December 23, 2007

イラク治安改善?

ここ最近イラク国内の治安が改善されてきたと、いくつかのメディアで報道されている。主に米国防総省の発表を基に、米軍の増派作戦が著しく効果を上げているというもので、例えば、首都バグダードでの米軍やイラク民間人に対する攻撃が今年6月から68%減り、イラク民間人の死者数は、今年1月の2500人から、11月は600人まで減少したという。(参考記事)イラク政策が国民に酷評され支持が落ちる一方だったブッシュ政権としては、数字を見る限り政策の成功を誇示できる嬉しい発表だろうが、これはあくまでも米政府機関の報告である。実際のところ現地ではどうなんだろうか。

イラク現地にいる友人たち数人から聞いたところ、治安が改善されてきているのは間違いなさそうだ。

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August 01, 2007

「イラクの子どもたちは今」そして日本の私たちは…

発売中の「歴史地理教育8月号」の特集「子ども・暴力・平和の問題を考える」で、拙稿「イラクの子どもたちは今」が掲載されていますのでお知らせします。
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治安悪化により深刻な状況にさらされ続けているイラクの学校など教育現場の様子を中心に、子どもたち、教育関係者、そして現地スタッフの声など、ブログではとても書ききれない細部も出来るだけ紹介しました。ちなみに表紙と口絵の写真も以前私が撮影したものや現地スタッフ撮影のものが使われています。

国際社会の一員であるわたしたちが、これからイラクとどのように関わっていくのか問われている今、イラクの子どもたちに何ができるか、考える一助になれば幸いです。

ところで先達ての参院選では、久しぶりに自分の一票も生かされ、さらには与野党大逆転と、予想以上に痛快な結果ではあった。しかしこれは主に年金問題やどうしようもない閣僚連中に対する怒りの批判票が多く、前回の小泉劇場に酩酊した移り気な世論の反作用でもあるだろう。本来争点になるべきであった憲法問題はすっかり置き去りにされて、イラク戦争の総括や、これからのイラクとの関わりをどうするかなど、ほとんど聞かれなかったのは残念だ。

世界各国のイラクへの人道支援は2003年と比べると激減している。しかし逆にイラクでは現在全人口のおよそ3分の1もの人々が緊急援助を必要としているという危機的な状況なのだ。(BBCの参考記事

年金や閣僚不祥事など国内問題も大事だが、日本はこのイラクの惨状を生み出した戦争に深く加担して、政府はいまだに戦争は正しかったとのたまってはばからず、税金を使って空自による米兵の空のタクシーを続けている。この私たちの責任を忘れてしまっては、せっかくの参院与野党逆転劇も茶番に終わるだろう。やはりこれからが本番だ。

余談:参院選といえば、投票日サッカーアジアカップのイラク優勝もまた痛快だった。うちにはBSがないので深夜再放送での観戦だったけど、イラクチームの闘志にすっかり胸が熱くなって朝を迎えた。優勝となると祝砲の流れ弾がますます心配だが、今は心からみんなにおめでとうと言いたい。

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July 13, 2007

「日本の、これから」9条アンケートにご協力ください

気がついたら2週間もブログを放置していました。すみません。

先日のイホネット主催「イラクに咲く花」イベントでは、Reikaさんによるアラブダンスレッスンに私もアラブコスプレで挑み舞いました。汗だくでしたが気分は最高。やはり理屈より身体で感じるアラブが一番ですね。詳しくは高遠さんと真紀さんのブログをご覧ください。

さて、先日、2003年2月はじめてイラクを訪れたときに一緒だった谷澤壮一郎くんから、久しぶりに電話があった。昨年の「イラクに咲く花」で会ったとき以来だから、およそ一年振りである。初めて会ったときは大学生だった彼は、その後も何度かイラクに通い、撮りためた映像に関西弁の字幕を入れて映画「イラク二接近ス」を作り、インドネシアに留学し、ムスリムになり、大津波直後のアチェを取材するなど、次は何を始めるのだろうといつもわくわくさせてくれる。

その谷澤君は今、NHKの契約ディレクターで修行しているそうだ。今度8月15日放映予定の憲法9条についての特番、「日本の、これから」に関わっているそうで、9条についてのアンケートに協力してほしいとお願いされた。

以下のHPからも簡単にアンケートに書き込めるようなので、関心のある方は私からもぜひご協力お願いします。
http://www.nhk.or.jp/korekara/

昨日から参院選が始まりました。あれだけ威勢よく改憲を唱えていたセンセイ方があまり憲法を口にしてないようですが、今は憲法を考えるとてもいい機会。黙ったままセンセイ方の好きなように変えられてはたまらないので、こちらからも大いに盛り上げていきましょう。

*以前私が書いた9条についての雑感はこちら


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June 27, 2007

久しぶりにバグダードの様子を

国外避難中のイラクの友人から再びメール。ようやくバグダードの家族と連絡がとれたそうで、何とか無事だったということで一安心。とはいってもひどい状況には変わりない。

家族の住むドーラ地区は激戦区の一つだが、ついに米軍はドーラにもアザミヤ地区同様に宗派間抗争を防ぐという名目で地域を分断する「壁」を拵え始めたらしい。

アザミヤ地区といえば、そこに住む友人のジャーナリストからは、従兄弟が遺体留置所で発見されたと目も当てられない写真が送られてきた。「スンナ派」という理由だけで民兵に殺されたのだという。

また、米軍は市内の武装勢力の掃討を名目にした大規模作戦の中で、大量のクラスター爆弾を使っているようだ。ドーラでは怖くて外出できないどころか、庭に不発弾と化した子爆弾が散らばっていることもあり、自分の家の庭にすら出られないという。

米軍による家宅捜索も増えている。米兵は、「通りに路上爆弾を仕掛けた奴は誰だ」とお父さんに問い詰める。お父さんは、「外出していないからわからん」と答えると、「では誰が働きに出て、家に食糧を運んでいるんだ?」と米兵。この家族の場合、現在皆仕事を失い、教員であるお母さんの収入のみに頼っている。米兵はお母さんを別室に閉じ込めて問い詰めるが、当然お母さんがそんなこと知るわけがない。苛立った米兵は「Fuck You!」と家族に罵声を浴びせ、「もし再び爆発があったらお前を逮捕する!」とお父さんに吐き棄てて出て行ったという。一時期は、いきなり殺されたりもする民兵や警察の家宅捜査に怯えていて、皮肉なことに米兵が来ると助かったとすら思っていたほどだったが、再び米軍の恐怖に覆われているようだ。お父さんは心配だからと娘を再び郊外の親戚の家に避難させた。

路上爆弾といえば、最近では大通りに米兵がうようよしているせいか、小さい路地や民家の前に仕掛けるケースが増えているようで、家主が武装組織から「爆弾を仕掛けたから家を出ろ」と警告されることがあるという。多くの家主は報復を恐れ通報もできず、恐怖から家を出てしまえばやがては爆破され、挙句の果てには米軍に、「なぜ知っていて通報しなかった」と拘束される始末。以前聞いた、「髭を剃れば背教者と呼ばれて反米武装勢力から命を狙われ、髭を伸ばせば今度はテロリスト容疑をかけられて米軍に拘束されるんだ」という板挟みを思い出す。

さらに驚いたことには、以前は住民から武器を取り上げていた米軍が、いまではアルカーイダと戦えと住民に武器を配っているというのだ。これはドーラに限らず、いまやイラク西部と北部全体でそうだというのだが、つまりはスンナ派住民に武器を配っているということであり、このままでは新たな民兵集団が現れ、宗派間暴力がさらにエスカレートすると多くの住民が怯えているそうだ。当然だがシーア派のマリキ政権もそんなことするなら南部住民にも配ると反対したが、結局アメリカの案を呑まざるを得なかったようだ。友人は、イラク政府はスンナ派が強力になるのを黙認するわけがない、水面下で南部やシーア派住民に武器を配るに違いないと見ている。

先日の高級ホテルでの爆破攻撃も、報道ではアルカーイダによる自爆と見られるとして片付けられているが、地元では、「50度もの猛暑のなか、爆弾ベルトなんか身体に巻いて、グリーンゾーン付近の米軍とイラク軍による厳重な警備をかいくぐれるわけがない。政府関係者以外には考えにくい」という見方が強いようだ。犠牲者の多くが、米軍から武器の支援などを受けていたイラク西部と北部のスンナ派宗教指導者など有力者であり、中には20万人も従える大部族長も含まれていたという。連中がこのまま黙っているとは考えにくく、これからさらに宗派間暴力が激しくなるのではないかと心配しているそうだ。

こうしてみると、米軍が辛うじて護っている治安もあるのだろうけれど、やはり米軍の存在と行動が宗派間の憎悪を煽り立てていて、結果的に治安が悪化していくという流れのほうが深刻ではないだろうか。「米軍という存在がこの混乱の元凶なのは間違いないが、だからといって今米軍に出て行かれたら宗派間暴力に歯止めがかからなくなるから困る」という類の葛藤に苦しむ人々が増えているように、確かにここまできてしまうと、もはや米軍が撤退すれば全てが良くなるというような単純な話ではないにせよ、私にはやはり米軍がイラクに存在し続ける限り宗派間暴力も拡大する一方のように思える。

以上、友人から久しぶりにバグダードの家族周辺の様子を詳しく書いたメールが来たので取り急ぎここで紹介してみた。もはや日本の報道では犠牲者数と概要位しか出てこないから、少しでも現地の様子を伝えられたらと思う。

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June 23, 2007

はじめての防衛省

Imgp7463_120日(水)、友人のジャーナリスト志葉玲の音頭で、増山麗奈画伯、参議院議員候補の川田龍平さん、写真家の森住卓さんと一緒に、防衛省へ申し入れ書を渡しに行く。例の自衛隊情報保全隊による監視対象にされたことへの抗議のためだ。

担当者は、防衛大臣の答弁をなぞる通り一遍の説明のあと、「自衛隊員の安全を脅かしたり、隊員を不安にさせたりするような外部からの働きかけから隊員を守るために情報を集めていた」と話すので、「もし私がサマーワの宿営地前で抗議活動等をしていたというならまだしも、イラクで画家と出会って交流したことや、子ども達への支援活動のために医薬品関連の情報交換の電話をしたことまでこと細かく記録されるのはなぜか?こうした活動すら隊員の安全を脅かす活動にあたると解釈されるのか?だとすればその基準をもう少しはっきりと教えてほしい」と質問すると、「一般論で考えれば、画家との交流が対象になることはないでしょう」と前置きした上で、「イラクに関することであれば対象になることはありえるかもしれませんが、その基準をお伝えすることはできません」と言う。なるほど監視対象の基準などは情報保全隊内部で恣意的に決められる仕組みになっているというわけだ。

私の場合、イラクでの画家との交流や支援活動という理由などではなく、「人間の盾」経験者ということで監視対象にされていたのだろう。前にも書いたとおり、自分自身はこの程度のことは覚悟していたので、別に今回のことがあったから発言や活動を控えようとかは全く考えていない。心配なのは、これから何か発言なり行動なりしようとしている人々が、「こんな風に調べられるくらいなら黙っておこう。政治的な色がつくのも嫌だし・・・」などと、自分も調査対象になるのでないかと不安に駆られて萎縮してしまうのではないかということだ。

今回のことを、「一般に公開されている資料等の情報を集めただけだし、別に問題ないんじゃないの?」と感じる人も多いと思う。確かに、盗聴や直接的弾圧などがあったわけでないだろうから、私も今回のことに限定すればそれほど大きい問題だとは思っていない。しかし問題はその集めた情報の評価の仕方と、あいまいな対象基準がこれから際限なしに拡大していく可能性である。ぜひ公表された資料に全て目を通してみて、その分類の評価の仕方の「気持ち悪さ」を味わってみてほしい。そしてそこに自分の名前が入っていたらと想像してみてほしい。それでも問題ない、気落ち悪くないと言い切れる人がいるとすれば、その人はすでにその「気持ち悪さ」を作り出している人間のひとりなのかもしれない。

結局担当者からは、我々の申し入れに対する返答はもらえなかった。はっきりしたことは、今後もこうした監視・調査活動を続けていくということだ。最後に「何のために?」と質問すると、「わが国と国民の安全のために・・・」とはじめるので、「ではたとえ国民がその調査によって不安に駆られるという本末転倒な結果になっても続けるのですね?」と付け加えると、時間切れもあって答えてくれなかった。

少しでも気持ち悪さを取り除けたらとも思ったが、ますます気持ち悪くなってしまった。やはり20分やそこらでは短すぎるというのもある。もっと話し合う場が必要だとも感じた。

もちろん私も、今回のことは別にたいした問題ではなかったで終わることを望んでいる。結果的に、「ほら杞憂でしょ。なに騒いでんの?」と、変わり者扱いされて終わりなら、それはそれで素晴らしいことだ。しかしこういう権力による恣意的な行動は、放っておくと増長するのが歴史の常である。もう何も言えない気持ち悪い社会になっていたと、気付いてからでは全てが手遅れになってしまう。

取材のため、正門の「防衛庁」から「防衛省」に架け替えた看板の前で長時間立っていると、直射日光のためか頭がくらくらして気持ち悪い。やがて轟音と共にビルの隙間からヘリコプターの黒い影が姿を現し、暑さもあってかつてバグダードで見た風景と重なり合った。しかしバグダードでこの速度で飛んでいたらもう撃ち落されているだろうと気付き我に返ると、日産のバス「シビリアン」が自衛官を乗せて正門をくぐる。なるほど、「シビリアン・コントロール」とはこのことかいと軽口をたたいて家に帰ると、改正イラク特措法成立のニュース。イラクの友人からは、イラク国内はますますひどくなる一方だ、電話断線でバグダードの家族と10日も連絡が取れていないと嘆きのメール。この気持ち悪さは暑さだけではないようだ。
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June 07, 2007

なるほど自衛隊

一週間の四国講演行脚を終え、静養中のつれの待つ京都に立ち寄った途端に飛込んできたのは自衛隊内部文書のニュース。早速ダウンロードして読んでみると、自衛隊のイラク派遣に反対する市民の活動が事細かに記載されている。そして「イラク現地における国内勢力の動向」というところを見てみると、
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実名こそ出ていないが、自分をはじめ友人達が出てくる出てくる。しかし支援やイラク人画家との交流活動まで監視対象になっているとは・・・。

私自身はイラク戦争中の「人間の盾」に参加した時点で、国家による監視対象になるのは当然覚悟のうえで、これまで実名で活動を続けてきた。こうした市民活動の監視は、公安警察や公安調査庁では常識だろうから、自分のことが記載されていること自体は特に驚かない。しかしこうして実物を見せられると何とも気味の悪いものだ。

しかもこれは公安によるものではなく自衛隊の情報保全隊によるものだ。別に公安ならいいというわけではないが、「自衛隊の機密情報の保護と漏洩の防止」が情報保全隊の任務だというのなら、どう考えてもその範囲を逸脱している。国内世論を把握しようとするのは自然なことだと思うが、必要以上に監視の目を張り巡らせ、ここまで微に入り細に穿ち市民の活動を記録した文書を見せつけられると不気味としか言いようがない。

大手新聞も一面で取り上げたのは一部で、他は申し訳程度というのも気になる。メディアだって監視対象にされているのに、そのメディア自身がこの問題をしっかり追及できないとすればこれは致命的ではないだろうか。

イラク邦人人質事件のときの自己責任論の嵐にも感じたことだが、このままでは一般市民がますます萎縮してしまうのではないかと心配だ。私のように割り切って活動している人間は別として、なんとなくおかしいと感じて、ちょっとでも声をあげてみようと思っている人々にとっては、こうして監視対象にされるくらいなら黙っておこうと考えてしまうのではないだろうか。共謀罪も然り、この国に充満している自由にものが言えない空気の濃度は増す一方だ。

そしてこの過剰な監視体制は、私たちに別な側面を教えてくれる。それは自衛隊イラク派遣の自信のなさと、自衛隊が守るものは決して国民ではなく、むしろ国民を敵と考えていること。つまり自衛隊とは、「自衛隊」という「自分達の組織を自衛するため」の部隊だったということだ。

しかしこんな情報漏洩が続くようでは、もはや自分達すら自衛できないほど堕ちているのかもしれない。

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April 07, 2007

明日はお花祭り、そして都知事選投票日!

明日はお釈迦様の誕生日の花祭だなあと思っていたら、東京都知事選の投票日でもあるではないか!

アラブ作家展、カーシム来日、そして明後日の陥落日準備などに忙殺されていて、勝手連でがんばっている友人達のお手伝いが出来なく心苦しい。せめてこのメールを転載させてください。同郷だからといって応援するわけではないのですが、石原トンデモ都政をどうにかせねばという思いは全く同じです。NPO法人格をくれたからといって、嫌なものは嫌なのです。

振り返れば4年前の都知事選のときは、首都陥落直後のイラクから出国したばかりで、アンマンで帰国便の変更手続きをしてたっけ。まあ埼玉県民だったからどっちみち投票できなかったのだが。

【このメールも転送・転載も公選法上まったく合法です】
【投票日当日でも転送・転載できます】

    [石原知事の落選運動の勝手連より]

 このメールは私のお知り合い・関係MLへお送りしており
ます。

 東京の都知事選の投票が8日にせまっています。

 2期におよんだ高齢の石原知事による都政をこの機会
に転換させるべく、皆様にこのメールの転送、ブログ転
載をお願いしたいのです。落選運動です。

 石原知事の都政は、ディーゼル車規制や国への対決姿
勢などプラスに見える部分もあるものの、あくまでそれ
は例外。人権無視で好戦的、福祉の著しい後退、そして
その一方で税金の私物化など、筆舌に尽くしがたいひど
いものでした。

 銀座に戦車を走らせたことに象徴される彼の都政は、
「共生」の正反対の「強制」の政治です。
 市民社会には、異なる考え・価値観の者の「共生でき
る寛容」が必要ですが、石原都政の本質は「強制による
一様性」です。「君が代を歌わない者も存在できる多様
性」を処分によって否定する彼の教育行政がその頂点で
す。これには天皇も苦言を呈する(園遊会)ほどですが、
拍車がかかるばかりで見直される気配はありません。

 こうした政治のもとで、障がい者やセクシャル・マイ
ノリティ、在日外国人などのマイノリティはその生を否
定され、苦渋にみちた人生を強いられています。人間の
尊厳を否定する政治、それが石原都政です。

 また、マイノリティだけでなくマジョリティにも悪政
が及んでいます。福祉・保健医療の後退は著しく、保健
所につづいて、都立病院も半減させられようとしていま
す。性教育の抑圧により、HIV感染はおそろしい勢いで
広がっています。

 石原知事の「うるさい、黙れ!」と言わんばかりの
「問答無用の専制政治」は、今や、都民の食品を扱う築
地市場を、シアンなど毒物で汚染された豊洲の東京ガス
跡地へと無理やり移転させようとするところまで増長し
ています。

 さらに困ったことは、こうした悪政が全国へ、そして
国政へと影響を及ぼしていることです。

 石原知事は、この3年間でもっとも多く税金による高
額接待をした相手である佐々淳行氏を選対本部長に据え
ました。納税者をなめきっているのです。

 しかし、私たちには希望があります。

 検討資料として下に転載した新聞記事に見られるよう
に、もしかしたら石原知事を落選させることができるか
もしれない情勢です。無党派の人々が動けば結果に結び
つきます。選挙に関わったことのない多くの市民が立ち
上がっています。

 かつて団塊の世代から親の戦中世代が突きつけられた
ように、私たちの子供たちから「あの時、何をしていた
の?」と突きつけられないで済むように、今、できるこ
とをしませんか?

 お願いします。このメールをお知り合いに転送し、ま
た、ブログに転載してください。全国にかかわることだ
から東京の人にかぎることはありません。転送の輪が広
がれば、私たちの「微力」が積み重なって、もしかした
ら大きな力になって、日本、そして世界の未来を変えら
れるかもしれません。一人が5人に転送してくれれば、
9ステップ目で東京の人口を、12ステップ目で日本の全
人口を超えます! このメールを読んであなたがすぐ転
送してくれれば、ネットならあっという間です。

 このメールの転送の輪が広がり、そして一人一人が投
票所でなすべきことをすれば、石原を落選させることが
できます。
 私たち一人ひとりは「微力」ではあっても「無力」で
はないのです!

〈検討資料〉
◆4月1日読売新聞(11面)より
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 石原 自公支持層固める  浅野 無党派層で猛追

 2期の実績をアピールする石原がリードし、浅野が激
しく追っている。
 石原は、ディーゼル車の排ガス規制などを実現させた
強力なリーダーシップへの評価で幅広い層で支持を集め
る。反面、トップダウンの政治手法など“石原流”への
批判もあり、全体の46%を占め、5割が態度未定の無党
派層の動向次第では、情勢が流動的になる可能性もある。
 高額の出張旅費などで批判を浴びた危機感から、過去
2回とは一転して自民と公明に支援を要請。無党派層を
取り込むため、政党推薦の形式は取らないが、国政時代
にもなかった組織型選挙を展開する。自民支持層の6割、
公明支持層の6割弱を固め、民主支持層の2割の支持も
得ている。
 浅野は、過去3回の宮城県知事選と同様、市民参加型
の選挙戦を重視し、無党派層では石原に迫る勢い。ただ、
街頭演説でも、支援する民主、社民の政党色を消してき
たため、両党支持層への浸透が進んでいない。支持層の
5割しか固め切れていない民主は、管代表代行ら党幹部
が連日応援に入り、巻き返しを図る。
 吉田は共産支持層の一部が浅野に流れるなど、苦戦し
ている。
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◆石原都政についてのリソース
税喰う人々
http://homepage2.nifty.com/taxeater/top.html
さよなら石原都知事
http://nvc.halsnet.com/jhattori/rakusen/ishihara/index.htm
レッドパイパー
http://www.red-piper.com/(過去ログを見られます)
日録(不定期)
http://d.hatena.ne.jp/vox_populi/
中央区、石原知事の花粉症ポスターの掲載お断り
http://www.janjan.jp/government/0702/0702190366/1.php

◆都知事選についてのリソース
janjan
http://www.janjan.jp/special/toitusen/list.php
http://www.senkyo.janjan.jp/bin/manifest/search.php
ohmynews
http://www.ohmynews.co.jp/HotIssueTop.aspx?newstype_id=2&type_id=070322
東京都知事選勝手連情報
http://tokyokatteren.jugem.jp/
都知事選:石原氏、飛び出したマイノリティー差別
http://www.janjan.jp/election/0703/0703282578/1.php
http://www.youtube.com/watch?v=ufEHhxtf1pM&mode=related&search=
慎太郎知事 ヤジにブチッ「うるさい、黙ってろ!」…8日都知事選
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20070405-OHT1T00108.htm
下北沢駅前に遊説に来た石原慎太郎、再開発に反対する住民から野次を浴びせら
れて逆ギレ。
http://black.ap.teacup.com/fukashinogakuin/503.html
都知事選:石原支持者も反対する築地移転
http://www.janjan.jp/election/0704/0704022951/1.php

◆公選法について
ネット時代の勝手連と公選法
http://katteren.blog97.fc2.com/
特に落選運動については
http://www1.neweb.ne.jp/wa/kabuombu/seiji-rakusen.htm
http://katteren.blog97.fc2.com/blog-entry-2.html

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January 28, 2007

The Same Old Song

*2月の企画、書き物、アラビア語学習などに専念していたので、しばらくブログの更新を怠っていました。今後もいろいろ立て込むので更新のペースは落ちるかもしれませんがあしからず。

先日祖母の一周忌で実家に帰っている最中、バグダードのムスタンシリヤ大学で連続爆破事件があり、女子学生を中心に70名以上が亡くなった。この大学には、イラク戦争前に知り合った私の友人も英語講師として通っているので、急いでメールで安否を確認したがいまだ返事がない。ここしばらくはネットカフェに行くのも命がけで、返信も滞りがちだったとはいえ、やはり一週間以上返事がないと心配になる。

バグダードのドーラ地区の友人は、最近イラク警察がただ若者と言うだけで拘束するという難を逃れる目的もあり、現在北部のモースルで仕事を探しながら家族と連絡を取り合っている。しばらく電話が通じなかったが、2週間ぶりにやっと家族と繋がったようだ。ドーラに残った家族は、新たに始まった米軍の軍事作戦によって何度か家宅捜索を受けたそうだ。幸い無事だったそうだが、今や米軍の命令で周辺の商店がパン屋以外は全て閉店させられているので、パン以外の食料調達が困難な状況だという。妹はしばらく学校にも行けていない。メインストリートでは連日平均5発の爆発があり、衝撃波でこれまで4枚の家のガラスが割れたが、外出禁止令のため修理もままならず放置されたまま。灯油やガスの値段は高騰しゴールドのように貴重なものになり、通電状況は最悪で、なんと15日間の完全停電、おまけに断水も頻発している。路上には腐敗した遺体が散乱しているが誰も処理出来ず、野良犬が遺体を食い散らかしていて、地域一帯腐臭がたちこめているそうだ。2004年ファッルージャの悪夢がよみがえる。友人はモースルでも結局仕事は見つからず、灯油など物価もやはり高騰していて生活は困難、しかしバグダードに帰ろうにも道中があまりに危険で今は動けないそうだ。

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December 31, 2006

サッダーム私刑執行に想う

サッダームが殺された。イスラームの犠牲祭の初日に。遣り切れない思いと口惜しさがこみあがってくる。私は死刑も戦争もすべての人殺しに反対だからというだけでなく、たとえどんな邪知暴虐の王だろうが、命が奪われることは悲しいことだからというだけではなく、偽りの大儀による米英のイラク侵略戦争とその占領下で拵えられた茶番法廷で裁かれた挙句に縊られるというまさに「力の正義」の見世物劇に再び世界が屈したという絶望感も相俟って、私のイラクとの個人的な関わりの記憶の層に三つ巴になって絡みつき、首周りが締め付けられるようだ。

もちろん私はサッダームと直接出会ったことはない。それでもこれまでのイラクとの関わりの中で、彼の影を踏まずに歩くことは困難だった。この死刑執行の結果今後イラクがどうなる等、評論家然としたことを今はとても言えそうにない。第一そんな発言をすること自体、死刑という殺人を、この茶番裁判劇を、そしてなによりもイラク戦争そのものを暗に認めることにつながり、それはつまり「力の正義」に屈することに思えてならないから。今はまず一個人として彼と向き合いたい。大晦日にこんなことを書くことになるとは思わなかったが、イラクに関わってきた自分自身へのけじめとして書き進めてみる。

Fh010009私は2003年の開戦前、サッダーム政府にビザを発給してもらい初のイラク入国を果たした。そして戦争中はイラク市民の立場で戦争に反対したいと、浄水場などのライフライン施設に立てこもる「人間の盾」として活動したのだが、これもサッダーム政府が認めなければ不可能なことだった。湾岸戦争時のようにサッダームが盾を悪用して軍事施設などに配置されたらどうするんだという非難もあったが、開戦前イラク政府は戦争する気などまるでなく、むしろ戦争反対の国際世論を味方につけて何とか戦争を回避したいという意気込みを強く感じた私は、盾の可能性とサッダームが我々を悪用しないということを信じて参加した。実際にはどうしようもなくなり盾を放置したという見方もあるものの、結果的に悪用はされず、今日の私の活動につながるイラク人との交流のきっかけを作ることができたわけだ。スパイ潜入の可能性などを考えると、一国家が戦時下にこうした外国の民間人を大量に入国させるということ自体、人類史上稀なことではないかと思っている。


0411戦争前、戦争中はサッダーム批判などご法度で模範回答を強いられていたイラクの民も、政権崩壊後は堰を切ったように胸中の想いを私にぶつけてきた。いかにあのサッダーム独裁がひどいものだったかと。それでも彼を支持する人はいたが、十人に一人か二人だっただろうか。サッダームも酷かったがこの占領も支持できないと葛藤する人も多かった。簡単に言えば、まあ当然ではあるがサッダーム体制によって直接的な暴力を受けた人は激しく批判する。それは占領もしかりである。それが今では、絶望的な治安の悪化から、サッダーム時代のほうがましだったという意見を多く聞くようになっている。中には復権してほしいというものまで。現在メディアは彼の処刑をうけて狂喜乱舞するイラク人の様子を切り取って伝えているが、そこに写されない背景に燻ぶる怨嗟の声を決して無視できないことは、首都陥落時に米軍によって引き倒されたサッダーム像に嬉々として群がる米兵やイラク人の周囲を、屈辱的な表情で遠巻きに見つめるイラク人をカメラは捉えていないことからも容易に想像できる。良くも悪くも、イラク人の心にかかるサッダームの影は我々の想像をはるかに絶するほど大きいのではないか。

これはなにもイラク人だけの話ではない。サッダームの支配を直接受けて複雑な想いが交差するイラク人と比べて、周辺のアラブ諸国では素直に彼を支持する人が多い。ヨルダンやシリアに住む私の友人たちもそうだ。逆に彼をあからさまに非難する声などほとんど聞いたことがない。「サッダームの独裁政治?うちだって国王批判はご法度だし、ばれたら秘密警察に連れられて拷問だよ。アラブ諸国なんてみんなどこも変わらない。ただ彼は、あまりに正直だったからこうなっただけさ」など、こんな感じだ。外交がうまくいかず戦争を繰り返し結果的に国が疲弊していったのは間違いないが、周りから見ているアラブ人は、アメリカに魂を売り渡し日和っていく自国の政府と比較して、反米の筋を通してきたサッダームの武勇伝にむしろ共感する人が多い。そして占領軍による不当な裁判で独り堂々と闘うサッダームの姿が連日流されるたびに、独裁者の哀れな末路に溜飲を下げてもらうという狙いとは裏腹に、かえってアラブ社会の中で彼を英雄視する人が増えているのではないかと感じていた。執行を急いだのは、そんな彼の影響力を恐れていたからかもしれない。

ヨルダンに住むサッダーム支持者の友人は、イラク国民が今の苦境にあるのは全てサッダームを裏切ったことによる当然の報いだと言い切っていた。なのに今さらサッダームに戻ってきてほしいなど虫が良すぎるとも。彼は以前イラクを助けに行ったはずが逆にイラク人に殺されかけたという体験を持っているので、そう思うのも無理がないかもしれない。しかし彼の言葉で思い出したイラクの友人の言葉がある。「イラク人ははじめ熱狂的にサッダームを支持していた。成り上がりものの彼は皆に期待されるサッダーム像を維持しようと実力以上に自分を大きく見せようと必死になり、やがてあの恐怖の独裁者という仮面をはずすことができなくなったんだろう。結局サッダームは我々イラク人の弱さが作り上げた幻想なんだ。」この弱さは、今のイラクで今度はムクタダ・サドルなどへの異様な個人崇拝に受け継がれているのかもしれない。そしてそれはなにもイラクに限ったことではなく、振り返れば過去この国でもあったことだし、現代においても世界のいたるところで、我々個人の弱さを培地にして繁殖するファッシズムの種子とその萌芽を見ることができる。

サッダームと向き合うことは、イラク戦争はもちろん中東全体の問題、そしてアメリカをはじめとする大国の介入の現実と向き合うことにつながり、やがては日本の関わり、そして自分自身と向き合うことにもなる。彼が多くの自国民を殺した酷い独裁者だということならば、その真相を暴いていくことこそ、今後同様の悲劇が繰り返されないために世界にとって必要だったはずだ。別に他にも世界を見渡せば同様もしくはもっと酷い独裁者などたくさんいるという事実を持ち出して彼を正当化するつもりなどまったくないが、彼の独裁と暴政による犠牲者をはるかに凌ぐ150万人以上ものイラク人が、日本も含めた国際社会による経済制裁という静かな大量虐殺によって命を奪われたことを忘れてはいけない。そして大量破壊兵器所有疑惑という大儀の捏造から始まったこの度の戦争と占領によって殺された数十万にも及ぶというイラク人の命は、果たしてこの戦争がなかったらサッダームによって殺されていたのだろうかということを考えてみれば、彼がこのたび「人道に対する罪」という名目で死刑に処されたという事実そのものが、いかに人道から離れた見世物だったがわかるだろう。

サッダームは結局、アメリカの「力の正義」に歯向かったことによる「私刑」判決を受けたのだ。そして人道に対する罪であるイラク戦争をとめられなかったばかりか、サッダームの罪の真相が暴かれることを恐れる真の戦争犯罪人たちを「人道に対する罪」で裁けない私たち国際社会の非人道的怠慢によって、イラク大統領サッダーム・フセインは縊死したのだ。

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December 28, 2006

燎原の火

バグダード、ドーラ地区のある友人から先日届いた報告を紹介する。

跳梁跋扈する民兵、とりわけマハディー軍の乱暴狼藉はもはや歯止めがきかない。市民の誘拐、拷問は、今や男性に限らず若い女性までにも及び、強姦の末に殺害するというケースも増えてきた。特にスンナ派の各組織はこの暴力を止める力のない政府は全くあてにならないので各々自衛するようにと声明を出している。内戦というより完全なる無法状態だ。

小学校の先生をしている母親は、朝学校に行くと胴体の上に切り落とされた首が載せられている遺体を発見して自宅に戻って以来体調を崩している。中学生の妹は、あるグループが4人を学校の校庭に連れてきて生徒の目の前で処刑してからもう2週間も学校に行っていない。商店主の弟はギャングに命を狙われていて、間違って隣の店の店主が殺されてから自分の店に行けていない。これはもう店をたたむしかないと、店員に頼んで商品だけでも引き上げようとしたが、その店員が人質に取られてしまった。父親が護衛を引きつれ交渉に挑み弟が命を狙われるに至った誤解を解いて店員もなんとか無事解放されたものの、腹いせかギャングは行きずりの人間を撃ち殺し店に放り込んだ。弟は商品も全てあきらめて、父親は恐怖から胃から血を吐き続けている。

ドーラは元々バグダードでも最も戦闘が激しい地域のひとつだった。ところで私が戦争中「人間の盾」をして滞在していたのもここドーラの浄水場だったが、先日はその浄水場近くの発電所に40台ものパトカーが押し入り、大勢の従業員が拉致されどこかへ連れ去られたという。友人によるとここのところはもう毎分のようにあちこちから銃撃音が響き、路上には首のないシーア派民兵の遺体が散乱し、自警団でもある戦士たちは米軍と警察に対する路上爆弾をせっせと敷き詰めていて、誰も地域の外に出られないので食料の価格が高騰しているという。断続的に響く爆破の衝撃音で家は揺れ続け、日によっては他地域から飛んでくる迫撃砲弾に備えるため一日中階段の下ですごさなければならない。何とかドーラから脱出できないかと聞くと、もし今出たら戦士たちに戦闘のためにと家を使われて破壊されてしまうし、そうじゃなくても各地域からドーラに逃れてきた人たちに奪われてしまうだろうと言う。しかしなぜそんな危険なドーラに人が逃げてくるのか?バグダード市内のスンナ派とシーア派の住み分けが進んだ結果、かつて両派混在地域だったドーラは今やスンナ派でいっぱいで、他地域のスンナ派住民にとっての避難所になっているそうだ。今ドーラを出たら間違いなくすぐ殺されてしまうだろうとも言う。このように、バグダードで今やスンナ派住民の生き延びることのできる場所はどんどん狭められている。もう家族の誰も働きに行くこともできず、これまで蓄えていた資金で何とかつないできたが、このままではいつまで持つかわからない。友人は最も危険なドーラでまともに生活することができず、かといって脱出することもできないまさに八方塞の情況だ。

そんな中、情況が変わってきたとまた友人から連絡があった。バグダードをはじめイラク各地でマハディー軍に対する攻撃が激化してきたようだ。何でも多くのシーア派政党がナジャフのシーア派権威シスターニを詣で、マハディー軍を叩くためスンナ派とシーア派の共闘の許可を秘密裏に得たという。それ以降、米軍とイラク軍はサドルシティーなどマハディー軍の拠点に対する攻撃を本格化させているらしい。それはサマーワでも同様で、最近警察とマハディー軍の激しい戦闘が繰り広げられているそうだ。ちなみにサマーワの警察はシーア派政党イラクイスラム革命最高評議会党首アブドゥルアジズ・ハキーム師率いる民兵バドル旅団が全面的に支援している。バスラでも英軍が警察と共に多くのマハディー軍を捕まえているようだ。

しかし友人は憤りをこめてこう続ける。マハディー軍は一年以上暴虐の限りを尽くしイラク人を殺しまくっていたのに、これまでシスターニも政府もまるで動こうとしなかった。しかし先日ペンタゴンのレポートで、今やマハディー軍はアル・カーイダより危険だと発表され、連中の暴走を止めよと決定されるや否や、連中も現在の地位を失いたくはないから動き出す。ああいう指導者なんてイラク人の命など全く眼中になく、ただ自分の地位を維持することしか考えていないイランの犬であり犯罪者だ。全く、これが新しいイラクだってさ!!!

