を出したが故に、米軍はある種の締め付けとしてこのような行動に出たと思われるが、スンニ派に絶大な影響力を持つ彼らを逮捕拘束すれば、一体どのような反米感情が民衆に沸き起こるかわかっているだろうに、もはやわざとやっているとしか思えない。そういえば8月私のバグダッド滞在中には、ムサーナ氏が米軍にわけもなく拘束されていた。

イラクイスラム宗教者委員会が選挙に協力できない理由は、この度のファルージャ侵攻のみならず、選挙の規約に、投票するものはアメリカの定めるものを守らなければいけないと書いてあるからだという。民主的な選挙を平和裏に実施するためにと言って、独善的なやり方に反対する勢力を暴力で抑え込むという絶対的な矛盾、そしてその愚かさに、どうして気が付かないのか。やはり意図してやっているのだろうか。アラウィ首相に対する不満も一気に高まり、予想通り戦闘は各地に飛び火し、もはや平和裏に選挙を行うことは不可能だろうというのが、大方のイラク人の見方だと聞く。ムクタダ・サドル師もボイコットを呼びかけている。かろうじてシーア派の最高権威のシスターニ師は選挙に協力する姿勢を見せているのが救いだろうか。

バグダッドの治安も悪化の一途をたどる。PEACE ONが支援している障害者福祉施設も含め、学校はもう5日間閉鎖されたままらしい。電気は8時間停電の2時間通電。ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、14時間も待たなければならないという。ガソリン公式価格は1リットル20ディナール(約1.5円ほど)とかわらないが、闇で買うとなんと1リットル2000ディナールと100倍の値がついているそうだ。

ムサーナ氏は、日本の友人がイラクのこと、ファルージャのことを気にかけて何とかしようとしていることについて、とても感謝していると伝えてくれと言ったそうだ。どうにかしようにも何も出来ないのは、われわれもいっしょだ。何かしようとしてくれている気持ちだけでもとても有難いということだ。とにかく、現状を変えるためには、世界の関心と行動が必要である。ひとつひとつはとても小さくても、それが大きい流れにたどり着いたとき、何かが変わる。そしてそれを信じること。それが第一歩だと思う。

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November 12, 2004

サラマッドから続報&緊急支援のおしらせ&先日の翻訳の続き

サラマッドからメールで続報。翻訳が追いつかないのでとり急ぎ一部のみ紹介。なんとイスラム宗教者委員会の最高責任者ハリス・アルダリ師とおなじみのクバイシ先生宅が米軍に包囲されたという。あいた口が塞がらない。アメリカの無神経さもついに行き着くところまで来てしまったようだ。もし彼らが捕まるようなことがあれば、取り返しのつかないことになってしまうじゃないか。また、先日のサラマッドの予想通り戦闘は各都市に飛び火し、バグダッドでは学校も障害者福祉施設も閉鎖、電気もほぼ一日中来なくなるほど状況は悪化してきてしまっている。

~以下サラマッドから~

Now really to bad situation because no body can go out never after dark coming , and as you heard, there are too much fight in all Iraq ,in karballa in mosel in samara in hiit in dealla in tkrit in karkok, and fighters took 6 police station in mosel.
USA now they look for mr.harith al dari (manager of Islamic board ) and mr.al kubaisi (speaker of Islamic board ) and they broke their houses to find them .
Also school and handicapped school closed because parents of children scared to let their children go to school , electricity cut to almost all the day and if any fighting happen in any city directly government cut electricity .
USA say we got 70% from falluja but the fighters number become bigger in falluja to be 3000 fighters .
In al sudia Arabia some imam give fatwa said go fight in falluja with your brothers in Iraq and some imam in same country refused this fatwa , USA said we killed 500 fighters in falluja and they said al zarkawi left falluja .
So this last details about the situation in falluja and Iraq.

ファルージャの叫び、イラクの叫びは、この不気味なまでの世界の沈黙の中、行き場をなくして立ち尽くしてしまっている。

*こんな中、PEACE ONとしてどのように支援していくのか、サラマッドと相談を続けていますが、彼自身の安全の問題と、また、組織としてはまだ弱小で戦闘地域における緊急支援の体制が整っていないので、現状では残念ながら独自のファルージャ支援は不可能な状況です。よってとり急ぎ現在国際NGOとアンマンで調整を続けているJVCの呼びかけを以下に紹介します。まだ流動的ですが、今後PEACE ONも現地で何らかの協力体制を作れるよう努力いたします。

~以下JVC佐藤真紀さんからのメール転載~
ファルージャの攻撃に関して

イラク暫定政府のアラウィ首相は、11月7日、クルド地区を除くイラク全土に非常事態宣言を出しました。これは、令状なしの家宅捜査や、外出禁止令などを住民に課し、住民の行動に著しく制限をつけるものです。
 そして、一万人を超える、アメリカ軍とイラク軍が、ファルージャへの攻撃を開始しました。多くの一般市民が逃げることもできず、攻撃に巻き込まれています。また、赤十字によると多くのファルージャからの避難民も十分な水や食料にアクセスできていません。
 私たちは、多くの市民を犠牲にするような攻撃はただちにやめるように、国際人道法に従い、民間人の保護に尽力を尽くし、病院や救急車などの攻撃で人道支援を妨害しないことを、アメリカ政府および、イラク暫定政府に強く要求します。
また、小泉首相がいち早く、今回の武力行使に支持を表明したことは,はなはだ遺憾です。
私たちは、日本政府に、アメリカ政府,イラク暫定政府が攻撃をやめ、民間人を保護するように圧力をかけることを要求します。


  JVCの人道支援

JVCでは、10月から毎日のようにファルージャの空爆が続いていることを憂慮し、ファルージャの緊急支援を開始していました。本格的な攻撃が始まる前に薬や消耗品をファルージャの病院にすでに入れたことが役立っていることを祈ります。

10月6日 ファルージャとサドルシティへ第一弾の支援(医療消耗品3,880ドル)
      ファルージャは総合病院 サドルシティはクリニック
10月8日 サドルシティへ医薬品を届ける
10月9日 ファルージャ総合病院へ第二段の医薬品を届ける(3,800ドル)
10月20日 ファルージャ総合病院へ第三段の支援 グルコースとベッドシーツを届ける($4,600)
10月27日 ラマディの病院へ ベッドシーツ、包帯、ガーゼなどを支援 ($4,000)

11月8日 ラマディ総合病院へ ギブス、タンカ、生理食塩水、やけどの薬($9400)の支援を準備

現在、ファルージャの地元組織とも連絡を取り、更に薬が入れられるか現場で調整をしています。

JVCの活動にご理解を頂き引き続きご支援をよろしくお願いします。
 郵便振替: 00190-9-27495
   加入者名: JVC東京事務所
   通信欄: 『イラク緊急』とお書きください
問い合わせ先
 日本国際ボランティアセンター(JVC) 担当: 佐藤真紀 
 
E-mail: makisato@ngo-jvc.net

 Tel: 03-3834-2388 Fax: 03-3835-0519


~以下はサラマッドレポートの翻訳の続き。先日訳しきれなかったイラクイスラム宗教者委員会がメディアに発表した声明~

10月20日に開かれたイスラム宗教者委員会会議の概要(2004年11月9日)

我々イラクのイスラム法学者は、アラウィ首相の宣言、つまりファルージャの人々が彼との交渉をやめたという理由で、交渉を続ける忍耐が切れたということ、そしてまたたとえザルカウィがファルージャにいるということが事実でないとしても、アメリカと政府が彼らの町を破壊するということを、ファルージャの人々から聞き、いくつかの要求と決議に合意した。