仮にマハディー軍が潰されていくとしても、権力に群がる連中の醜い椅子取り合戦が続く限り、このイラクの地獄は終わらないだろう。それでも少しでも友人たちの安全につながるような変化になればと祈りを続ける。しかしイラクの周囲を見渡せば、最近のレバノン政治混乱による市民社会の分裂、パレスチナの内部衝突、そしてサウジなど周辺諸国がスンナ派武装闘争への支援をほのめかすなど、イラク内戦の業火が飛び火して中東全域に拡大するのではという悪夢にうなされる。この燎原の火につながるイラク攻撃と占領という火種を放った米英、そしてその放火魔を支え続けて自らの罪を省みもしないこの日本の責任はいよいよ重い。

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December 21, 2006

イラクの友の無事&12月23日シンポジウムのおしらせ

断食修行記がまだ途中ですが、しばらく連絡が途絶えていて心配していたイラクの友人からいくつかメールがありましたので、急遽出演が決定した12月23日のシンポジウムと合わせてお知らせします。

アダミヤ、そしてカズミヤに住む友人からも無事の連絡があり、とりあえずはホッと胸をなでおろした。しかし、バグダードでは現在各地区間で迫撃砲弾が飛び交う市街戦が日常の風景になっていて、以前のようにネットカフェへの移動も命がけになっているだろうから、無事を喜ぶと同時に帰り道のことを考えると複雑だ。

アダミヤをはじめとするスンナ派居住地区では、マハディ軍をはじめとするシーア派民兵が警察と一体となって繰り広げるいわゆるスンナ派狩りが猖獗を極めている。イランに操られたマリキ政権はシーア派民兵を取り締まる気など全くないどころかむしろ加担しているので、政府を解体することを望んでいた多くの住民は、先達てアンマンで行われた会談でブッシュがマリキを支持するとの声明を出したことに落胆し憤っているという。アメリカでは民主党が勝利しラムズフェルドも辞めついにイラク政策の見直しが始まっていると言っても、それは所詮米兵の命を考えてのことであり、決してイラク人の命を考えてのことではないので、やはりイラク政府同様民兵による殺戮を放置している米軍もまったく当てに出来ない。こうしてアメリカによる占領からイランによる占領にすり替わり、バグダードのスンナ派住民は皆殺しにされるか追い出されるかで、やがて誰もいなくなってしまうのではと戦々恐々だ。

それではシーア派住民は安寧として政府を支持しているのかといえばもちろんそんなことはない。カズミヤに住む友人は、昨年妹が戦闘に巻き込まれ亡くなっている。先日届いたメールでも、

「・・・本当に、何とかできればいいんだけど、どうしようもない。本当にだめなんだ。情況はあまりにも悪く複雑で・・・。疲れたよ、YATCH。怒りでいっぱいなんだ。そして、とてもとても絶望している。もう何も感じることが出来ない・・・まるで死んでいるようなんだ・・・」

彼は大学を卒業し英語の講師になったばかりだが、この情況ではおそらく多くの講義はできないだろうと言う。でも講師も講義も不足しているので、何とか続けているそうだ。そして続ける。

「誰もが怖がっているよ。いつ誰がやってきて誘拐されるか、殺されるか、さらにひどいことになるか、わからないんだ・・・。ここでは全く理由なく人が殺されていく・・・全くだよ・・・思うに、理由があるとすれば、それはイラク人だからということ・・・。おそらく仕事はやめざるを得なくなると思う。ここで講師や学生でいるということは、まさに戦場での兵士といっしょだよ。兵士はせめて銃を持っているから、もっとひどいもんだけど・・・。でも政府は大学に行き続けろっていうんだぜ!!!!恥を知れって・・・。犯罪者やテロリストにものを言うのが先だろう・・・・」

彼と出会ったのはイラク戦争前だが、アニメや日本文化好きの彼とはドラえもんの話から始まり最近では黒澤映画を絶賛するなど話題も尽きず、メールでもいつも何かそうした話題や冗談を付け加えていたものだが、ここ最近では全くなくなってしまった。これはなにも彼ばかりではなく、冗談好きのイラク人からどんどん笑いが消えてしまっている。

イラクの国外に避難している友、例えばいま妻の国フランスいるイラク人スタッフのサラマッドは、イラクに残された家族の安否を思い連夜悪夢にうなされて、連日家族から電話で話を聞くたびに、自分だけ安全なところで生きているという罪悪感に苛まれている。

彼から聞いたバグダードのドーラ地区の情況は、次の機会にお伝えするとして、取り急ぎ以下に23日のイベントを紹介しておきます。いまイラクを覆うこの絶望の闇から、どうすれば光が見出せるのか。イラク人との対話から新たに考えてみたいと思います。
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リカービさん(イラク民主化潮流) を招いてシンポジウム
イラクに平和を!
私たちの描くイラク平和への道
●日時 :12月23日(土) 14:00~17:00
●場所 :明治大学リバティータワー1011 教室
●JR線「御茶ノ水駅」御茶ノ水口から3分 地下鉄「新御茶ノ水駅」B1出口から6

http://www.meiji.ac.jp/campus/suruga.html●資料代500円
●発言者:アブドゥル・リカービさん(イラク民主化潮流)
     半田滋さん(東京新聞社会部防衛庁担当記者)
     相澤恭行さん(NPO法人「ピースオン」代表) 
     生方卓さん(明治大学軍縮平和研究所)
■主催:明治大学軍縮平和研究所
 TEL:03-3239-8145 FAX:03-3239-8146   
E-mail morimoto@gunsyuku.org
■呼びかけ:リカービさん来日を支える実行委員会
アジア太平洋平和フォーラム(APPF)ATTAC ジャパン ピープル
ズ・プラン研究所 リカービ裁判弁護団
■協賛:World Peace Now  作品社
★リカービさん来日のためのカンパを募っています★
郵便振替00160-3-612549 「リカービさん来日基金」

●現在、イラクはアナン国連事務総長も認めたように「内戦」状態にあり、平和への糸口がまったく見えない状況が続いています。多国籍軍を構成する米国をはじめとした外国軍は、その失敗を認めながらイラクに対する戦略の変更を余儀なくされ撤退を検討あるいは実際に撤退をはじめています。イラク人による民主的な国家建設を目指す政治家であるアブドゥル・リカービさんが現在のイラクをどのように分析し、イラクの今後についてどう考えているのか、またどのような構想を描いているのか、などについて語ります。
● 2004 年4月、日本のNGO 活動家3名がイラクで拉致されたとき、イラク国内のネットワークを駆使し、早期解放を実現したのはイラク人のリカービさんでした。フセイン元大統領に追われて、イラクを脱出し現在パリで亡命生活を送りながら、イラクの平和と再建を求めて活動を展開しています。世界社会フォーラム(WSF) のグローバル・ネットワークに関わりながら、世界の人々に、直ちにイラクの占領と破滅を止めさせるために立ち上がり、協力してくれるよう訴えかけています。彼は、米国の傀儡である「マリキ政権」を認めず、イラクのあらゆる政治潮流が結集して民主的な「憲法制定国民会議」を設立し、イラク人が自らの力で民主的選挙を行い、民主主義的な国家建設を目指しています。
● 2003 年12 月、リカービさんは、自衛隊のイラク派遣を計画していた小泉前首相の招きで来日。日本政府は、リカービさんから「イラクの復興には自衛隊派遣が必要である」という言葉を引き出し、自衛隊派遣の口実を見つけることを画策していましたが、小泉首相に対してイラクへの日本の軍事的プレゼンスを否定し、日本はイラクに対して平和的で友好的な復興支援を行うべきであると明言。しかし、小学館の「週刊ポスト」は、彼が自衛隊支援の見返りとして小泉首相から金銭授受を受けたと報じ、このニュースはアラブ世界に配信されました。リカービさんはこの事実無根の報道について、「記事の訂正および謝罪広告掲載等」を請求して東京地裁に提訴。来る12 月27 日、東京地裁で判決が言い渡されます。原告であるリカービさんは政治家としての信頼回復のために出廷します。

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November 10, 2006

サッダーム死刑判決に想う

サッダーム・フセイン死刑判決、アメリカ中間選挙での民主党勝利、ラムズフェルドの更迭と、今週は立て続けにイラク関連問題が新聞の一面を賑わせた一週間だった。一日平均100人以上ものイラクの人々が殺されていくという深刻な情況に反比例して、イラク関連報道は減少する一方だったので、久しぶりに新聞一面を飾ったサッダームの姿に、ある種郷愁にすら似た奇妙な感慨を覚えてしまった。死刑判決自体は誰もが予想していたことであろうし、結果的に効果はなかったにせよ、アメリカ中間選挙にあわせてブッシュ政権がイラク戦争の成果を示すための政治的意図が介在したひとつの見世物であることも間違いないであろう。

ところでEU諸国などは原則論からこぞって死刑の反対を訴えている。私も死刑、戦争を含め、あらゆる殺人に反対の立場から今回のサッダームの死刑判決には反対ではあるが、そもそもこの違法な占領下で設置された法廷そのものが茶番であり無効であると考えているので、ここで死刑判決に反対を訴えることは逆にこの裁判自体を合法と認めることになってしまうのではないだろうかとも思う。メディアはここで今一度この裁判そのものの合法性を問い直すべきではないだろうか。まあ開戦の理由である大量破壊兵器保有疑惑を米政府の広報機関よろしく一大キャンペーンを張って報道しておいて、いざそれが実は存在しなかったとわかってもこれまでの自らの報道を反省はおろかろくすっぽ検証すらしていないわけだから、今回もまたむべなるかな。

それにしてもアメリカは大変な茶番劇を拵えてしまったものだと思う。アラブ諸国ではこの裁判の様子をテレビで観ることが出来るが、いくらアメリカにとって都合の悪い発言などをカットしたところで、サッダームの姿がブラウン管に映し出されるたびに、溜飲を下げる人間以上に、逆にサッダーム支持者が増えて反米感情も高まっていっているように感じていた。悪化する一方のイラク情勢を嘆き、「サッダーム時代のほうがよかった」という懐古の声が現地では急速に増えているということはこれまでもたびたび紹介してきたが、前回のイラク北部&シリア、ヨルダンの旅で友人などから話を聞く限りそれは変わらず、むしろさらに高まってきているという印象を受けた。そういえば、サッダームの小説が日本での翻訳出版以外では発禁になっていること自体も彼の影響力の大きさを物語っている。

報道では紋切り型にサッダームの死刑判決について歓喜するシーア派と反対するスンナ派の様子を切り取って伝えているが、私の友人のイラク人の一人はシーア派なのに堂々とサッダームを擁護しているし、実際の住民感情はシーア、スンナで割り切れるほど決して単純ではない。皮肉なことに、サッダームの過去の悪業も、それをはるかに凌ぐ悪業によって捕らえられ裁かれている結果相対的に希釈されてしまい、また、ただ一人毅然として立ち向かうサッダームという一人の人間の姿が、それを見る人間に新たな同情の念すら生み出しているようだ。

ここでもしサッダームの死刑が執行されたら、イラクの混乱は取り返しのつかない情況に陥るのではないか。イラクの安定を考えれば、これは執行が不可能な判決ではないか思う。しかし執行しなければそれはそれでまた不安定要素のひとつでもあるというジレンマ。今日のイラクの混乱の元凶は米軍の存在そのものなのだが、ここまで治安が悪化した以上、即時撤退もまた出来ないというジレンマと非常によく似ている。

さて、アメリカ中間選挙の結果を見る限り、アメリカ国民の多くがようやくイラク戦争の現実に気づいたのかもしれない。更迭されたラムズフェルドは「始めはよかったが・・・」と言うが、彼が最も恍惚としたであろうあの首都陥落以降が本当の意味での戦争の恐ろしさなのだ。ベネズエラの大統領チャベスも言うとおり、ラムズフェルドがやめるならブッシュをはじめ閣僚全員が辞職すべきだし、人道に対する罪でサッダームを裁くならば、65万以上とも言われるイラクの人民と、2800人以上という9・11の犠牲者にも匹敵する米兵を殺害したブッシュもやはり同様に人道に対する罪で裁かれなければならない。違法な先制攻撃を支持し、共に占領という犯罪に手を染めた共犯者である前日本国首相小泉、そして彼を結果的に支えてきた私たち日本国民と共に。

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August 12, 2006

レバノンへ今最も必要な人道支援とは

9日文京区民センターでのイスラエルのレバノン侵略を問う緊急集会に続いて、11日の東上線上福岡駅前での緊急集会にも参加して少し発言してきた。先月からこれまで3回ほどイスラエル大使館前の抗議にも参加してきて、ここにきて少しずつ反対の声も高まってきたようにも感じるが、残念ながらこの日本からの声は国際世論を動かすほどの力には程遠い。以前は武器をとり闘っていたヨルダンの友人も、今はレバノンへの人道支援活動のため奔走しているが、なぜ世界はこの蛮行を止められないんだと憤懣やるかたない。その友人から、何とかいっしょに支援出来ないかと相談を受けていて、今後のスケジュールなど調整しているものの、さすがに緊急の支援となるとレバノン現地パートナーと連携しての長年の活動経験のあるNGOを通して行ったほうが効率もいいので、ちょうど先日集会でご一緒した「パレスチナの子どもの里親運動(JCCP)」のレバノン緊急募金を、この場を借りてお知らせします。
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募金先(郵便局振替口座)
口座記号番号 00120-0- 112249
加入者名   パレスチナの子供の里親運動
(通信欄に「緊急募金」とお書きください)
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JCCPは1984年から現地のNGO(ベイト・アトファル・アル・ソムード)を通じてベイトのパレスチナ難民キャンプに支援を続けてきたNGOです。PEACE ONでも、先日の勉強会で岩手の会員「瑠璃屋」さんが送ってくれた手作りのケーキなどを会場で販売し、その売上を全てここに募金しました。ぜひともご協力お願いします。

もちろんあらゆる支援が必要なのだが、今最も必要な支援とは何だろうか?イラク戦争中、訪れた病院のドクターに、「薬やドクターは足りていますか?今最も必要な支援は?」と尋ねたとき、「今最も必要な支援は、この戦争をとめることだ」と言われたことが忘れられない。

あのイラク戦争だって止められていればこんなに人が死ぬこともなかったし、ここまで支援で大変な思いをしなくてもすんだことだろう。いくら支援をしたところで、戦争が終わらなければ、いつまでたっても同じことの繰り返しなのだ。

ここにきてやっと国連安保理で戦闘の完全停止決議が採択されたが、数時間後、あざ笑うかのようにイスラエルの攻撃は続いている。(関連記事)国際世論はあくまでも即時停戦の圧力をかけ続けていかなければならない。戦争を止めることが、今最も必要な人道支援なのだ。

ところでバグダードへ向かった現地スタッフのサラマッドから、無事モースルに戻ったと連絡があった。とりいそぎ報告まで。

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August 06, 2006

故郷イラクへの旅路2 ~バグダード恐怖の日々~

避難先のイラク北部モースルで無事家族との再会を果たしたイラク人現地スタッフのサラマッド。喜びもつかのま、バグダードでの恐怖の日々を聞いて言葉を失う。心配するといけないからと、彼がフランス滞在中は言えなかったことが多かったそうだ。

あれほど頑なに家を護ると言い張っていた父親が、ついに避難を決めた理由は、二度ほど直接銃撃にあい殺されかけたからだそうだ。一度は隣にいた親友が撃ち殺されたという。

ちなみに今バグダードではそれぞれの地区をそれぞれ違った武装したグループが支配していて、よそ者というだけで殺されてしまうので、地区から地区へと渡り歩くことがなかなかできない。

ドーラでもサドルシティでもアダミヤでもどこでも、通り、そして電柱など、いたるところに血糊がこびりついているという。電柱に括りつけて殺すからだそうだ。

そして通りのいたるところに死体が転がっていて、その脇を通って食べたり飲んだりすることがもはや普通のことになってしまっているとも。

ドーラそしてハイ・アル・ジハードでは、子ども達が死体をゴールにしてサッカーをしている・・・。

また、イランから大量の古い食物、毒入りのお菓子、そして鉄くず入りの粗悪品の小麦粉など入ってきて、食べる前に磁石でチェックしないといけない、また、他にイランから爆発物の混入された携帯電話の充電器やガスのボトルなども入ってきていて、危険なので使用しないようにと内務大臣すら警告したそうだ。(以上真偽の程は定かではないが、こうした噂が立っているということだけでイランに対する印象の悪さが伝わってくる)

非常に多くの連中が、お金目的で子どもや女性を含めて誘拐している。

今ドーラを支配しているアルカイダ系とも言われるオマル軍は、シーア派民兵のバドル旅団やマハディー軍を殺すためにサウジアラビアやエジプト、他スンナ派の国から資金援助を受けているという。それはシーア派とイランが増長し勢力を拡大していくのを恐れているからだとも。ひとり殺害すると700ドルもらえるらしく、何人かメンバーの名前を教えてもらったところ、信じられないことに、サラマッドの友人も何人か含まれていたという。そして住民の多くは身を護るために彼らに食事や多額の寄付を与えているそうだ。

いまや多くの若者は各グループのスパイ、大人は殺人を仕事にしていて、ドーラにいる隣人のほとんどはスパイか殺し屋に変わり果てていて、他の地域でもほぼ同じだろうという。

「あの友達がどうしてスパイや殺し屋になれるんだろう、あんなにいい奴だったのに、どうしても信じられない・・・」

この猛暑(50度以上)の中、電気は6時間に1.5時間通電のみ。ガソリン価格は17リットルで20000イラクディナール(1リットル100円近く)と高騰している。

上記は闇価格だが、ガソリンスタンドで給油すれば警察がやってきてスンナ派だとわかると殺されてしまうので、誰も怖くてスタンドには行けない。病院ですら同様だという。

また、以前弟の友人Kが玄関先で何者かに撃たれ瀕死の重傷を負った際の話だが、(1月23日の拙ブログ記事参照)あの時はKが弟のところに携帯電話を置き忘れていたらしく、妹がその携帯を取って玄関先でKに手渡した直後、妹の目の前で銃撃にあったという。それからというもの、当時の恐怖がトラウマになってか、毎晩起きて叫びながら歩き回っているようで、サラマッドが帰った夜もそうだったようだ。

そのKが病院に運ばれたときのエピソードもさらに詳しく聞いた。Kの兄弟ははじめ医師に両腕を切断しなければ助からないと言われたが、手術を待っている間、助手から「切断する必要はない。あの医師は手術する手間を省きたいだけだ」とこっそり耳打ちされ、どういうことだと医師に詰め寄った。さらに「今すぐ手術しなければ殺す」と脅したところ、医師はすぐさま取り掛かったそうだ。後に彼を別の私立病院に移したところ、やはり両腕を切断する必要はないとのこと。今、Kの腕はほんの少しは動くようになっている。

Kにまつわる話をもうひとつ。ある日医師に、「プラズマ注射がどうしても必要なのだが、ここにはない」といわれて、サラマッドの家族も皆手分けして病院を回り探したが見つからない。するとその医師の助手がやってきてどうしたんですかとたずねてきた。家族はプラズマ注射がないとKが助からないと言うと、「私に持ってきてほしいですか?ならば30000ID(約20ドル)支払ってください」と言うのでお金を渡すと、なんと、はじめ医師がここにはないと言った同じ病院の薬局から持ってきたという。

「YATCH、これでいかに人間の命が価値のないものに変わり果てるかわかるだろう。注射一本分の価値すらないんだ。そして、どれほどまでにイラクが終わってしまったか」

民兵による被害は深刻だが、以前のように外国人が人質になったりする危険は相対的に減少しているのではないか、そして今自分がイラクに入って活動できる可能性はどの程度かとの質問には、もし今イラクに来たら、金のために誘拐する連中の最高のプレゼントになってしまうとのこと。外国人が人質になるのが減っているのではなく、単にイラクに入る外国人が極端に減っているというだけで、決して誘拐の危険は減っていないと言う。入っていても数えるほどのジャーナリストくらいで、ほとんどはシェラトンやパレスチナホテルなどに篭って取材はイラク人にやらせている。先日、私の友人の日本人ジャーナリストも約一週間バグダードを取材して無事帰国したが、やはりとても以前と同じようには活動できず、また昔を知っているだけに、変わり果てたイラクが悲しかったと言っていた。私の気持ちもわかるが、今来てもほとんど外出はできないので、NGOとしてとても以前と同様の活動は出来ないと言う。

「こんなこと言うのはとても悲しいことだけど、もし僕らの活動が君の命を意味するのならば、胸が張り裂けるけどむしろ活動をやめたほうがいいとすら思っている。だって最も起きてほしくないことは、自分の実の兄弟のような君を失うことなんだよ」

そして、これからバグダードに向かうと結んであった。


ところで今日は8月6日、61回目のヒロシマ原爆忌である。一昨年はバグダードのギャラリーでウードの哀しい調べとともに、昨年は広島にて蝉時雨に打たれながら、「あの日」のことを考え祈っていた。今年は東京にいるが、イラク、レバノンで吹き荒れる暴力、この終わりなき人類の業の深淵を前にして、それでもやはり「あの日」のことを考えている。

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故郷イラクへの旅路

極度に治安が悪化したバグダードに住む家族から帰国を止められていて、昨年末から妻アマラの国フランスでの避難生活を送っていたイラク人現地スタッフのサラマッドが、ついにイラクに帰り、無事家族との再会を果たしたと電話がきた。

「アルハムドゥリッラー(神のおかげで)、何とかイラクにたどり着いたよ。とりあえず無事のおしらせ。詳しくは後でメールするよ」

イラクに帰国したとはいっても、故郷バグダードではなく家族の避難先、北部の都市モースルである。彼らの住んでいたドーラ地区はとりわけ治安が悪化していて、もう限界だと一ヶ月ほど前からモースルの親戚の家に避難していた。

今朝届いたメールには、モースルまでの道中と家族から聞いたバグダードの様子が、段落もなくスペルミスもお構いなしに長文でびっしりと書き込まれていた。

イスラエル大使館への抗議に何度も足を運んではいるものの、一向に治まる気配のないレバノン情勢についても書きたいことはあるのだが、取り急ぎ先にこちらから紹介する。

フランスの医師から寄付してもらった100キログラム以上にも及ぶ大量の医薬品、医療器具などの支援物資も持っていくため、道中は困難を極めたようで、行間からも労苦と溜め息が滲み出てくるようだ。

まずはパリからヨルダンの首都アンマンまでの飛行機。ロイヤルヨルダン航空に問い合わせると、これまでと同じように、はじめは荷物の事情を理解してくれて特別の計らいをしてもらえるとのことだったそうだが、出発の前日になって突然重量超過分は規定の料金を支払うようにと連絡がきた。話が違うと食い下がると、様々な責任者間をたらい回しにされた挙句、「イラク人にはアメリカがいるじゃないか。彼らが助けてくれるよ」とまで言われる始末。怒りを抑えてあきらめずに粘り強く交渉した結果、20キロから40キロ、最終的にはひとり60キロまで許可がおりた。それでも全ての支援物資は積みきらないので、あえなく着替えや家族や友人のために用意したお土産などを置いていかざるをえなかったそうだ。

アンマンには夜11時頃到着。なかなか大量の荷物を市内のホテルまで載せてくれる車が見つからず、やっとこさホテルに着いたときにはすでに深夜3時。ホテルのスタッフは乱暴に荷物を扱うものだから二つもバッグを壊してしまったうえに、一泊15JD(ヨルダンディナール 1JDで約160円)とこれまでの倍近くに騰がっている。アンマンで数日滞在して何人か友人とも会おうと思っていたが、これでは高すぎるし、レバノンからの避難民が大勢アンマンにきている影響もあってか、45分以上待ってようやくタクシー捕まるような状況なので、すぐさまシリアに向かおうと予定を変更したそうだ。

ところで前回2月に私がイラク人画家のハニさん宅に預けていったイラクの子ども達への文房具を取りに行くと、ハニさんは仕事で留守だったらしく、末っ子のハッスーニが出て「なんでYATCHの荷物を取るんだ。渡さないよ」と言われてしまったが、持っていたお菓子と交換ではどうか?と交渉するとあっさりと渡してくれたようだ。

さてシリアのダマスカスまではバスが安いのだが、この荷物では確実に国境で足止めを食らうだろうし、他の乗客もいる手前融通もきかないだろうと言うことでタクシーに変更。案の定国境ではいくらか賄賂を渡すと荷物もノーチェックで通過できたそうな。途中でタイヤがパンクしたので他のタクシーに乗り換えてダマスカスへ。巡礼地サイーダ・ザイナブ周辺などを少し散策し、モースル行きのバスに乗り込むと一人40ドルも取られた。家族からは13ドル程度だと聞いていたのにと周囲に尋ねると、レバノンからの避難民が押し寄せていてドライバーをどこも大忙しで値段も跳ね上がっていると言う。イスラエルの攻撃によって、レバノン総人口の3分の一近い100万人もの人が避難民になっていることを考えれば無理もない。

9時間ほどかけてバスはイラクとの国境(ラビーア)へ。シリア側税関で、サラマッドは問題ないが、連れのアマラははじめダメだと断られてしまう。結婚証明書を見せてそのコピーをとって何とか通過。さて問題はイラク側の税関。クルド人兵士「ペシュメルガ」がいてアマラの入国を頑として許可しない。ビザを見せてもこれはもう終わっているだの、結婚証明書のコピーを見せてもオリジナルをよこせだの、パスポートを見せてもこれはバグダードでしか通用しないだの、パスポートでぴたぴたと顔を叩かれながら嘲笑されたそうだ。やがて奥の事務室に通され、たらい回しにされた挙句の果てに、一度シリアに戻ってイラク大使館でビザを再発行してもらって来いという。それは困ると必死で懇願を続けた結果、何とか特別の臨時ビザを発行するという形で収まったが、手数料として80ドルも要求されたそうだ。おそらく同様の手口で賄賂を得る小細工を繰り返してきて、すっかり味をしめてしまったのだろう。まさに犬以下の扱い(アラブでは犬は侮蔑表現)を受けて、あんな連中に国を乗っ取られてしまったと、もうしばらくはイラクに帰ってくるものかとすら考えたそうだ。

しかし、苦難の旅を終えようやくモースルで無事家族と再会を果たした途端に、そんな思いはもちろん吹っ飛んだそうな。そして、家族はバグダードでの恐怖の日々を語り始めた・・・。(続く)

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July 20, 2006

レバノン攻撃に反対する国際署名

「レバノン受難」をUPしたとたんに、いくつかのMLからイスラエルのレバノン攻撃に反対する国際署名のおしらせが回ってきました。
Save the Lebanese Civilians Petition
http://julywar.epetitions.net

FirstName(名)、LastName(姓)、Email(メールアドレス)を半角ローマ字で打ち込み、すぐ下のSIGN PETITIONのボタンをクリック。画面が変わり、確認のためのメールを送ったことがしらされます。その確認メール(件名:Please Confirm Your Signature)が届いたら、長いURLをクリックして署名完了です。


むむむ、すでに6万人に達する勢い・・・。

先達てもおしらせした「イラクでの殺戮を止める署名」は、期日(7月末)が迫っているというのにまだ1300を超えたばかりです。こちらも引き続きご協力おねがいします。

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レバノン受難

レバノンでの暴力が止まらない。6月下旬からのイスラエル軍のガザ侵攻に気を揉んでいる矢先に、レバノンのイスラーム教シーア派民兵組織ヒズボッラーによるイスラエル兵2名の拉致をきっかけに始まったイスラエル軍によるレバノン侵攻。イスラエル、ヒズボッラー共に、捕虜解放という妥協の余地のない停戦条件を掲げていて、暴力の応酬はやむ気配を見せず、報道ではすでにレバノンで300人近く、イスラエルでは25人ほどの死者が出ているという。(参考記事

ヒズボッラーにはイランとシリアが武器を提供するなどして協力していると、アメリカ、イスラエルが非難を強めている。このまま戦況が長引いて、仮にイラン、シリア両国が巻き込まれていく状況になれば、やがて中東での全面戦争に発展というシナリオもあり得るのではないか。さすがに国際社会も調停に向け動きはじめてはいるとはいえ、イスラエルのガザ侵攻を非難する国連安保理非難決議案を毎度おなじみの拒否権で葬り去ったアメリカのせいか、どうも足並みが揃わない。プレスリー気取りの首相は、独自と言われる中東和平構想を土産にイスラエル、パレスチナ、ヨルダン詣でに出かけたものの、調停には何の役にも立っていない。この国ではテポドン狂瀾劇がやっと一段落したかなと思っていても、思いのほか報道もおとなしい。イラクをはじめ、中東は全て過去の話になってしまったかのようだ。

いずれにしても、報道ではやはり政治的なものばかり。やはり爆弾を落とされている側にいる市井の民の声を聞きたいと、昨年、レバノンのハリーリ前首相が爆殺された現場で出会った大学生にメールをしたが、すでに使われてはいないようで返ってきてしまった。先々月イラクから帰ってきたばかりのヨルダン人の友人は、「これは何としても止めなければ。心配しないで。戦いに行くわけじゃない。人々を助けに行くんだ」というメールを残してベイルートに旅立ったまま、その後の連絡がつかないままだ。

*参考まで昨年の日記から「日帰りベイルートの旅     」

イスラエルの各閣僚に攻撃中止要請をするくらいしかできていなく、もどかしさが募るばかりだが、そんな中でもイラクの友人からは休みなく状況を伝えるメールが届く。何一つ終わってはいないのだ。

Imgp3939_1

*写真は昨年2月ベイルート訪問時ハリーリ前首相爆殺現場にて地元大学生と

●以下参考までにイスラエル政府に対する要請とあて先
アムネスティ パレスチナ情報センター

また、レバノン情勢は、以下のサイトが詳しいです。
ベイルート通信 

おまけに、イスラエル軍の反戦サイトと、
それをサポートする署名のサイト

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July 13, 2006

ワールドカップとマハディー軍

先週の話になるが、しばらく連絡が滞っていたイラクの友人の一人からやっとメールが届いた。彼自身は無事だとのこと。しかし、やはり全体的には全てにおいて状況は悪化しているようだ。

「今やここイラクでは誰一人として普通の生活を生きることが出来ていない。水もガソリンも灯油も、もう何もかもが足りないよ。電力事情はどんどん悪くなっていて、もう最悪。特にサッカー好きのイラク人にとっては、テレビでワールドカップもろくに観られないし、ホントたまらないよ・・・」

先日イタリアの優勝で幕を閉じたワールドカップサッカー。中学時代はサッカーに燃えた日々を過ごした自分も、やはりワールドカップがはじまると血が騒ぐ。今回も日本戦のみならず決勝トーナメントはほとんどの試合を観戦したので、国内にいながらにして時差ぼけ状態だった。ちなみにイラク人は大のサッカー好きである。3年前の米軍侵攻時ですら戦況が一段落するとサッカーに興じるちびっ子たちがいて驚いたものだ。しかし一日数時間しか電気が来ない状態では、ワールドカップ観戦どころではないだろう。(他にも放映権の問題で限られた人しか観られないという報道もあったが)

「町中どこに行こうが銃声が聞こえるんだ。誰が撃ってんだかわかりゃしない。米軍、警察、イラク軍、マハディー軍(シーア派ムクタダ・サドル率いる民兵)、ギャング、酔っぱらった狂人・・・。先日は近所で一時間以上も銃撃戦。しかも早朝4時。とても眠れたもんじゃない。後で知ったけど、それは米軍とマハディー軍との戦闘だった」

ちなみに彼はバグダードのシーア派地区のカズミアに住んでいる。どうしても自分の友人はスンナ派が多いので、これまで寄せられた情報はスンナ派の見方に偏っているのだろうかとも思っていたが、やはりシーアの友人の置かれた状況も同様に深刻である。