(要求)
1.我々は、国連事務総長と国連安全保障理事会のメンバー全員に対し、この大量殺戮に反対すること、また、ファルージャの事実を明らかにすることを求める。
2.我々は、アラブ連盟に対し、この犯罪、アメリカがファルージャで遂行する大量殺戮を止めること、そしてまたファルージャの事実を明らかにすることを求める。
3.我々はイスラムとアラブの人々と各政党に対して、イラクの同胞を救済すること、アラブ諸国の各大統領には、沈黙によって人々を無関心にしておくことをやめて、イラクの実情に対して支援することを求める。
4.我々は、イスラムの教えにあるとおり、ムスリムの同胞を助けなければいけないというときに、イスラム諸国会議機構と世界イスラム連盟、そしてアル・アズハル・アル・シャリフ(イスラミック・リサーチ・アカデミー)がなぜ沈黙を保っていられるのかと驚いている。

(決議)
1.我々はイラク国民が占領に対して戦う権利を持つと考え、神のご加護と祝福を希う。
2.アヤド・アラウィ(首相)は、アメリカ軍と彼の軍隊がファルージャの人々に対してなすことの全て、そしてファルージャでの交渉を破棄したことについての全責任を負っている。
3.我々は、もしもわれら同胞の血によって汚されるのならばこの選挙をボイコットする。
4.我々は、この戦争が行われたら他の強行策をとるだろう。
5.我々はイラク国民に対して、この決議に従うよう公式に宣言するだろう。

そしてイスラム宗教者委員会は今日(11月9日)、選挙をボイコットすることを決定し、全ての警察と国家警備隊に対して、アメリカに従わないように、アラウィの言葉を聞かないようにと呼びかけた。ムクタダ・サドル師もまた同様に発言したので、アメリカは高官をイスラム宗教者委員会の指導者ハリス・アルダリ師のもとに送り選挙に協力するよう求めたが、ハリス師は、これはイラクの問題であると言って、(アメリカの)高官とは話さなかった。

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November 11, 2004

サラマッドレポート ~ファルージャについて~

今日(10日)はアメリカ大使館前の抗議集会に参加してきた。その後LAN TO IRAQの反省会を終え、何とか今朝届いたサラマッドからのメールの翻訳を始めた。

~以下サラマッドから~

マイフレンド、返事遅れたとしたら申し訳ない。人々から意見をきいていたんだ。

まず伝えることは、今ファルージャに入ることはとても困難だ。本当に方法がない、不可能だ。全ての道は封鎖されているんだ。たくさんの人々が助けたがっているけど、まだまだ難しすぎる。でも明日イスラム宗教者委員会に行って、方法はあるか、また、ファルージャの状況についてきいてみるよ。

今はバグダッドも危なすぎる。政府の決定によって、バグダッドとひどいことに他の都市も夜10:30過ぎから朝の4:30までは外出できない。

以前の攻撃は路上に爆弾を仕掛けたもの、または爆弾を大量に積んだ車両によるものだったが、今では多くの武装グループが警察と国家警備隊に対して正面から攻撃している。また警察は米軍といっしょに各都市を塞ぎ孤立させている。例えばドーラでは、マハディとハイウェイに戦車を配置し、夜間ドーラ周囲の全ての道路を封鎖しているので町の外に出ることが出来ない。しかし全ての都市が同じというわけではなく、いくつかは封鎖されていない。

武装グループはいま、(以前とは)違った目的で攻撃している。例えばキリスト教教会など。今の彼らの目的は、まさにアメリカと政府の気持ちを混乱させることにある。

また、今はヘリコプターが頭上を超低空で飛行している。そして飛行機はバグダッド上空ですら多すぎるほど見かけ、やはり超低空で飛行している。他にも知っているとおり今は非常事態のルールになっている。だから警察と国家警備隊はいかなる理由でも銃を使う。例えばもし彼らが止まれと言ったのに止まらなかったり、口論になったりすると、ほとんどの場合、彼らは殺しこそはしないものの、頭上で銃を撃って脅すんだ。

午後5時以降にもなると人々は家に隠れる。怖いからだ。もし夜8時頃出かければ、道路はまるで車の走っていない。おぼえているかな。まるで君がいたあの戦時下のようなんだ。

そう、君が言うとおり、いまファルージャでは一般市民が留まっている。

テレビで流れていた通り、米軍はファルージャの二つの橋を占拠した。それは市の中心部に非常に近いということ。おそらく500メートルほどだろう。

~人々の声~

1.ファルージャで起きていることは許されざる大罪であり、反対している。また、アラウィはただの犯罪者だ。サダムフセインとなんら違いはない。我々は選挙という冗談の中に生きている。なぜならそのために毎日人が死んでいる。死体の上の選挙など望まない。

2.今ファルージャで起こっていることはいいことだ。テロリスト達は我々の国から出て行かなければならない。ファルージャの人々には気の毒だが、彼らがテロリスト達を市内に受け入れたのだ。

3.我々は今自由を手に入れている。それぞれの戦争において敗者は存在する。ファルージャの人々が状況を受け入れないのには理解できない。つまりアメリカがいて、新しい政府が出来て、サダムの時代は終わったのだ。思うに彼らが受け入れたくないのは、ほとんどの人がサダムと働いていたから。だから彼らはまだサダム時代のような気持ちを持っているのだ。

4.どのように新しい政府とアメリカに我々を殺す許可を与えるのか。これは一時的な政権でありアメリカは占領軍だということは皆知っている。彼らはイスラムを嫌い、アラウィはアメリカのために働くただの代理人。だから出来るだけたくさん殺せば彼はご機嫌なんだ。アラーはファルージャの英雄を救う。そしてファルージャもイラクも決してアメリカにイエスとは言わない。

5.そしてこれは僕の意見。このファルージャでの戦争には、二つの見方がある。僕はそう思わないが仮にアメリカが正しいとすると、ファルージャにはテロリストがいるということになる。それはつまり彼ら(米軍)が攻撃するとき、彼らはそのテロリスト達にファルージャを離れる機会を与えるということ。なぜならすでに彼らテロリスト達はファルージャに出入りする秘密の道をしっているから、もし米軍がファルージャに入れば、米軍がファルージャにいる間に、彼らは逃げ出しイラク全土に隠れるだろうから、それはよくない。そして僕が思っている通り、アメリカが正しくないとすれば、彼らはたくさんのイラク人を殺し、彼らと新政府に抵抗する新たな敵を生み出すことになる。そして始めからこれは政府の失敗だった。なぜなら彼らはファルージャの人々と宗教指導者との交渉に十分な時間をかけなかったから。話し合う道はいつも開かれていたのに。

6.アマラの意見:ハロー、YATCH、サラマッドがあなたのメールを読んでくれたとき、あなたが人間の盾で入りたい(ほどの気持ちだ)ということを伝えてくれたとき、最初の気持ちとしては、うん、ぜひ来て、全ての平和を望む普通の人に来てもらって、何かやりましょうよと伝えようかとも思った。でも、それから米兵がファルージャと避難している市民に対して攻撃するやり方を見たとき、それは決していい考えではないと思ったの。だって彼ら兵士達は全く遠慮がないし、何ものも彼らを止められない。彼らにはこの町を破壊するという命令があり、彼らはそれをするでしょう。私は他の国のどの大統領も何も言わないということに対してただ恥ずかしさを感じる。ファルージャの1000から2000人の戦士に対して、12000もの米兵がいるなんて信じられる?ジャーナリストは入ることも撮影することも許されていない。私はファルージャから(車で)一時間のところにいて、こんな仕打ちを受ける必要のない人々のことを考えている。彼らは数週間前から、夜も昼も、戦闘機から、戦車から、我々のしらないたくさんの兵器によって攻撃を受けている。彼らは第二の橋までたどり着いたことを誇りにしている。でも12000人もの人間がそんな小さな村にいるなんて!!!!!!!