「とにかく僕自身は大丈夫だし、家族も問題ない。昨年、妹がある暴力行為に巻き込まれて殺されたこと意外は・・・。これについてはこれ以上何も話したくはないけど、ただ、聞かれたことにはちゃんと答えなきゃね」

彼とは戦争前からの付き合いだ。これまでも友人の知人、友人の友人が殺されたという話はよく聞いてきたが、最近はついに友人たちの家族にまでその死の足音が及んできている。何ひとつ言葉が見つからないままに、そのまんまの気持ちで返信すると、

「大丈夫、気にしないで。イラクで死はとても普通のことになっているから・・・」

「ひとついい知らせがあるんだ。数日前、人文科学の修士号を取得したよ。そして大学の教授になる資格を得たから、きっと文学の翻訳など教えることになると思う」

日本のアニメが大好きだという彼と戦前に「ドラえもん」の話で盛り上がったことを思い出す。当時から、漫画家か、文学に携わる仕事がしたいといっていた。こんな状況の中でも夢がひとつかなって、嬉しい限りでもあるが、昨今イラクでは大学教授や医者などの知識人が誘拐、殺害が相次いでいることを考えるとやはり心配にもなる。(2003年からすでに医師が約300名、科学者が約100名、大学教授は80名以上が殺害されている。)

「追伸:サッカーの日本対ブラジル戦は素晴らしかったよ。特に前半のあの先制ゴール。あんな素敵なプレイを観られて、ホント嬉しかった・・・」

全く、どこまでも日本贔屓なやつである。そういえば自衛隊派遣に関しても、「だって武器を持ってきたら、抵抗勢力にとってはどう見たって敵だよ。一人でも日本人が殺されるのは見たくないんだ・・・」と言って最初から反対していた。

サッダームを追い出してくれたからと言って、しばらくは米軍の駐留を肯定していた彼も、先日お知らせした「アメリカにイラクにおける暴力を止めることを求める緊急嘆願書」を紹介すると、「これは素晴らしいことだ。友達にも伝えたよ。何らかの効果があることを願う」と言って、早速署名してくれた。

ところで先ほど話にも出たマハディー軍はここのところもっぱら評判が悪い。もはやムクタダ・サドルのコントロールは効かないのだろうか。それともサッカー嫌いと噂されるムクタダが、ワールドカップの熱狂に切れて暴発しているのかとすら思ってしまう。つい最近も、サドルシティで起きた爆弾テロやシーア派モスク爆破などへの報復と見られるスンナ派住民への大量銃殺事件が起きたばかりだが、ドーラ地区に住む現地スタッフの弟からの連絡によると、マハディー軍はハイ・アル・ジハード地区で50人以上殺害した後、警察、そしてイラン人までいっしょになって、アダミア地区、そしてドーラ地区にも攻撃を仕掛けようとしているということで、ドーラでは武装した若者たちが自警団を組織して道路を封鎖しているようだ。フランスから兄が携帯に電話すると、もう一人の弟と二人でちょうど屋上で見張りをしていたらしく、今ドーラはあの3年前の米軍侵攻時以上の緊張に包まれていると言う。両親はモスルに、妹たちはバグダード郊外の祖父の家に避難している。兄は4、5時間おきに電話をかけて、弟達の安否を確認している。

やはりこれではとてもワールドカップどころではない。

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June 30, 2006

アメリカにイラクにおける暴力を止めることを求める緊急嘆願書への署名のお願い

標記件署名のお願いです。イラクホープネットワークのHPを見ていただければわかるのですが、以下少し書いてみます。

イラクでは、見せかけの政治プロセスの裏で、治安は一向に改善しないどころかむしろ悪化の一途であり、その中で多くの市民の命が奪われていることは、イラク問題に関心を寄せる皆様におかれては、様々な情報からある程度は認識されているでしょうし、深く心を痛めていることと思います。

現在激しい掃討作戦が展開されているバグダードのドーラ地区に住むPEACE ON現地スタッフのサラマッドの家族は、モスクの責任者である父親と母親を残して、弟と妹たちは皆郊外の親戚の家に避難しています。サラマッド自身はイラクへの帰国を家族に反対されていて、いまだ妻アマラと共にフランスで待機しています。「家族が心配で夜も眠れない。気が狂いそうだ。今すぐイラクに帰りたい・・・」と嘆く彼の苦しみは計り知れません。

これまで拙ブログでも繰り返し紹介してきたように、このようにとりわけ首都バグダードの状況が最もひどいと言われてきましたが、ここ最近では南部のバスラ、サマーワ、そして中部ラマーディなど、各地での状況も日増しに悪化しています。他にも多くの友人、知人が、イラクから避難しています。

昨年個展のため来日したイラク人画家ハニ・デラ・アリさんから昨夜届いたメールによると、ラマーディ在住の彼の母親と兄弟が、あまりの状況悪化から近郊の町ヒート(ハニさんの故郷でもあります)に逃れ、酷暑のなか水も電気も不十分な避難生活を余儀なくされているそうです。

また、先達ても少し触れましたが、ラマーディで高遠さんの友人のお兄さんが交通事故にあい、病院に運ばれる途中に米軍の検問に阻まれて命を落としてしまいました。

以上は今年4月から始まったラマーディにおける米軍の包囲攻撃による悲劇のほんの一端にすぎません。

他にも、これまで伝えてきたように、各地の治安悪化の要因は確かに様々です。連日報道される爆弾テロから、シーア派民兵によるスンナ派市民の拷問殺害。このように煽られた宗派対立によって、もはやイラクは内戦状態とも伝えられていますが、こうした混乱の元凶はやはり米軍による違法なイラク侵攻から始まる占領統治の失敗ではないでしょうか。

現在もラマーディやバグダードで展開されているように、「武装勢力の掃討作戦」と称した米軍中心の軍事攻撃を激化すればするほど、一般市民の犠牲も増え続け、その反動としての暴力も激化し、治安がさらに悪化していくという悪循環に陥っているのです。

当たり前のことですが、こうした混乱の犠牲はいつも私たちと同じ一般市民です。これ以上の犠牲を一人でも減らすために、私たちに今何が出来るのでしょうか。

PEACE ONも参加しているイラク支援NGOのネットワーク、イラクホープネットワークでは、高遠菜穂子さんの友人の兄の死をきっかけにして、ブッシュ米大統領宛ての「イラクにおける暴力を止めることを求める嘆願書」を、弁護士などの協力を得て準備いたしました。詳しくはHPをご覧になってください。http://www.iraq-hope.net/

申し入れ書を読んでいただければわかりますが、今回はラマーディにおける軍事作戦の中止に焦点を絞っています。もちろんイラク全体の暴力を止めなければならないのですが、身近で具体的な事例を挙げられるところから、ひとつひとつ確実に声を届けていこうという判断です。

そこでぜひ、みなさまにも署名をお願いしたいと思います。署名は英語ですが、HPに日本語での解説も載っています。そして、多くの人にこの署名を広めてください。英語の紹介ページもありますので、 http://www.iraq-hope.net/english.htm 外国人の友人知人にも大いに広めていただければ嬉しいです。

もちろんこの署名だけで暴力が止まるほど世の中甘くないのは、人間の盾でも戦争が止まらなかった現実を現場で体験した自分にとって百も承知であります。それでも、何もしなければやはり何も変わらないし、むしろそれは現状を支持していることと同義だと思います。一人の声、一人の署名でも、多く集まればそこから大きな力が生まれる可能性が生まれます。たとえどんなちっぽけな可能性でも、そこに可能性がある限り、やってみる価値はあると思うのです。ちっぽけな一人一人からかき集めた税金は、やがて戦争という巨大な暴力に使われる可能性もありますし、実際は残念ながらそれが現実となってしまっていますが、その逆の方向に動かす可能性だって、私たちちっぽけな一人一人がもっているわけですから。

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June 20, 2006

空は残して陸自撤退

日本政府はイラク南部サマーワからの陸自撤退を決定した。新聞社からの電話取材も受けたので、そのままブログに思うところを書こうとしたら、サマーワから避難したイラク人の友人のことをはじめ、書きたいことの多くはすでに事務局高瀬に先を越されて書かれてしまっていた。(PEACE ON DAYS参照)同じことを書いてももったいないので、以下補足のつもりで。

以下PEACE ON DAYSより;
>サマーワは比較的安定しているから、イラクに治安維持の権限が委譲されるという。サマーワ出身のスンニ派のわたしの友人は、シーア派のバドル旅団から脅迫状を受けとってイラク国外に避難したというのに。マリキさん、サマーワは前と比べてはるかに治安が悪化しているはずよ、なぜ?

比較的安定しているというのは「他の地域と比較して」という意味だろうが、ここ最近も書いてきたように、バグダードやラマーディやバスラなどその「他の地域」というのがこれまた以前と比較すると相当に治安が悪化している。おそらく、新政府も出来てほら復興プロセスがうまくいるでしょうとアピールするためにと、無理やり権限を委譲したのだろう。確かに以前はそれなりに治安がよかったという理由でサマーワが陸自の駐留先に選ばれたのは間違いないが、派遣当時から私は「危ないから行くなではなく、もともと危なくなかった地域を危なくするから行くな」と主張してきた。(2004年1月20日WPN記者会見での発言要旨

もちろん自衛隊だけが原因ではないが、サマーワの治安が悪化してきたことの大きな要因として、外国軍の駐留がある。対陸自を含めいわゆる抵抗勢力の攻撃が激化して、ついには夜間外出禁止令が出されるなど、とうの昔からとても日本政府が主張してきた「非戦闘地域」とは呼べなくなってきていた。「イラク復興支援」の名のもとに、つまりイラク人を助けに行っているはずが、自衛隊という武装勢力の存在自体が原因になって、結果的に逆にイラク人の命を危険にさらしてしまっているのだ。

以下再びPEACE ON DAYSから;
>治安権限委譲をもって、治安担当でなく「復興支援」をしているはずの自衛隊が撤退するというのも、おかしな話。もちろんわたしも、自衛隊は一刻も早くイラクから撤退してほしい、と願っている。とはいえ、あまりにも筋が通らないんじゃなくて?
今のままではサマーワの住民は、「日本軍はほとんど生活を改善してくれなかった、そのうえ日本企業も来ないまま撤収なの?」なんて思っていることでしょう。

2003年10月イラクで活動していた頃は、自衛隊が来るなんてしらない人がほとんどだった。2004年の3月には、「日本のことは大好きだから信用している。他の軍隊とは違うはずだ」という意見、自衛隊というより日本そのものに対する信頼感と、「次に企業が来るんだろ?」といった期待、また「なんでアメリカと一緒に来るんだ?」という嫌悪感が交錯していた。そしてついには同年4月の邦人人質事件での犯行グループによる自衛隊撤退要求によって、彼ら抵抗勢力にとっては、自衛隊は完全に占領軍と同じ敵とみなされていることが明らかになり、同年10月同じく自衛隊撤退要求の末に米国旗の前で殺害された香田さんのケースに至っては、もはや日本は完全にアメリカと同一であるという強烈なメッセージを突きつけられてしまった。

いくらイラク市民へのアンケートなどで自衛隊の支持が高かったとは言っても、それだけでこの自衛隊派遣を評価するのはあまりにも早計すぎる。武器を取って抵抗している人々からすれば、日本はもはや完全に敵国扱いである。今後日本人がイラクのみならず海外において香田さん同様の被害にあうリスクは格段に増しているのだ。

その後さらにイラクの治安悪化は猖蹶を極め、かつてはありえなかったいわゆる宗派対立まで発展していくと、イラクの友人を通して自衛隊駐留についての意見を求めても、毎日の命のことで精一杯で、それどころではないと突き放されることが多くなっていった。確かに日本人の自衛隊イラク派遣への関心はもっぱら国内ニュースとしての関心でしかなく、イラクの人々からするとどうにも的外れなものが多かっただろうと思う。そういう私も今回の日記を含めやはり少しでも関心を持ってもらおうと、日本人への潜在的影響などと絡めて伝えることが多い。実際には今現在も各地で状況は悪化していて、陸自撤退などの他に伝えるべきことは山ほどあるのだが・・・。

またまたPEACE ON DAYSから;
>そしてもっと嘆くべきは、陸自は撤退しても、空自はさらに拡大して「復興支援」でない米軍の後方支援をつづけるということ。イサムさんも講演で、「陸軍だけでなく空軍も、日本軍を撤退させてください」と促してらっしゃった。日本びいきのイラクの皆さんがこれ以上もう日本をキライにならないために、陸海空すべての自衛隊の撤収を、唱えつづけていかなければいけないと思う。

昨年来日したイラク人スタッフのサラマッドも、日本人が今できることは何か?という問いに対して、

>「どうかイラクのことを忘れないでほしい。世界から見捨てられているとかんじることが、イラク人にとってもっともつらいことだから」

の他にもうひとつ、「自衛隊を撤退させてほしい」ともあった。以前は彼も「みんな日本人のことは大好きだからまあ大丈夫だよ」と言っていたものだが、さすがにあまりの状況悪化を受けて、「全ての混乱の元凶は、暴力による解決しか頼ってこなかった米軍を始めとする占領軍であり、この占領軍の撤退以外に改善はありえない。そして、大きな影響力をもつ日本からも軍隊がイラクに駐留していることによって、その占領が正当化されてしまっているんだ。米軍を孤立させこの占領そのものをやめさせるためにも、まずは大好きな日本からその軍隊を撤退させ、この占領に加担するのをやめてほしい」とのメッセージを残していった。

結局日本企業へのバトンも渡せないまま陸自が撤退し、しかも空自が残りあからさまな米軍支援を続けることになれば、多くのイラク人の目には「結局何しに来たんだ。電気をはじめインフラは何一つ改善されていないのに。イラクのためではなく、やはりアメリカのために来ていたのではないか」とも写りかねない。抵抗勢力への印象はもう取り返しがつかないかもしれないが、このまま空自が米軍支援を続けることによって、イラクの一般市民が抱く印象すら、さらに悪くなってしまう可能性もある

これから自衛隊をバンバン海外に出していきたい輩にとっては、これまで延べ5千5百人もの隊員が事実上の戦時派遣を体験したわけであるから、このイラク派遣は最高の訓練になったとほくそ笑んでいることだろう。しかしその陰で、イラクの市民が本当に何を望んでいるのかということや、日本の市民が将来被るだろう危険は驚異的に増大しているという現実にはお構いなしだ。少しでもリスクを減らすためには、やはり空自も含めての撤退がどうしても必要だと思う。

しかしこれまで市民の力で陸自撤退を実現できなかったのも事実。さてこれからどうやっていくか、頭の痛い問題は絶えないが、小さくとも出来ることを続けてイラクの友との絆を繋ぎとめ、お互いに知恵を絞って考え行動し続けるしか道はない。

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June 17, 2006

鏡の国のザルカウィ

「ザルカウィ死亡?」の一報は四国行脚の初日、高松空港の到着ロビーのTVニュースで知った。本当か?と思いつつも行脚中は連日立て込んでいた上にどうもネット通信環境が悪かったのでなかなか関連情報をフォローできず、今更ながら帰京してからやっとまとめてニュースに目を通すことが出来た。ここ最近イラク駐留米軍のイラク市民に対する虐殺の疑いが次々に出るなど、米政府の評判がかなり落ちていたところでのこのサプライズなので、タイミング自体はまさに演出したとしか思えないのだが、彼がイラク中部のバクーバ近郊で米軍とイラク軍の攻撃により殺害されたということはどうも間違いないようだ。

彼の存在がイラクにおいて特に注目されだしたのは2004年4月のあの邦人人質事件以降であるが、当時から現地でイラク人に彼の存在のことを聞くと、「ザルカウィなんて攻撃正当化のために米軍が作り出したストーリーだ」という答えが返ってくることが多かった。(参考まで拙ブログ:2004年11月米軍によるファッルージャ総攻撃時のザルカウィについてのイラク人の声) 

私も、仮に彼の存在、特にイラクでの活動自体は事実だったとしても、報道されていたザルカウィ関連情報をそのまま信用することは出来ないだろうと思っていた。米軍が自身の軍事攻撃を正当化するため、そして反米抵抗勢力全体の印象を悪くしようとするネガティブキャンペーンとして、彼の脅威を誇張していたか、もしくは、反米抵抗勢力側が米軍を混乱させるための情報撹乱の一手段として、いわばブランドとして「ザルカウィ」や「アルカイダ」という名を濫用していたのではないか、と。

2004年10月に香田証生さんを殺害したグループもザルカウィ系とは言われていたし、今年になって殺害実行犯の一人がそうだと自供したというが(拙ブログ参照)、果たしてそのグループにどこまで彼の指揮命令系統が行き届いていたのかはいまだによくわかっていない。そういえば当時香田さんの救出に向け動いていたとき、犯行グループと接触できるかもしれないと協力してくれた友人も、連中とザルカウィとの直接の関係はないはずだと言っていた。(拙ブログ参照

さて、そのとき協力してくれた友人とは、先日の日記「変化」の最後のほうでも少し紹介した。先日イラクでのミッションを終え帰国したばかりとの一報を受けほっと安堵していたところだったが、このザルカウィ殺害にヨルダン治安当局の情報が役に立ったとの報道に、これは彼が何らかの形で一枚噛んでいる可能性もあるなと思った。

イラク戦争中初めて出会ったときは、彼はヨルダン軍を抜け出し米軍と戦いにきたイスラム義勇兵だったが、昨年のアンマンでのホテル連続爆破テロの巻き添えで親友を失い(拙ブログ参照)、ザルカウィへの復讐を誓ってヨルダン治安当局へ情報を提供するようになった。もちろん義勇兵はとっくにやめていたし、ザルカウィのグループに所属していたわけでもないのだが、過去の義勇兵つながりで何らかの情報は持っていたのだろう。そしてこの度ついにはイラクで米軍と活動を共にしてきたばかりなのだ。

もちろんだからといって彼の情報が決め手になったかどうかまではわからないし、彼のミッションの全容もわからないが、ここ最近イラクでの修羅場を潜り抜けてきた彼からの情報には興味深いものが多いのでいくつか紹介したい。

~米軍との共同作戦から~
・いわゆる対テロ作戦で最前線に送られているのはほとんどが外国人の傭兵であり、米兵は非常に少ない。
・提供された情報に基づき家屋を急襲させ容疑者を捕らえ最後に米兵が尋問するが、最終的に容疑者がいわゆるテロリストではなく過去サッダームの軍隊にいた今は貧しい人間だとわかると、米兵は彼らにカネを渡している。
・米軍はイラク人の反抗的市民にカネを渡すなど援助して殺人、爆破、誘拐などのテロ活動を煽りたて、イラクの混乱を生み出し、「イラクには米軍が必要である。さもなければお互いが殺し合いやがて内戦になるだろう」という印象を、イラク人に、そして世界中に与えている。(以上は彼の見解であるが、米兵が金銭を渡しているというのは補償という意味もあるかもしれない。いずれにしてもイメージアップキャンペーンには違いないが)
・米軍は我々を最終的には最前線に置き去りにして裏切った。(お前イラク人を殺していないだろうなという質問に)それは誓ってやってない。むしろ民間人を殺そうとした米兵を殺そうかと思ったくらいだ。

~ザルカウィ殺害に関して~
・ミッションは成功したので、殺された友人も墓の中で喜んでいると思う。
・とはいえやはり彼の最後は気の毒に思った。12年以上前、まだテロリストになる前の彼を個人的にしっているから。とてもいい奴だった。
・最終的に彼は米軍の攻撃ではなくイラク兵に殺された。
・ただしこれは決して終わりではなくむしろ始まりである。100万(1,000,000millionと書いてあったが)もの新しいザルカウィが生まれ、ここヨルダンが彼らのテロ攻撃のターゲットの中心になる。ヨルダン治安当局は、米軍のザルカウィ殺害作戦にヨルダン治安当局が協力したと発表した。バカだ。まさに新しい地獄への門を開けてしまった。今すべての新ザルカウィが報復したがっている。これは連中の最大の失敗だと思う。

以上、誇張もあるが、私もザルカウィの殺害は治安安定にはむしろ逆効果なのではないかと思っている。彼の指揮命令系統が及んでいた範囲よりも、単に彼の思想に共鳴して独自に活動していた連中が多かったとすれば、彼の死はいわば殉教者として英雄視されてしまい、今後ますます攻撃が激しくなっていくのではないかと危惧する。先日来日したイラク人カメラマン、イサーム・ラシードさんも同様の意見を持っていた。

なお、イラクの友人からのメールによると、ヨルダンの親族やパレスチナのハマスの一部でザルカウィを殉教者と崇める動きがあるらしく、それに対し多くのイラク人が憤慨していて、ヨルダン人やパレスチナ人に対する殺意をむき出しにする輩まで現れているという。また、TVでは彼の殺害に喜ぶイラク人が映し出されているようだが、そんな様子を見て友人は苦笑する。

「あのザルカウィが消えれば今度は100のザルカウィが来るよ。あんなのただの記号にすぎない。連中の爆破テロなんて今更だれが気にする?あんなの水を飲むがごとく普通のことになってるんだよ。今の心配事、普通じゃないことは、突如として家に押し入り拉致し拷問の末に殺して道端に捨てていくあの民兵連中なんだ。だって爆破テロは家でおとなしくさえしていれば大丈夫だけど、バドル旅団などの民兵連中にかかったら家にいたって全く安全じゃない・・・。今回のザルカウィの件は、ただMr.Dog(ブッシュ)とイラク新政府にとって使えるネタなんだと思う。こうした宣伝が必要だったのさ。ブッシュはあの後「戦争はまだ終わったわけではない、ザルカウィの後継者を追跡する・・・」なんて言ってるし、新政府は、「殺害現場からザルカウィがアメリカとイランの関係を悪化させ戦争状態にもっていこうとしていたことを裏付ける貴重な資料を発見した・・・」ときたもんだ。今本当に深刻なのは民兵による拷問殺人(2006年以降バグダード市内だけで6000体が遺体安置所に運ばれた。5月は1400人で過去最悪)なのに、この件に関して新政府は全く言及してない!」

そして今度はバグダードで4万人以上も動員して米軍とイラク軍による過去最大規模の武装勢力掃討作戦が開始されたという。全くこれまでこうした作戦を繰り返すごとに無辜の民が犠牲となり、米軍への憎しみが募り反動としての暴力が各地に飛び火して全体としての治安がますます悪化してきたということをどうして学習しないのだろう。いったい米軍は何がやりたいのか。やはり恒久基地建設を目指し駐留延長を正当化するために、こうしてわざと治安を悪化させようとしているとしか思えなくなってくる。陸上自衛隊がサマーワから7月中にも撤退かとも報じられているが、このままではまたずるずると延びていくかもしれない。

最後にもうひとつ。高遠さんとプロジェクトを共にするラマーディの友人からの知らせによると、彼の兄が交通事故にあい、病院に運ばれる途中に米軍の検問に阻まれて命を落としたという。こうしてまたあちこちで米軍への民心は離れていく。

ザルカウィによって行われたという残虐行為は全て、これまでイラク戦争と占領という巨大な暴力によってもたらされた幾多の残虐行為と鏡面関係にある。ザルカウィ殺害に嬉々とする輩の心そのものが、ザルカウィを生んだ狂気を合わせ鏡のように拡大再生産していくという道理を学ばない限り、この悪循環は止まらないだろう。テロリズムとは、鏡に映しだされた我々の恐怖心そのものだ。

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June 04, 2006

変化

イラクで先月20日にやっとこさ正式な政府が成立したとはいっても、バグダードの友人から届くメールによると、治安状況は相変わらずのようだ。そもそもブッシュ政権のイラク占領の建前のひとつであるイラク「民主化」の成果とやらを世界に印象付けるためには、何が何でも政治プロセスをスケジュール通りに運ばせる必要があり、これまでの政治イベントだって力ずくで無理やり押し通してきた結果であるから、今回いくら「正式」と政府の看板を挿げ替えたところで、治安状況が改善していないこと自体は特に不思議ではない。

しかし、微かではあるが変化の兆しはあるという。バグダード市内での爆破事件、戦闘は相変わらず、いやむしろひどくなっているかもしれないが、以前は日常茶飯事だった拷問の末殺害され路上に放置されている遺体を見ることが最近は減ってきたというのだ。以前の内務大臣バヤーン・ジャブル(現金融大臣)が、暗殺団と恐れられているシーア派民兵など治安部隊を完全に掌握していて、好き放題やっていたからだろうと友人は言う。現在内務大臣はマリキ首相が兼任していて、今後のポストによってはもとの木阿弥ということも十分考えられるが、気になる変化ではある。

これまでもイラクの人々はこうした政治イベントに半分期待しながらも常に裏切られ続けてきたので、もはや茶番でしかないと頭では理解しているものの、せめて少しでもましにならないものかとの希望を決して捨ててはいないことは、今回も行間から感じることは出来た。

そういえば最近はラマーディーでの掃討作戦のため米軍が増派(関連情報)され、南部バスラではシーア派の内紛から非常事態宣言(関連情報)、陸自への攻撃も続くサマーワでは夜間外出禁止令が出される(関連情報)など、むしろバグダード以外での治安悪化が目立つ。

また、ここのところ米軍によるイラク市民虐殺の疑い(関連情報)が次々と明るみに出てきている。これまでも同様なことは相当数あっただろうに、ここにきて立て続けに出てくるようになったこの変化も気になるところだ。米国内でもラムズフェルドが元米軍幹部やCIA元職員から辞任を要求されたり、「なぜうそをついた」と質問攻めにあったりと、こてんぱんにやり込められているし、ブッシュ支持率もついに20%台になり世論調査でも「最悪の大統領」という烙印を押され、さらには、以前タブー扱いだった「9・11米中枢テロ事件は米政府による自作自演ではないか」という陰謀説も今では大っぴらにメディアで議論されだしている。こうした米国内の変化とも何か関連があるのではないだろうか。これまでそれこそ力ずくで押しとどめてきたであろうこうした地下水脈からの流れが、ついに堰を切って迸りだしているような気配すら感じる。

ところで、一昨日は画家の親父が上野東京都美術館での「新象展」(親父の宣伝で恐縮ですが10日までやってますので興味のある方はぜひ)に出展している関係で上京し、昨日帰るまで家に泊まってもらっていた。その間、共謀罪一転採決か?という報道が飛び込んだり、とあるミッションでイラク入りしていたのだが2ヶ月以上も全く連絡が途絶えていたヨルダンの友人から突然電話が入ったりして大騒ぎになった。その友人は戦時下のバグダードで出会ったときから悪運だけはとことん強い奴なので、きっと這いつくばってでも生き延びるだろうとどこかで楽観視もしていたが、最後のメールで今回は本当に危険だと言ったきりで正直もうだめかなとすら思っていたところだったので、怪我はしたものの辛うじて生還の一報にほっと胸を撫で下ろした。ホントにまあ波瀾好きのバカだがどうも憎めない奴である。今のイラクの混乱は明らかに米軍によって意図的に引き起こされたものだと断言していた。親父はそんなやり取りに笑みさえ浮かべつつ、縁側にゆるりと座り超然として煙草の煙を燻らせてはいたものの、実に慌しい都市生活?を垣間見せてしまったかもしれない。

さて長くなったが最後に共謀罪。奇妙な静寂を突き破る「与党、民主党案丸呑みで採決か」というNewsには、あの3年前バグダード陥落直前の不気味な静けさをぶち破り未明に轟いた米軍戦車の砲撃音すら思い出した。しかしそこはさすがに民主党、与党の「採決してから後で改訂すればいい」という姑息な思惑をしっかりと見抜き採決拒否。これで何とか継続審議とはいうものの、まだまだ安心は出来ないので、センセイ方に「今後ともよろしく!」とせっせせっせとFAX攻め。(衆議院法務委員会FAX一覧)それにしても、4月に某TV局に電話で問い合わせた際、「キョーボーザイって何ですか?」と逆に質問され返り討ちにあったころと比べると、確実に変化を感じる。

あと共謀罪といえば、このブログではお知らせ遅れましたが先日の火曜日に発売された週間SPA!の共謀罪特集もお忘れなく。戦友シバレイ、わかりやすい記事に仕上げてがんばってますな。連日国会傍聴を続けているPEACE ONの共謀罪廃案担当?高瀬香緒里が見た共謀罪トンデモ審議の暴露話も載っています。さらには旧イラクバース党員で共謀罪による密告社会の恐ろしさを知り抜いている人物、先日5月31日に結婚2周年を迎えたばかりのバグダード支部長サラマッドからの共謀罪コメントまで載っていますよ。

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April 30, 2006

奪われるふるさと

総会資料作りでてんてこ舞いしていて、25日に届いていたイラクの友からのしらせを訳すのがすっかり遅れてしまった。しんどいが書こう。

アメリカの圧力でようやくジャファリが首相の座をマルキ氏に譲り、これでやっと新政府発足に向けて動き出したと報道はされていても、当然ながらバグダードの一般市民の状況がそうすぐ改善されるわけではない。市内で最も治安が悪くなっている地域のひとつ、ドーラ地区に住む友人によると、むしろなぜかさらに悪化していると言う。ひたひたと近づく死の足音。数件隣近所でまた誰かが殺されただの、もう日常茶飯事になっていたが、ついに真向かいに住む小学校の校長が何者かに誘拐され翌日彼の勤める学校の前で死体となって捨てられていたという。やはり拷問の痕を残して。友人とその家族は大変な衝撃を受けている。殺されたその校長の家族はもうすぐ家を引き払い故郷のラマーディに帰るらしく、彼の奥さんと大の親友である友人の母はお互いに別れを嘆き悲しんでいるという。

そして同じ日の24日、教師である友人の母が彼女の小学校に朝早く出勤すると、校舎の周囲を警察が取り囲んでいて、生徒らを連れてすぐ家に帰れと言われた。学校隣の空き地に4人の警察官と2人の小学校の先生の遺体がやはり拷問の痕を残し捨てられていたというのだ。私も以前子どもたちとの交流活動でお世話になったことのあるその小学校の校長先生は、即座にその日から今秋の新年度までの休校を決断した。教育省が何を言おうがもうかまわない。子どもたち、そして仲間たちがこれ以上殺されるのは我慢できないし、何よりも自分自身が心配だと。

(スンナ派居住区である)アダミア地区に住む友人のおばさんが言うには、バドル軍(シーア派民兵)と黒い服に身をくるんだ連中がやってきて、町から300人も連れ去っていき、さらには町を3日間も完全に封鎖しているという。一歩でも家から外に出ようというものならたちまち狙撃されてしまうので、恐怖のあまり食料を買出しに行くことすら出来ないと怯えている。

まだまだ続く。友人が働いている商店街では、13人の名うての商人が惨殺されていた。その内の2人とは卸問屋を経営する友人の父がかつて共に仕事をしたこともあったようだ。当然だが父親はしばらくその商店街に行くのを止めろと言う。バドル軍はスンナ派の知識人だけではなく、商人まで殺そうとしているというのだ。

どんなに治安が悪くなっても、今住んでいる家からは絶対に離れないと頑として譲らなかった彼の父親も、ついに限界に達したのであろうか、バグダード郊外にある祖父の家に家族全員で避難することを検討しているらしい。これまでは、そんなことしたらたちまちに家を奪われてしまうし、そしてモスクの責任者でもあるということで、たとえ一人になって殺されても残ると豪語し、避難を勧める家族には「俺を残して行け」の一点張りの頑固オヤジ。だからといってそうですかと父親だけを残して出て行くわけにも行かず、結局共に残り続けてきた家族の苦しみをしっているから、これまで自分も何とか説得できないものかと一緒に考えてもみた。今回の彼の決断には、これでやっとと喜ぶべきなのに、しかし、いざそうなってみると、まったく実に複雑な気持ちだ。こうしてまたバグダードから友人がいなくなる。今まだ異国の地で足止めをくらったまま、帰国のタイミングを狙っていた彼の兄も、家族が皆祖父のもとに移ってしまったら、さすがにそこに一緒に住むことは出来なくなるかもしれない、つまりはもうイラクに帰れなくなってしまうかもしれないとも言う。こうしてまた、イラクの友からふるさとが奪われていく。しかし、友人をはじめ家族のストレスは、もはや限界をとうの昔に通り越してしまっている。


さて、キョーボーザイはどうにか昨日の採決を逃れたようだが、教育基本法は閣議決定されるわ、チェルノブイリ原発事故20周年もなんのその、青森六ヶ所の日本原燃は、ついに放射性廃液を海洋に放出したという。思わず「おだづなよ」(ふざけんなよ)と、まつろわぬ民、蝦夷人として刻まれた、魂の古層からの憤怒の呻きが毛穴から噴き出した。命を育んでくれたふるさと三陸の海に、なんて言ってお詫びすればいいんだろう。気が付くと、こうして自分のふるさとも奪われていく。

イラク、日本、どっちを向いても、全くしんどい話が続くときは続くものだが、それでも生きねば書かねば話さねば。明日(もう今日か)30日は阿佐ヶ谷で少し話してきます。

4月30日(日)

『Little Birds イラク戦火の家族たち』上映&相澤恭行講演「イラクの今」

時間:13:30上映(開場13:00)
場所:東京都 杉並産業商工会館ホール(JR阿佐ヶ谷駅・地下鉄丸の内線南阿佐ヶ谷駅5分)
前売1000円/当日1300円
主催:「イラクの子どもたちは今」写真展実行委員会

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March 03, 2006

聖廟爆破後 続き

バグダードの友人から届く情報によると、市内各所で戦闘の音が止まず事態はさらに悪化しているようだ。

先日の続き。友人の父親は外出禁止令の中、何とかモスクでの礼拝を済ませてきた。するとモスクに米兵がやってきて、「もしイラク警察が米軍とは別で単独でモスクに入ろうとしたら、たとえ銃を使用してでも彼らを中に入れないように」と警告されたという。どういうことか?

つまり今はイラク警察までもが各地でモスクを爆破したりしているというのだ。2月27日には、ドーラ地区内のその友人の住む地域に、なんと50台ものパトカーがモスクを破壊しようとやってきたので、地域の人々皆で銃を取って追っ払ったらしい。何人か警察側に犠牲者も出たという。

このように、今では警察がもう信じられないどころか、あからさまに攻撃してくる始末であるから、市内どこでもみな自警団のようなものを組織して、24時間体制で地域を守っているという。

夜になれば、スンナ派地域からシーア派地域にめがけて迫撃弾攻撃、そしてシーア派地域からはスンナ派地域への攻撃がやまない。両派が混在している地域では、お互いが疑心暗鬼になり、商売も営めず軒並みシャッターが下りている。友人の弟も怖くて仕事場であるお店まで行くことが出来ないそうだ。こんな状況なので、ほとんどの子どもたちは学校に通うことすら出来ていない。

友人は、スンナ派モスクを破壊している連中の中心は、サドル師の民兵、マハディ軍だと言う。先日、バグダードから東にあるスンナ派地域のサルマンパクでは、シーア派警察が町に侵入しようとしたところ、サルマンパク地区の警察と銃撃戦になった。シーア派警察は犠牲者を出しながらもなんとか逃げ切って、今度はマハディ軍を引連れて再び挑み、サルマンパクの警察を皆殺しにしたそうだ。

2月22日サマッラでの聖廟爆破後、2月27日の時点で、イラク全体で1300人以上が衝突によって死亡したという報道もある。

これまでどんなに煽られても、幾度も内戦の危機を乗り越えてきたイラクの人々。しかし今回ばかりはこれまでとは明らかに違うと、友人も恐れの色を隠せない。

心配していたバドル旅団に誘拐されていた友人のおじさんの消息だが、居場所だけはわかったそうだ。何とか身代金を払わずに解放できないものかと交渉中だという。

ここにいて何もできずじりじりと時間だけが過ぎるこの焦燥感。いまだフランスで足止めをくらっているサラマッドなど、同じく彼の地に家族を残している人々が抱いているものとは比べものにならないだろうけど。

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香田さん追想

報道によると、最近バグダード市内でイラク治安当局に逮捕された男が2004年10月に香田証生さんを殺害したときの実行犯だったと自供したようだ。数日前、「イラクのTV局アルイラキーヤが近いうちに香田さんについて報道するという情報があったが、何か詳しいことがわかったら教えてください」という問い合わせが香田さんの親御さんからあったばかりで、イラクの関係者に聞いていたところだったのだが、この容疑者が拘束されたのは3週間ほど前だったというから、なるほどこのことだったのかと納得がいった。

供述によると香田さんはバグダード市内のハイファで殺害されたようだ。当時報道では、ファッルージャで香田さんのパスポートが発見されたという米軍発表による情報を流したきりで、その後の検証記事を見た記憶はない。(どこか検証していたのだろうか?)いずれにしても、香田さんを殺害したグループはファッルージャにいたのだろうという印象を残したまま、世界は現代版ゲルニカともいえる米軍による大量殺戮、あのファッルージャ掃討作戦に沈黙したのだった。

ところで自供したとされる男は、ザルカウィ率いるといわれるアルカイダ系組織に属していると言っているようだが、最近イラクの友人から聞いた話によると、多くの反米抵抗組織が「アルカイダ」という名を使って自らの組織価値を高める傾向にあり、ある種のブランドと化しているようなところもあるようなので、現時点の供述だけで、これもまたザルカウィの仕業かと考えるのは危険である。彼は実行犯であるが、はじめは身代金目的だったのに途中上部からの指令によって自衛隊撤退要求に切り替えたという。殺害を実行しなければ自分が殺されるとも言っているようだが、とにかくこれから首謀者との関係、そして一連の外国人人質事件とのつながり、また彼らの動機や信念など、詳しいことが解明されればと願う。ただ、現在のイラク国内の混乱のせいもあってか、海外報道に関してはこの件についてほとんど触れられていないことを考えると、どうにも心もとないのだが。(どなたか見かけたら教えてください)

また、今回この男を逮捕したイラク治安当局の組織というのがこれまた悪名高い内務省対テロ部隊「オオカミ旅団」というから注意が必要だ。同旅団は、今まさにイラクのスンナ派住民を恐怖に陥れている「死の軍団」ことシーア派民兵組織「バドル旅団」から派生した特殊部隊である。バグダードの友人たちからこれまで聞いてきたオオカミ旅団というのは、家宅捜索と称して金品を強奪、またいい加減な情報だけで証拠もないままにテロリスト容疑をかけて一家の大黒柱を拘束し、解放の条件として法外な身代金を要求するなど、とにかくいい話を聞いたことがない。一連のスンナ派宗教指導者の拷問殺人にも関わっているとも聞く。この逮捕をきっかけに、テロ対策の成果を世界にアピールしたい政府の思惑と絡み、彼らのイメージアップも図られている可能性もある。

何はともあれ、香田さんのお父さんのコメント、「(前略)犯人が捕まってうれしいという気持ちはありません。今は、なぜ息子が殺されなければいけなかったかというむなしさだけです」に深く共感する。仮にこの容疑者が本当に香田さんを殺害した実行犯だとしても、香田さんはけっして帰ってくるわけでもなく、ましてやこれで今後こうした事件がなくなるというわけでは決してないのだ。あの時も、そして今も我々が問いかけられているものは、「誰が香田さんを殺したか」ではなく、「なぜ彼が殺されなければならなかったのか」だと思う。そして、「なぜあんな危ないところに行ったか」ではなく、「なぜあんなにイラクが危なくなってしまったのか」ではないだろうか。

苦しいことだが、もう一度あの時のことを振り返ってみよう。日本政府の「撤退はしない」という交渉への含みゼロの即答を受けて、幸田さんは「米国旗」の前で「日本人」ということだけで殺された。このことが何を意味するか。香田さんはまさに私たち日本人がイラクに積み重ねてきた罪を一身に背負って亡くなっていった。それこそ、日本もその一員である国連お墨付きの大量虐殺である経済制裁という罪から、今日の混乱の元凶である米英軍によるイラク侵略戦争を支持し、侵略軍に付き従う自衛隊という武装組織を送り出し、挙句の果てにはあのファッルージャ総攻撃まで支持してしまったこの国の最高責任者の罪と、その責任者を結局変えることが出来なかった私たち有権者一人ひとりの罪を一身に背負って。

香田さんの行動については、今も当時書いたとおりに評価している。昨年彼のご両親にお会いして、彼のことをたくさん聞いて、なんか昔の自分と重なるところが多くあり、とても他人とは思えず、ますます会いたくなったものだ。昨年のアンマンでもクリフホテルのサーメルからいろいろ聞いたが、彼が生きて帰ってきていたら、きっと共に活動する同士になっていたと思うと、本当に残念でしょうがいない。

彼の思いと共に、これからもイラクと向き合っていこうと思う。

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February 25, 2006

聖廟爆破後

報道されている通り、22日イラク中部サマッラで二つのイスラム教シーア派聖廟が破壊されてからイラク全土で緊張が高まっている。バグダードの友人からも、大変なことになったとメールが来た。

1200年ほど前に建立された二つの聖廟は、世界中のシーア派信徒にとって巡礼では外せない聖地で、第10代、11代イマーム(無謬指導者)の墓があり、宗教的に非常に重要な意味を持っている。22日早朝何者かが侵入しそれら聖廟を爆破してから、サドル派民兵マハディ軍を中心に24時間以内に168のスンナ派モスクが破壊され、130人のスンナ派信徒が殺害されたという。友人の住む首都バグダード、ドーラ地区では3人の指導者が殺害され5箇所のモスクが爆破されたという。スンナ派住人の多くは皆自警団を組織してモスクなどの防衛に当たっているらしい。特にスンナ派にとって重要なアダミア地区にあるアブハニーファモスクに何かあったら、スンナ派とシーア派の内戦が起こるだろうと友人は心配している。イラクイスラム法学者協会などスンナ派有力者達は、政府とサドル派の責任を追及していて、サドル師がバスラなどの都市でスンナ派モスクの防衛にマハディ軍を送ったと言っても、サドル師やシスターニ師がスンナ派モスクを破壊することはハラーム(禁忌)だという宗教令を出したところで、スンナ派はもはや信じられない。イランは事件の背後にイスラエルとアメリカがいると騒ぎ立てる。新たに政府は外出禁止令と数百もの検問所を設け、全てのオフィスと学校が3日間閉鎖された。シスターニは政府がシーア、スンナ両派のモスクを保護することが出来なければそれぞれイスラムの自警団として独自に守ると宣言。スンナ派の各政治政党は新たな政府を作るための協力を取りやめた。サマッラの人々はタラバニ大統領に犯人を非難するように請願、住宅省大臣が破壊された二つの聖廟を訪れようとしたところ、住民による投石にあい断念。現在シーア、スンナ両派共、政府と米軍に大きな怒りを感じ、誰もが武装しそれぞれのモスクを守っているのだという。

一方、サマッラではアルアラビーアTVの3人のジャーナリストが殺害された。一人はアトゥワル・バフジャットさんという26歳の女性記者。イラク戦争時、「人間の盾」の取材も多くこなした記者である。

友人の父親はモスクの責任者の一人なので、例えどんな状況でも行かねばならぬという。周囲では3つのモスクが破壊され、父親の所属するモスクは何とか襲撃を逃れているらしいが、このままでは襲撃されてしまうと言ってきかないらしい。近所に住む友人のおじさんも、何者かに誘拐されたまま帰ってきていない。「死の軍団」と恐れられるシーア派民兵組織バドル旅団から、解放してほしければ約100万円の身代金を払えと脅されているが、果たしてそれで本当に帰ってくるのか、払うとしても家を売り払いでもしなければ不可能だと途方に暮れている。

友人は、どうすればいいのかわからない、もうただただ神に祈るしかないという。

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January 23, 2006

イラク「民主化」の現実

昨年12月15日に行われたイラク国民議会選挙の最終開票結果(参考記事)は、ようやく1月20日に発表された。現地の友人から受け取ったメールによると、バグダードを中心に治安は再び悪化してきている。

~以下抄訳~

「期待が大きかったアラウィー前首相は全然だめで、シーア派連合の統一イラク連合(UIC)が128議席もとるなんて、シーア派でもハキーム師(UIC内最大勢力最大イスラム革命最高評議会)を嫌っている人間がたくさんいるというのに、ありえないよ。で、クルド同盟は前回同様50議席以上確保して、イラク合意戦線は40ちょっとだって?スンナ派600万人以上いるっていうのに、全くふざけた話だよ。選挙前、イランから大量の投票用紙を積んだトラックが入ってきているとも聞いていたけど、今回もまた不正な茶番選挙だってみんな言っている。国連は問題ないって言ったようだけど、アメリカ追従の国連の言うことなんて誰も信じちゃいない。だから案の定、バグダードの各地で再び戦闘や爆破が激しくなってきた。とくにひどいのは、アル・バイサ地区とHorrajab(?)地区。夕方5時過ぎから米軍とイラク軍が地域を戦車で包囲して攻撃を開始。他の地域でもあちこちに検問があり道路が封鎖されている。商店の多くは閉まったままだし、営業していても午後2時には閉店。夕方6時以降は外出もできない。サッダーム時代には、深夜2時頃まで営業している店だってあったのに。電気は24時間中1時間通電と言う最悪な状態が続いているし、以前は1リットルで2円以下だったガソリンの公式価格が15円近くまで騰がっている。(ちなみに闇価格では1リットル約1ドルにもなる。スタンドはどこも長蛇の列で8時間以上並ばなければならないし、高すぎて発電機に使う分が手に入らない。)」

「近所でも殺人が日常化している。先日、家の目の前で向かい近所の友人のKが何者かに銃撃された。ちょうどKが僕の自宅を訪ねてきたとき、まさに僕が玄関に出る15秒前、突然現れた車から撃たれたんだよ。父さんといっしょにKを急いで病院に運んだけど、4発も撃たれていて出血がひどくとても危険な状態だった。僕も父さんも輸血をしたけど、4日間は昏睡状態。僕は病院に泊まりKの隣で寝泊りしていた。一発は心臓のすぐそば、2発は腕に当たっていて、今後容体によっては切断しなければいけないって。24歳で腕を失くして生きていかなければならないなんて、考えられるかい?また、医師に十分な経験がなかったこともあり、心臓脇の弾を取り出すのに難儀し、Kは今自力で呼吸すら出来ず、身体の一方に溜まる血を常にパイプで抜き取らなくてはならない。そして結局Kは退院できるほど回復したわけではないのに、次から次へと病院には戦闘や爆破による犠牲者が入院してくるので、先日病院から出されてしまった。Kの家族は以前も一人殺されているし、これは確実に狙われていると、家族でKを連れてイラクから出て、U国で治療を受けることになったんだ。」

「僕の家の前では、毎日のようにAやK、そしてBなど友人たちと集まって、いつもたわいのない話をしていたんだよ。Kのお母さんが血まみれになって横たわる自分の息子を見たときどんな気持ちだったか、想像できるかい?本当に怖いよ。次はいつ誰が殺されてしまうのか。自分だって、あの時あと15秒早く玄関に着いていたら・・・。数秒間で生死が分かれるドアに挟まれて、僕達はこの恐怖の毎日を生きている。」

これが選挙後、アメリカが自画自賛するイラク「民主化」の現実である。先日、古い友人の訃報に大きな衝撃を受けしばし思い出にまどろんでいたが、彼らには沈思する暇すらない。

★ここまで書いていると電話が!2004年春、現地スタッフの車に相乗りしてバグダード珍道中を楽しみ、それがきっかけ?となってくっ付いた友人2人の間に、ついに子どもが生まれたそうです!詳しい報告は本人達からのを待つとして、とりあえず、マブルーク!おめでとう!

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December 23, 2005

イラク国民議会選挙

12月15日に行われたイラク国民議会選挙、先日日本での個展を終えたハニさんもヨルダンのアンマンにて投票を済ませたそうだ。また、ようやくイラク国内の選挙期間中の厳しい外出規制などが解けて、ネットカフェなどにも行けるようになったようで、イラク現地からも少しずつ情報が届き始めた。

以下、今バグダードにいるイラク人現地スタッフから届いた市民の声のいくつかを紹介。日本での講演を終え現在フランスにいるおなじみの支部長を中継して英訳してもらったので、一週間ほど遅れてしまったが、投票日に聞いたものだそうだ。少し長いが貴重な声なので取り急ぎ全て訳してみた。(回答者の名前は安全上の理由から念のためイニシャルにしています)

baghdad_in_day_of_election
投票日のバグダード市内

【質問】

1.この選挙についての意見は

2.この選挙は公正だと思いますか

3.スンニ派とシーア派のこの選挙への参加についてどう思いますか

4.選挙はイラクに治安をもたらすと思いますか

5.あなたはこの選挙に参加(投票)しますか

【回答】

A・Hさん
49歳
シーア派
ジャーナリスト 選挙センターのマネージャー


1.選挙はイラクの未来のための解決策であり、新政府は誠実で治安をもたらしてくれることを望む。

2.公正な選挙であることを望んでいるし、センターとしてもそのように努めている。

3.イラクにはそんな違いはない。スンニ、シーア両派ともイラクが安全になり治安が保たれること、そして全ての人にとってひとつの国であることを望んでいる。しかし占領がわれわれの間に違いを作ろうとしているのだ。

4.選挙はたくさんのことを変えてくれること思うが、それがいい変化であることを望んでいる。

5.はい。選挙には参加します。


D・Bさん(女性)
26歳
クルド人(イスラム教徒)
教師

1.選挙はこの占領をイラクから去らせるために、そして我々の自由のためにとても重要です。

2.はい、公正だと思います。なぜなら多くの異なる市民団体、そして政党などから監視団が来ているからです。

3.スンニ、シーア両派とも選挙に参加するでしょう。占領も、テロリストに好き勝手に我々の国で暴れられるのも、またスンニとシーアの対立という考えを植えつけられることも、彼らは望まないからです。

4.もし新政府がイラクと市民の問題を考えるのなら、この選挙は解決策になるでしょう。でもそうでないのなら、より多くの殺戮と問題が繰り返されるでしょう。

5.はい。この選挙には参加します。


R・Aさん
26歳
シーア派
石油省職員

1.もしこの政府が十分に強く誠実ならば、この選挙は我々の問題を終わらせるための、そしてイラクが再び立ち上がるための真の解決になるだろう。

2.神がお望みならば、公正な選挙になるだろう。国民投票のときの不正はあまりにもひどかったから、今は皆がこの選挙を監視して公正であることを望んでいる。

3.シーア派は間違いなくこの選挙を歓迎している。この選挙は解決策なのだから、スンニ派もまた歓迎することを望む。

4.もし、ナジャフの我々の偉大なイマームが新政権を運営するのなら、よい変化をもたらすと思う。

5.間違いなくこの選挙に参加します。


M・Aさん
45歳
スンニ派
ある政党の職員


1.この選挙は我々の問題を解決する真の手段であり、誰もが参加できることを望んでいる。しかし残念ながら軍事作戦のために参加できない地域がいくつかある。

2.この世界に100%公正な選挙なんてあるわけがないことくらいは知っている。それでも監視人がいるので、いいものになることを願っている。

3.この選挙は治安を手に入れるためには唯一の希望なので、スンニ、シーア両派とも参加するだろう。

4.この選挙が我々の生活をよりいいものに変え、占領軍をイラクから追い出すことができると思っている。

5.はい、参加します。


M・Sさん
22歳
スンニ派
労働者


1.これは民主化にとっていいステップだと思う。そして間違いなく我々は民主化を必要としている。

2.もし国連がこの選挙を監視し管理するならばいいものになるだろうが、そうでないのなら何らかの不正が起こるだろう。

3.シーアもスンニもこれまで民主化が何を意味するか理解していなかった。これまで両派ともそれぞれの宗教指導者が彼らのために何か決定を下すのを待っているだけで、彼ら自身では物事を決められなかったから。

4.良い政府になるのなら、選挙は治安をもたらすと言えるが、もし悪い政府なら、それはより多くの殺戮と破壊をもたらすだけだろう。

5.はい、選挙には参加するし、いかなる指導者や政党の意見にもとらわれることなく、自分自身で選ぶつもりです。

boxes_of_election
投票箱


*そして最後にフランス滞在中の支部長から;

スンニ派もシーア派も、これまでの悪い政府が終わるという点では喜んでいるだろう。そしてこの選挙は決してスンニのためや良い人々のためとは言えないにしても、少なくともスンニとシーアから良い人間が出てきて新政府に参加するならば、それは未来のイラクに大きな影響を与えることができると思っている。

前回の選挙に参加しなかったスンニと、他の良きシーアの失敗は、決して今回の選挙で修復できるものではなく、時間はかかるだろう。しかし、アヤド・アラウィなど、最近何人かイラク国内の全ての集団をまとめることのできる力を持った人々への支持が高まってきていることはいいことだし、アメリカもまさにアブドル・アジズ・アルハキームの政党(イラクイスラム革命最高評議会)のようなシーア派がイラクの全ての力を握ることは望んでいない。だから新政府は多くの警察や国家警備隊を変えると思うし、決してすぐとは言えないが、悪い方向ではなく、いい方向に向うと思う。

02
投票所の様子

一般報道によると、選挙の中間集計結果発表が出て、下馬評が高いといわれていたいわゆる世俗派のアラウィ前暫定政府首相率いる国民イラクリストが伸び悩み、ジャファリ現移行政府首相の統一イラク同盟が手堅くリードしているという。そして早速スンニ派勢力からは、選挙に不正があったとの批判が出ているとも。

この中間集計結果を受けて、イラクの市民がどのように受け止めているのかはまだ問い合わせ中なのでわからない。しかし、これまでは選挙のたびにいつも「茶番だ」という声ばかりだったのに、この度の選挙に関しては、少なくとも投票日までは、今回紹介した声でも、直接私が聞いた声でも、ひとつとしてそうした悲観的なものはなかった。

「とにかくこの一年で味わった最悪以上に悪くなることはないだろう、もう後は良くなる以外ないじゃないか」ということだろうか。それとも、実は私もある意味そうなのだが、疲れ果てたイラク市民の心境としては、もう良くなる以外は考えたくないというのが本音なのかもしれない。

いずれにしても、今はもう少し結果を見守り眠りにつこう。枕元にこっそり用意した靴下に穴が開いていないことを確かめて。

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November 17, 2005

受難

やはりアンマン在住のイラク人にとっては受難の季節のようだ。一時避難先のアンマンでアニメ制作の仕事を得ていたハニさん、この度の事件の直後、しばらく出勤しなくてもいいと事実上の解雇を言い渡されたそうだ。他のイラク人も同様とか・・・。あのテレビで自白した自爆未遂というイラク人女性も、「いかにも」という感じで、どうにもこうにも腑に落ちない。以前はヨルダンに住むイラク人は30万人前後だったのが、ここ最近避難するひとが一気に増えて80万人近くになったことで、いろいろと新しい問題も生まれているだろうという矢先の事件。何かこう、イラク人に責任をなすりつけようとするようないやあな臭いをかいでしまう。

ハニさんとスタッフの招聘準備にてんてこ舞いしていてこんな形でしかUPできていないが、イタリア国営放送がファルージャの虐殺(米軍が白リン弾など化学兵器やナパーム弾を使用)を告発したドキュメンタリー番組を放映して各国で話題になっていることや、以前から指摘してきたシーア派民兵組織によるスンニ派住民の拷問の事実が最近ようやく日本のマスコミにも取り上げられるようになってきたことなど、新しい風も感じている。


ところで、もうすぐハニさん達来日するんですが、どうかまだの方は賛同金のご協力をお願いします!まだ目標額の半分くらいなのです。

○● 賛同のお願い ○●
3人の日本招へい企画を成功させるため、多くの方の賛同をお願いします。
 賛同金 個人一口1000円~ 団体一口3000円~
 賛同金振込先 郵便振替 00160-2-647637 口座名 PEACE ON *備考欄に「イラク人来日企画賛同」とご記入ください。
 *これまでにお寄せいただいた賛同金明細
→11月15日現在¥410,000(目標金額¥800,000)! 皆様のご協力をお待ちしています。

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November 12, 2005

イラクからヨルダン、フランス、そして・・・

今度日本に来るイラク人画家ハニさんをはじめ、アンマンにいる友人達は皆無事であった。「大丈夫。あんな高級ホテルに泊まるわけないじゃないか」と。ただ、ヨルダン人の友人の一人からの連絡によると、爆破されたホテルの近くに住んでいるというその友人の親友の一人が、母親と車に乗ってホテル前の道路を通り過ぎようとして、爆発に巻き込まれて殺されてしまったという。

「奴は俺の偉大な友達を殺した。他にも罪のない人間を・・・。これは決してムスリム(イスラーム教徒)の仕業ではない。預言者ムハンマドの時代の戦争にもルールはあった。真のムスリムならば、老人、女性、子ども、罪のない人、丸腰の人などを殺してはならない、そして敵を欺いて殺してはならない、面と向かって戦わなければならない、そして争うことなく世界に宗教のメッセージを伝え、もし両者が争いを止めることが出来るのなら、敵に紳士的に接し、平和的な交渉をはじめるべきである、と。そして、武器を持って面と向かってくる敵とだけ戦うのだ、と預言者ムハンマドは言ったのだ。しかし、今回ザルカウィはその全てを破った。奴は今俺の敵であり、そして全てのムスリムの敵になった。連中はムスリムの仮面をかぶっているが、決してムスリムではない・・・」と、彼はその憤りを長いメールにしたためてきた。

彼は事件の直後に現場に駆けつけ、昨日は一日必死で救助活動に費やした。心の中は、怒りと悲しみでいっぱいで、はちきれんばかりだったという。

そして、これまでいろいろと問題を起こしていたこともあり、会うたびに「これ以上ここにいたら俺にはもう未来はない」とヨルダンを出ることばかり考えていた彼が、

「俺はここヨルダンと共に立つことに決めた。ヨルダンは俺の家族の国であり、俺の全ての国、感謝すべき祖国。ここはまだ俺の国で、この国を愛している。こんな俺を育み、抱きしめてくれた場所なんだから」と、溢れる愛国心を惜しげもなく綴っていた。

親友を亡くした彼の渾身のメッセージを受け止めて、改めてこの事件の意味を問い直す。単に自分がよく行くところ、治安がいいと言われていたところ、友人が多く住むところでの事件ということではなく、そこで生まれ育った人間が、同じ国で生まれ育った人間によって(ザルカウィだとすればだが)、やはりそこで生まれ育った友人が、何の理由もなく殺されていく。その悲しみと怒りを、私はどれだけ自分のこととして受け止めることができるのか。

正直この事件について、私は様々な疑念を持っている。お決まりのようにザルカウィからの犯行声明が出て、自爆犯はイラク人だというが、あまりにも出来すぎたこの流れを、はいそうですかと信じる気にはとてもなれない。こうしてまたいわゆる対テロ戦争が正当化され、セキュリティが強化され生きづらい社会になり、イラク人の印象がまた悪くなり、ヨルダンでのイラク人に対する扱いがひどくなるのだろうか。そして友人の愛国心いっぱいのメッセージを読んだとき、あの9・11直後のアメリカの市民の反応と重なり、何ともいえない気持ちになってしまった。ああ、こうして負の感情の連鎖から、また新しい犠牲が生まれてしまうのか、そしてそれで誰が得をするのか、やはりまたこの筋書きですか、と。

それでも、あの9・11のときは今回のように自分の友人の親友が殺されるということはなかった(イラクでは友人の知人や友人が殺されたという話はよくあるが)。もちろん、自分の直接の友人が殺されたわけではないといえ、こうして普段親交のある友人の親友が亡くなり、その心からの叫びを受け止めてしまうと、どうしても事件を俯瞰して語ることが出来なくなってしまう。

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そしてアンマンでの事件に沈思している間もなく、イラクでもバグダードでレストランが爆発。今度日本に来るイラク現地スタッフの二人は、一度安全なはずのフランスに寄っていたのだが、到着早々に出くわした暴動でイラク同様「非常事態宣言」下で暮らしている。

「全く、これじゃイラクと変わらんよ。安全も民主主義も、どこにもありゃしない。世界が崩れ落ちていくようだ。バグダードの親父と電話で話していて気付いたよ。ああ、俺の行くところが戦争になるってことは、俺の存在自体が争いを呼んでるのかもねって。日本も気をつけたほうがいいかもよ」

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October 21, 2005

茶番続き

報告会、講演会と続いたうえに、イラク人招聘準備等でバタバタしてUP遅れてしまったが、バグダードの現地スタッフから16日の国民投票についての報告が届いていた。

投票直前スンニ派は憲法草案への賛否、そして投票するか否かで割れているとも聞いていた。しかしスタッフの住むドーラ地域では、ほとんどの住民が投票に行ったという。そして何人かに聞いたところ、全て反対票を投じたという答えだったそうだ。

また、スタッフによると、今回の投票は間違いなく不正だという。
彼が投票所にいくと、なんといきなり、
「家族の分もいっしょに投票しますか?」
と、係員に聞かれたらしい。
「皆それぞれ考え方の違いはあるし、当然自分自身で投票するべきだ」
と答えると、
「わかりました。では用紙を取って投票してください」
そして係員が投票者名簿の各名前の前の「投票をしたという欄」にサインをしようと探しているとき、スタッフは自分より早く投票に出かけていた自分の両親の名前を見つけたのだが、「投票をしたという欄」にサインはなかったというのだ。
「なぜ私の両親の名前にはサインがないんですか?」
とスタッフが訊ねると、
「問題ない」
と言ってサインをしたという。
他人の分も投票できて、投票した証拠もないんだから、こんなのどう考えたってでたらめじゃないかということだ。

スタッフの周囲では、直前に新憲法草案に賛成を呼びかけたイスラム党に対して、多くが怒りの声をあげていたという。関連する事務所に爆弾が仕掛けられたりもしていた。確かにスンニ派内それぞれの考え方に分裂していたとはいえ、それでも「投票して否決しよう」という声が多かったようだ。イスラム党が出した呼びかけも、幸か不幸か投票日前後は停電がひどく(ほぼ一日中停電)、彼らの呼びかけを聞いた人は少ないのではないか、また聞いたとしても、投票意思を変更するには時間が足りなかったのではないかとのことである。

その後19日の報告によると、米軍に包囲され投票すること自体が困難だったはずのラマーディですら91%は反対票(TVでは71%)と、スンニ派が多い各都市で反対が多数を占め、18県中3県以上で3分の2の反対票という条件に近づき否決できる勢いではあったのだが、多くの反対票が予想されていたディアラでは国家警備隊が5時間前に投票所を閉鎖、他の都市でも投票に行かせないように発砲するなどの嫌がらせが横行。モスルでは始めの統計では否決だったようだが、投票用紙が入った箱がバグダードに届かないということまで起こったそうだ。

多くの民間組織は、もしこの投票で不正が発覚したら、病院やバスなど全ての民間のサービスを停止(いわゆるストライキ?)するという約束をしていたようだ。一般報道では3分の2の反対票は2県に留まり予想通り新憲法草案は承認される見通しだということだが、一体どうなることだろう。

そして気がつけば中間報告もないままにイラク報道はサッダームの初公判一色に。まだ憲法すら出来ていない、つまり国として機能していないなかで茶番師が興じる裁判により茶番狂言のごとき国民投票の不正が茶化されていく茶番劇を見せつけられて茶腹が痛い。

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September 24, 2005

混沌からの光

21日昼はスタッフと現地の会計帳簿の突合せ。夜はイラク人画家のハニ・デラ・アリさんが訪ねてきてくれた。しばらくホテルのロビーで話したあと、シメサニという繁華街にアルギーレ(アラブ式水タバコ)を吹かしに出かける。思えば彼に会うのも昨年8月バグダードであったのが最後だったから、約一年振りである。昨年秋から今年の春にかけて約半年ほどポーランドに古美術修復の技術を学ぶため留学してきた成果だろうか、英語はずいぶん上達していた。昨年と比べるとずいぶんとやせたようだが、元気そうで何より。

今年2月にイラクに帰国してからも治安悪化に歯止めがかからず、5月に家族を連れて一時出国したハニさんは、今も一家でアンマンのアパートで生活している。最近は子ども向けのアニメーションを制作する会社でも仕事を得て働いているそうだ。子どもたちの夏休みが終わり一度バグダードに戻らなければならないとも聞いていたが、アンマンの学校に通い続けることができるというのでそのまま滞在しているようだ。これまではこうしたイラク人の子ども達をアンマンの学校が受け入れるのは3ヶ月が限度だった。しかしこの度それが1年間に延長されたということだ。このように、イラクから逃れてきてアンマンの学校で学ぶ子ども達は昨年あたりまでは10万人ほどだったが、ここ最近一気に増えて30万人ほどだという。実際には100万人くらいはいるのではないかとも聞いた。

アンマンの昼はまだまだ暑いが、夜はぐっと気温も下がり過ごしやすくなる。シメサニのオープンカフェのある通りでは、夜風に水タバコの煙を燻らす人々で遅くまで賑わっていた。ヒジャーブを被った女性までぷかぷかやっている。アラブ音楽のリズムと共に舞い、月夜に溶け入る煙の渦が描く天上のアラベスクに酔いしれる。気がつくともう深夜1時半をまわっていた。


IMGP506722日、ハニさんのアパートを訪れる。眺めの良い高台にあり、中は白の壁にハニさんの抽象画で彩られていて、瀟洒で清潔感のある部屋だ。新しい作品もいくつか見せてもらった。
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遺跡を思わせる質感のマチエールから古代の光が滲み出るかのような色彩の基本的なスタイルに、躍動感のある文様が姿かたちを変えて燦然とした色彩の海を縦横無尽に泳ぎまわる。おなじみの渦巻き文様は、6千年前の美の神イナナに仕えた巫女ワスィーファの象徴。画家の筆を通して顕現したこの美の使者によって、いにしえの尽きせぬ美と知恵の泉から汲み上げられた煌く生命の光が心象の風景と戯れ絡み合い、混沌としたこの地上にやさしく降り注ぎ、忽然と未来への海図が浮かび上がるようだ。その他アッラーの99の名前のひとつひとつをモチーフにした作品など、新たなスタイルの作品も大いに楽しめた。彼の絵は確かに進化を続けている。
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子ども達も相変わらず元気そうだ。アトリエにはいくつか子ども達が描いた絵も飾られていた。さすがは画家の息子、娘たちだけあって、豊かな才能を感じさせる。抽象も具象ものびのびと自由に描いている。ハニさん曰く自分の子ども時代より上手いそうだ。長男ムスターファの抽象画はかなり父の影響をうけているが、末っ子ハッスーニの作品は父親も驚くほど前衛的だ。今回は11月に日本であるハニさんの個展の打合せにきたのだが、そのうち家族展が出来るねと笑いあった。
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大好きな家庭料理、ドルマを囲んで談笑。昨年バグダードでご馳走になってからというもの、すっかり大好物になってしまった。ハニさんの絵をバックに皆あぐらをかいて車座になりドルマを頬張る。子ども達のはしゃぎ声を聞きながら、あの懐かしの味が口いっぱいに広がるともう気分はすっかりバグダードなのだが・・・。

数ヶ月前にハニさんの親戚の息子が米軍に撃たれ亡くなるなど、家族の安全を考えればここヨルダンに移り住んでいるのも止むを得ないと思う。彼も子ども達のことを考えてこれでよかったと思うと言う。しかし一見元気そうな子ども達も、実はイラクに帰りたがっているらしい。学校でもやはり子ども達のメンタリティーがイラクとヨルダンでは違うらしく、すぐには馴染めないのだろう。

ホテルに戻ると、また大きな荷物を大量に積んだ車が。今ではこのホテルの宿泊客のほとんどがイラクから逃れてきた人たちだそうだ。日ごとに混沌の度合いは増し、生と死の閾で喘ぎ続ける人々に、光が注がれるのはいつの日か。

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September 23, 2005

アンマンにて無事活動中

予定通り20日夕方無事アンマンに到着。(到着まではスタッフ高瀬香緒里のブログ参照)いきなり立て込んでネット接続もままならず、ブログの更新が遅れてしまった。

ホテルにチェックインするといきなり現地スタッフ夫妻が現れた。出発前5日ほど連絡が途絶えていたので、ひょっとして現地で何かあったのではと思い、果たして無事にヨルダンまで出てこられるのだろうかと心配していたので一安心。国境では12時間も待たされてしまい風邪をひいてしまったようで、病院から薬をもらってきたばかりだと言っていたが元気そうだった。

聞くとやはりイラクの状況、とりわけバグダードに関してはもう「最悪」というほか言葉が見つからない。先月、彼等が4ヶ月ぶりにフランスから帰ったとき、そのあまりの変わりように「もうこの国のためにどうしていいかわからない」と疲労と困惑と絶望が入り乱れたメールが届き私も言葉を失った。そしてこの度彼らの口から直接話を聞いて、改めてその状況の深刻さを思い知った。