たとえ彼らに十分なことが出来ないとしても、君の周りで起こっていることを全てについて、話すことをやめてはならない。もう一度繰り返すけど、本当に、我々は何を言うのにも小さすぎる存在だけど、人々が一緒になれば、政府に圧力をかけることが出来る。

ニュースを見るたびに、僕の目からは涙が零れ落ちる。僕に出来ることは、正義が成し遂げられることを祈るだけだ。
この大量虐殺は、人々をより暴力的にするのを後押しするだろう。ファルージャで攻撃が始まってから、連日、犯罪はより一層大きくなっている。それでもまたアメリカは何も考えない。ファルージャのレジスタンスを取り除こうとすればするほど、彼らは皆逃げていって、他の地域で復讐をしているというのに。それが今起こっていることだというのに。

*以下イラクイスラム宗教者委員会がメディアに発表した声明に続くのですが、連日の睡眠不足のため限界がきたので、訳は後日にさせていただきます。(以下原文には英訳が載っています)

~以下原文~

Hello my friend, I am sorry if I late to answer you but because I was asking people about their opinion.
In the beginning let me tell you, that, it is too difficult to enter falluja and really there is no way, impossible, because all the ways closed, and really there is too much people want to help but still too much difficult but tomorrow I will go to Islamic board to ask them if there is way and also to ask them what the situation in falluja.
About Baghdad now, it is too dangerous, you know now you can not go out after 10.30 night that what our government decide until 4.30 morning in Baghdad and worst in other cities.
Before fighting was by put bombs in the way or by cars full by bombs, but now there are many armed groups attacking police and national guards face to face, also now police with USA block each city alone, for example they block dora they put tank in Mahdia and in high way and in all ways around dora in night so you can not leave your city but not all city same some of them they did not block them.
Armed groups attacking now deferent aims, for example churches Because their aims now just to make mind of USA and government busy.
Also now helicopters flight too low in above our head, and now we see air crafts and too much even above Baghdad and also flight too low, other thing you know now our rules became emergency, that why now police our national gard use their guns for any reason for example if you don’t stop when they tell you stop or if you fight with them by speak, most of time they don’t kill you but just they shot in above your head to scare you.
Now you find people hide in their house after 5 o'clock because they scared and if you go out around 8 o'clock you will find our streets empty like if you remember war time when you was here.
Yes as you say there is some people stay in falluja now citizens.
As they show in TV amrican occupied two bridges in falluja that mean they too close from center of city maybe 500 m.
People opinions :
1.we think what happened in falluja big harram and we against it also we think aid alawy only criminal and there is no deferent between him and sadam hussain, we think we live in joke call election , because for that our people die every day , so we don’t want election on our died people bodies .
2.we think it is good what happen in falluja now because those terrorists have to leave our country and we feel sorry for falluja people but they accept to receive terrorists in their city .
3.we think we get freedom now and in each war there are losers and we can not understand why falluja people doesn't want to accept the situation I mean USA here and new government here and sadam time go, but I think they don’t want to accept because most of them were work with sadam so they still have same mind like in sadam time.
4.how give permission to new government and USA to kill our people and every body know it is temporary government and USA is occupation, because they don’t like Islam and that Always only agent work for America so for him as much as can kill people he will be happy and allah help our people those heroes in falluja, and falluja and Iraq never will say yes for USA .
5.and this is my own opinion(sarmad). With this war on falluja there are two ways to this war , if amrica right as I don’t think so there is terrorist in falluja , that mean when they attack them they give to those terrorists chance to leave falluja because already they know too many secret way to enter and leave falluja so that mean if USA enter falluja they will run away to be hide in all Iraq while they were only in falluja and it is not good , and if USA not right as I think so that mean they killed more Iraqis and make other enemies against them and against new government . and since beginning it was government fault because they did not spend time for negotiation with falluja people and with their shaik and always there is way to talk .
6.Amara`s opinion hello yatch when sarmad read your email to me and tell me you want to come to be a human shield my first idea was to call you and say yes please come , come all of you normal people who want peace and lets do something .But then when I look at American soldiers the way they hit falluja and the civilian who did not live their house I think its not a too good idea because those soldiers don’t care at all ,nothing can stop them they have the order to destroy this town and they will do it . I am just ashamed that no president of other country say nothing. Can you believe that they are about 12000 American soldiers against 1 or 2000 fighters in falluja. No journalist are allowed to enter and film .I am here one hour to falluja and I think every seconds about those people they don’t deserve what they getting they get hit night and day since several weeks by plane by tank and by many weapons we don’t know about it . They are proud they arrived to the second bridge but 12000 man for a so little village.!!!!!!

Even we can not do much for those people you must not stop talk about what is happening all around you. But once again really we are too little to say anything but what the people can do together is make pressure on their government.
Every time I see the news tears fall from my eyes but all I can do is pray that justice is done.
This genocide push the people to be more violent because since it started in Falluja the crimes get bigger and bigger every day because once again American did not think that by trying to get rid of the resistance in Falluja they will all run away and take their revenge in other area and that what is happening.

Summary of meeting of Islamic board 20 of October 2004-11-09
We muslin scientist in Iraq after listening to Falluja people and what American and government destroy in their city, and after allaoui declaration` that his patient finish with negotiation in falluja that the reason the people from falluja stop negotiate with him and also after he say even its not true that zarkaoui is in falluja so we arrive to some claims and resolutions
Our claims :
1) we claim secretary of united nation and all members of security council to be against this genocide and ask them to verify the facts in Falluja
2) we claim Arabic union to stop this crimes and genocide that American pursue in Falluja, and also verify the facts in Falluja
3) we claim Islamic and Arabic people and policies organizations to help their brothers in Iraq we claim president of Arab to stop keep silent and support Iraqi case , to let their people not feel angry against them because they keep silent.
4) We are surprised of Islamic conference and Islamic world union and Al azharr alsharif why do they keep silent while they must help their Muslim brothers as Islam say.
Our resolutions
1) we see Iraki do their right by fighting against occupation and ask god to help them and to bless them.
2) 2) ayad allaoui have all the responsibility for all usa and his army do against our people in Falluja and about the way he make the negotiation break in Falluja.
3) We will boycott the election if those election will be marked by the blood of our brothers
4) .We will use other strong way if this war happen.
5) We will make an official decret to the population in Iraq to make those resolutions followed.
And now Islamic board decide today to boycott election and it call all the police and national guards to stop support USA or listen to allawi and mr.moktada al sadir also said same thing, so USA send big leader to talk with shaik harith al dari boss of Islamic board to share in election but mr.harith told that leader it is Iraqis affairs, so mr .harith did not talk with him

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November 10, 2004

誰だってテロをやめさせたいと思っている

サラマッドと連絡がついた。どうも先日ドーラ地区であったキリスト教会の爆破事件はわりと近所だったらしい。とにかく治安が悪すぎて移動も困難で、事務所に通ってメールが出来ない状態だったということだ。ファルージャについては彼もなすすべがなく途方に暮れている。これまで何度か訪れていたジョラン地区の知人のファミリーとも連絡がつかず、彼らが留まっているのか避難できたのかわからないそうだ。

ファルージャへの総攻撃について、来年一月の選挙に効果があるどころか、全く逆の結果を生むだろうとのこと。そもそも外国から来た武装組織はファルージャだけでなくイラク全土にあふれている。あんなずさんな国境警備ではいくらでも入ってきてしまう。そしてファルージャに立て籠もっていた連中の大部分は包囲される前に脱出しているので、今残っているのはもともと地元にいたイラク人の抵抗勢力が中心になっているに違いないとも。米軍がファルージャに集中すれば、喜ぶのは外国人勢力であり、犠牲となるのはファルージャの人々だという。

そしてこの混迷を極めるイラクの現状を改善させる方法は簡単なんだという。それはアメリカが各地域の支配から手をひくこと、そして治安維持はそれぞれ地元の長に任せること、ということだ。アメリカは各地域どこでも主導権を握りたがるが、地元のことも文化のこともまるで理解していないから下部組織がついてこない。その結果、治安維持を中心に指揮命令系統が機能せずに外国人勢力の侵入を簡単に許してしまう。部族や宗教をよりどころにするもともとあった地元の組織体系に任せておけば、外国人勢力の侵入は完全に防ぐことが出来るという。