インフラ、特に電気事情は相変わらず悪化する一方で、ひどいときには一日中でたった1時間しか来ない日すらあるという。復興の予算のほとんどがこうしたインフラ整備ではなく治安維持(とはいっても一般市民ためではなく政府の要人警備がほとんどだが)に消えてしまい、求人といえばもう警察くらいしか聞かなくなったらしい。そして皮肉なことには、今では米軍が来たほうがむしろ安心するというほどにイラク警察や国家警備隊、そしてシーア派のバドル軍やその直属の民兵集団など、他にも新たに組織された様々なグループが跳梁跋扈し、家宅捜索と称して乱暴狼藉を働いていて、盗み、誘拐、拷問、殺人なんでもありの無法地帯と化してしまっているようだ。すぐ隣近所でも誘拐や殺人は日常茶飯事になり、そのような話を聞いてももうあまり驚かなくなってしまったとも言う。連中は天井を突き破って侵入してくることが多いので、皆一階で眠ったり大切なものは全て地下に隠したりと自衛策を取っているものの、とにかく恐怖の日々だそうだ。以前も書いたが母親は心臓発作で苦しみ、妹も学校が休みの間3ヶ月ほど怖くて全く外出も出来ず、そのストレスからすっかり体調を崩してしまい、父親も狙われていたこともあり、もう一家でバグダードを出ようとも話しあっていたが、ここを離れないと言ってがんとして譲らない父親を残していくわけにもいかず、また避難したところで親戚などの住んでいるところはどこも危険なので、もうどうしようもないという。

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そしてやはりある程度お金のある家族は次々とイラクから出国しているようだ。ここアンマンにもたくさんのイラク人が避難していている。ホテルにもこれまでになく家族連れが多く泊まっているなあと思いきや、聞けばやはりイラク人家族。大量の荷物を車に縛り付け、これから一家でエジプトに移り住むという。バグダードのサイディア地区からきたそうだが、ファッルージャにいた父は殺され兄は行方不明。また知人の多くが拷問の末惨殺され変わり果てた姿を何度も目にしたと言っていた。ファッルージャは相変わらず入ることすら困難で、一度は帰還した避難民ももとの家には住むことが出来ずに、今度はイラクそのものから避難せざるを得なくなっている人も多いらしい。一家のお父さんは「イラクはもう滅茶苦茶だ。サッダームのような指導者がもう一度現れない限り、もう十数年は戻れないだろう。」と言っていた。

ちなみに最近ではこのように、サッダームの時代のほうが今よりはるかによかったと言う声が圧倒的に増えているようだ。当時は彼のことさえ悪く言わなければよかったが、今では誰がどこでどうつながっているかわからないので、アメリカや政府のことを悪く言っても、抵抗勢力のことを悪く言っても、どちら側からも命を狙われる恐怖が付きまとい、表現の自由ですらサッダーム時代のほうがましだったとも聞いた。

アンマンに着いた早々こうした家族と出会ってしまうところに、今のイラクの状況が表されている。

いつもこうした話を聞くたびに、これまで自分がやってきたことの小ささと、現実の大きさとの、あまりの乖離に圧倒され、どうにもこうにもやりきれなくなってしまう。そんな中、いつの間にすっかりと仲良くなってしまったちびっ子達からは「記念にあげるね」とおもちゃまでもらってしまった。いつもちびっ子達のあの屈託のない笑顔には救われているが、相変わらず彼等にはもらってばかりだ。現地スタッフは、「もう希望はほとんど見出せない」とも言う。しかしこんな中活動を継続してくれている彼らの存在そのものが、私にとっては希望のひとつでもある。

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September 13, 2005

After 9・11

さて、自民党圧勝である。というより小泉首相の圧勝というべきか。

ちょうどイラクの友人の一人から、「もちろん、彼にはNoをたたきつけるべきだろう。彼は世界中の人々が抱いていた日本人のよいイメージを変えてしまったのだから。いくらアメリカに付いていったって、彼らは日本人のことを尊敬していないだけではなく、むしろ弱虫と思っているだろう。まあヘリコプターと最新の武器で身を固めてしか戦えない連中のほうがよっぽど弱虫なのだが」というメールをもらっていたばかりだった。なんともやるせない。

かねがね講演などで、やはり投票率が上がれば政治が大きく変わるはずだと主張してきた。皆せっかく持っている権利を行使していないのが一番の問題だと。しかし今回は投票率がアップした結果がこれである。いや、大きく変わったのは確かなのだ。ただ、望んでいたのとは全く逆の方向で変わってしまったのである。

なぜか。マスコミをサクラに付けた小泉新劇団がお題目のように繰り返す郵政民営化の呪文に幻惑されたのか、それとも野党、とりわけ民主党がだらしなさすぎるのか。いずれにしても、9・11で恩恵を受けるのはやはり時の権力者だった。4年前のアメリカの風景と、なぜか奇妙に重なって見えてしまった。

とにかく有権者、とくにこれまで投票に行かなかったような人たちが、大挙して自民党に投票したこの現実を今、重く重く受けとめている。原因はいずれにせよ、そして熟考の末の選択かどうかは関係なく、この結果は日本国民の総意として表現された。つまりはこの国の運命を、彼に任せてしまったというわけだ。なにせ自公合わせて300を超えるという凄まじい議席数、今後なんでも出来てしまう数である。ああ、いつの時代も、こうしてファシズムというのはつくられていくのだろうか。以前のような形ではないにせよ、確実にその巨大な足音は近づいている。本格的に受難の時代が始まったようだ。

それにしてもなぜ?と、呆然とする声はあちらこちらから聞こえてくる。マスコミが小泉劇団の宣伝に加担した罪は大きいという声も大きかったが、あまりテレビを見ていなかったからこれはなんともいえない。確かに昨日の深夜テレビで、圧勝に酔いしれる自民党の議員と一緒にさも嬉しそうに話していたコメンテーターにはぞっとしたが。また、民主党の戦略上の失敗を指摘する声はなるほどと頷いた。しかし、詮索すればするほど襲い掛かるこの一抹の後ろめたさは何なのか。振り切ろうにも、振り切ろうにも絡み合い身動きが取れなくなっていく。これはどうも内部から湧いてくる。そう、やはりとどのつまりこの結果の原因のひとつは、己の倦怠ではなかっただろうか。

イラク自衛隊から改憲を始め、これだけの重大な岐路に差し掛かった選挙だったというのなら、どうしてそれを伝えるべく動かなかったのだろうか。解散総選挙が突如決まってから、8月は各地イラクアート展で飛び回っていたからとか、今度のヨルダン行きの準備で立て込んできたとか、そんなものは全て体のいい言い訳に過ぎない。友人の母親が一念発起して民主党から立候補したことや、あの小泉首相の選挙区から元レバノン大使の天木直人さんが立候補したことを心強く思い、陰ながら応援してはいたものの、自ら特別に動いたわけではなかったのだから、これは紛うことない怠慢であろう。

私をはじめとして、こうしたこの国を覆う何やら名状しがたい大儀な空気が上昇し、積乱雲となって昨日突如土砂降りの雨を降らせた。その結果としての地滑りである。その地割れの深遠には、カトリーナを超える大災害が隠されているというのに、一体どれほどの人が気付いているのだろう。

唯一希望といえば、今回の小選挙区全体の得票率で見ると、自民党47%と、決して過半数に達していないのだ。それでも議席数では73%も占めているのはまさに小選挙区制の恩恵だろう。それと今回はちょっと面白そうと、初めて投票したという人たち、こういう人の多くが今回は民主ではなく自民に入れたようだが、一度投票を経験するとやはり政治に関心を持ち政治家がどんなことをやるのか注視していくものである。こういう自分も20代前半世捨て人を気取っていた時代は投票にすら行ったことがなかった。しかし一度投票をしてからというもの、社会や政治への関心から世界観に至るまで劇的な変化を経験した一人である。願わくは、今回初めて投票してみた人々が、今後の小泉政権の運営と、その結果がどのように己の身に降りかかってくるかを見極め、次回の選挙で覆すことを。

さて、これからが大変だ。After 9・11、いっそうの覚悟が求められている。

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September 11, 2005

続々 友情の橋 そして9.11へ

カズミヤに住む友人からも連絡があった。先日のアインマ橋の大惨事、家族も友人も無事だったようで何より。宗教行事は狙われるから、近づかないようにしているとのことだった。

バグダッドでは、先日川に落ちたシーア派の人々を助けておぼれて死んだというアダミヤのスンニ派の若者、19歳のオスマンさんの話で持ちきりだったらしい。そして彼は続ける。

「結局のところ、人間はやはり人間なんだよ。それ(宗派)は問題じゃない。俺達はイラクでこれまでずっと兄弟だったし、これからだってそうさ。そしてこの事故はまさにそれを証明してくれたんだ」

オスマンさんは川に飛び込み6人ほど助けた後、さらに助けようとしておぼれてしまったらしい。政府はなんと通りに彼の名前を付けて称えるそうだ。しかし彼の命は戻ってはこない。彼は一人息子だったということだ。

また、別の友人からのメールによると、橋の犠牲者の多くはサドルシティーからきた貧しい人々だったらしいのだが、アダミヤのスンニ派モスク、アブ・ハニーファモスクに行ってみたところ、犠牲者の家族のための義捐金が集められていたという。ただしこれはどうも政治的な意味合いが強いというコメントがあった。悲しいことに、モスクのすぐそばでは怒ったシーア派による銃撃があり、幸い負傷者はいなかったものの、モスクの壁が被弾したそうだ。

また、シーア派各閣僚を中心に、一人15万ドルほどもの多額の義捐金が寄せられているという。しかし、昨年のファルージャ総攻撃による大惨事のときは、連中今の1%も出していないというのは一体どういうことかと、友人は憤りをあらわにしていた。

その友人によると、今人々は暫定政府時代の首相、アラウィの時代を懐かしんでいるという。もちろん当時も治安は悪かった。しかし当時はまだスンニ、シーア両派の対立を煽るようなことも、今ほどひどくはなかったし、ここまであからさまな不公平感もなかったというのだ。さらに驚いたことには、以前はスンニ派市民に絶大なる支持があったあのイラクイスラム宗教者委員会のことを、今では誰も信用しなくなっているという。おなじみクバイシ師をはじめ、ハリス・アルダーリ師、そしてその御子息のムサンナ氏も今はイラクにいないらしく(もう戻ったかわからないが)、何でももっぱら逃げたという噂である。真偽のほどはわからないが、とにかくこうした噂が立ってしまうこと自体、市民の信用を失っているということだけは確かなようだ。いま、同委員会では来る10月の国民投票で投票に行くようにと呼びかけている。1月の国民議会選挙ではボイコットを呼びかけておいて、今さらどういうことかという不満もあるようだ。確かに今の移行政府でスンニ派の発言力が非常に弱いのも、あのときのボイコットの影響は否定できないだろう。それにしても、わずか数ヶ月の間に、こうも人々の指導者に対する気持ちが揺れ動くとは。

さてさて、ついついまたイラクのことばかり書いてしまった。明日というかもう今日9月11日、ついにこの国の指導者を選ぶ時が来た。私は講演のため、もう期日前投票を済ませてきた。各社世論調査では自公圧勝などとも出ているようだが、最近の世論調査は世論操作でもあるようだから、やはり蓋を開けてみなければわからないと思う。自衛隊と名乗る武装勢力をイラクに送りこんでいるこの国の選挙の結果は、やはりイラクの将来にも大きな影響を及ぼすだろう。アンケートなどではイラク戦争反対、そして自衛隊イラク派遣反対と答えるのに、選挙となるとなぜか行かないという人もいるようだが、あまりにももったいなさすぎる。今こそ選ぶ権利を行使するときだ。この選挙の結果は、今後のこの国のありかたを大きく決定付けることにもなるのだから。

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September 04, 2005

続 友情の橋

昨日9月3日の記事、「友情の橋」でイラクの友人からのメールを紹介した。

~以下一部抜粋~
「~やがて川向こうのアザミヤ地区のスンニ派住人たちが川に飛び込み、何人かはそのために命すら落としながらも、シーア派の人々を助けたという。それは本当に偉大な友情だったと友人のメールは続く。~」

先ほど、APが報道したという共同通信の記事を読んで、上記友人が感じたという「偉大な友情」を確認した。

こうした記事がもっと取り上げられればいいのに、と思う。

友情の橋はまだ破壊されたわけではない。

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September 03, 2005

友情の橋

8月31日、バグダッドのカズミヤでなんと1000人に近い命が犠牲になった。直接の攻撃によるものではないにせよ、2年前のイラク戦争開戦以降最大の惨事である。カズミヤに住んでいる友人もいるので心配してメールを出したがまだ返事はない。一方アメリカではハリケーンの犠牲者が数千人にも及ぶ可能性があるという。西を向いても東を向いても、どうにもやりきれない。

カズミヤでの大惨事は、シーア派巡礼者が大挙してチグリス川に架かるアインマ橋を渡る際、何者かが「自爆攻撃者がいる」と叫んだことから、パニックになった群集が将棋倒しになり橋の鉄柵が崩壊。多くが圧死、または川に転落し溺れ死んだと伝えられている。数時間前には迫撃砲弾による攻撃があったとか、巡礼者に毒入りの飲食物が振舞われ数人が死亡したという報道もあった。

例のごとく「背後にはスンニ派のテロリストがいる」「スンニ派がうわさを流した」など、根拠は不明なのにもかかわらずスンニ派を非難するシーア派閣僚たちの声と、「何の関係もない」と打ち消すスンニ派閣僚の声が入り乱れている。しかしやはり全体的にスンニ派の犯行を前提にしているような報道が多いような印象を受ける。

以下はカイロ発の読売新聞の記事だが、スンニ派の犯行とほぼ断定している。さらには特に根拠も示さずに、今日のイラクの混乱の原因は、すべてスンニ派過激派にあるという論調の作文になっている。混乱の最大原因のひとつである虚偽の大義によるあのイラク戦争と、占領政策の失敗にはかけらも触れていない。イラク戦争は正しかったという社是を必死で守り通しているかのようだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050831-00000116-yom-int

こうした報道にうんざりしていると、バグダッドの友人からメールが届いた。弟がアインマ橋のすぐそばで働いていて、当時の状況を見ていたというのだ。

まず、あの橋は2年半ほど前から閉鎖されていたという。一度損壊したまま誰も修理もせず放置されていたそうだ。その橋を政府が開放し、大勢の巡礼者が狭い橋を渡り混乱が始まり、何人かが助けを求めて叫び出すと、チェックポイントにいた国家警備隊は自爆犯がいると誤解したのか空に向かって数発発砲したという。そこから群集がパニックになって逃げ惑い始めた。チェックポイントの壁があるために簡単には橋の外に出ることが出来ず、引き返す人々と衝突するなど、橋の上に閉じ込められたような状態で将棋倒しになり大混乱。橋は老朽化していたので鉄柵は簡単に崩壊し、人々も次々と転落していったという。

やがて川向こうのアダミヤ地区のスンニ派住人たちが川に飛び込み、何人かはそのために命すら落としながらも、シーア派の人々を助けたという。それは本当に偉大な友情だったと友人のメールは続く。その後アダミヤの人々は、彼らに十分な水と食料を与え、また、犠牲者の子ども達を家族が迎えに来るまで保護し、応急処置なども施していたというのに、政府の一部の連中は、「連中は食物や水に何かを入れて殺した」などと言い出したということだ。

以上が事の一部始終を見ていたというバグダッドの一般市民の証言である。

やはりここまで現地からの情報が入ってこなくなると、報道はどうしても一方からの情報に、特に大きな力を持った側からの情報に頼らざるを得なくなる。しかしこういう状況だからこそ、様々な方向から見ていくという努力が求められてくると思う。

カズミヤ(シーア)とアダミヤ(スンニ)を結ぶ友情の橋を破壊しようとしているのは誰なのか。

DSC00601いずれにしても、失った命はもう戻ってこない。イラクは3日間の喪に服している。せめて、助かるはずの命は助かってほしいと思う。そんな中、先日現地スタッフがフランスから持ってきて市内のとある病院に届けた手術用の医療器具が、この度早速役に立ったという連絡があった。カズミヤから60人もの子どもが運び込まれたので、あっという間に使われたらしい。

アダミヤの人々の友情と共に、救われる思いだった。

*はじめAdamiyahをアザミヤと表記しましたが、アダミヤに統一しました。

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August 26, 2005

恐怖の生活

「もうこの国のためにどうすればいいのかわからない」
と、しばらくぶりにバグダッドに帰った友人のメールは結んであった。無事に戻れたのは何よりであるし、心配していた家族との喜びの再会も果たせた。しかしそれもつかの間、その家族から伝えられたイラクの状況のあまりのひどさに、彼の心は悲しみに満ち、破壊されてしまったという。

両親はかつて見たこともないほどの涙を流しながら、久しぶりに会う息子である彼にその状況を語りはじめた。
「あいつを知っているな?」
「ああ」
「殺された」
「彼もしっているな?」
「うん」
「殺された」
「彼も」
「・・・」
このように、友人や知人の多くが殺されてしまったか、国家警備隊などに拘束されているという。また、以前殺された近所の住民は、兄弟がまた狙われてしまいアラブ首長国連邦やドイツに避難しているらしい。

そして、「このようなことを直接聞くのは初めてだ」という驚きと共に、スンニ派とシーア派の住民レベルでの対立感情を伝えてきた。スンニである父親や友人に聞いたところ、誰もがシーア派に対する凄まじい怒りを表し、また逆も同じだという。これまではいくらメディアで両派の対立が語られてきていたとしても、住民レベルでは誰もスンニやシーアなど口にしなかったのに、これは実に悪い兆候だと嘆く。

たしかに私もこれまで聞くたびに「スンニだろうがシーアだろうが我々はイスラムでひとつ。対立を煽るメディアは本当に迷惑だ」という声がほとんどだったし、スンニとシーア間で結婚しているケースだって少なくなく、まあお互いバカにしあっているなあとは感じていたものの、少なくとも内戦になるほどの敵対感情は全く感じたことがなかった。しかし今では各モスクで宗教指導者がこの問題を話しはじめ、かなり深刻だという。

これまでどんなうわさがあっても頑なに両派の対立を否定してきた彼本人からこんな話を聞いたことは、私にとっても大きな衝撃であった。確かに両派の宗教指導者が拷問の末殺害されるなど、両派の対立を煽り、分裂による利益を目論む輩が引き起こしたとも考えられる事件がしばらく続いていた。しかしそれでも大規模な衝突までには至らなかったのは、「その手は食わないよ」とばかりに冷静に権力による罠を見抜くイラク人の怜悧さの賜物だとこれまで感心していたものだが、これだけ周りの人間も殺され続け、ついにその我慢も限界に達してきているのかもしれない。

シーア派有力政党であるイスラム革命最高評議会(SCIRI)のアル・ハキーム党首と彼が率いる民兵組織バドル旅団が中心となってこの国をめちゃくちゃにしているという。これまで82人ものスンニ派宗教指導者が殺害されたらしい(バグダッド市内だけなのかイラク全土なのかは不明)。アル・ハキーム氏はイラク警察と国家警備隊の90%をシーア派で固め、彼等は家宅捜索と称してあらゆるものを物色、配給カードまで奪い、果てには殺害していくというので、スンニ派住人は隠れ恐怖の日々をすごしている。「夜だけではなく、みな真昼間から全てのドアに鍵をかけ閉じこもる様子を見れば、どれだけ怖れているか分かるだろう」と。今ではむしろ家宅捜索では米軍が来ると安心し、あのアラウィ暫定政権時代を懐かしんですらいるとも。2年前のバグダッド陥落直後、「サダムは去った。しかし次のサダムが怖い」とつぶやいたイラク人の声を思い出す。そういえば最近では、あのサダムに帰ってきてほしいという声すらちらほら耳にするくらいだ。

そういえば延期され審議を続けていた新憲法草案、やはりスンニ派勢力の反対で再び採決が延期された。焦点となっているのはクルド人勢力が要求した連邦制の導入。南部の油田地帯を確保できるとシーア派勢力も賛成に回っている。「これはイラクを分断させる」とスンニ派勢力は頑なに反対を貫いているが、「この連法制の導入がなければ内戦になる」とルバイエ国家安全保障顧問は警告しているとも報道されている。友人によると、「このまま連邦制が導入されたらイラク南部が全てシーアの支配下におかれるのでスンニは認めないだろう。シーア派で国家警備隊のボスであるルバイエ氏の発言はこれまで通りの脅し。いずれにしてもイラクの将来は良くない」という。

戦争はサダム政権だけではなく、イラクの社会を、そしてイラクの人々の心まで破壊してしまった。本当にどうすればいのか、彼同様にわからない。とにかく、お互いに今「生きている」ことが唯一の希望と信じ、出来ることを続けていくしかない。

まずは、この戦争の責任の一端を担っているこの国をどうにかしなければならないということだけは間違いないだろう。9・11はもうすぐだ。

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July 10, 2005

7・7London 引き裂かれた七夕

ロンドンでの同時多発爆破事件の死者は50人を超え、さらに増える見込みだという。突如として襲いかかる暴力に命を奪われた人々、そして残された家族や恋人、友人たちの悲しみは如何ばかりであろうか。イラクの戦場で目の当たりにした、あの記憶に深く刻み込まれたひとりひとりの嗚咽と慟哭が、再び意識下を這いずり回っている。死のデータとしての数字の背後に広がっていく、破壊された物語を背負い明日を生きねばならぬ人々の、ひとりひとりの苦悩の表情がよみがえる。死者は数字ではない。イラクだろうが、イギリスだろうが、このように簡単に人間が殺されていくのを見るのは、本当にやり切れない。

しかしながら、この報道の格差はどうだろう。イラクではこの規模の事件は連日のように起こっているが、今では新聞の一面を飾ることは皆無に近い。いやイラクなら実はまだましなほうなのだ。ベタ記事程度で流されていくものや、記事にすらならない無数の死があり、この地上はそうした死者と、残された人々の幾億もの悲しみに包まれている。今回の事件を知ったとき、こうしたあからさまな報道の圧倒的非対称に、正直嫌気がさしもした。

「イラクでは毎日のように起こっていることなんですよ。そもそもこんな事件が起きてしまうような原因を作ったのは、いったい誰なんですか」と突き放したい気分にもなってしまったが、今イギリスに留学している友人がいるので、やはり心配になって安否を確認するメールを出した。そこで何が起こっているかを想像する鍵として、そこに顔の見える友人がいるかどうか、これはやはり大きいと思う。

その友人は無事だった。しかしまだ安否の確認が出来ていない友人もいるので心配だという。

以下、この事件を受けて改めて考え、その友人宛にメールで吐露したことを一部編集の上紹介します。


「9・11の時も感じたことですが、
こういう事件が起きると、いつも僕の内面はある種の奇妙な葛藤が起こり、
引き裂かれてしまいます。

当然、ひどいことだと思う反面、
幾多の犠牲を飲み込んで膨張してきたこの文明が崩れていくのを、
「ほら見たことか」と半ば喝采を挙げてしまっているような自分もいるのです。

チョムスキーの言葉、
「誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい」
を引っ張りだすまでもなく、やったことは全て跳ね返ってくるわけで、
イギリスはこの事件の何万倍もの仕打ちをしてきたわけだから、
こんな事件が起こるのは至極当然だとも思ってしまうわけです。

しかしよくよく考えると、そういう感情の背後には、
攻撃される主体を単に「アメリカ」や「イギリス」など、
漠とした記号ないし抽象概念で捉えている事がわかります。

これは9・11の直後、熱くなったアメリカのいわゆる愛国者たちが、
「テロリストであるアラブ人を全て殲滅せよ」と気炎を上げ、
戦争を良しとする論理とあまり変わりないのかもしれません。

この論理に共通していることは、そこに具体的な人間の顔がないこと、
つながりを持った人間が生きていないということだと思います。

恐ろしいことですが、こうした考えが、
自分の中にも存在しているということを認め、
何とかそこから乗り越えることは出来ないだろうかと、
僕もイラクに行って直接人間同士のつながりをつくり、
簡単に言えば彼らと友達になってしまい、
友達が殺されるかもしれないということがどういうことなのか、
自分の問題として考え、その恐ろしさと、戦争の愚かさを、
みなに知ってほしいと思ったものでした。

それでもまだ葛藤して引き裂かれているのも事実ですが、
やはり今回はSさんがイギリスにいるということで、
単純な感情に飲み込まれずにすんでいるのかもしれません。

世界中の人が、世界中に友達を持つようになればいいのに、と思います。

ところでこれを機に、テロ対策ということで、
世界規模でまた一気に警備が厳しくなり、
結果的には皮肉にも新たないわゆる「テロ」を生む土壌が
醸成されてしまうことを心配しています。

無数の「テロ」によって無辜の民の生血を啜り肥大してきたこの文明という怪物は、
その体内にやはり「テロ」によって自らを食い尽くす胚子を孕んでいたのでしょう。

そしてその萌芽にせっせと水をまいてしまっているのは、
「テロ」の脅威に怯えて、「テロに屈しない」という政府にすがろうとする、
私たちの心の弱さなのかもしれませんね。」

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June 10, 2005

イラクは今

「稲妻作戦」と呼ばれるイラク軍と米軍による掃討作戦が続くバグダッド。友人からのメールによると、イラク軍は家宅捜査と称して問答無用で住居に押し入り、手当たり次第なんでも物色していくので、大切なものはみんな隠さないといけないそうだ。また、顎鬚を長く伸ばしていると、米軍にムジャヒディン(イスラム戦士)と見なされ拘束されてしまうというので、短くしている人が増えているらしい。しかし短くしていると今度は逆にムジャヒディンに不信心者とみなされ、処罰の対象になってしまうというから、全くたまったものではない。外出もままならず、地域によってはモスクに礼拝にすら行けないほどだという。また、イラク軍並びに警察は、イラクにいる外国人なら誰でも身柄を拘束し尋問する権利を与えられているそうだ。

そんな中、移行政府によるパレスチナ人に対する扱いは一層ひどくなっていて、拘束から拷問まで、彼ら曰くもはや「犬以下」だそうだ。サダム政権崩壊直後から、これまでの支援が断ち切られたイラク国内のパレスチナ人の境遇は悪化していたのだが、今度はさらに彼らをイラクから追い出そうとしているとも聞く。これまでPEACE ONが支援してきたパレスチナ難民キャンプのあるハイファクラブも、今年はじめにデマ情報による米軍のがさ入れを受け破壊され、責任者のQ氏は家族もろともドイツに避難したままである(過去記事参照)。祖国を追われた流浪の民が、またしても追い立てられていく。この艱難の旅路は、一体どこまで続くのだろう。

先月斎藤さんが襲撃を受けたヒート出身の画家、ハニ・デラ・アリさんは、これまでバグダッドで家族と住んでいたが、この度ヨルダンに移住した。治安が悪すぎて、とても暮らしていけないからだそうだ。昨年の8月までは何度もあの暖かい家庭におじゃまして、うまい家庭料理をたらふくご馳走になりながら、芸術談義に花を咲かせたものである。しばらくはあそこでハニさんと会うことが出来ないと思うと、何ともやりきれない。そういえば今度はヒートに連れて行ってもらう約束もしていたのだが、この分ではいつになることやら。

一度失ってしまった平和を取り戻すことは、これほどまでに困難なことだったとは。こうしてイラクの現状を伝えるのは、正直言ってしんどくて、ブログの更新が遅れ気味になってしまっている。しかし私なんかよりも、故郷イラクから出国せざるをえなくなってしまった友人たちの想いは、如何ばかりだろうか。そして日々命が崖っぷちに追い込まれているイラクの友人たちの想いはどうだろう。そんな友人たちが、無事に生き延びてくれていることは、大いなる希望のひとつではないか。そういえば彼らもイラク・ブーメラン意見広告プロジェクトの成功には大喜びしてくれていた。とにかく彼らの声を伝え、繋げていこう。そのためにも、この生かされてここにある命に感謝して、しっかりと毎日を生きていかなければ。

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May 31, 2005

崖っぷち

提出期限直前の決算処理に追われ汲々としていると、斎藤さん情報が。報道で伝えられている通りならば、残念な結果をむかえてしまったようだ。私も映像を見たが、間違いないと思う。おそらく襲撃されたときにはもう亡くなられていたのではないだろうか。今回、拘束したという組織と斎藤さんの立場を考えると、生還ははじめから難しいだろうとは思っていたが、実際にこういう結果になってみると、何ともやるせないものだ。

数日前、以前バグダッドで知り合った友人に相談してみたところ、「ダメもとでやってみるか」と武装抵抗勢力に詳しいというイラクの知人を介して救出の可能性について尋ねてくれていたのだが、開口一番「お前俺を殺す気か?」とすげなく断られたということだ。彼を救出しようという行為自体が米軍側と見られてしまい協力者の命が危険にさらされてしまうので、今回は気の毒だがどうすることもできないというのがその友人の弁であった。

後はせめて彼の遺体が家族のもとに帰ることを祈るばかりである。

こうしてまたしてもイラクで日本人が犠牲になってしまったわけであるが、そうこうしているうちに今度は首都バグダッドでサダム旧政権崩壊後最大規模といわれる掃討作戦が始まってしまった。ここ最近市内の家宅捜査などが以前より頻繁に行われるようになってきたと、現地スタッフからの報告があった矢先である。治安回復を目的にして、イラク治安部隊4万人と米兵1万人でバグダッドを完全包囲していわゆる武装勢力を一掃するという作戦のようだが、このように力によって封じ込めようとする行為自体が、治安を悪化させる要因になっているとしか思えない。バグダッドは巨大な都市なので、昨年のファルージャのようなことにはならないと思いたいのだが、早速イラク・イスラム党の党首が不当に拘束されるなど、きな臭さを増している(誤認逮捕ということですぐ解放されたようだが)。バグダッドには多くの友人がいるので、問い合わせてはいるのだがまだ返事がなく心配だ。

提出期限直前の決算処理に追い込まれているこの瞬間にも、多くの生命が崖っぷちに追い込まれている。

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May 24, 2005

斎藤さんのことも気になるが・・・

斎藤昭彦さんがイラクで拘束されたという情報から早2週間が過ぎてしまったが、彼の安否に関する情報は全くないままだ。現地スタッフや友人などにも問い合わせているが、アンサール・スンナ軍がいかに強力で、米軍警護としての斎藤さんの立場を考えると今回は厳しいだろうという意見以外はやはり何も情報がない。

報道は目立たなくなってはいるものの、イラク各地で爆破事件などが続き、日毎に状況は悪化している。イラクイスラム宗教者委員会幹部のハッサン・ヌアイミ師がイラク内務省特殊部隊に拘束され、拷問の末に遺体で発見されるなど、各地でスンニ派高位指導者の暗殺等が続き、宗派対立を煽る動きは留まるところを知らない。これでまだ民衆レベルでの大規模な宗派対立、内戦に至っていないのは、以前から「その手は食うか」と冷静に状況を判断していた多くの分別あるイラク人が、この現状においてもその聡明さを維持していることの証明ともいえるのではないだろうか。

斎藤さんが拘束されたイラク西部ヒート周辺の治安も最悪らしいが、さらにシリア国境付近でも米軍がまた掃討作戦と称して大規模な攻撃を行い、多数の一般市民の死傷者がでたという。そして以前現地スタッフから聞いた言葉、「米軍が攻撃の手を強めれば強めるほど、爆破事件などが増え、抵抗する勢力も強くなっていく」を裏付けるかのように、戦火は各地に飛び火していき、バグダッドの治安悪化も深刻だ。斎藤さんのことも気になるが、私にとってはイラクの友人たちのほうがはるかに気がかりだ。

先日現地スタッフから届いた連絡によると、いたるところで爆破事件が起きていて、彼の妹が通う市内ドーラ地区にある学校前でも爆発があり、妹の友達4人が亡くなったという。(妹は無事だそうです)そして米兵とイラク国家警備隊は家宅捜査を強化しているようだが、捜査を受けた家ではさまざまなものが盗まれるという被害が続出しているようで、現地スタッフもお金やコンピューター、また大切な書類などは全て隠したということだ。

そのドーラ地区では200人を超えるイラク人が逮捕され、また、イラク西方、ファルージャ近くの町ハディーサでは、やはり米軍と国家警備隊によって多くのイラク人が投獄され、中央病院も徹底的に破壊されたという。

米軍がいることによって守られている治安も確かにあるだろう。しかし米軍がいることによって悪化する治安のほうがはるかに大きい。やはり立ち返るべき言葉は、チョムスキーの「誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい」ではないだろうか。(昨年11月10日の当ブログ記事

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May 10, 2005

戦争の民営化 「ピープルOK?」

またしてもイラクで日本人が拘束された。昨夜午前一時頃通信社から「サイトウ・アキヒコさんってしってますか?」と一報を受けてから速報を追っていると、はじめは私のしらないジャーナリストの方だろうかとおもっていたが、拘束された斎藤昭彦さんは何と米軍下請けの民間の警備会社で働いている方で、しかも米国防総省の身分証明証までもっていると聞いて仰天した。こうしたいわゆる外国人の傭兵は今のイラクに2万人以上もいるという。昨年の8月バグダッドで活動中、ネパール人の傭兵にはたくさん会ったが、まさか日本人も傭兵として入っていたとは。

戦闘があったといわれるヒートは、ラマディから近い小さな町で、LAN TO IRAQ(イラク現代アート)の代表作家、ハニ・デラ・アリさんの生まれ故郷。何度か写真を見せてもらったが、風化した古代の遺跡とユーフラテス川の美しさが時代を超えて調和するのどかな田舎町で、彼の作品にも大きなインスピレーションを与えているという。

イラク人のバグダッド支部局長にも早速連絡したが、彼は現在あいにくイラクを留守にしているので現地との連絡は困難な状況であり、過去の日本人人質事件の時同様に現地のイラク人のネットワークを活かして救出の糸口を探るということができないままでいる。仮にうまくこれまでお世話になってきたイラクイスラム宗教者委員会にコンタクトが取れたとしても、こうした傭兵、米軍下請けの戦闘要員に対しては、これまで通りの協力は残念ながら期待できないだろう。