この話を聞いていて思い出した言葉がある。「誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい」アメリカの言語学者、ノーム・チョムスキーの言葉である。

イラクの市民とアメリカの知の巨人の言葉が、寝不足の私の眼窩の奥で忽然と共鳴し心地よい和音を奏でた。欲望に絡み縺れた不協和音で生の感官を麻痺させ、死の轟音に乱舞して孤独を癒す哀れな超大国国家テロリストの長の心にこの和音を響かせるには、一体どうすればいいのだろうか。

~以下本日BCCメール通信で流したものを貼り付けます。イラクの知人から聞いた情報、また、いくつかのアクションを紹介しています。~

親愛なるみなさま

お世話になります。PEACE ONの相澤です。
毎度BCCメールで大変失礼いたします。(転送歓迎)

ブッシュ再選の悪夢から覚めやらないまま、
イラク暫定政府は北部クルド地域を除く全土に非常事態宣言を発令し、
ついにファルージャでの総攻撃が始まってしまったようです。

米軍を中心とする占領軍とイラク政府軍は、
来年一月に行われる国民議会選挙を平和裏に行うために、
ファルージャに立て籠もる武装勢力を一掃するとのことですが、
市内には避難できずに留まっている一般市民がまだまだたくさんいます。
昨日イラクの知人に電話して確認したところ、
郊外を合わせたファルージャの人口約45万人のうち、
約20万人は避難できたそうですが、
まだ残りの25万人ほどは取り残されたままだそうです。
しかも18歳から45歳の男性は戦闘年齢ということで、
避難しようにもチェックポイントで追い返されてしまうし、
別れて避難するわけにはいかない女性や子どもも多いとのことです。
このように、罪のない家族が犠牲になればまた新たな憎しみが生まれ、
安全に選挙が行えるような状態になるとは到底思えません。
先日、急激に治安が悪化するバグダッドから、
現地スタッフのサラマッドも、
「米軍が攻撃の手を強めれば強めるほど、
爆破事件などが増え、抵抗する勢力も強くなっていく」と言っていました。

そのサラマッドともなかなか連絡がつきにくくなっています。
新婦アマラは外国人(フランス人)ですし、二人の安否も心配ですが、
彼らもファルージャのことはとても心配していて、
イラクイスラム宗教者委員会にも足を運んでくれましたが、
どうにも攻撃をやめさせる手立てがないと嘆いていました。
このままでは、今年四月の日本人人質事件の背景となった
あのファルージャでの包囲攻撃、1000人ほどもの人々が
犠牲になったともいわれるあの惨劇を上回る結果にもなりかねません。

昨夜遅くテレ朝の収録があり、
上記の避難民のことなどコメントしたのですが、
今朝の番組(スーパーモーニング)を観ると、
コメンテーターの自民党山本一太参議院議員は
私のコメントなどまるで意にも介さず掃討作戦支持を強く訴えていました。
あれではまるで米軍のスポークスマンそのものであり、
先ほどファルージャ総攻撃に対する支持を表明した
小泉首相の分身を見ているようで、
今日は朝から本当に気分が優れません。

この度の攻撃にも、やはり我々の「思いやり予算」によって
沖縄キャンプシュワブから飛び立った海兵隊が参加しているでしょう。
我々は現代のこの虐殺に政治的にも経済的にも明らかに加担しています。
先日人質となった香田証生さんは、
こうして長年積み重ねてきた罪業を一身に背負い、
まさに「日本人」ということで殺されてしまったのだと思います。
今こそ、彼の死が問いかけてくるものに
心を澄ます必要があるのではないでしょうか。

現地との連絡を密にして、
出来るだけ正確な情報を知ってもらうこと。
そしてもっと関心をもってもらうこと。
こうした流れの渦の中から、
少しでもこの惨劇を止める力が生まれればと思っているのですが、
こうして絶対的安全圏から伝えることの限界も感じ、
名状しがたいもどかしさにも襲われています。

何が出来るか、どうすればいいのかは、
誰もこれだという答えは持ち合わせていないかもしれません。
それでもこの惨劇をただ座して見守るというのは、
またひとつ罪業を重ねることになってしまうと思うのです。

もちろん今世界では、このファルージャの人々と同じように、
強い関心と叫びを必要としている人たちがたくさんいますが、
今、まさに私達の声を必要としているイラクの友人の声を伝えます。

それぞれが出来ることで、それぞれのやり方で、
友人達の声に応えていただければ、この上ない幸いです。

●バグダッドの友人からのメッセージ
「囚われのファルージャ」(JVC原さん訳)
http://rep-eye.cocolog-nifty.com/iraq02/2004/11/post_2.html
(同千早/TUP翻訳メンバー訳)
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/430

以下、様々なアクションを紹介します。

★イラクでの攻撃激化に反対するオンライン署名

(益岡賢さんのブログより)
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-03ccc2d2211dfe9372da6ac2171f6e8d.html

★抗議先(アメリカ)

President George W. Bush: president@whitehouse.gov
Vice President Richard Cheney: vice.president@whitehouse.gov
fax (USA) 202-456-2461
アメリカ大使館 FAX: (03) 3505-1862


★11・10米国大使館抗議・要請行動

高田健です。重複お許しください。転載ご協力お願いします。

米軍の総攻撃が始まったようです。可能な方は一言でもいいですから、米国大使館に中止を求める電話をしてください。

いますぐ電話を! 米国大使館電話 03-3224-5000

       ファルージャの人びとを救え!
      米英軍はイラク・ファルージャへの
        総攻撃をただちにやめよ!

    11・10米国大使館抗議・要請行動

米英軍がファルージャを包囲し、総攻撃を開始しました。この総攻撃は「イラクに民主主義を植え付けるためテロリストをやっつける」と称して行われています。大量虐殺による廃墟の上に植え付けられる民主主義っていったい何なのでしょう。

すでに多くの民家や病院などが無差別に爆撃され、さらに地上軍も突入したようです。昨年のイラク攻撃開始以来、10万人以上を殺した米英軍は、さらに4月のファルージャ大量殺戮よりいっそう大規模な殲滅戦を仕掛けようとしているようです。

いますぐ、時を争って世界の人びとと共に、「ファルージャの人びとを救え!」「総攻撃を中止せよ!」の声を上げましょう。

  11月10日(水)18:00~
  虎ノ門・JTビル前集合 
  (銀座線虎ノ門駅、南北線溜池山王駅)
  (外堀通りから米国大使館への入り口、通りを挟んで特許庁の向かい側、 
   当日現場臨時携帯電話070-5212-0275)

呼びかけ: 戦争反対・有事をつくるな!市民緊急行動/ATTAC Japan/かながわ平和憲法を守る会/グローバルピースキャンペーン/憲法を生かす会/地球平和公共ネットワーク/日本山妙法寺/日本消費者連盟/VAWW-NETジャパン/フォーラム平和・人権・環境/平和と民主主義をめざす全国交歓会/平和の白いリボン行動・藤沢/明治大学駿台文学会/ユーゴネット/許すな!憲法改悪・市民連絡会/アジア太平洋平和フォーラム~APPF/アジアンスパーク/グローバルピースキャンペーン/イラク戦争に反対する市民と議員の会/グリーンピース・ジャパン/PEACE ON/平和憲法に学び行動する目黒の会/CHANCE ! pono2/タンポポ舎 (11月9日19:00現在)

協力:WORLD PEACE NOW
   問い合わせ・03-3221-4668

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November 08, 2004

ファルージャ

香田さんの事件について沈思しながら、初めての北海道講演、そしてやはり初めてとなる宮崎PEACEキャンペーンと、北から南へと旅をしている間に、ファルージャは一万人以上の米軍に包囲されてしまっていた。旅先からイラク人現地スタッフのサラマッドに問い合わせていたところ、昨日以下の返事が返ってきていた。