斎藤さんは自衛官OBで、フランス外国人部隊として各国の戦場も体験しているという。どういう理由で、そうしてどういう気持ちでこの度傭兵となりイラクで働いていたのかわからないが、彼のご家族や友人の方々のことを考えると、何とかなるものなら何とかしたい。しかしこれが現在のイラクで起きている厳然たる戦争の現実であり、日々イラク人が感じている恐怖でもある。

そしてこの度の事件は、まさに戦争の民営化がもたらしたもの。そういえば昨年4月の日本人人質事件の背景となったファルージャ包囲攻撃も、3月末に4人の米軍請負の傭兵が殺害されたことがきっかけとなっていた。こちらのメディアでいくら民間人と報道されようと、現地の人間から見れば今のイラクに武器を持って入ってくる外国人はりっぱな戦闘要員である。現地の抵抗勢力にとって、もはや入ってくる外国人が一般の市民なのか戦闘員なのか見分けがつかないので、昨年の安田君たちのようにとりあえず拘束するというケースが増えたのもこうした戦争の民営化の影響だろう。

この度斎藤さんを拘束したというアンサール・スンナ軍のことはあまり詳しく知らないが、これまで外国人に対する様々な事件でかなりよく名前が出ている。これまで人質を盾に何か要求をしたことはないらしいが、この度彼だけが生きて捉えられ、その事実をウェブサイトで公表した意図は一体何なのか。これから何らかの要求があるとすれば、それはどういったものになるのだろうか。

重傷を負っているという彼の身の上と同時に案ずるのが、いかなる要求が出されるにしても、その取り扱われ方によっては、それがイラクの人々、そしてアラブの人々に対して、「ああ日本は自衛隊に飽きたらずついに民間人まで米軍と一緒に銃を持ってやってくるようになったか」と、つまりもう日本はアメリカと官から民までなんら変わりなくなってしまったんだなあという印象を与えてしまうのではないかということである。昨年香田さんが米国旗の上で殺害されたのも、もはや日本は敵国であるアメリカと同じだという強烈なメッセージであったが、この度の事件も、これからの扱われ方によってはそうした印象を決定付けてしまう可能性がある。そうなってしまえば、今後ますます我々日本の市民がイラクの市民と交流することが困難になっていくのではないだろうか。これはお互いの未来にとって大きな損失となりうる。

戦争中、イラク人にお茶をご馳走になりながらよく言われたのが、「ジャパニーズピープルOK、ガバメントNO、NO」。つまり政府と一般市民をきっちりと分けて考えてくれていたからこそ、この度の戦争に首相が支持を表明し事実上の敵国となっても安全に活動ができていたわけなのだが、こうした戦争の民営化は、こうした分別を撹乱させる要素をも持っている。

33歳最後の一日、悶々とした時間が流れていく。

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May 02, 2005

戦争の最初の犠牲者は真実

4月中旬、バグダッドの東南のマダエンという町で、スンニ派武装勢力が150人近いシーア派住人を人質にとって立て籠もり、やがて数日後にはチグリス川で50人以上の遺体が発見されたという報道があった。(関連情報

イラク移行政府のタラバニ大統領はそのシーア派住人の人質の遺体だと主張していたが(関連情報)、その遺体が本当にそうなのか、その可能性があるというだけでそのまま続報もなく、一体どうなったのかと思っていたら、イラクの友人からメールが送られてきた。

何でも最近イラクイスラム宗教者委員会のある幹部に話を聞いてきたそうなのだが、この事件について、一般の報道とはまるで異なる情報で驚いた。参考までに以下訳して紹介しておく。

「この問題は、以前とある集団がマダエンの隣の町クートからやってきたときから続いていた。そのとある集団とはイラク人ではなく、周辺国からきた連中であるが、警察と国家警備隊が彼らを支援していたのだ。やがてその集団はマダエンの元々の住人であるスンニ派ドレイミ族に対して乱暴狼藉を働くようになり、捕まえてクートの監獄にぶち込むなどしてきたが、クートの市長は見て見ぬふりをするどころか、連中の暴力に手を貸してきていたのだ。これらは2ヶ月前から始まりこの度のマダエンの事件まで続いている。その集団の犯行は何人かのドレイミ族の宗教指導者を殺害するまでエスカレートし、ついには警察や国家警備隊、そしていくつかのイラクの政党がグルになって、先日のニュースにあったように、スンニ派がシーア派を人質にとったなどというありもしない物語をでっちあげた。こんな事件は絶対に起こってはいない。連中が警察と政党といっしょになって、スンニ派住民を追い出そうと事件を捏造したのだ。しかしこれはシーア派のためではなく、米軍の安全確保のためだ。マダエンはイラク南部からの米軍のルートの中心にあたり、このルートでクウェートから食料などを運んでくる。そして休憩地点になってもいるからだ。」

国民議会選挙が終了し、移行政府が発足したあとも混乱が収まらないイラク。世界の関心が薄れるなか、あえて危険を冒してまで治安改善の目処が立たないイラクで取材をしようというメディアも少なく、NGOも活動が制限され、イラク人ですら外国人と関係をもつだけで生命が脅かされるという状況が続き、一体そこで何が起こっているのか、ますますもってわからなくなってきている。

上に訳した情報もひとつの見方に過ぎないかもしれないが、他の一般のイラク報道もまた根拠のないひとつの見方に過ぎないものがあまりにも多くなってきているように感じる。本当に起こっていることは、何なのか。やはり戦争の最初の犠牲者は真実だ。

いずれにしてもこの事件のようにシーア派とスンニ派を分断させようとするような巨大な意図を背後に感じる。そしてその意図は、宗派の分断だけではなく、互いが互いを信じられなくなるような不信の種をイラク中に、いや世界中にばら撒いているように思える。不信から生まれる対立、分裂、そして懸念される衝突から利益を得るのは誰なのか?

昨年の3月頃からこうした対立を煽るような事件は続いていたが、当時はイラク人に会うたびによくいわれたものだ。
「スンニもシーアも、もともとうまくやっていたんだぜ。余計な対立を煽るメディアにはえらい迷惑だ。俺達はイスラム、ひとつなんだよ」と。
彼らは今も同じように笑顔でその言葉を繰り返してくれるのだろうか。

今、改めて戦争の本当の恐ろしさが、その正視に耐えない燻り爛れた自らの臓腑を血走った眼窩から抉りだし、全細胞が拒絶するあの腐臭を、この母なる大地に撒き散らしながら、イラク全土を飲みつくそうと這い回っている。そして耳を傾ければ、そのひたひたとした不吉な足音が、いよいよこちらにも近づいてきているのを確かに感じる。今、この巨大な力に抗う魂が試されているのだろう。

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February 26, 2005

日帰りベイルートの旅 3 (24日)

IMGP3937続けてハリリ前首相が爆殺された現場にも足を運んでみた。バグダッドでは見慣れた風景なのだが、突如として地中海の背景に切り替わり思わず足がすくんだ。海岸沿いの通りの中心で爆発があったらしく、道路を挟んで二つのホテルがひどく損壊していて、どす黒い焦げあとが生々しい。とくにハリリ氏がいたというホテルは、上部が大きく崩れ落ち、遠くからでよく確認できなかったが鉄骨のようなものなど様々なものがひしゃげていて、爆発の凄まじさを物語っていた。

立入禁止の境界線付近で現場を眺めていた若者二人に声をかけてみると、実に気さくに応じてくれた。二人はベイルートアラブ大学に通う学生で、ムハンマド君19歳とウィサム君20歳。これから顕花に向かうところだと言う。爆発当時の状況を聞いていると、向こうから「誰がやったと思う?」と聞き返してくるので、先日のユスフさんの見解なども参考にしながら話すと、「もちろん。シリアが関与しているなんてあり得ないよ。ここベイルートでも傾向としてはイスラム教徒がシリア関与説を否定していて、その他の宗教の人々が怒りをシリアにぶつけているって感じ。こうしてレバノン内に対立を生み出して、一体誰が得をするかってことを考えれば、やはりアメリカかイスラエルが関与していると考える方が自然だよね。新たな紛争が起こればイスラエル軍がまたレバノンに簡単に入ってきやすくなるだろうし、アメリカがシリアを叩く理由にもなる。」

聞いていて、昨年バグダッド滞在中キリスト教の教会が立て続けに爆破されたときに何人かのイラク人から聞いた話を思い出した(関連情報)。元々平和に共存していた宗教や宗派、民族間の対立を煽り立てることにより軍事的介入の口実を拵えていくのは歴史上大国の常套手段ではあるが、今のイラクで、そしてここレバノンでも同じ手が使われようとしているのかもしれない。どうして人間はいつの時代も歴史から学ばないのだろうか。たしかヘーゲルあたりがいっていたような覚えがあるのだが、人間が歴史から学べることがあるとすれば、人間は歴史から何も学ばないということなのだろうか。しかし反シリア一色という印象だったベイルートで、さっそくこうした若者に出会えたのは嬉しかった。
IMGP3938


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日帰りベイルートの旅 2 (24日)

IMGP3928気になったのは、顕花会場の隣、建築中モスクを取り囲む塀に等間隔でハリリ氏のポスターが貼られているのだが、その隙間をくまなく埋めるように書き込まれた落書きだ。ほとんどはアラビア語で判読できないが、所々英語で書いてあって、そのほとんどが、「シリア出て行け」、「シリアが憎い」、「シリアはテロリスト」、「F××K シリア」などという罵詈雑言。先日のデモでも反シリア一色になったと報道があったが、実際自分の目でこうした憎悪の感情を目の当たりにすると本当にやるせない気持ちになってしまう。そういえばダウンタウンまでのタクシーの運転手もシリアは良くないと言っていた。

ハリリ前首相は生前実に多くの慈善事業に関わっていて、多くの人に愛されていたことは間違いない。その彼を喪失したことに対するやり場のない気持ちを、事件の犯人にぶつけるのは止むを得ないとしても、どうしてまだ犯人が決まったわけでもないのに一部の報道、とりわけ欧米メディアから流される米英の政府見解を鵜呑みにしてしまうのであろうか。こんな得のない選択をあえてシリア側がとるわけがないというのは、冷静に考えればわかると思うのだが。いち早く犯人を特定して安心したいという心理がそうさせるのか、とにかく不安な心理状態では往々にして常識的判断能力が失われるというのは、9・11直後のアメリカ全土の反応を思い出してしまう。

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February 25, 2005

日帰りベイルートの旅 1 (24日)

IMGP3932ハリリ前首相爆殺事件がどうしても気になっていたので、思い切って早起きして乗り合いのタクシーに乗りベイルートまで行ってみた。国境を越えた途端に、シリアでは見られないマクドナルドやマルボロの看板が目立ち、やがてハリリ氏の看板が現れてくる。やがて雪のレバノン山脈を越えるとそこは地中海からの潮風吹くレバノンの首都ベイルート。ダウンタウンを歩いて驚いたのが、あちらこちらにハリリ氏の遺影がはってある。お店の戸口にはほとんどと言っていいほどあの独特の顔が。例えは非常に悪くて申し訳ないが、戦前のイラクでどこに行ってもサダムに見つめられていたことを思い出してしまった。ダウンタウンの外れでは顕花の式典が行われていて、沈痛な面持ちで祈りを捧げる人々で溢れかえっていた。レバノン国旗とハリリ氏の遺影をあちらこちらに貼りまくったスクールバスから、やはりレバノン国旗とハリリ氏の遺影を掲げたちびっ子たちがぞろぞろと降りて顕花に向かう。まさに国中で喪に服している。(続く)~明日25日アンマンに行きます~

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February 23, 2005

骨董品店オヤジ(22日)

IMGP3870夕方ごろウマイヤド・モスク近くのとある骨董品店にジャーナリスト村上和巳さんの友人ユスフさんを訪ねた。昨日村上さんからきいていたお店に行ったら彼はもういないと言われてしまっていたのだが、どうも独立して近所に店を構えたらしい。ユスフさんは2年前自身のコレクションを用いて日本大使館主催の障害者へのチャリティパーティーに参加していて、70年代にはレバノンで写真家の広河隆一さんのコーディネーターをしたこともあるというから、ただの骨董品店オヤジではない。イラク問題から今回のレバノン前首相爆殺事件まで、様々な話に花が咲いた。

「ハリリ前首相のことはシリア人も皆悲しんでいる。彼は人々のために本当にすばらしいことをしてくれた。国籍も宗教も政治も関係なく、それだけの理由で彼は多くの人に愛されていた。だからこの度の事件は本当に悲しいし、こんなことをした犯人はやはり裁かれなければならないだろう。シリア軍が関与しているという噂があるが、それはありえない。どう考えてももっと賢いはずだ。きっとシリア軍がレバノンから撤退するよう圧力をかけたい連中の仕業に違いない。ちなみに先程ニュースでもやっていたが、おそらくシリア軍は撤退するだろう。別にかまわないさ。それでお互い平和に暮らせるのならね。ただ考えてほしいのは、同じようにこれまでどれだけ国連がイスラエル軍のパレスチナからの撤退を呼びかけてきたのかっていうこと。全くもってフェアじゃないよ。パレスチナ問題が解決すれば、今中東で起こっている全ての問題はきっと10分の1以下に減るっていうのに。」

パレスチナ人の血も受け継ぐユスフさんは、パレスチナに話が及ぶと徐々に熱く語っていったが、常に落ち着いた眼差しで温かい微笑みを絶やさなかった。報道によるとレバノンでは事件を受けて反シリアデモが激しくなっているようだが、このようにシリアでは冷静に受け止めている人が多いようだ。いつの時代も戦争とは一部のおっぱじめたい輩がお互いの憎悪を煽り立てていくところから始まっていくものだが、戦争前のイラクしかり、自らを正義の使者とのたまう国に悪の枢軸と名指しされるような国にすむ市民はこうした挑発には乗りにくいようだ。

話の後は商品をじっくり見せてもらい、絹製のスカーフ、ベドウィン民族衣装などをいくつか購入した。

ダマスカスに行ったらぜひどうぞ

Al Osta for Oriental
Youssef & Ali

Damascus-Souk Al hamidiah
Near Omayed Mosque
Wakalet Al-Acha No:252

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February 13, 2005

剣呑だがほっとけない

先月末に行われたといわれるイラク国民議会選挙では、記者が現地にいないのにもかかわらず、あたかも見てきたかのように各メディアこぞって成功成功と囃したてたあと、まるでこれでもうイラク人が皆自分達の選んだ政治家によって自分達の国を作っていけるでしょう、めでたしめでたし、といわんばかりに報道の数はまた極端に少なくなってきているが、イラク人現地スタッフからの情報によると、バグダッドでは相変わらず剣呑な毎日が続いているようだ。

先月拘束されたブラジル人エンジニアの続報もすっかり途絶えてしまい心配なのだが、2月4日にバグダッド市内で拘束されたイタリア人ジャーナリスト、ジュリアーナ・スグレーナさんに関しても、解放かいや殺害か?と錯綜した情報が飛び交ったあと続報がない。そんな中、スタッフから送られてきたメールによると・・・、

「誘拐されたイタリア人ジャーナリスト知っているか。彼女は僕と妻がファルージャ(避難民)キャンプ(ジャドリア地区)にたどり着くほんの30分前にそこにいたんだ。それを聞いたとき、僕らの心臓がどんなに高鳴ったか想像できるかい?そして僕らが帰るとき、キャンプの責任者は銃を手にしたガードを二人乗せた車を付けてくれたんだけど、本当に恐ろしい状況だよ。僕らのために祈っていてくれ。」

Do you know the Italian journalist which kidnapped, she was in falluja camp before my wife and me arrive to that camp only half hour, so can you imagine our hearts how they were run when we hear that from falluja camp and also leader of that camp send with us when we left their camp car with 2 guards with their guns, it really scary situation, pray for us.

このように、当時の恐怖が綴られていた。残念ながら我々日本人が直接現地入りして支援できる状態にはほど遠いどころか、イラク人現地スタッフにとっても、活動はまさに命がけになってきている。それでも彼に尋ねると、

「うん、相当に危なかった。かなり気をつけて活動しているけど、まだ怖すぎるよ。でも、この時期に僕が活動を続けるのは、人々が助けを必要としていることがわかるから、それが全てだよ。」

yes it was too dangerous, we work too much careful but I still scared too much, but all what keep me work in this moment is how I see people need help.

dsc002121 dsc002111そして当日はキャンプにポテト70kg、チキン90kg(総額120ドルほど)を届けてきたそうだ。昨年8月に私が現地事務所に預けてきた予備費は全て使い果たしたので、最近は彼が支援金を立て替えてくれている。

戦時下での彼との友情からNGOを立ち上げ、「友達になっちゃったらやっぱりほっとけないよね」という単純な理由で始まったPEACE ONイラク支援&交流プロジェクト。このように厳しい状況になるとは夢にも思っていなかったが、こんな中でも継続できるのは、本当に彼のおかげである。

近々隣国のヨルダンにて彼と会い、支援ならびに文化交流活動の継続のための打合せをする予定ですが、引き続きイラク支援のための寄付金のご協力をお願いいたします。

・振込先 郵便振替 00160-2-647637
      口座名 PEACE ON
・備考欄に「イラク支援」とお書きください。
・ご協力いただいた皆様の氏名などは基本的に公開させていただいていますが、匿名希望の場合は備考欄に「匿名希望」とお書きください。

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February 02, 2005

投票日

昨夜、山梨・小淵沢フィリア美術館でのイラクアートの展覧会&トークから戻ると、イラク人現地スタッフから投票日についてメールが届いていた。今時間がないのでとり急ぎ以下訳のみ紹介します。


「投票日当日(1月30日)、見たこと聞いたことを綴ってみるよ。本当に通りは車がなく空っぽ(車両制限のため)。少しは攻撃もあったけど、いくつかの武装グループが言っているほどではない。警察とアメリカ&イラク兵がうまくコントロールしているようだった。

バグダッド市内でも、サドルシティーやマンスール地区、そしてカズミア地区など(シーア派が多い地域)では皆とても喜んでいて、通りでパーティーをしているくらいだったよ。一方、ドーラ、サイディア、カラダなどでは、何人かは投票したけど、他は行ってない。パーティーもなく静かで通常通り。

内務大臣は、「現在治安状況はコントロールできている。18ヵ月後には治安維持に関してイラク警察が実権を握る準備が整うので、米軍の撤退を要求するだろう。なぜならもう必要なくなるから」と言う。

スンニ派の人々は、来年の新内閣にスンニ派の人物が入らないだろうということを嘆いている。パチャチ元外相とヤワル大統領くらいだろう。だから多くの人々がスンニとシーア間で内戦が起こるのではないかと恐れている。そして本当にそうなるかもしれない。

シーア派では、投票に行けというファトワ(宗教令)があり、スンニではボイコットせよというファトワがあったんだ。

バグダッドは今、静けさに包まれている。」

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January 29, 2005

ブラジル人人質について

1月20日、イラクで日本人エンジニアが拉致されたのではないかという情報があったが、実際はブラジル人エンジニアだったようだ。とたんに日本のメディアではほとんどこの件についての報道がなくなってしまったが、そのブラジル人を拉致したグループはなんとあの4月の日本人人質事件の際に高遠さんたちを人質にとった「サラヤ・ムジャヒディン」と同名の組織。アルジャジーラで犯行声明を出したが人質の姿はなく、さらに奇妙なことには解放条件が提示されていなかった。(かろうじて見つけた日本での関連情報

昨日は北京在住のブラジルの新聞社の特派員からの電話で叩き起こされた。ブラジル人の人質、Joao Jose Vasconcelos Jrさんについて。拘束したグループ名があのときの日本人人質事件と同じグループ名だったので、あの時は誰が交渉に当たったのかなど、とにかく解放に向けたアドバイスがほしいとのことだった。イラクイスラム宗教者委員会のクバイシ先生のことや、当時の人質解放に向けてのイラクと日本の市民の動き、そしてこれまでストリートチルドレンを見続けてきた高遠さんの活動などを説明した。

今ブラジルではこの事件について驚きに包まれているようだ。軍隊も派兵していないし、アメリカの政策にはむしろ反対しているというのに、どうしてこのような事件が起こるのかと。

先日はやはりイラクに派兵していない中国人8人が拘束され、結果的に無事解放されたようだが、どうもあれは日本人と間違えたのではないかという情報もあった。このように、今回もイラクに軍隊を派兵している国の国民と間違えて拉致してしまったことも考えられなくはないなあと思いながら、特派員の質問に答えていった。現地イラク人スタッフがいるので、なにか出来ることがあればいつでもお手伝いしますと伝えた。

あのブラジルサッカーの有名人、ロナウドが解放を呼びかけたおかげで、少しは情報として流れるようにはなったが、拘束されたのが日本人ではないとわかってから、あたかもこんな事件など存在すらしなかったようにマスコミ報道がぴたりと止んでしまっていた。こうしたことを考えると、やはり日本人の犠牲がなければ、もしくは有名人が関わっていなければ、報道する価値などないのだろうか。

さて、イラクではもうすぐ事実上の戒厳令下での民主的選挙という人類史上例を見ない茶番劇が開催されようとしている。現地ではどうやらまもなく国境はおろか通信手段まで断たれるだろうとの噂で持ちきりのようだ。そんな中、イラク人スタッフのサラマッドからバグダッドの近況を伝えるメールがきた。続きは後ほど。

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January 27, 2005

トーク&ミュージックイベントのお知らせ

またしても直前の告知になってしまいましたが、今晩は以下の歌ありトークありのイベントに参加します。昔の歌なんかも歌っちゃうと思います。

東長崎機関イベントTalk&Music
「戦地で囚われ体験」と「愛の人質」

戦場ジャーナリストが、自身の捕虜体験やイラク人間の盾など、リアルな戦場体験を語る。

出演:
加藤健二郎(戦場野郎&バグパイパー)
常岡浩介(イスラム教徒&ジャーナリスト)
相澤恭行(NPO代表&ミュージシャン)
田中まり子(歌手)
特別追加ゲスト:
坂本洋(ミュージシャン)

OPEN 18:00 / START19:00
¥500(飲食別)
場所:NAKED LOFT
新宿区百人町1-5-1百人町ビル1階
(西武新宿駅北口1分/JR新宿東口10分)
TEL 03-3205-1556

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January 16, 2005

パレスチナキャンプとファルージャ避難民

先日のブログで、バグダッドの友人からパレスチナ難民キャンプのあるハイファクラブが米軍のがさ入れをうけて破壊されたという情報が入ったと書いたが、その後サラマッドが確認に行ってくれていた。昨日まで上げなくてはならない会計関連の仕事に追われていて、すっかりこのブログで紹介するのが遅れてしまったが、友人からの話はやはり本当だったようだ。

どうもハイファクラブとキャンプの住人の一部との軋轢が原因だったらしい。ハイファクラブでは昨年からファルージャの避難民支援に精を出していたのだが、なんとキャンプのある住人がハイファクラブはファルージャのテロリストを支援していると米軍に垂れ込んだというのだ。とたんに米兵はカウボーイのようにキャンプに押し入り破壊の限りを尽くし、パソコンから書類から全てを押収していったという。責任者のQ氏とその家族はうまく逃れて現在ドイツにいるとのことだが、自宅も荒らされ金品から何から奪われてしまったらしい。また、彼の兄弟をはじめスタッフが5人拘束されてしまい、現在も米軍の留置所にいるとのことだ。(昨日のメールによればスタッフ3名は解放された)

サダム政権が崩壊し、パレスチナ人に対する援助が断ち切られてから、国外から支援してくれる親戚などがいない人々は家賃が払えなくなるなどして、アパートから追い出されるケースが戦後急増した。ハイファクラブはそうした人々の駆け込み寺のような存在となり、一時は300もの家族がテント暮らしをしていた。幸いUNHCR経由の支援で、一年間の契約に限られてはいるものの、少しずつアパートに移り住むことができていて、私が8月に訪れたときにはもうほとんどテントには残っていなかったのだが、中にはお金だけもらってキャンプに住み続けていた家族もいたようだ。クラブとしては早くアパートに移り住んでほしかったようで、そうした家族とのトラブルが絶えなかったようだが、まさかこんなことになってしまうとは。現在ハイファクラブではお金がないので、国外から支援されたキャンプ内の巨大ジェネレーターや、PEACE ONが昨年春に寄贈したミニトラックまで売りに出さなければならないと言っていたそうだ。

それにしてもそんな垂れ込みひとつでここまでするほど米軍は神経を尖らせているわけだから、誰かを陥れたかったら偽情報でも米軍に通報すれば簡単にできてしまうのだろうか。悲しいが、これがいまだに非常事態宣言は解かれていないイラクの現状である。そんな中、報道によれば今月末にはどうしても選挙をやるそうだが、そもそも非常事態宣言中に民主的な選挙というのがどうして成立するのか、いまだによくわからない。選挙前に人の出入りをはじめ全ての通信手段が遮断されるという噂は、やはり噂の域は出ていないものの、イラク人の間ではもっぱらそうなるだろうとの話で持ちきりだという。

さて、サラマッドはここのところアマラとファルージャからの避難民について調査をしてくれていた。避難民用に作られたキャンプだけではなく、バグダッド市内の空き家などにも多くの家族が住んでいて支援を必要としているようだ。メールで相談した結果、この寒い冬を乗り切るためのストーブ、そして小麦粉、砂糖、ライス、ビスケット、パスタ、ティー、スープ、オイルなどの食料を早速届けてくれた。とり急ぎ写真を送ってくれたのでいくつか紹介します。
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January 07, 2005

イラクからの新年メッセージ

元旦から親不知が痛み出し、散々な正月を迎えてしまった。休日診療をしている歯医者に診てもらうと、過剰歯なるものが親不知と奥歯の間に増殖し、押し合い圧し合いせめぎ合い、痛みのトライアングルを形成していた。炎症が治まったら、その過剰歯と親不知を2本同時に抜くことになりそうだ。あなおそろしや。一年の計は元旦にありというから、やはり今年も相当の覚悟をして生きなければならないということかもしれない。

大晦日から昨日5日までサラマッドからメールが来ないので遅いなあと思った矢先に、「イラクが4日から選挙後の30日まで完全遮断?(電話、インターネット、その他通信施設全て)」なんてメールが転送されてきた。もしやそのせいかと思いすぐさま電話してみると、サラマッドにはつながらなかったが、バグダッドの友人にはすぐつながった。その後すぐメールも届いたし、今のところは別段問題はないようだ。しかし事実だとしたらこれはとんでもないことなので、現在関連する情報がないか問合せ中。

さて、以下は昨日サラマッドから届いた新年の挨拶。

はじめに、全ての日本人、イラク人、そして世界のみなさんに新年あけましておめでとうと言いたい。そして言いたいことは、2004年、イラク人は辛い体験を学んだということ。我々は最も大切なもの、命を失った。命の試練。我々の命の価値はとても低いものになってしまった。アメリカは我々をテロリストと呼んで殺し、政府は我々を「テロリストを助けている」といって殺し、そしてムジャヒディン(イスラム聖戦士たち)は我々を政府に協力するものどもと呼んで殺す。一体どれだけの代償が支払われたのか。我々はあまりに耐え難いほど支払った。ただ平和がほしいだけなのに。過去、サダムによって殺された我々は、今はアメリカによって、そしてムジャヒディンによって殺されている。どの集団も自分らのルールを中心にしたいがためだ。そして我々イラク人は(言うことを)聞かなければならない。さもなくば死だ。苦しみを終わらせるために、アメリカのやり方に従おうと考えた人もいるが、今ではそれがどういうことか、誰もが確信を持って言える。
そしてこれは僕からのメッセージ。もし自分自身が救われたいと思うのなら、自分自身の力で救うのだ。きっと後でたくさんのいい人々があなたのそばにいることを知るだろう。私たちの国イラク、バグダッドは毎日泣いている。そしてそこに住む人々も泣いている。しかし我々の声を聞く人はそんなに多いわけじゃない。だから、新年を祝い集って楽しむ世界中に伝えたい。我々は爆弾を恐れ家に隠れて新年を楽しむだろうと。新年あけましておめでとう。

~以下原文の一部(安全を考慮して後半部のみにします)~
and this is my message, if you want to help your self, help it by your self, sure after you will find too much good people will be with you.
our country Iraq, Baghdad cry every day and its people but not too much persons listen to us , so I want to tell all the world enjoy your new year make party, celebrations, and we will enjoy our new year hide in house scared bombs.
happy new year.

また、電話がつながったバグダッドの友人は、つい先ほども近所で爆発があったばかりだというのに「おおYATCH、電話ありがとう!そして新年おめでとう」と笑う。後からメールもきたが、なんとPEACE ONも支援で関わってきたパレスチナ難民キャンプのハイファクラブに先日米軍が押し入ったらしい。テントから何から全てが破壊され、スタッフも全員逮捕。責任者のQ氏は家族と共に国外に逃亡したが、米軍は彼の自宅から全てを奪っていったという。いつも抵抗勢力との戦闘が繰り広げられている地域なので、米軍お得意の過激派掃討作戦に巻き込まれてしまったのだろうか。現在事実関係を確認中だが、事実だとしたらこれまたとんでもないことだ。あの施設が機能しなくなったら、バグダッドのパレスチナ難民は一体どうやって生きていけばいいのか。

また、ファルージャ市内の状況も凄惨を極めているという。とにかくジャーナリストが見事にいなくなってしまったイラクでは、今一体何が起きているのか、こうしてイラクの友人たちから送られてくるわずかな情報をつなぎ合わせ想像するしかない。本来であれば、私もバグダッドで正月を迎えている予定だったのだが、こうしてこののどかな日本で歯の痛みをこらえて雑煮を啜りながら彼らの声を拾うだけという体たらくだ。犠牲者が15万人を超えるという大惨事になったスマトラ沖津波の惨状も考えると、まさに世界は地獄の最中にいる。アンマン在住の亡命イラク人画家ハジムさんからも新年の挨拶メールが届いたが、彼も新潟の地震と共に、東南アジアの人々のことも心配していた。来月にはアンマンに行くつもりだが、全くこんなところで歯が痛いなどと言って年始の不運を呪っている場合ではない。

この据わりの悪い正月に鬱屈とした思いを戸惑いながら反芻している刹那も、この惑星は弛まず回り続けている。多くの悲しみを乗せたまま、今日も太陽の周りを回り続けている。人間の都合でその一周は一年と呼ばれ、ひとつの区切りとして正月があるが、この惑星の運行に何か特別なことが起こるわけではない。悲惨さもめでたさも併せ呑んで、この星はただただ回り続けているだけだ。年末年始に惨事が重なったせいか、とても正月を祝う気分になれないという挨拶は多いが、知らないだけで毎日どこかで人は殺されているし、いつもどこかで愛が芽生えて新しい命も生まれている。怒り、哀しみ、喜びを乗せて、この星は回り続けている。願わくは、毎日、この星の上で生きる全ての命と共に、陽が沈むたびに死にゆく命を悼み、陽が昇るたびにいまこの刹那に生かされてここにあることを喜び合いたい。大いなる天球の褥に体を横たえ、生と死が、ゆくりなく結び付く夢を抱いて。

以下は先日サラマッドとアマラがフランスから持ち帰ったギフトをバグダッド市内のC病院の子どもたちに届けているところ。子どもたちはとてもとても喜んでいたそうな。
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December 29, 2004

諸々紹介&サラマッドレポート続き

初雪。東北で生まれ育ったからか、毎年この刹那にはちびっ子時代の心のときめきを感じてしまう。気仙沼は太平洋側なので、そんなに雪が多いわけではないのだけれど。積もるかな。

さて、衝撃の宮崎も無事終了。詳しくはJVC真紀さんのブログに写真つきで紹介されていますのでご覧ください。終了後は高遠さんたちと忘年会。やはり笑劇の宮崎であった。

宮崎で今年最後のイベントを楽しんでいる間に、スマトラ沖地震による津波で大変なことがなっていた。さすがシバレイのブログでは早速緊急アクションに関する情報が転載されています。

友人がタイとマレーシアに旅行していたのだが、無事帰国の一報にひとまずは安心。しかし今日になって犠牲者5万人を超えたと聞いてまた絶句。この地球上、どこを見渡しても悲しみが絶えない。そんな中で、どうやって希望を紡ぎだしていくのか。私たち生きているものの課題である。


そして先日は時間がなくて紹介しきれなかったサラマッドからのレポートの続き。来年1月30日に予定されている国民議会選挙について、スンニ派はボイコットを呼びかけていたが、一時スンニ派のイラク・イスラム党が選挙人名簿を提出するなど、選挙に参加する動きも見せていた。その件で選挙管理委員会の責任者クラスのE氏は以下のように述べたという。

「スンニ派は参加するだろう。シーア派にボイコットを呼びかけても彼らは聞かないからだ。というのも、1920年英国占領下のイラクで、スンニ派がシーア派に投票に行くなと呼びかけたところ、その時はシーア派が呼びかけに応じたのだが、直前になってスンニ派が投票に行き、スンニ派の大統領が選ばれたのだ。その後、サダム・フセインまで大統領は全てスンニ派である。それでシーア派は今回もスンニ派が1920年のときと同じようなことをするのではと恐れているのだ。シーア派が投票に行くと言うことによって、スンニ派は彼ら(シーア)を止める方法がないと思っている。それでスンニ派は議席を失いたくないから投票に行くだろう。」(以上ほぼ直訳)

1920年の反英大暴動後即位したファイサルは大統領ではなく国王なので、何か当時の関連する背景を説明しているのだと思うが、興味深い見方だ。ちなみにE氏はシーア派である。

そしてイラク・イスラム宗教者委員会のクバイシ先生はこう語ったそうだ。

「スンニ派は参加しない。2日前、イラク・イスラム党に電話をして、なぜ選挙に行くと言ったのかと訊ね、またその理由を数日以内に答えるように言った。もし理由がなく選挙に行くのならば、我々イラク・イスラム宗教者委員会はイラク・イスラム党と共に働かないと人々に伝えるだろう。この選挙に参加するのはシスターニ師(イラクのシーア派最高権威)とクルド人の政党くらいで、サドル派など他はシーア派といえども参加しないだろうし、キリスト教徒も参加しないと聞いている。我々も参加しない理由として、アメリカが押し付けた選挙項目がある。それは、いかなる新政府が発足しても、例え米軍がイラクで人権侵害を犯そうがそれを変える権利はなく、新政府はその軍と治安と警察にかんする全ての権限をアメリカの支配下に置かなければならないと定めているのだ。」(以上サラマッドが聞いたのは23日)

27日、イスラム党がやはり参加を取りやめるとのニュースがあった。やはりクバイシ先生の影響は大きいのだろう。しかしこれで果たして本当に選挙などできるのであろうか。

ところでクバイシ先生は、「今日本人がイラク入りするのはおすすめ出来ない。例え民間人であっても、あなたの国が軍隊を派遣している以上身の安全は全く保障できない」とも言っていたそうだ。再びイラクの地を踏めるのはいつになるのだろう。


最後にもうひとつ。法学館憲法研究所の「今週の一言」で、私のインタビュー「イラク人と友だちになろう」が掲載されていますのでお知らせします。

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December 26, 2004

フランス帰りのサンタクロース

キリスト教徒ではないのだが、カトリックの幼稚園に通っていたせいか、クリスマスにはある種特別な感慨に浸ってしまう。大好きなフランスの画家、ジョルジュ・ルオーが描く黒く太い線に縁取られたキリストの聖顔から滲み出る光を見つめていると、それは毎朝幼稚園の教会で見上げていたステンドグラスから差し込む淡い陽光にも似ていて、聖母に抱かれ恍惚として眠りにつく幼い頃の記憶とも夢想ともつかぬ奇妙な既視感におそわれる。氷点下の悲しみが降り積もる夜が明ければ、一面の雪に地上の全ての音が吸い込まれてしまったような、静かな朝がきっとやってくるだろう。それまで、後どのくらいの夜を数えればいいのだろうか。

さて、イラク人現地スタッフサラマッドレポート。事務所近くの廃屋で生活している貧しい家族に、アマラと二人のフランス講演旅行でかき集めてきたお金でヒーター、レンジ、毛布などを届けてきた。夏は日中50度にもなるバグダッドだが、やはりこの季節は寒い。特に夜は底冷えするし、今年は電気事情が昨年と比べてもひどいので、毛布などはとびきりの贈り物だろう。とても暖かいクリスマスプレゼントになったと思う。そういえば昨年は高遠さんたちとストリートボーイズに毛布などを届けていたっけ。今年はフランス帰りのサンタならぬサラマッド・クロースかな。
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さすがに一ヶ月もイラクを留守にしていたので、彼も気になっていたらしく、私からの質問に対して実に丁寧に答えてくれた。なんと来年の国民議会選挙の運営責任者クラスの人物(E氏)と、イラクイスラム宗教者委員会のクバイシ先生にも会ってきて話を聞いてきたようだ。先生は現在大変忙しい上にカゼをひいていたらしく、ほとんどの訪問客を断っていたそうだが、モスクで偶然話しを聞ける機会ができたということでえらく喜んでいた。

自衛隊の派遣延長について聞いてみたところ、皆知ってはいるが関心はそれほどでもないという。一般市民からすれば、治安や電気など生活上の問題で手一杯で、それどころではないそうだ。E氏は、自衛隊は助けに来るといっているのに結局何も出来ていないということを前置きした上で、少なくともまだ誰一人傷つけていないということで、米軍よりはましだという評価である。クバイシ先生は、「我々はイラクにいる全ての軍隊に反対しているし、はじめから彼ら(自衛隊)を歓迎していない。その軍の名前がどうであれ、アメリカと働いている限り占領に手を貸しているということだ。イラクのどこであろうがいてほしくない」とさすがに手厳しい。

ファルージャについて、クバイシ先生は、「状況は最悪だ。全てが米軍に破壊されたが、米軍が掌握したのはファルージャの一部に過ぎず、抵抗戦士達が米軍からいくつかの土地を奪い返し、米軍は化学兵器と音響爆弾という国際法上禁止された兵器を使用して応戦している。ファルージャの住民は、電気も水道も出ないので戻ることが出来ない。ほとんどの住民はファルージャ周辺に逃れ、何人かはバグダッドにいる。戦闘はまだ続いていて、米軍はファルージャを開放するので住民に戻るように言うだろうが、実際には40%ほどしか開放しないし、とにかくファルージャの住民は化学兵器を恐れていて、誰も戻りたがらないのだ」と、米軍がファルージャにばら撒いた贈り物について嘆いていたという。

この他選挙についての興味深い見解も聞いたが、詳しくは後ほど。

イラクアート、「アジアの新生」銀座中和ギャラリーでの展示も今日で終了。ムハンマド・ムハラッディーン氏の作品もなかなかの評価を得たようだ。

明日は宮崎でイラクPEACEキャンペーンの最終イベントに参加して、私の今年の講演&イベントも終了となる。高遠さんやJVCの真紀さんともいっしょなのだが、一体どうなることやら・・・。衝撃(笑劇?)の宮崎にこうご期待!?