~以下サラマッドより~
マイフレンド、本当にファルージャの人々を救う方法がわからない。すでにクバイシさんにファルージャを救うことは出来るか、入る方法はないかと尋ねたけど、ない、そして今行くことはお勧めできないと言われてしまった。
そう、今米軍、英軍、イラク軍はファルージャに入る準備をしている。我々の首相(アラウィ)が、平和的解決に向けたファルージャでの時間は終わったと言ったんだ。アメリカはファルージャの家族達に町から出るように呼びかけている。我々もファルージャで何が起こるのかここで待っている状態だ。僕も毎日いくつかの家族に尋ねようと電話をしているけど、連絡を取るのは困難だ。
イラクイスラム宗教者委員会は我々の政府にとても怒っていて、「もしファルージャに何か攻撃が始まったら選挙に反対するだろう、なぜならそれは血に塗られた選挙になるからだ」と言っている。宗教者委員会がメディアに発表したファルージャに関する声明を明日送るよ。

~以下原文~
hello my friend, really I dont know way to help falluja people, already I asked mr.kubaisi that can we help falluja or there is way to enter to falluja but he said no and he said I dont advice you to go now.
yes now USA with British with Iraqi army prepare to enter to falluja because our prime ministers said time of falluja for peace solution finish, so USA make calling to families in falluja to leave their city, so we also wait here what will happen in falluja, I try every day to call some family there to ask them but it is difficult to get them.
about the islamic board they were too angry with our government and they say if any attack happen on falluja they will be against election because it will be bloody election. I will send their media declare which islamic board make it about falluja for you tomorrow.

宮崎から戻ると、イラク全土で非常事態宣言のNews、そしてついに米軍ファルージャに突入との情報も。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041108-00000064-kyodo-int
先月の沖縄でのイラク現代アートの展覧会から、各地講演のレポートをする間もなく、日本人人質事件、ブッシュ再選、ファルージャ包囲と、畳み掛けるように事態は悪化していく。

これからまた、1000人ほどもの人々が殺されたとも言われるあの4月のファルージャ大侵攻の悪夢が訪れるかもしれないというまさにこのときに、この絶対的安全圏にいて現地からの声を伝えることしか出来ていない自分に、どうしようもない歯痒さと苛立ちを感じる。引き裂かれながらも、現地と連絡を取り合って方法を模索しているが、何とか止められないだろうか5月にファルージャ緊急支援に行った際にお世話になった一家は、無事に避難できたのだろうか。一部報道によると米軍とイラク暫定政権は一般市民の犠牲を減らそうと避難を呼びかけていて、今ではファルージャに3000人ほどしか残っていないというが、人口30万人以上(イラク人に聞いたときは40~50万)の99%以上がすでに避難したなんてとても考えにくい。今こそHUMAN SHIELDSを再組織して現地に入るべきではないかとの声も脳裏を過ぎってしまった。まさにこれから殺戮が行われようとしているときに何もしないということは、その殺戮に加担するに等しい。まして我々日本人は、すでに「おもいやり予算」の名のもとに現在ファルージャを取り囲んでいる海兵隊を資金的に支えている共犯者なのだから。

以下イラクでの攻撃激化に反対するオンライン署名のお知らせです。(益岡賢さんのブログより)
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-03ccc2d2211dfe9372da6ac2171f6e8d.html

falluja040515/15221
写真は5月のファルージャ支援の際に撮影。最も攻撃が激しかったジョラン地区にて。


*以下は参考までに香田さん殺害を受けたバグダッド市民の反応のいくつかを紹介(11月3日サラマッドのメールから要約)

1.ザルカウィと呼ぶグループなど存在しないと信じる。そして間違いなくこの事件はアメリカが望んだことだ。彼らは人々にこう考えてほしいんだ。つまりこの世界はテロリストで溢れていて、アメリカだけがこの世界を救う方法を知っている、そして彼ら(テロリスト)がファルージャとその他の町に潜伏していると、誰もが同意することを望んでいる。だからあの日本人は、世界中の他の大勢の犠牲者のように、アメリカの手による犠牲者だと思う。どうかこれを日本人に伝えてほしい。そして申し訳なく思っているが、我々はやっていないのだ。

2.アメリカはザルカウィなどのように、問題をつくりたかったんだと思う。例えばアメリカは、人質事件の際、CIAを配置して、ザルカウィグループなどが外国人達を連れ去ろうとするときに、そのテロリスト達を殺すということが出来るはずだ。しかしアメリカはそれをしない。なぜなら問題が残っていてほしいから。あとからテロに対する我々の戦いは正しかったと全ての人々に伝えられる。これは彼らのイラク侵攻から、そして国境を開放してからのアメリカの失敗であった。アメリカに尋ねたい、我々の国境はまるで守れていないのはどういうことだと。おそらく彼らの国境については20倍以上も守れているのに。あの日本人については気の毒だ。そしてアメリカの手は、彼の血でいっぱいだと言おう。

3.思うにザルカウィも他の名前もアメリカが作ったんだろう。以前はビンラディン、今はザルカウィ、そして彼の後は他の名前がくるだろう。つまり仮にこの世界にテロリストがいなくても、とにかくアメリカは他の問題を見つけるに違いない。アメリカの力は世界中の問題からやってくるから。金を得るために武器を売ったり、そして軍でシェアしたり・・・。たとえ本当にザルカウィがいるとしても、他の名前だとしても、アメリカの作り物だとしても、これはアメリカの責任だ。なぜならアメリカはそこで家族を殺し、富を奪い、そうして彼らを敵にしてしまったから。もしくはアメリカは世界中でより多くの人間を殺すための理由を見つけるために、彼らの名前を拵えたんだ。あの日本人については気の毒だが、これはアメリカと彼の政府(日本政府)の責任だ。なぜならアメリカと取引しているから。

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November 02, 2004

香田さんの死に想う

香田さんの人質事件は、残念ながら最悪の結果をむかえてしまったようだ。彼が感じたであろう恐怖、そしてご家族の方々の心痛を想像すると言葉もない。

10月30日未明に発見された遺体は香田さんではなかったと情報が一転してから、再び現地と連絡を取り始めたのだが、実はわずかではあったが希望の持てるような情報を受けとっていた。とり急ぎ翻訳してブログにUPしようとした矢先に、再び香田さんではないかという速報が飛び込んできてしまった。以下は参考まで。

~以下サラマッドから30日に受け取ったメールより~
マイフレンド、いい知らせが二つある。ひとつはティクリットで見つかったその男は日本人じゃなかった。もうひとつは今日イスラム法学者協会に行ってクバイシ先生と会ってきた。先生曰く、その日本人(香田さん)についてはすでにたくさんの電話を日本や他の国からも受け取っているので、その武装グループに対して、メディア向けに以下のメッセージを公表することにしたとのこと。「もしあなた方が我々導師、イスラム法学者のメンバーの声を聞くのであれば、以下のことをなすかその日本人(香田さん)とマーガレット・ハッサン(なぜならその宣言は二人について)を解放すること。もし、あなた方が言うようにその日本人が軍隊(自衛隊)と働いていて、マーガレットがスパイの一種だというのなら、その証拠を全てのイラク人に見せなければならない。そうでなければ解放すること。」そしてクバイシ先生はまた、「われわれはまだ彼ら(香田さんとマーガレットさん)が軍と働いているまたはスパイなどという証拠を持っていない。よって武装グループに対して彼らを放すように、つまり解放するように呼びかけてみた。」とも言ってくれた。

以上今日の出来事。

~以下原文~

my friend, I have 2 good news, one of them is that man who was found in Tikrit is not japanis, other one is today I went to islamic board and I met dr.al kubaisi and he said that already we got too much phone calls from japan and from other countries about that japanis, so we make declare media and we told the armed group that, if you listen to us we shaiks and members in Islamic board you have to do that or you leave that japanis one and Margaret Hassan (because that declare about both of them ) or if as you said about japanis one he work with army and about Margaret she is kind of spy so you have to give to all the Iraqis people prove about what you said or you leave them. And he said also (I mean kubaisi ) we dont have prove yet they work with army or spay, so we asked that armed group to leave them I mean release them.
that what happened today.

この度の相手は説得が効く相手ではないと一度さじを投げてしまい、犯行グループとの接触の糸口は依然として掴めていなかったようだが、クバイシ先生は人道的措置ということでこうした呼びかけに動いてくれていたようだ。

このほかある友人からは、グループと何らかのコンタクトを取れる可能性のある人物を紹介できるかもしれないという連絡も受けていた。また、あのグループはアルカイダでもザルカウィーが関与しているわけでもないとも。どこまで本当かわからなかったが、現地の協力者も徐々に増えてきて、長期化すれば解放の可能性も出てくるかもと思っていたところだったので、本当に残念でしょうがない。4月の高遠さんたちのとき同様、イラクの市民のネットワークをいかして解放に結びつければと思ったのだが。48時間、あまりにも時間が足りなすぎた。

それにしても香田さんが捕えられた直後から、世論はいかに彼を救出するかではなく、彼がなぜイラクに入ったのかというところばかりに焦点をあて、無謀な若者という印象ばかりが一人歩きしていたような気がする。前回の日本人人質事件のときもそうだったが、まだ安否がわからないうちから自己責任だと突き放したり、ご家族の方々にも中傷の電話などが相次いだりと、ただでさえ弱い立場に陥った人々をさらに苦しめるという風潮には本当に悲しくなった。

私は香田さんと会ったこともないが、本当にどういう気持ちでイラクに入っていったのか、ぜひ聞いてみたかった。報道によると、「イラクで起きていることを見てみたい」とも言っていたらしいが、それが動機だとすれば昨年私が初めてイラクに行ったときの目的のひとつ、「いま世界で起こっていることを自分の五感を通して知りたい」とほぼ同じではないだろうか。深く共鳴する行動の原点であり、こうした気持ちを、私は大切にしていきたいと思っている。

彼は結果的に時期と方法を誤り「死」という取り返しのつかない失敗に至ってしまったわけで、本当に残念ではあるが、何事にも、たとえどんなベテランだって、はじめはあるし失敗もある。今でこそ私も現地スタッフとの綿密な情報交換により安全管理には十分気をつけているが、はじめてのときは現地の知り合いなど誰もいなかった。たまたまグループとして行くチャンスがあったからよかったものの、その後これまでこうして無事に活動が出来てきたのは、単に運がいいだけだったのかもしれない。今回の世論を見ると日本はまだまだ失敗を許容できない社会のようだが、失敗からしか学べないこともあるということを考えると、とてももったいない気がする。

「危ないから行くな」ではなく、なぜここまで危なくなってしまったのか、その原因は何なのかを追究し、危なくないようにするのが政府の役割ではないだろうか。民間人が入っていかなければ復興などありえないのだから。その環境を整えるはずが、全く逆の結果になっている。NGOとしても、このままではなかなか入ることは出来ない。

この度の日本政府側の対応についてだが、各職員は大変な努力をされたかもしれない。しかし政府は事件後すぐに自衛隊の撤退はしないと突きつけたことで、犯行グループとの交渉の糸口を完全に失ってしまった。事件後すぐにアルジャジーラを通じて町村外相が犯行グループにメッセージを出したので、交渉する気があるということだと思ったのだが。時間稼ぎなどのあいまい戦略、または内外で微妙に言い回しを変えるなど、他にも方法はあったはずだ。

また、その後も盛んに「撤退はしない」「テロリストの脅しには屈しない」の一点張りで、どう考えても犯行グループではなくアメリカ政府に向けて話しているとしか思えなかったし、アメリカ頼りの情報収集による誤報まで、この度の対応で完全にアメリカの属国ぶりを世界に印象付けてしまったような気がする。このままいくと、この先日本人はイラクに限らず、どこにいようが狙われるということも考えられる。

今回明らかになったことは、ついに日本人も殺害の対象になってしまったことだと思う。橋田さんたちのときは、ひょっとして対象を間違えていたということも考えられるが、今回のケースでは間違いなく日本人として殺されている。しかも遺体頭部には星条旗がかけられていたというから、これはまさに日本はアメリカと同じだというメッセージではないだろうか。

この先もアメリカについていくということは、一体どれだけのリスクが発生するということなのか、そして本当に日本の国民と財産を守ることにつながるのかどうか、真剣に考えていかなければいけない時期に来ていると思う。

そして現地治安の悪化は本当に深刻なようだ。先日、バグダッドのPEACE ONのオフィスが入っているアパートのオーナーの息子が何者かに誘拐され、何と100,000ドルもの身代金を要求されているという。連日の爆発事件もひどくなる一方とのこと。「米軍が各地での掃討作戦を激化すればするほど、それに抵抗する勢力やテロリスト達も強くなっていく」とサラマッドは嘆く。

この悪循環をどこかで断ち切らなければ、イラク国内の治安はますます悪くなる一方だろう。もはや軍事力にものを言わせたアメリカ主導のイラク復興政策は完全に破綻している。今こそこれまでの過ちを直視し、日本の自衛隊撤退を含めてその政策を根本から見直すことがなければ、この度の香田さんのような悲劇は繰り返されるであろう。

今回のような民間人を対象にした人質殺害事件は決して許されることではないという。それはその通りであるが、これは全て占領軍がこれまでイラクで行ってきたことの残虐性が凝縮された形で跳ね返ってきているということを忘れてはならない。昨年の開戦から今日までで戦争によるイラクの民間人の死者が10万人を超えたという報道もある。やはり問題の解決を戦争という暴力に訴えた結果の代償はあまりにも大きい。そしてこの暴力を支持し、政治的にも経済的にも事実上参加してきた日本政府、またそれを事実上支えている我々日本人ひとりひとりが負っている責任もまたとてつもなく大きい。結果として、我々のその責任を一身に背負い亡くなっていった香田さんの苦しみは計り知れないが、今こそその痛みを、我々ひとりひとりが想像し、この死が投げかける意味を考えていかなければならないときであろう。

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October 28, 2004

香田証生さん拘束事件について

またしてもイラクで日本人拘束のニュースに、27日朝は問合せの電話が止まらなかった。NGOかジャーナリスト関係の人であれば、大体どこかで会ったことがあったり、名前を聞いたことがあったりするものだが、今回ばかりはまるでピンとこなかった。香田証生さんは旅行者としてイラクに入ったそうだが、振り返ると4月の人質事件の前、バグダッドに滞在していたころ、よく大学生のバックパッカーが、私が寄宿していたカサブランカホテルを訪ねてきたことを思い出す。あの時期でも、現地の案内人もいないのによく入るなあと思っていたのだから、極度に治安が悪化した今でも旅行者が入っていたことにまず驚いた。そういえば香田さんはカサブランカホテルにも訪れていたそうだが、今は狙われるので外国人は泊めないとホテルに断られていたらしい。

日付が変わって、先ほどようやくイラク人現地スタッフのサラマッドに電話がつながった。しかし人質となった香田さんについての情報は、残念ながら現時点ではこちらで確認できる以上のものはないようだ。明日クバイシ先生のところに行ってみるようだが、今回の犯行グループ、「イラクの聖戦アルカイダ機構」とはザルカウィ氏の組織だからおそらく働きかけは難しいだろうとのこと。その上このグループはやはりイラク人の間でもかなり危険だという評判らしい。

しかし過去このグループが関わった外国人の人質事件で、殺害まで至ったケースの共通点は米軍と何らかの関わりがあるということ。高遠さんや安田君たちを拘束したイラク人のグループと違ってかなり悪質なグループであることは間違いないが、殺害するか解放するかというところに、米軍との繋がりというのが重要な基準になっているような気もする。