●12月26日…IN宮崎 雨天決行
  「Be Good Cafe 宮崎」と「イラクpeaceキャンペーン」のジョイントパーティ!
  宮崎市内を流れる大淀川河川敷(市役所横)でイラク写真展を併設しながら、
  いろいろなこと~即席ライブも有り?~を計画中!お楽しみに!
時間/12:00~18:00
参加費/500円(学生300円)
出席予定/布施祐仁(日本平和委員会)、佐藤真紀(日本国際ボランティア
センター)、相澤恭行(PEACE ON)、大平直也(イラク救済基金)、高遠菜穂子
(イラク支援ボランティア)、等々イホネットメンバーも宮崎に大集合!

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December 20, 2004

サラマッド、フランスから無事帰国

サラマッドから無事にバグダッドに到着したとメールがあった。アンマンからはやはりいつも通り陸路だったそうだが、封鎖された道も多く、ガソリンも闇でしか手に入らず、通常バグダッドまで12時間のところ18時間ほどかかったらしい。盗賊は見たものの、思いのほか道中は安全だったようだ。電気事情が悪くメールで到着を伝えるのが遅れたようだが、無事到着と聞いてまずは一安心。

バグダッドの状況はやはりかなり悪いままのようだ。電気は6時間中2時間もくればいいほうで、全くこないときも多いという。以前は身を隠していたイスラム戦士達も、堂々と街を闊歩するようになっていて、飲酒など風紀の乱れを厳しく取り締まりはじめている。市内各地での戦闘も相変わらずで、先日もドーラ地区で米軍とイスラム戦士との激しい戦闘があり、なんとAろう学校で使用しているPEACE ONのマイクロバスが一台巻添えに被弾し、窓ガラスが2枚破損。幸い子ども達は乗っていなかったものの、たまたまそこに隠れた女性がひとり撃ち殺されてしまったということだ。バスはサラマッドの弟が修理に出してくれて、今はまた子ども達の送迎ができているとのこと。他のバスは問題なさそうだ。

以上とり急ぎ報告まで。フランスでは小学校から高校まで学校での講演以外にも、国営テレビ第3チャンネルにも出演。そして新聞等の取材も受けて、イラクの現状から我々の活動について話してきたようだ。

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学校で講演中のサラマッドとアマラ

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左はフランス人元Human Shieldのナディア。昨年のイラク戦争中は、ドーラ浄水場でバグダッド陥落まで共に過ごした戦友?である。当時サラマッドは我々のガイド役だった。現在ナディアはジャーナリスト専門学校で勉強していて、今回サラマッドを取材したそうだ。

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2003年4月11日バグダッド陥落直後のナディアと私。パレスチナホテル前の米軍戦車を囲み、ロウソクを持ってイラク戦争の犠牲者を追悼した。

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December 10, 2004

サラマッド in France

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*左からアマラの妹の夫、アマラ、アマラの妹、サラマッド


フランス人アマラとの戦時下で芽生えた恋が、今年5月にめでたく結婚までたどり着いたイラク人現地スタッフのサラマッドは、国際結婚に関する手続きのため先月からフランスに滞在している。しばらく北部のネット環境もないようなところにいたらしく連絡が滞っていたが、ここ最近パリに戻ってきてまたメールが届き始めた。

当初長くても2週間ほどの滞在になるだろうと言っていたが、記者会見やら講演やらラジオ出演やら立て込んできて滞在の延長を決めたらしい。早く戻りたかったが、いま自分にしか伝えられないことがある。今のイラクの現状を、イラクに住んでいるイラク人の言葉で伝えること、そしてその中で我々がどういう活動をしてきたのかを伝えたいんだと言っていた。また、いかに多くの日本の市民がイラクの市民のことを気にかけて寄付をしてくれたか、アマラと一緒に説明したところ、何人かはムスリム、つまりイラク人の兄弟であるはずなのに、これまで1ユーロも寄付してこなかったことについて、恥ずかしく感じていたということだった。

フランスでは、病院に行っても、レストランに行っても、自分がイラク人であることがわかるとお金はいらないという人が多く驚いたそうな。また、たくさんの人がイラクのことを聞きたくて会いに来るが、誰一人としてイラク人のことを悪く言う人がいなく、皆とても親切に敬意を持って接してくれるので、とても嬉しかったと言っていた。

しかしそんなサラマッドも、ここ最近はホームシックのようだ。

「イラクが恋しくてしょうがない。今すぐ帰りたいよ。自分の部屋、生活、家族、全てが恋しい・・・」

いつかはイラクを離れて外国で暮らしたいとも言っていたサラマッドだが、治安が悪くなる一方のイラクでも戻りたいそうだ。私も早くイラクに戻って活動したい・・・。

と、ここまで書いていたらまたサラマッドからメール。これからリールでアマラと二人での講演だそうだ。アンマンには15日に出るとのこと。しかしバグダッドの父親に電話すると、状況が悪すぎるから今は帰ってこない方がいいと言われてしまったそうだ。電気は一日に一時間ほど。以前1ボトル500ID(イラクディナール 500IDだと約40円)だったガスが10,000ID(20倍)に。部屋を温める灯油はなく、弟のアムジェッドが父親の車のガソリンを入れるために朝5時に行っても、入れて帰ってくるのは夜10時。(以前正規価格は1ℓ約2円、闇でも10円ほどだった)ガソリンも1ℓで約1ドル(おそらく闇価格)。戦闘はいたるところで続いているなど・・・。(以下原文一部抜粋)

about the situation I called my father yesterday and he told me dont back now because it is too bad, electricity as he said 1 hour all the day, 1 bottle of gas by 10000 ID before was by 500 ID, there is no white oil to heat houses, my brother amgad go to get petrol to my father car since 5 oclock in the morning and he got petrol at 10 oclock in the night, and 1 litter of petrol in market around 1500 ID mean 1Doller, and still fighting every where, that what my father said to me, and when I back I will check every thing and tell you.
your friend

今日他から入った情報でも、電力不足のためかバグダッド市内の携帯電話が一斉にダウンしているようだと聞いていたので、まさにサラマッドの父親が伝えていることと一致する。

多くの報道機関が撤退したためこのような情報はますます少なくなっているが、バグダッド市内の状況はますます悪くなっているようだ。またファルージャでは、一時米軍が市内をほぼ制圧と発表してから極端に報道がなくなってしまったが、不気味な静けさを感じる。もし制圧したのならその様子を伝える報道がなぜ出てこないのか。つまり米軍とイラク暫定政権側が報道陣や人道支援団体などを現地に入れていないということだろうが、入られて状況を知られると困ることがあるからに違いない。一部アラブ系メディアによるとやはりまだ戦闘は続いており、米軍側も苦戦し相当の犠牲を出し、何と化学兵器を使ったのではないかという報道すら出ているほどだ。そういえば今年4月のファルージャ侵攻の際も、5月には停戦合意が結ばれたというものの、実際のところ米軍側は相当の犠牲を出し、事実上の撤退であったとも聞いている。5月にファルージャを訪れたとき、破壊された自宅を案内してくれたおやじさんが、「ムジャヒディンがここで米兵を30人は殺した。我々が米軍を追い出したんだ」と意気揚々としていたことを思い出す。

そんな中、政府は自衛隊イラク派兵の一年間の延長を閣議決定。イラクの風景に、またひとつ我々の罪業が塗り重ねられていく。


そういえば、ロシア南部カフカスのイングーシ共和国でロシアの秘密警察に拘束されていて、結局国外退去処分になって先日帰国したばかりのジャーナリスト、常岡さんから昨日(8日)電話があった。元気そうでなにより。日本ではほとんど報道されていなかったが、ロシアではTVも新聞も大々的に取り上げていたようで、解放後、現地ではちょっとした有名人になってしまったそうだ。他にもいろいろ面白いことを聞いたが、これから次々と暴露記事が出ることがとてもたのしみだ。ロシア秘密警察もまたとんでもない日本人を捕まえてしまったものだと思う。

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December 02, 2004

週刊SPA! ご覧ください

もうシバレイのブログ等でご存知の方も多いかと思いますが、先日30日発売の週刊SPA!にて、昨年イラク戦争の最中浄水場で同じ飯を食った戦友フリージャーナリスト、志葉玲君が担当したファルージャ特集が掲載されています。私とPEACE ONイラク人現地スタッフのサラマッドも協力しておりますので、よろしかったらご覧になってみてください。さすがに志葉君デートの間を惜しんで?書いただけあって実によくまとまった記事になっていると思います。

そしてそのシバレイからのお願いですが、今回の特集を読んで、「面白かった」と思った方は、ぜひ「SPA!特集WEBアンケート」の「面白かった記事」のところで、「"誤報"だらけのイラク報道」に投票していただけると嬉しいとのことです。そうした声が多ければ多いほど、また企画を通すことが出来るそうなので。

(プレゼントコーナーで各プレゼントの「応募」をクリックすると記入フォームに飛び、そこで面白かった記事の投票ができるそうです)
*SPA!プレゼントコーナー

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November 20, 2004

武装勢力?

サラマッドの予想通り戦闘はファルージャから各地に飛び火しているようだが、どうやら米軍発表のザルカウィを中心とした外国人勢力が中心になっているという説はもはや破綻しているように感じる。以下東京新聞のとても興味深い記事を紹介。
米軍への抵抗続くファルージャ 

また、クバイシ先生もアルジャジーラに寄稿している。
Fallujans pay the price of liberation

クバイシ先生は、やはりいまファルージャをはじめ各地で占領に抵抗している勢力の中心はイラク人であると言っている。もちろん外国人勢力が入ってきているのは事実だとしても、ザルカウィも含め彼らが抵抗の主導権をとることはありえないという。まさに現在の戦闘はこの占領に反対する地元住民と戦士が一体となったレジスタンス。ファルージャの人々は、占領者と手をつなぐよりは命を犠牲にするほうが、また占領軍が彼らの家で楽しむのを見るよりは破壊される方が楽であり、もはや占領者と共に存在することはできないというメッセージであると。そしてもはや占領軍には二つの道しか残されていない。全ての信用を失いイラクに留まり続けるか、もしくは出て行くか。そしてもし彼らが出て行くとしたら、ファルージャはイラク解放の代償を払い、また世界の危険を回避することになるとも。つまり、抵抗勢力は、アメリカ政府がこの野放図な武力行使が目的を達成することが出来ると考えることが、とても危険だということに気が付いている。アメリカの力による支配が世界を覆いつくす前に、ここファルージャで食い止めようという試みなのかもしれない。

このような発言をしているため、クバイシ先生をはじめ指導者たちは常に米軍に拘束されるというリスクを負っているのだろうか。
イラク聖職者の摘発強化 「弾圧」と反発拡大も

報道ではいつのまにか「武装勢力」という言葉が定着しているが、「テロリスト」という言葉同様に、気をつけていかなければならないと思う。まず、世界最大の武装勢力は占領軍である米軍であることを忘れてはならない。そして、自衛隊もまた紛れもない「武装勢力」である。

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November 19, 2004

イラク意見広告のための募金のお願い

「自衛隊のイラクからの撤退とイラク復興支援策の基本に戻っての再検討を求める意見広告」のための募金のお願いです。以下のサイトからWeb上で賛同者登録できます。

イラク意見広告の会

私も呼びかけ人&賛同者になっています。

本当に、このままではNGOの活動も非常に困難であり、イラク人にとっても、わたし達日本の将来にとっても、いいことは全くありません。今この国の政策を変えていかなければ、取り返しのつかないことになるのではないか。そうした危機感を持つ方は、ぜひご協力いただければと思います。

とり急ぎお知らせまで。

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November 16, 2004

サラマッド続報 ムサーナ・アルダリ氏に会う

IMGP2978.JPG
*写真左から二人目はムサーナ・アルダリ氏。8月バグダッド滞在時に撮影。

昨夜(14日)、サラマッドと電話連絡がついた。先日(13日)ウム・アル・コラモスクに行って、イラクイスラム宗教者委員会の広報責任者のムサーナ・アルダリ氏に会って話を聞いてきたそうだ。

イラク赤新月社などを通じて、国内からたくさんの支援物資がファルージャに向けて送られているが、何とか市内には入れたとしても、肝心の支援が必要としている人のもとには届いていないらしい。イラク暫定政権は許可を出していても、米軍が立ち入りを認めていないのだ。サラマッド自身も大量の食料や医薬品を積んだトラックを目にしたが、どの車も届けることが出来ずに立ち往生していたらしい。つまり、食料や医薬品など、すでに集められているのだが、それを必要としている人たちのもとにはまるで届いていないということだ。

また、市内から脱出できた人の証言によると、市内では病院等も占拠され、多くのドクターも捕らえられてしまっているので、あふれかえるけが人の治療が出来ない状態が続いているようだ。スナイパー(狙撃兵)が動くものは誰でも撃ってしまうので、救援に向かったドクターですら中には入れない状態で、市内は死体であふれ死臭がたちこめているという。

そして報道では米軍がファルージャ全域制圧とあるが、せいぜいメインストリートを占拠している程度で、米軍は伝えられっている以上の相当な抵抗にあって苦戦しているとも。そういえば、5月にファルージャを訪れた際、米軍はかなりの抵抗に苦しめられたという住民の言葉を思い出した。あの時は停戦合意とはいえ実際には米軍が撤退した形だったのは間違いないだろう。現在の報道はほとんど攻撃する側からの報道で、迎え撃つ側の報道はまるでない状態。米軍はすでに毒ガス等禁止された兵器を使っているとの報道もあったが、現在のような状況では真実は全て藪の中だ。戦争の最初の犠牲者はやはり真実である。

ムサーナ氏も必死で支援ルートを探しているがまるで見込みがないという。クバイシ先生にも会ったが、相当疲労困憊していた様子で、まともに話しかけられなかったということだ。先日クバイシ先生とハリス・アルダリ師が米軍に包囲されたというニュースには驚いたが、幸い二人とも無事だったらしい。もっとも、今後も逮捕される可能性は否定できないらしい。

イラクイスラム宗教者委員会は、選挙をボイコットするという声明を出したが故に、米軍はある種の締め付けとしてこのような行動に出たと思われるが、スンニ派に絶大な影響力を持つ彼らを逮捕拘束すれば、一体どのような反米感情が民衆に沸き起こるかわかっているだろうに、もはやわざとやっているとしか思えない。そういえば8月私のバグダッド滞在中には、ムサーナ氏が米軍にわけもなく拘束されていた。

イラクイスラム宗教者委員会が選挙に協力できない理由は、この度のファルージャ侵攻のみならず、選挙の規約に、投票するものはアメリカの定めるものを守らなければいけないと書いてあるからだという。民主的な選挙を平和裏に実施するためにと言って、独善的なやり方に反対する勢力を暴力で抑え込むという絶対的な矛盾、そしてその愚かさに、どうして気が付かないのか。やはり意図してやっているのだろうか。アラウィ首相に対する不満も一気に高まり、予想通り戦闘は各地に飛び火し、もはや平和裏に選挙を行うことは不可能だろうというのが、大方のイラク人の見方だと聞く。ムクタダ・サドル師もボイコットを呼びかけている。かろうじてシーア派の最高権威のシスターニ師は選挙に協力する姿勢を見せているのが救いだろうか。

バグダッドの治安も悪化の一途をたどる。PEACE ONが支援している障害者福祉施設も含め、学校はもう5日間閉鎖されたままらしい。電気は8時間停電の2時間通電。ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、14時間も待たなければならないという。ガソリン公式価格は1リットル20ディナール(約1.5円ほど)とかわらないが、闇で買うとなんと1リットル2000ディナールと100倍の値がついているそうだ。

ムサーナ氏は、日本の友人がイラクのこと、ファルージャのことを気にかけて何とかしようとしていることについて、とても感謝していると伝えてくれと言ったそうだ。どうにかしようにも何も出来ないのは、われわれもいっしょだ。何かしようとしてくれている気持ちだけでもとても有難いということだ。とにかく、現状を変えるためには、世界の関心と行動が必要である。ひとつひとつはとても小さくても、それが大きい流れにたどり着いたとき、何かが変わる。そしてそれを信じること。それが第一歩だと思う。

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November 12, 2004

サラマッドから続報&緊急支援のおしらせ&先日の翻訳の続き

サラマッドからメールで続報。翻訳が追いつかないのでとり急ぎ一部のみ紹介。なんとイスラム宗教者委員会の最高責任者ハリス・アルダリ師とおなじみのクバイシ先生宅が米軍に包囲されたという。あいた口が塞がらない。アメリカの無神経さもついに行き着くところまで来てしまったようだ。もし彼らが捕まるようなことがあれば、取り返しのつかないことになってしまうじゃないか。また、先日のサラマッドの予想通り戦闘は各都市に飛び火し、バグダッドでは学校も障害者福祉施設も閉鎖、電気もほぼ一日中来なくなるほど状況は悪化してきてしまっている。

~以下サラマッドから~

Now really to bad situation because no body can go out never after dark coming , and as you heard, there are too much fight in all Iraq ,in karballa in mosel in samara in hiit in dealla in tkrit in karkok, and fighters took 6 police station in mosel.
USA now they look for mr.harith al dari (manager of Islamic board ) and mr.al kubaisi (speaker of Islamic board ) and they broke their houses to find them .
Also school and handicapped school closed because parents of children scared to let their children go to school , electricity cut to almost all the day and if any fighting happen in any city directly government cut electricity .
USA say we got 70% from falluja but the fighters number become bigger in falluja to be 3000 fighters .
In al sudia Arabia some imam give fatwa said go fight in falluja with your brothers in Iraq and some imam in same country refused this fatwa , USA said we killed 500 fighters in falluja and they said al zarkawi left falluja .
So this last details about the situation in falluja and Iraq.

ファルージャの叫び、イラクの叫びは、この不気味なまでの世界の沈黙の中、行き場をなくして立ち尽くしてしまっている。

*こんな中、PEACE ONとしてどのように支援していくのか、サラマッドと相談を続けていますが、彼自身の安全の問題と、また、組織としてはまだ弱小で戦闘地域における緊急支援の体制が整っていないので、現状では残念ながら独自のファルージャ支援は不可能な状況です。よってとり急ぎ現在国際NGOとアンマンで調整を続けているJVCの呼びかけを以下に紹介します。まだ流動的ですが、今後PEACE ONも現地で何らかの協力体制を作れるよう努力いたします。

~以下JVC佐藤真紀さんからのメール転載~
ファルージャの攻撃に関して

イラク暫定政府のアラウィ首相は、11月7日、クルド地区を除くイラク全土に非常事態宣言を出しました。これは、令状なしの家宅捜査や、外出禁止令などを住民に課し、住民の行動に著しく制限をつけるものです。
 そして、一万人を超える、アメリカ軍とイラク軍が、ファルージャへの攻撃を開始しました。多くの一般市民が逃げることもできず、攻撃に巻き込まれています。また、赤十字によると多くのファルージャからの避難民も十分な水や食料にアクセスできていません。
 私たちは、多くの市民を犠牲にするような攻撃はただちにやめるように、国際人道法に従い、民間人の保護に尽力を尽くし、病院や救急車などの攻撃で人道支援を妨害しないことを、アメリカ政府および、イラク暫定政府に強く要求します。
また、小泉首相がいち早く、今回の武力行使に支持を表明したことは,はなはだ遺憾です。
私たちは、日本政府に、アメリカ政府,イラク暫定政府が攻撃をやめ、民間人を保護するように圧力をかけることを要求します。


  JVCの人道支援

JVCでは、10月から毎日のようにファルージャの空爆が続いていることを憂慮し、ファルージャの緊急支援を開始していました。本格的な攻撃が始まる前に薬や消耗品をファルージャの病院にすでに入れたことが役立っていることを祈ります。

10月6日 ファルージャとサドルシティへ第一弾の支援(医療消耗品3,880ドル)
      ファルージャは総合病院 サドルシティはクリニック
10月8日 サドルシティへ医薬品を届ける
10月9日 ファルージャ総合病院へ第二段の医薬品を届ける(3,800ドル)
10月20日 ファルージャ総合病院へ第三段の支援 グルコースとベッドシーツを届ける($4,600)
10月27日 ラマディの病院へ ベッドシーツ、包帯、ガーゼなどを支援 ($4,000)

11月8日 ラマディ総合病院へ ギブス、タンカ、生理食塩水、やけどの薬($9400)の支援を準備

現在、ファルージャの地元組織とも連絡を取り、更に薬が入れられるか現場で調整をしています。

JVCの活動にご理解を頂き引き続きご支援をよろしくお願いします。
 郵便振替: 00190-9-27495
   加入者名: JVC東京事務所
   通信欄: 『イラク緊急』とお書きください
問い合わせ先
 日本国際ボランティアセンター(JVC) 担当: 佐藤真紀 
 
E-mail: makisato@ngo-jvc.net

 Tel: 03-3834-2388 Fax: 03-3835-0519


~以下はサラマッドレポートの翻訳の続き。先日訳しきれなかったイラクイスラム宗教者委員会がメディアに発表した声明~

10月20日に開かれたイスラム宗教者委員会会議の概要(2004年11月9日)

我々イラクのイスラム法学者は、アラウィ首相の宣言、つまりファルージャの人々が彼との交渉をやめたという理由で、交渉を続ける忍耐が切れたということ、そしてまたたとえザルカウィがファルージャにいるということが事実でないとしても、アメリカと政府が彼らの町を破壊するということを、ファルージャの人々から聞き、いくつかの要求と決議に合意した。

(要求)
1.我々は、国連事務総長と国連安全保障理事会のメンバー全員に対し、この大量殺戮に反対すること、また、ファルージャの事実を明らかにすることを求める。
2.我々は、アラブ連盟に対し、この犯罪、アメリカがファルージャで遂行する大量殺戮を止めること、そしてまたファルージャの事実を明らかにすることを求める。
3.我々はイスラムとアラブの人々と各政党に対して、イラクの同胞を救済すること、アラブ諸国の各大統領には、沈黙によって人々を無関心にしておくことをやめて、イラクの実情に対して支援することを求める。
4.我々は、イスラムの教えにあるとおり、ムスリムの同胞を助けなければいけないというときに、イスラム諸国会議機構と世界イスラム連盟、そしてアル・アズハル・アル・シャリフ(イスラミック・リサーチ・アカデミー)がなぜ沈黙を保っていられるのかと驚いている。

(決議)
1.我々はイラク国民が占領に対して戦う権利を持つと考え、神のご加護と祝福を希う。
2.アヤド・アラウィ(首相)は、アメリカ軍と彼の軍隊がファルージャの人々に対してなすことの全て、そしてファルージャでの交渉を破棄したことについての全責任を負っている。
3.我々は、もしもわれら同胞の血によって汚されるのならばこの選挙をボイコットする。
4.我々は、この戦争が行われたら他の強行策をとるだろう。
5.我々はイラク国民に対して、この決議に従うよう公式に宣言するだろう。

そしてイスラム宗教者委員会は今日(11月9日)、選挙をボイコットすることを決定し、全ての警察と国家警備隊に対して、アメリカに従わないように、アラウィの言葉を聞かないようにと呼びかけた。ムクタダ・サドル師もまた同様に発言したので、アメリカは高官をイスラム宗教者委員会の指導者ハリス・アルダリ師のもとに送り選挙に協力するよう求めたが、ハリス師は、これはイラクの問題であると言って、(アメリカの)高官とは話さなかった。

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November 11, 2004

サラマッドレポート ~ファルージャについて~

今日(10日)はアメリカ大使館前の抗議集会に参加してきた。その後LAN TO IRAQの反省会を終え、何とか今朝届いたサラマッドからのメールの翻訳を始めた。

~以下サラマッドから~

マイフレンド、返事遅れたとしたら申し訳ない。人々から意見をきいていたんだ。

まず伝えることは、今ファルージャに入ることはとても困難だ。本当に方法がない、不可能だ。全ての道は封鎖されているんだ。たくさんの人々が助けたがっているけど、まだまだ難しすぎる。でも明日イスラム宗教者委員会に行って、方法はあるか、また、ファルージャの状況についてきいてみるよ。

今はバグダッドも危なすぎる。政府の決定によって、バグダッドとひどいことに他の都市も夜10:30過ぎから朝の4:30までは外出できない。

以前の攻撃は路上に爆弾を仕掛けたもの、または爆弾を大量に積んだ車両によるものだったが、今では多くの武装グループが警察と国家警備隊に対して正面から攻撃している。また警察は米軍といっしょに各都市を塞ぎ孤立させている。例えばドーラでは、マハディとハイウェイに戦車を配置し、夜間ドーラ周囲の全ての道路を封鎖しているので町の外に出ることが出来ない。しかし全ての都市が同じというわけではなく、いくつかは封鎖されていない。

武装グループはいま、(以前とは)違った目的で攻撃している。例えばキリスト教教会など。今の彼らの目的は、まさにアメリカと政府の気持ちを混乱させることにある。

また、今はヘリコプターが頭上を超低空で飛行している。そして飛行機はバグダッド上空ですら多すぎるほど見かけ、やはり超低空で飛行している。他にも知っているとおり今は非常事態のルールになっている。だから警察と国家警備隊はいかなる理由でも銃を使う。例えばもし彼らが止まれと言ったのに止まらなかったり、口論になったりすると、ほとんどの場合、彼らは殺しこそはしないものの、頭上で銃を撃って脅すんだ。

午後5時以降にもなると人々は家に隠れる。怖いからだ。もし夜8時頃出かければ、道路はまるで車の走っていない。おぼえているかな。まるで君がいたあの戦時下のようなんだ。

そう、君が言うとおり、いまファルージャでは一般市民が留まっている。

テレビで流れていた通り、米軍はファルージャの二つの橋を占拠した。それは市の中心部に非常に近いということ。おそらく500メートルほどだろう。

~人々の声~

1.ファルージャで起きていることは許されざる大罪であり、反対している。また、アラウィはただの犯罪者だ。サダムフセインとなんら違いはない。我々は選挙という冗談の中に生きている。なぜならそのために毎日人が死んでいる。死体の上の選挙など望まない。

2.今ファルージャで起こっていることはいいことだ。テロリスト達は我々の国から出て行かなければならない。ファルージャの人々には気の毒だが、彼らがテロリスト達を市内に受け入れたのだ。

3.我々は今自由を手に入れている。それぞれの戦争において敗者は存在する。ファルージャの人々が状況を受け入れないのには理解できない。つまりアメリカがいて、新しい政府が出来て、サダムの時代は終わったのだ。思うに彼らが受け入れたくないのは、ほとんどの人がサダムと働いていたから。だから彼らはまだサダム時代のような気持ちを持っているのだ。

4.どのように新しい政府とアメリカに我々を殺す許可を与えるのか。これは一時的な政権でありアメリカは占領軍だということは皆知っている。彼らはイスラムを嫌い、アラウィはアメリカのために働くただの代理人。だから出来るだけたくさん殺せば彼はご機嫌なんだ。アラーはファルージャの英雄を救う。そしてファルージャもイラクも決してアメリカにイエスとは言わない。

5.そしてこれは僕の意見。このファルージャでの戦争には、二つの見方がある。僕はそう思わないが仮にアメリカが正しいとすると、ファルージャにはテロリストがいるということになる。それはつまり彼ら(米軍)が攻撃するとき、彼らはそのテロリスト達にファルージャを離れる機会を与えるということ。なぜならすでに彼らテロリスト達はファルージャに出入りする秘密の道をしっているから、もし米軍がファルージャに入れば、米軍がファルージャにいる間に、彼らは逃げ出しイラク全土に隠れるだろうから、それはよくない。そして僕が思っている通り、アメリカが正しくないとすれば、彼らはたくさんのイラク人を殺し、彼らと新政府に抵抗する新たな敵を生み出すことになる。そして始めからこれは政府の失敗だった。なぜなら彼らはファルージャの人々と宗教指導者との交渉に十分な時間をかけなかったから。話し合う道はいつも開かれていたのに。

6.アマラの意見:ハロー、YATCH、サラマッドがあなたのメールを読んでくれたとき、あなたが人間の盾で入りたい(ほどの気持ちだ)ということを伝えてくれたとき、最初の気持ちとしては、うん、ぜひ来て、全ての平和を望む普通の人に来てもらって、何かやりましょうよと伝えようかとも思った。でも、それから米兵がファルージャと避難している市民に対して攻撃するやり方を見たとき、それは決していい考えではないと思ったの。だって彼ら兵士達は全く遠慮がないし、何ものも彼らを止められない。彼らにはこの町を破壊するという命令があり、彼らはそれをするでしょう。私は他の国のどの大統領も何も言わないということに対してただ恥ずかしさを感じる。ファルージャの1000から2000人の戦士に対して、12000もの米兵がいるなんて信じられる?ジャーナリストは入ることも撮影することも許されていない。私はファルージャから(車で)一時間のところにいて、こんな仕打ちを受ける必要のない人々のことを考えている。彼らは数週間前から、夜も昼も、戦闘機から、戦車から、我々のしらないたくさんの兵器によって攻撃を受けている。彼らは第二の橋までたどり着いたことを誇りにしている。でも12000人もの人間がそんな小さな村にいるなんて!!!!!!!