このグループは声明で「日本の軍隊に付き添う部隊の一人が~」と香田さんのことを表現しているが、自衛隊関連の仕事をしているとかん違いしているのかもしれない。彼らの理解では自衛隊=米軍協力者だから、このままでは米軍と繋がっているものという基準になってしまう。また、「彼はイスラエル、ヨルダン、その後、イラクを訪れた。」とあるが、所持品等からイスラエルにいたということがわかり、それが一層米軍のスパイ活動等と疑われている可能性もあるのではないだろうか。

今、香田さんの解放に向けてできることで最も効果的なのは、グループに彼がただの旅行者で自衛隊とも米軍ともまったく関係のない人物だということを伝えることだと思う。町村外相がすでに声明を出しているようだが、自衛隊を派遣し、しかも相変わらず時間稼ぎすらせずに、即「撤退はしない」と明言した日本政府側の声を素直に受けとるとは考えにくい。高遠さんたちのとき同様、一般市民、特にイラク人からのメッセージが有効かもしれないということで、香田さんの情報をアラビア語に訳し、グループの関連するサイトに送るなど、できるだけのことはやってみると言ってくれた。時間は限られている。今出先なので、携帯でしかネットにアクセスできないのが苦しいが、何とかメールを通じて彼の情報を送ってみようと思う。

治安に関してはやはり相変わらず危険な状況が続いているようだ。現地事務所やPEACE ONが関わっている障害者福祉施設の往復も、必要最小限にとどめざるを得ないという。仮に今私がイラクに入りたいと言ったとしたら、今は絶対にやめてくれと言うそうだ。そんな中、現地で活動を続けているサラマッドとフランス人の新婦アマラには本当に頭が下がるが、同時にとても心配である。他、イラクの友人たちもみな元気だと聞いてとても安心したものの、とにかく一日も早くこんな状況は終わってほしい。また、日本を見れば新潟が大変だ。犯行グループからの自衛隊撤退要求があろうがなかろうが、今こそ一日一億円もかけてイラクに駐留させている自衛隊を引き揚げて、その力を新潟の被災地に集中させるべきときではないだろうか。そして、香田さんが無事解放されることを、心から祈っている。

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October 09, 2004

サラマッドレポート ~新学期にバスを届ける~

5日、イラク人現地スタッフのサラマッドからレポートが届いた。6日からのイラクアート展、そして7日はピースルネッサンス10・7(きくちゆみさん、鬼丸昌也さん、小川真吾さん、小林正弥さん、田中優さん、上村雄彦さん達と再会できて嬉しかった)と続き、なかなか時間が取れなかったが、取り急ぎ簡単に訳してみた。10月2日にイラク国内の学校の新学期が始まるとのことだったので、8月私の滞在中に準備していたマイクロバスを届けてくれたのだが、やはり現地治安は一層悪くなっているようだ。

~以下サラマッドより~

マイフレンド、心配してくれてありがとう。本当に君はイラク人のすばらしい友人だよ。全てのイラク人に君の気持ちを伝えられたらいいんだけど。アラブ人そしてイラク人ですら犬のようなやつが多いなか、アラブ人以外でもこんな友達がいることをしってもらうためにね。返事遅れてゴメン、親父が病気でドクターに診てもらうために連れて行ったんだ。手術しなきゃダメみたい。

状況については、うん、たくさんの爆発がある。そして何が新しいかって言えば、この爆発はアメリカ人(米兵)だけではなくイラク人に対して起こっている。そして最近は新しいやり方で。爆発させてからあと、助けに来た人々が集まったところで、より多くの人々を殺すためにまた別の爆発が起こる。(この箇所の英文ちょっと苦しいが大体こんな意味のはず)これが先日起こっていたことだよ。

選挙、そしてサマラとファルージャの攻撃については、選挙の前に全てのイラク人を支配下に置く計画に従うって国防大臣が言ったんだ。きっとその計画ってやつは、選挙前に状況を良くするためにと、問題のある場所をすべてぶっ叩くってことだろうよ。まあ選挙後に何が起こるかはアラーの神が知っているだろう。

ここバグダッドではたくさんの検問、イラク警察より米兵が多い。学校が始まったばかりなのでみな怯えている。しかし労働省に関しては来週から始めると、アルヌーア(盲学校)、アルアマル(聾学校)、そしてアルマナー(身体障害者施設)(以上すべて労働省の管轄)のマネージャーから聞いたよ。安全のためと労働省からの指示らしい。確かに先週土曜日に(新しい)ピースオンバスをアルヌーアに届けてきたけど、(約110人中)20人の生徒しかいなかった。マネージャーが言うには来週から始めるそうだが、労働省からまだ始めるなと言われたものの、正確にいつまでと聞いたわけでもないので、来週から始められるかどうかわからない、おそらく来週からだろうということらしい。他の障害者福祉施設でも同じ。でもバスは届けてきたから明日写真を送るよ。(事務所の)インターネットは遅いからネットカフェから送るね。

bus_for_noor_1/DSCI0005bus_for_noor_2/DSCI0009
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新ピースオンバスとアルヌーア盲学校のちびっ子たち
(ステッカーは画家のハニ・デラ・アリさんによる新デザイン)
saramad_and_arkan/DSCI0021
サラマッドと新ドライバーのArkan M Shakier
amara_and_noor_kids/DSCI0026
アマラとちびっ子たち

~以下ドライバーとの契約とバスの修理に関するくだりは省略~

アルマナーはいくつか薬と備品等を必要としている。アルヌーアは今食料(宿舎用)と薬が必要とのこと。明日リストを送るよ。
事務所は大丈夫。
アマラ(新婦)も僕もとても気をつけて、大切なとき意外はなるべく出歩かないようにしている。
ピースオンの(新しい)リーフレット完成。でもこの手の印刷に適した紙を探している。かなり気に入ると思うよ。
何でも聞いてくれよ、とくに状況について、外の人間に今のここの状況を伝えるのはとても重要だからね。

sarmad_and_amara/amara4
バグダッド事務所にて新婚サラマッドとアマラ

~以下原文(明らかなスペルのミスだけ直しました)~

hi my friend, thank you so much about your care, really you great friend of Iraqis people, I hope I can tell all Iraqis about your feeling to let them know there are friends not Arab while there are too many dogs Arab and even Iraqis. I am sorry if I late to answer you because my father was ill and I took him to doctor, he must do operation.

about the situation , yes too many explosions , and what the new is this explosion against Iraqis not only against American, and now they use new way , they let care explode and after when people collect to save who they can save the make other care explode, to let more people die, that what happened in last days.

about the election or why the attack samara and falluja because minister of defense said we will follow plan to make all Iraq under control before election , so I think their plan is hit every place has problem just to make the situation good before election and after election allah know what will happen,

here in baghdad too many check point and amrican more than Iraqi police , and even every body scared because school just start now , but for ministry of labor they start next week that what the manger of al noor and al amal and al manar told me because that order from minister of labor for security. I visited al noor to give them peace on bus in Saturday I found only 20 students there. and she told me they will start next week because that order but also they are not sure if they will start next week because she said they told us don’t start school but they did not say until when but she think next week. The same with other handicapped school. but I gave them our bus and I will send the pictures tomorrow because our inter net too slow, so I will send them from internet coffee.

also I make ID to driver with peace on contract with Arabic contract, Arabic contract said he responsible if any thing happen to our bus, with the condition of our red bus, and for blue bus tomorrow will finish inshallah, I am with mechanic step by step, and I change every thing in motor by good kind of spare parts, about al amal bus it is ok and I finish the contract by Arabic and English just stay the driver ID because he did not bring his picture only today.

al manar need some medicine and other thing also, al noor need food in this time and medicine I will send the list tomorrow to you.
our office fine .
amara and me too careful we don’t go out only for too important thing .
peace on leaflet finish but I try to find paper for this kind of print , you will like it too much .
if you want to ask about any thing please ask, I mean situation, I will tell you because it is too important to make people out side understand the situation here .
your friend

サラマッドの親父さんの病気が気になるが、こんな中、ちびっこたちの笑顔には本当に救われる。一日も早くみんなが安心して学校に通える日が来ますようにと今はここ日本で祈っているが、やはり早く会いに行って一緒に遊びたい。

また、現地ではサドルシティー、ファルージャ、サマラを中心にした攻撃激化から、多数の死傷者が出て医薬品が不足している。ドクターからの緊急依頼を受けて、JVC、イラクホープネット(アンマンにいる高遠さん)、そして現地にいるイラク人のスレイマンさんの連携ですでに緊急支援が動きだした。PEACE ONとしてはこの緊急プロジェクトに今後現地のサラマッドが協力することになりましたので、ご協力よろしくお願いします。
http://www1.jca.apc.org/jvc/jp/notice/notice20041007_iraq.html

ところで、イラク劇団の「アル-ムルワッス」の東京公演は明日が最終日。私もシンポジウムは参加したが本番の劇はまだなので明日はしっかり観よう。イラクアート展LAN TO IRAQも同時開催していますので、台風で大変でしょうけどみなさんぜひ観に来てください。
http://www.jfforum.jpf.go.jp/event_sch/details/event_sch_detail.html

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September 21, 2004

サラマッドレポート ~バグダッド事務所前の爆発~

諸事あってUP遅れてしまったが、以下19日夜に送られてきたイラク人スタッフ、サラマッドからのメールより抜粋。最近のバグダッドの治安について聞いてみたところの返答です。

I am sorry if I tell you that but we are not ok at all because it is too dangerous situation, it never happened before, bombs every where even Amara and me can not move too much in Baghdad, really it is too bad situation. Yesterday happened explosion in front of our office building and killed 2 police men ( I will send the pictures to you now with this message )and also they found one bomb in front of our office branch and one in the end of our branch, because they wanted to explode cars of American because some time they pass in our branch, but allhamdollah every thing ok only some glasses and some doors. Hassan fine and he say hello to you, and for our office only the locker and I changed, because you know our office in behind.

~以下日本語訳~
悪いんだけど、危険すぎて全く良くないよ。今だかつてないほど爆弾がいたるところにあって、アマラ(サラマッドの妻。フランス人)も俺もバグダッドの中あまり多く出歩けない。全くもってひどすぎる状態だよ。昨日なんかうちの事務所の建物の目の前で爆発があって、警察官が二人殺された。(メッセージと一緒にそのときの写真を送るよ)また彼ら(他の警察官?)はうちの事務所前の路地の始点でひとつ、そしてその路地の終点でひとつ爆弾を見つけたんだ。なぜなら彼ら(犯人)は時々その路地を通るアメリカ(軍)の車両を爆破したかったんだ。しかし神のおかげでそれは全て大丈夫。ガラスとドアがやられただけだった。(門番の)ハッサンも元気で君によろしく言ってたよ。うちの事務所に関しては玄関のドアの鍵を換えただけ。事務所は(通りの)裏側だからね。
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~以上サラマッドから~

先月初めのキリスト教会連続爆破事件の際は、事務所の近所にも教会が多いので一時はどうなることかと思ったが、その後は特に近所での爆破事件はなかった。事務所のあるカラダ地区は割と治安が良いことで有名だった。事務所前の路地といえば、先月は毎日のように歩いていた通りである。あまりの状況の変化に、正直驚いている。日に日に悪化するイラクの現状。もう半年もすればずいぶん安定してくるんじゃないかと、サラマッドと話し合っていた今年の春頃がまるで夢のようだ。そういえばあの時はイラク人アーティストとの交流を目指した画家の増山麗奈さんとも一緒に活動したものだが、現状で同様の活動は難しいだろう。彼女はあの時期にアーティストとの交流を果たしてきて、本当に幸運だったと思う。アーティストといえば、ポーランドに絵画修復の技術を学びにいっている画家のハニさんもバグダッドに残している大切な家族のことがきっと心配だろう。とにかく今はイラクの友人たちの安全を祈っている。

誘拐されたイタリアNGOスタッフに関する情報も、相変わらず錯綜しているようだし、現地からの続報はない。あれからもう2週間ほどはたったであろうか。無事を信じているがさすがに心配である。

そういえばこのブログでは以下のイタリアNGO職員達の解放を求める国際アピールにWeb上で簡単に賛同署名できるサイトの紹介がまだでしたのでお知らせします。
http://www.petitionspot.com/petitions/freeourfriends
アピール文日本語訳
http://give-peace-a-chance.jp/118/italy.html

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September 10, 2004

イタリア人NGO誘拐の衝撃  サッカーボール 

イラクでのイタリア人NGOの誘拐事件には大きな衝撃を受けた。武装勢力はなんと事務所まで忍び込んで連れ去っていったというから、7月にバグダッドに現地事務所を設立し、先月はそこを中心に活動していた自分にとって、なおさら人事とは思えない。そういえば先月の活動中、あまり治安がいいとは呼べない地域を車で通り過ぎるとき、「ここでは隠れていたほうがいい。たとえ今ここで何もなくても、良からぬ輩に跡をつけられて事務所の場所をチェックされ、いつか狙われるということもあるかもしれない」と現地スタッフのサラマッドに言われた意味が今恐ろしいほどよくわかった。現地で活動を続けている各国のNGOもこの事件を受けて撤退を検討している。このように人道支援に携わる外国人を捕まえても、イラクにとってなにもいいことはないので、おそらく犯行グループはイラク人ではなく外国から来ているグループではないかと思っている。真偽の程はわからないが、犯行声明でも「イタリアを罰するため・・・」とある。NGOを拘束することによるイラクのダメージなどお構いなしというか、むしろそれを目的にしているのではないだろうか。この度はまさに狙いを定めているようなので、スパイを警戒して一度外国人を拘束し、そうでないとわかると解放していた高遠さんや安田君たちのケースとは明らかに違う。それにしても日本での報道が少ないのが気になる。サラマッドや現地のイラク人とも連絡を取っているが、その後の情報があまりにも乏しい。一部からは楽観論も出ているが、どうにも手も足も出せない状態のようだ。とにかく一日も早い無事解放を祈っている。

この度の事件を受けて、外国人のスタッフが一時的に撤退するのはやむを得ないかもしれないが、これでNGOがイラクでの活動を停止することはありえない。実際今回の当事者であるIntersosや「バグダッドへの架け橋」も活動を継続するとコメントしている。

外国人にとっての治安が悪化する一方のイラクだが、ここ最近さらに多くのイラク人が殺され続けているということを忘れてはならない。

サドルシティーで戦闘、43人死亡 停戦後、最大規模
http://www2.asahi.com/special/iraqrecovery/TKY200409070263.html
ファルージャで米軍が大規模攻撃、100人死亡と推定
http://www2.asahi.com/special/iraqrecovery/TKY200409080175.html

そんなイラクから、サラマッド便りが届いた。

Hello yatch , I hope your family fine , I am sorry for Japan because of CATASTROPHE..
Here the pictures for Al Iman school with foot ball.

「ハローYATCH、家族が元気でありますように。日本での大災害(台風)は気の毒に思うよ。アル・イーマン(小)学校にサッカーボールを届けた時の写真だよ。」

aliman1/DSCI0003aliman2/DSCI0005

このサッカーボールは、私がバグダッド滞在中、先月の12日に事務所に届いたものだ。パキスタン製のフェアトレード商品で、グローブ大分というところからイラクに送ってほしいとJVCに託されたもので、そして高遠さんが中心となって出来たイラク・ホープ・ネットワークに寄付されたという形になっている。バグダッド市内の小学校や孤児院にスレイマンさんとPEACE ONで手分けして配ることになっていた。私の滞在中は学校周辺の治安が悪く届けることができなかったのだが、この度届けてくれたようだ。無事に新学期が始まり、次代のイラク代表を目指すちびっ子たちが元気いっぱいにボールと戯れることができることを祈るばかりだ。

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