たとえ彼らに十分なことが出来ないとしても、君の周りで起こっていることを全てについて、話すことをやめてはならない。もう一度繰り返すけど、本当に、我々は何を言うのにも小さすぎる存在だけど、人々が一緒になれば、政府に圧力をかけることが出来る。

ニュースを見るたびに、僕の目からは涙が零れ落ちる。僕に出来ることは、正義が成し遂げられることを祈るだけだ。
この大量虐殺は、人々をより暴力的にするのを後押しするだろう。ファルージャで攻撃が始まってから、連日、犯罪はより一層大きくなっている。それでもまたアメリカは何も考えない。ファルージャのレジスタンスを取り除こうとすればするほど、彼らは皆逃げていって、他の地域で復讐をしているというのに。それが今起こっていることだというのに。

*以下イラクイスラム宗教者委員会がメディアに発表した声明に続くのですが、連日の睡眠不足のため限界がきたので、訳は後日にさせていただきます。(以下原文には英訳が載っています)

~以下原文~

Hello my friend, I am sorry if I late to answer you but because I was asking people about their opinion.
In the beginning let me tell you, that, it is too difficult to enter falluja and really there is no way, impossible, because all the ways closed, and really there is too much people want to help but still too much difficult but tomorrow I will go to Islamic board to ask them if there is way and also to ask them what the situation in falluja.
About Baghdad now, it is too dangerous, you know now you can not go out after 10.30 night that what our government decide until 4.30 morning in Baghdad and worst in other cities.
Before fighting was by put bombs in the way or by cars full by bombs, but now there are many armed groups attacking police and national guards face to face, also now police with USA block each city alone, for example they block dora they put tank in Mahdia and in high way and in all ways around dora in night so you can not leave your city but not all city same some of them they did not block them.
Armed groups attacking now deferent aims, for example churches Because their aims now just to make mind of USA and government busy.
Also now helicopters flight too low in above our head, and now we see air crafts and too much even above Baghdad and also flight too low, other thing you know now our rules became emergency, that why now police our national gard use their guns for any reason for example if you don’t stop when they tell you stop or if you fight with them by speak, most of time they don’t kill you but just they shot in above your head to scare you.
Now you find people hide in their house after 5 o'clock because they scared and if you go out around 8 o'clock you will find our streets empty like if you remember war time when you was here.
Yes as you say there is some people stay in falluja now citizens.
As they show in TV amrican occupied two bridges in falluja that mean they too close from center of city maybe 500 m.
People opinions :
1.we think what happened in falluja big harram and we against it also we think aid alawy only criminal and there is no deferent between him and sadam hussain, we think we live in joke call election , because for that our people die every day , so we don’t want election on our died people bodies .
2.we think it is good what happen in falluja now because those terrorists have to leave our country and we feel sorry for falluja people but they accept to receive terrorists in their city .
3.we think we get freedom now and in each war there are losers and we can not understand why falluja people doesn't want to accept the situation I mean USA here and new government here and sadam time go, but I think they don’t want to accept because most of them were work with sadam so they still have same mind like in sadam time.
4.how give permission to new government and USA to kill our people and every body know it is temporary government and USA is occupation, because they don’t like Islam and that Always only agent work for America so for him as much as can kill people he will be happy and allah help our people those heroes in falluja, and falluja and Iraq never will say yes for USA .
5.and this is my own opinion(sarmad). With this war on falluja there are two ways to this war , if amrica right as I don’t think so there is terrorist in falluja , that mean when they attack them they give to those terrorists chance to leave falluja because already they know too many secret way to enter and leave falluja so that mean if USA enter falluja they will run away to be hide in all Iraq while they were only in falluja and it is not good , and if USA not right as I think so that mean they killed more Iraqis and make other enemies against them and against new government . and since beginning it was government fault because they did not spend time for negotiation with falluja people and with their shaik and always there is way to talk .
6.Amara`s opinion hello yatch when sarmad read your email to me and tell me you want to come to be a human shield my first idea was to call you and say yes please come , come all of you normal people who want peace and lets do something .But then when I look at American soldiers the way they hit falluja and the civilian who did not live their house I think its not a too good idea because those soldiers don’t care at all ,nothing can stop them they have the order to destroy this town and they will do it . I am just ashamed that no president of other country say nothing. Can you believe that they are about 12000 American soldiers against 1 or 2000 fighters in falluja. No journalist are allowed to enter and film .I am here one hour to falluja and I think every seconds about those people they don’t deserve what they getting they get hit night and day since several weeks by plane by tank and by many weapons we don’t know about it . They are proud they arrived to the second bridge but 12000 man for a so little village.!!!!!!

Even we can not do much for those people you must not stop talk about what is happening all around you. But once again really we are too little to say anything but what the people can do together is make pressure on their government.
Every time I see the news tears fall from my eyes but all I can do is pray that justice is done.
This genocide push the people to be more violent because since it started in Falluja the crimes get bigger and bigger every day because once again American did not think that by trying to get rid of the resistance in Falluja they will all run away and take their revenge in other area and that what is happening.

Summary of meeting of Islamic board 20 of October 2004-11-09
We muslin scientist in Iraq after listening to Falluja people and what American and government destroy in their city, and after allaoui declaration` that his patient finish with negotiation in falluja that the reason the people from falluja stop negotiate with him and also after he say even its not true that zarkaoui is in falluja so we arrive to some claims and resolutions
Our claims :
1) we claim secretary of united nation and all members of security council to be against this genocide and ask them to verify the facts in Falluja
2) we claim Arabic union to stop this crimes and genocide that American pursue in Falluja, and also verify the facts in Falluja
3) we claim Islamic and Arabic people and policies organizations to help their brothers in Iraq we claim president of Arab to stop keep silent and support Iraqi case , to let their people not feel angry against them because they keep silent.
4) We are surprised of Islamic conference and Islamic world union and Al azharr alsharif why do they keep silent while they must help their Muslim brothers as Islam say.
Our resolutions
1) we see Iraki do their right by fighting against occupation and ask god to help them and to bless them.
2) 2) ayad allaoui have all the responsibility for all usa and his army do against our people in Falluja and about the way he make the negotiation break in Falluja.
3) We will boycott the election if those election will be marked by the blood of our brothers
4) .We will use other strong way if this war happen.
5) We will make an official decret to the population in Iraq to make those resolutions followed.
And now Islamic board decide today to boycott election and it call all the police and national guards to stop support USA or listen to allawi and mr.moktada al sadir also said same thing, so USA send big leader to talk with shaik harith al dari boss of Islamic board to share in election but mr.harith told that leader it is Iraqis affairs, so mr .harith did not talk with him

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November 10, 2004

誰だってテロをやめさせたいと思っている

サラマッドと連絡がついた。どうも先日ドーラ地区であったキリスト教会の爆破事件はわりと近所だったらしい。とにかく治安が悪すぎて移動も困難で、事務所に通ってメールが出来ない状態だったということだ。ファルージャについては彼もなすすべがなく途方に暮れている。これまで何度か訪れていたジョラン地区の知人のファミリーとも連絡がつかず、彼らが留まっているのか避難できたのかわからないそうだ。

ファルージャへの総攻撃について、来年一月の選挙に効果があるどころか、全く逆の結果を生むだろうとのこと。そもそも外国から来た武装組織はファルージャだけでなくイラク全土にあふれている。あんなずさんな国境警備ではいくらでも入ってきてしまう。そしてファルージャに立て籠もっていた連中の大部分は包囲される前に脱出しているので、今残っているのはもともと地元にいたイラク人の抵抗勢力が中心になっているに違いないとも。米軍がファルージャに集中すれば、喜ぶのは外国人勢力であり、犠牲となるのはファルージャの人々だという。

そしてこの混迷を極めるイラクの現状を改善させる方法は簡単なんだという。それはアメリカが各地域の支配から手をひくこと、そして治安維持はそれぞれ地元の長に任せること、ということだ。アメリカは各地域どこでも主導権を握りたがるが、地元のことも文化のこともまるで理解していないから下部組織がついてこない。その結果、治安維持を中心に指揮命令系統が機能せずに外国人勢力の侵入を簡単に許してしまう。部族や宗教をよりどころにするもともとあった地元の組織体系に任せておけば、外国人勢力の侵入は完全に防ぐことが出来るという。

この話を聞いていて思い出した言葉がある。「誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい」アメリカの言語学者、ノーム・チョムスキーの言葉である。

イラクの市民とアメリカの知の巨人の言葉が、寝不足の私の眼窩の奥で忽然と共鳴し心地よい和音を奏でた。欲望に絡み縺れた不協和音で生の感官を麻痺させ、死の轟音に乱舞して孤独を癒す哀れな超大国国家テロリストの長の心にこの和音を響かせるには、一体どうすればいいのだろうか。

~以下本日BCCメール通信で流したものを貼り付けます。イラクの知人から聞いた情報、また、いくつかのアクションを紹介しています。~

親愛なるみなさま

お世話になります。PEACE ONの相澤です。
毎度BCCメールで大変失礼いたします。(転送歓迎)

ブッシュ再選の悪夢から覚めやらないまま、
イラク暫定政府は北部クルド地域を除く全土に非常事態宣言を発令し、
ついにファルージャでの総攻撃が始まってしまったようです。

米軍を中心とする占領軍とイラク政府軍は、
来年一月に行われる国民議会選挙を平和裏に行うために、
ファルージャに立て籠もる武装勢力を一掃するとのことですが、
市内には避難できずに留まっている一般市民がまだまだたくさんいます。
昨日イラクの知人に電話して確認したところ、
郊外を合わせたファルージャの人口約45万人のうち、
約20万人は避難できたそうですが、
まだ残りの25万人ほどは取り残されたままだそうです。
しかも18歳から45歳の男性は戦闘年齢ということで、
避難しようにもチェックポイントで追い返されてしまうし、
別れて避難するわけにはいかない女性や子どもも多いとのことです。
このように、罪のない家族が犠牲になればまた新たな憎しみが生まれ、
安全に選挙が行えるような状態になるとは到底思えません。
先日、急激に治安が悪化するバグダッドから、
現地スタッフのサラマッドも、
「米軍が攻撃の手を強めれば強めるほど、
爆破事件などが増え、抵抗する勢力も強くなっていく」と言っていました。

そのサラマッドともなかなか連絡がつきにくくなっています。
新婦アマラは外国人(フランス人)ですし、二人の安否も心配ですが、
彼らもファルージャのことはとても心配していて、
イラクイスラム宗教者委員会にも足を運んでくれましたが、
どうにも攻撃をやめさせる手立てがないと嘆いていました。
このままでは、今年四月の日本人人質事件の背景となった
あのファルージャでの包囲攻撃、1000人ほどもの人々が
犠牲になったともいわれるあの惨劇を上回る結果にもなりかねません。

昨夜遅くテレ朝の収録があり、
上記の避難民のことなどコメントしたのですが、
今朝の番組(スーパーモーニング)を観ると、
コメンテーターの自民党山本一太参議院議員は
私のコメントなどまるで意にも介さず掃討作戦支持を強く訴えていました。
あれではまるで米軍のスポークスマンそのものであり、
先ほどファルージャ総攻撃に対する支持を表明した
小泉首相の分身を見ているようで、
今日は朝から本当に気分が優れません。

この度の攻撃にも、やはり我々の「思いやり予算」によって
沖縄キャンプシュワブから飛び立った海兵隊が参加しているでしょう。
我々は現代のこの虐殺に政治的にも経済的にも明らかに加担しています。
先日人質となった香田証生さんは、
こうして長年積み重ねてきた罪業を一身に背負い、
まさに「日本人」ということで殺されてしまったのだと思います。
今こそ、彼の死が問いかけてくるものに
心を澄ます必要があるのではないでしょうか。

現地との連絡を密にして、
出来るだけ正確な情報を知ってもらうこと。
そしてもっと関心をもってもらうこと。
こうした流れの渦の中から、
少しでもこの惨劇を止める力が生まれればと思っているのですが、
こうして絶対的安全圏から伝えることの限界も感じ、
名状しがたいもどかしさにも襲われています。

何が出来るか、どうすればいいのかは、
誰もこれだという答えは持ち合わせていないかもしれません。
それでもこの惨劇をただ座して見守るというのは、
またひとつ罪業を重ねることになってしまうと思うのです。

もちろん今世界では、このファルージャの人々と同じように、
強い関心と叫びを必要としている人たちがたくさんいますが、
今、まさに私達の声を必要としているイラクの友人の声を伝えます。

それぞれが出来ることで、それぞれのやり方で、
友人達の声に応えていただければ、この上ない幸いです。

●バグダッドの友人からのメッセージ
「囚われのファルージャ」(JVC原さん訳)
http://rep-eye.cocolog-nifty.com/iraq02/2004/11/post_2.html
(同千早/TUP翻訳メンバー訳)
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/430

以下、様々なアクションを紹介します。

★イラクでの攻撃激化に反対するオンライン署名

(益岡賢さんのブログより)
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-03ccc2d2211dfe9372da6ac2171f6e8d.html

★抗議先(アメリカ)

President George W. Bush: president@whitehouse.gov
Vice President Richard Cheney: vice.president@whitehouse.gov
fax (USA) 202-456-2461
アメリカ大使館 FAX: (03) 3505-1862


★11・10米国大使館抗議・要請行動

高田健です。重複お許しください。転載ご協力お願いします。

米軍の総攻撃が始まったようです。可能な方は一言でもいいですから、米国大使館に中止を求める電話をしてください。

いますぐ電話を! 米国大使館電話 03-3224-5000

       ファルージャの人びとを救え!
      米英軍はイラク・ファルージャへの
        総攻撃をただちにやめよ!

    11・10米国大使館抗議・要請行動

米英軍がファルージャを包囲し、総攻撃を開始しました。この総攻撃は「イラクに民主主義を植え付けるためテロリストをやっつける」と称して行われています。大量虐殺による廃墟の上に植え付けられる民主主義っていったい何なのでしょう。

すでに多くの民家や病院などが無差別に爆撃され、さらに地上軍も突入したようです。昨年のイラク攻撃開始以来、10万人以上を殺した米英軍は、さらに4月のファルージャ大量殺戮よりいっそう大規模な殲滅戦を仕掛けようとしているようです。

いますぐ、時を争って世界の人びとと共に、「ファルージャの人びとを救え!」「総攻撃を中止せよ!」の声を上げましょう。

  11月10日(水)18:00~
  虎ノ門・JTビル前集合 
  (銀座線虎ノ門駅、南北線溜池山王駅)
  (外堀通りから米国大使館への入り口、通りを挟んで特許庁の向かい側、 
   当日現場臨時携帯電話070-5212-0275)

呼びかけ: 戦争反対・有事をつくるな!市民緊急行動/ATTAC Japan/かながわ平和憲法を守る会/グローバルピースキャンペーン/憲法を生かす会/地球平和公共ネットワーク/日本山妙法寺/日本消費者連盟/VAWW-NETジャパン/フォーラム平和・人権・環境/平和と民主主義をめざす全国交歓会/平和の白いリボン行動・藤沢/明治大学駿台文学会/ユーゴネット/許すな!憲法改悪・市民連絡会/アジア太平洋平和フォーラム~APPF/アジアンスパーク/グローバルピースキャンペーン/イラク戦争に反対する市民と議員の会/グリーンピース・ジャパン/PEACE ON/平和憲法に学び行動する目黒の会/CHANCE ! pono2/タンポポ舎 (11月9日19:00現在)

協力:WORLD PEACE NOW
   問い合わせ・03-3221-4668

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November 08, 2004

ファルージャ

香田さんの事件について沈思しながら、初めての北海道講演、そしてやはり初めてとなる宮崎PEACEキャンペーンと、北から南へと旅をしている間に、ファルージャは一万人以上の米軍に包囲されてしまっていた。旅先からイラク人現地スタッフのサラマッドに問い合わせていたところ、昨日以下の返事が返ってきていた。

~以下サラマッドより~
マイフレンド、本当にファルージャの人々を救う方法がわからない。すでにクバイシさんにファルージャを救うことは出来るか、入る方法はないかと尋ねたけど、ない、そして今行くことはお勧めできないと言われてしまった。
そう、今米軍、英軍、イラク軍はファルージャに入る準備をしている。我々の首相(アラウィ)が、平和的解決に向けたファルージャでの時間は終わったと言ったんだ。アメリカはファルージャの家族達に町から出るように呼びかけている。我々もファルージャで何が起こるのかここで待っている状態だ。僕も毎日いくつかの家族に尋ねようと電話をしているけど、連絡を取るのは困難だ。
イラクイスラム宗教者委員会は我々の政府にとても怒っていて、「もしファルージャに何か攻撃が始まったら選挙に反対するだろう、なぜならそれは血に塗られた選挙になるからだ」と言っている。宗教者委員会がメディアに発表したファルージャに関する声明を明日送るよ。

~以下原文~
hello my friend, really I dont know way to help falluja people, already I asked mr.kubaisi that can we help falluja or there is way to enter to falluja but he said no and he said I dont advice you to go now.
yes now USA with British with Iraqi army prepare to enter to falluja because our prime ministers said time of falluja for peace solution finish, so USA make calling to families in falluja to leave their city, so we also wait here what will happen in falluja, I try every day to call some family there to ask them but it is difficult to get them.
about the islamic board they were too angry with our government and they say if any attack happen on falluja they will be against election because it will be bloody election. I will send their media declare which islamic board make it about falluja for you tomorrow.

宮崎から戻ると、イラク全土で非常事態宣言のNews、そしてついに米軍ファルージャに突入との情報も。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041108-00000064-kyodo-int
先月の沖縄でのイラク現代アートの展覧会から、各地講演のレポートをする間もなく、日本人人質事件、ブッシュ再選、ファルージャ包囲と、畳み掛けるように事態は悪化していく。

これからまた、1000人ほどもの人々が殺されたとも言われるあの4月のファルージャ大侵攻の悪夢が訪れるかもしれないというまさにこのときに、この絶対的安全圏にいて現地からの声を伝えることしか出来ていない自分に、どうしようもない歯痒さと苛立ちを感じる。引き裂かれながらも、現地と連絡を取り合って方法を模索しているが、何とか止められないだろうか5月にファルージャ緊急支援に行った際にお世話になった一家は、無事に避難できたのだろうか。一部報道によると米軍とイラク暫定政権は一般市民の犠牲を減らそうと避難を呼びかけていて、今ではファルージャに3000人ほどしか残っていないというが、人口30万人以上(イラク人に聞いたときは40~50万)の99%以上がすでに避難したなんてとても考えにくい。今こそHUMAN SHIELDSを再組織して現地に入るべきではないかとの声も脳裏を過ぎってしまった。まさにこれから殺戮が行われようとしているときに何もしないということは、その殺戮に加担するに等しい。まして我々日本人は、すでに「おもいやり予算」の名のもとに現在ファルージャを取り囲んでいる海兵隊を資金的に支えている共犯者なのだから。

以下イラクでの攻撃激化に反対するオンライン署名のお知らせです。(益岡賢さんのブログより)
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-03ccc2d2211dfe9372da6ac2171f6e8d.html

falluja040515/15221
写真は5月のファルージャ支援の際に撮影。最も攻撃が激しかったジョラン地区にて。


*以下は参考までに香田さん殺害を受けたバグダッド市民の反応のいくつかを紹介(11月3日サラマッドのメールから要約)

1.ザルカウィと呼ぶグループなど存在しないと信じる。そして間違いなくこの事件はアメリカが望んだことだ。彼らは人々にこう考えてほしいんだ。つまりこの世界はテロリストで溢れていて、アメリカだけがこの世界を救う方法を知っている、そして彼ら(テロリスト)がファルージャとその他の町に潜伏していると、誰もが同意することを望んでいる。だからあの日本人は、世界中の他の大勢の犠牲者のように、アメリカの手による犠牲者だと思う。どうかこれを日本人に伝えてほしい。そして申し訳なく思っているが、我々はやっていないのだ。

2.アメリカはザルカウィなどのように、問題をつくりたかったんだと思う。例えばアメリカは、人質事件の際、CIAを配置して、ザルカウィグループなどが外国人達を連れ去ろうとするときに、そのテロリスト達を殺すということが出来るはずだ。しかしアメリカはそれをしない。なぜなら問題が残っていてほしいから。あとからテロに対する我々の戦いは正しかったと全ての人々に伝えられる。これは彼らのイラク侵攻から、そして国境を開放してからのアメリカの失敗であった。アメリカに尋ねたい、我々の国境はまるで守れていないのはどういうことだと。おそらく彼らの国境については20倍以上も守れているのに。あの日本人については気の毒だ。そしてアメリカの手は、彼の血でいっぱいだと言おう。

3.思うにザルカウィも他の名前もアメリカが作ったんだろう。以前はビンラディン、今はザルカウィ、そして彼の後は他の名前がくるだろう。つまり仮にこの世界にテロリストがいなくても、とにかくアメリカは他の問題を見つけるに違いない。アメリカの力は世界中の問題からやってくるから。金を得るために武器を売ったり、そして軍でシェアしたり・・・。たとえ本当にザルカウィがいるとしても、他の名前だとしても、アメリカの作り物だとしても、これはアメリカの責任だ。なぜならアメリカはそこで家族を殺し、富を奪い、そうして彼らを敵にしてしまったから。もしくはアメリカは世界中でより多くの人間を殺すための理由を見つけるために、彼らの名前を拵えたんだ。あの日本人については気の毒だが、これはアメリカと彼の政府(日本政府)の責任だ。なぜならアメリカと取引しているから。

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November 02, 2004

香田さんの死に想う

香田さんの人質事件は、残念ながら最悪の結果をむかえてしまったようだ。彼が感じたであろう恐怖、そしてご家族の方々の心痛を想像すると言葉もない。

10月30日未明に発見された遺体は香田さんではなかったと情報が一転してから、再び現地と連絡を取り始めたのだが、実はわずかではあったが希望の持てるような情報を受けとっていた。とり急ぎ翻訳してブログにUPしようとした矢先に、再び香田さんではないかという速報が飛び込んできてしまった。以下は参考まで。

~以下サラマッドから30日に受け取ったメールより~
マイフレンド、いい知らせが二つある。ひとつはティクリットで見つかったその男は日本人じゃなかった。もうひとつは今日イスラム法学者協会に行ってクバイシ先生と会ってきた。先生曰く、その日本人(香田さん)についてはすでにたくさんの電話を日本や他の国からも受け取っているので、その武装グループに対して、メディア向けに以下のメッセージを公表することにしたとのこと。「もしあなた方が我々導師、イスラム法学者のメンバーの声を聞くのであれば、以下のことをなすかその日本人(香田さん)とマーガレット・ハッサン(なぜならその宣言は二人について)を解放すること。もし、あなた方が言うようにその日本人が軍隊(自衛隊)と働いていて、マーガレットがスパイの一種だというのなら、その証拠を全てのイラク人に見せなければならない。そうでなければ解放すること。」そしてクバイシ先生はまた、「われわれはまだ彼ら(香田さんとマーガレットさん)が軍と働いているまたはスパイなどという証拠を持っていない。よって武装グループに対して彼らを放すように、つまり解放するように呼びかけてみた。」とも言ってくれた。

以上今日の出来事。

~以下原文~

my friend, I have 2 good news, one of them is that man who was found in Tikrit is not japanis, other one is today I went to islamic board and I met dr.al kubaisi and he said that already we got too much phone calls from japan and from other countries about that japanis, so we make declare media and we told the armed group that, if you listen to us we shaiks and members in Islamic board you have to do that or you leave that japanis one and Margaret Hassan (because that declare about both of them ) or if as you said about japanis one he work with army and about Margaret she is kind of spy so you have to give to all the Iraqis people prove about what you said or you leave them. And he said also (I mean kubaisi ) we dont have prove yet they work with army or spay, so we asked that armed group to leave them I mean release them.
that what happened today.

この度の相手は説得が効く相手ではないと一度さじを投げてしまい、犯行グループとの接触の糸口は依然として掴めていなかったようだが、クバイシ先生は人道的措置ということでこうした呼びかけに動いてくれていたようだ。

このほかある友人からは、グループと何らかのコンタクトを取れる可能性のある人物を紹介できるかもしれないという連絡も受けていた。また、あのグループはアルカイダでもザルカウィーが関与しているわけでもないとも。どこまで本当かわからなかったが、現地の協力者も徐々に増えてきて、長期化すれば解放の可能性も出てくるかもと思っていたところだったので、本当に残念でしょうがない。4月の高遠さんたちのとき同様、イラクの市民のネットワークをいかして解放に結びつければと思ったのだが。48時間、あまりにも時間が足りなすぎた。

それにしても香田さんが捕えられた直後から、世論はいかに彼を救出するかではなく、彼がなぜイラクに入ったのかというところばかりに焦点をあて、無謀な若者という印象ばかりが一人歩きしていたような気がする。前回の日本人人質事件のときもそうだったが、まだ安否がわからないうちから自己責任だと突き放したり、ご家族の方々にも中傷の電話などが相次いだりと、ただでさえ弱い立場に陥った人々をさらに苦しめるという風潮には本当に悲しくなった。

私は香田さんと会ったこともないが、本当にどういう気持ちでイラクに入っていったのか、ぜひ聞いてみたかった。報道によると、「イラクで起きていることを見てみたい」とも言っていたらしいが、それが動機だとすれば昨年私が初めてイラクに行ったときの目的のひとつ、「いま世界で起こっていることを自分の五感を通して知りたい」とほぼ同じではないだろうか。深く共鳴する行動の原点であり、こうした気持ちを、私は大切にしていきたいと思っている。

彼は結果的に時期と方法を誤り「死」という取り返しのつかない失敗に至ってしまったわけで、本当に残念ではあるが、何事にも、たとえどんなベテランだって、はじめはあるし失敗もある。今でこそ私も現地スタッフとの綿密な情報交換により安全管理には十分気をつけているが、はじめてのときは現地の知り合いなど誰もいなかった。たまたまグループとして行くチャンスがあったからよかったものの、その後これまでこうして無事に活動が出来てきたのは、単に運がいいだけだったのかもしれない。今回の世論を見ると日本はまだまだ失敗を許容できない社会のようだが、失敗からしか学べないこともあるということを考えると、とてももったいない気がする。

「危ないから行くな」ではなく、なぜここまで危なくなってしまったのか、その原因は何なのかを追究し、危なくないようにするのが政府の役割ではないだろうか。民間人が入っていかなければ復興などありえないのだから。その環境を整えるはずが、全く逆の結果になっている。NGOとしても、このままではなかなか入ることは出来ない。

この度の日本政府側の対応についてだが、各職員は大変な努力をされたかもしれない。しかし政府は事件後すぐに自衛隊の撤退はしないと突きつけたことで、犯行グループとの交渉の糸口を完全に失ってしまった。事件後すぐにアルジャジーラを通じて町村外相が犯行グループにメッセージを出したので、交渉する気があるということだと思ったのだが。時間稼ぎなどのあいまい戦略、または内外で微妙に言い回しを変えるなど、他にも方法はあったはずだ。

また、その後も盛んに「撤退はしない」「テロリストの脅しには屈しない」の一点張りで、どう考えても犯行グループではなくアメリカ政府に向けて話しているとしか思えなかったし、アメリカ頼りの情報収集による誤報まで、この度の対応で完全にアメリカの属国ぶりを世界に印象付けてしまったような気がする。このままいくと、この先日本人はイラクに限らず、どこにいようが狙われるということも考えられる。

今回明らかになったことは、ついに日本人も殺害の対象になってしまったことだと思う。橋田さんたちのときは、ひょっとして対象を間違えていたということも考えられるが、今回のケースでは間違いなく日本人として殺されている。しかも遺体頭部には星条旗がかけられていたというから、これはまさに日本はアメリカと同じだというメッセージではないだろうか。

この先もアメリカについていくということは、一体どれだけのリスクが発生するということなのか、そして本当に日本の国民と財産を守ることにつながるのかどうか、真剣に考えていかなければいけない時期に来ていると思う。

そして現地治安の悪化は本当に深刻なようだ。先日、バグダッドのPEACE ONのオフィスが入っているアパートのオーナーの息子が何者かに誘拐され、何と100,000ドルもの身代金を要求されているという。連日の爆発事件もひどくなる一方とのこと。「米軍が各地での掃討作戦を激化すればするほど、それに抵抗する勢力やテロリスト達も強くなっていく」とサラマッドは嘆く。

この悪循環をどこかで断ち切らなければ、イラク国内の治安はますます悪くなる一方だろう。もはや軍事力にものを言わせたアメリカ主導のイラク復興政策は完全に破綻している。今こそこれまでの過ちを直視し、日本の自衛隊撤退を含めてその政策を根本から見直すことがなければ、この度の香田さんのような悲劇は繰り返されるであろう。

今回のような民間人を対象にした人質殺害事件は決して許されることではないという。それはその通りであるが、これは全て占領軍がこれまでイラクで行ってきたことの残虐性が凝縮された形で跳ね返ってきているということを忘れてはならない。昨年の開戦から今日までで戦争によるイラクの民間人の死者が10万人を超えたという報道もある。やはり問題の解決を戦争という暴力に訴えた結果の代償はあまりにも大きい。そしてこの暴力を支持し、政治的にも経済的にも事実上参加してきた日本政府、またそれを事実上支えている我々日本人ひとりひとりが負っている責任もまたとてつもなく大きい。結果として、我々のその責任を一身に背負い亡くなっていった香田さんの苦しみは計り知れないが、今こそその痛みを、我々ひとりひとりが想像し、この死が投げかける意味を考えていかなければならないときであろう。

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October 30, 2004

香田さん情報一転

今朝、イラクのバグダッド北方で発見された遺体について香田さんにほぼ間違いないという報道に暗澹とした思いでいたのだが、ひっくり返った。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041030-00000047-mai-pol
詳細はまだわからないし、ではその遺体は誰なんだという疑問は残るが、再び現地との情報交換を続けることにする。とり急ぎ報告まで。

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October 28, 2004

香田証生さん拘束事件について

またしてもイラクで日本人拘束のニュースに、27日朝は問合せの電話が止まらなかった。NGOかジャーナリスト関係の人であれば、大体どこかで会ったことがあったり、名前を聞いたことがあったりするものだが、今回ばかりはまるでピンとこなかった。香田証生さんは旅行者としてイラクに入ったそうだが、振り返ると4月の人質事件の前、バグダッドに滞在していたころ、よく大学生のバックパッカーが、私が寄宿していたカサブランカホテルを訪ねてきたことを思い出す。あの時期でも、現地の案内人もいないのによく入るなあと思っていたのだから、極度に治安が悪化した今でも旅行者が入っていたことにまず驚いた。そういえば香田さんはカサブランカホテルにも訪れていたそうだが、今は狙われるので外国人は泊めないとホテルに断られていたらしい。

日付が変わって、先ほどようやくイラク人現地スタッフのサラマッドに電話がつながった。しかし人質となった香田さんについての情報は、残念ながら現時点ではこちらで確認できる以上のものはないようだ。明日クバイシ先生のところに行ってみるようだが、今回の犯行グループ、「イラクの聖戦アルカイダ機構」とはザルカウィ氏の組織だからおそらく働きかけは難しいだろうとのこと。その上このグループはやはりイラク人の間でもかなり危険だという評判らしい。

しかし過去このグループが関わった外国人の人質事件で、殺害まで至ったケースの共通点は米軍と何らかの関わりがあるということ。高遠さんや安田君たちを拘束したイラク人のグループと違ってかなり悪質なグループであることは間違いないが、殺害するか解放するかというところに、米軍との繋がりというのが重要な基準になっているような気もする。

このグループは声明で「日本の軍隊に付き添う部隊の一人が~」と香田さんのことを表現しているが、自衛隊関連の仕事をしているとかん違いしているのかもしれない。彼らの理解では自衛隊=米軍協力者だから、このままでは米軍と繋がっているものという基準になってしまう。また、「彼はイスラエル、ヨルダン、その後、イラクを訪れた。」とあるが、所持品等からイスラエルにいたということがわかり、それが一層米軍のスパイ活動等と疑われている可能性もあるのではないだろうか。

今、香田さんの解放に向けてできることで最も効果的なのは、グループに彼がただの旅行者で自衛隊とも米軍ともまったく関係のない人物だということを伝えることだと思う。町村外相がすでに声明を出しているようだが、自衛隊を派遣し、しかも相変わらず時間稼ぎすらせずに、即「撤退はしない」と明言した日本政府側の声を素直に受けとるとは考えにくい。高遠さんたちのとき同様、一般市民、特にイラク人からのメッセージが有効かもしれないということで、香田さんの情報をアラビア語に訳し、グループの関連するサイトに送るなど、できるだけのことはやってみると言ってくれた。時間は限られている。今出先なので、携帯でしかネットにアクセスできないのが苦しいが、何とかメールを通じて彼の情報を送ってみようと思う。

治安に関してはやはり相変わらず危険な状況が続いているようだ。現地事務所やPEACE ONが関わっている障害者福祉施設の往復も、必要最小限にとどめざるを得ないという。仮に今私がイラクに入りたいと言ったとしたら、今は絶対にやめてくれと言うそうだ。そんな中、現地で活動を続けているサラマッドとフランス人の新婦アマラには本当に頭が下がるが、同時にとても心配である。他、イラクの友人たちもみな元気だと聞いてとても安心したものの、とにかく一日も早くこんな状況は終わってほしい。また、日本を見れば新潟が大変だ。犯行グループからの自衛隊撤退要求があろうがなかろうが、今こそ一日一億円もかけてイラクに駐留させている自衛隊を引き揚げて、その力を新潟の被災地に集中させるべきときではないだろうか。そして、香田さんが無事解放されることを、心から祈っている。

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October 19, 2004

またしてもイラクでNGO誘拐

引越しの荷造りの合間にネットをチェックしたら、
イラクでNGO誘拐のNEWSが。

Video shows kidnapped aid worker(BBC)
イラクでNGO代表誘拐 状況は不明 【ロンドン19日共同】

先日ようやくイタリアNGOスタッフが解放されたばかりだというのに、またしても人道支援に携わる方が誘拐されてしまった。詳しいことはまだわかっていないが、誘拐されたマーガレット・ハッサンさんは世界各国で活動を続けるNGO、「ケア・インターナショナル」の現地事務所代表。イラク国籍を持ち、イラクに約30年も住んでいるそうで、同団体で10年以上働いているらしい。このようにイラクと運命を共にしている方がまたしても誘拐されてしまった。とにかく一日も早い無事解放を祈る。

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October 16, 2004

沖縄-イラクに最も近い日本

昨日(14日)沖縄から戻りました。以下諸々報告。

10月9日
イラク劇団「アル-ムルワッス」の東京公演、イラクアート展LAN TO IRAQが同時開催されていた国際交流基金フォーラムでの最終日。台風で客入りは今ひとつだったが、アル-ムルワッス劇団はイラクのとびきりの歌と舞踏を披露してくれた。
murwass/IMGP3357
思わず体が動き出すリズムと、知らずに口ずさむメロディー。気が付くとイラク復興基金会議のため来日していたイラク外務省職員などのイラク人数人が、イラク国旗を振って踊っている。気分はすっかりバグダッド。全身をめぐる灼熱の夏の記憶。魂が火