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January 04, 2007

断食修行を終えて

*昨年末はサッダーム処刑などのため掲載できず年をまたいでしまいましたけれども断食修行後の感想です。とても長いのですが、これまでの断食修行記を読んでくださった方、また関心のある方だけでも読んでいただけると有難いです。

断食修行を終えて
Danjiki_1おかげ様で無事に11年ぶりの臘八接心の断食修行をやり遂げることが出来て、毎日有り難く食事をいただいている。何を食べても美味しくて愉しいし、体調もすこぶるよく五感が冴えわたる。断食によって腸内はもちろん、身体全体がきれいに洗われて、全細胞が歓喜して蠢いているようだ。友人からは、何キロ落とせた?などと聞かれるが、もともと痩せているしダイエットという目的など全くなく体重は量っていないのでわからない。とにかく今は断食によって身体に与えられるこの有り難い恩恵をしみじみと反芻している。

もちろんこの有り難い恩恵は身体面だけではなく、心に及ぼす影響もまたはかりしれない。信心のない私は悟りどころかなにか新しい考えひとつすら生み出せなかったが、至極当たり前のことに新鮮な驚きをもって再会できたことは、何ごとにも代えがたい喜びだった。

別にこんな断食など経験しなくても、食べ物がいかに大切であるかなど、誰だって理屈では知っているはずだ。食べものが私たちの身体をつくり、生命を維持している。食べものがなければ、やがて個体としての生命は死を迎える。つまり食べものは生命そのものである。そして全ての食べものは生きものであるから、私たち人間をはじめ全ての生きものは、生きている限り、他の生きものを殺して自己の生命を維持するという業から決して逃れることが出来ない大変罪深い存在である。言い換えれば、私たち全ての生きものは、食べることを通して、他の生命によって生かされている存在でもある。つまり「食べること」は「生きること」そのものであり、私たちは「生きている」のではなく「生かされている」ということだ。

こんな当たり前すぎて普段は考えすらしないことを、断食中は何度も何度も考えさせられてしまう。そしていつもは当たり前だと思っていたことこそ、大変有り難いことだったと再発見し、その有り難さに感謝することを怠っていた自分に深く恥じ入る。やはり頭でわかっているというのと、自己身体を通して経験して考えるということは決定的に違うのだ。

振り返れば、11年前の断食初体験がきっかけとなって、自ら行動し自己身体を通して考え自己と世界を見つめなおすことの大切さに目覚めてから、より頻繁に海外に飛び出し異文化と触れ合うようになり、気がつくとイラク戦争では人間の盾までやっていたわけだ。「戦争とは人殺しのことである」という当たり前のことも、実際にその人が殺されている現場、四肢や臓腑が散らばり呼吸も出来ない死臭の中、遺族が嗚咽と慟哭を繰り返すあの現場で遺体収容を手伝ってみて、初めて戦争と死の本当の恐ろしさに気付き、また、そんな状況の中でも温かくもてなしてくれたイラクの民との交流によって、生かされてここにあるということの有り難さに気付くことができた。

この度の断食でも、絶望的な状況に追い込まれたイラクの人々はもちろんのこと、文明によって拵えられた断絶が生み出す飢餓に苦しむ人間や動物にも想いを馳せ、この世界の矛盾を改めて考えてみた。この国でも格差社会が大きな問題になってきたが、今日世界では世界人口の僅か2%前後の上位富裕層が世界の半分の富を所有し、世界人口の半数はたった1%の世界の富を分け合っているという。これは格差などという言葉では決して表現できるものではない超資本主義経済システムが生んだ巨大な断絶である。地球資源が有限である以上、こんな狂気の沙汰が続くわけがないということは、多くの識者が警告している通りであるが、その生活を見直せば状況を変えることが出来る力を持っているはずの上位富裕層の多くはその現実を知ろうともせず、たとえ知ったところで、その時は「それは大変ねえ」と憂いながらも、結局これまでと同じディナーを続けている人がほとんどだろう。断絶の彼方に追いやられた世界の半数にも及ぶ人々の飢餓状態を、例え数字上のデータで知ることは出来ても、飽食に爛れた胃袋のままでは、決して彼ら彼女らの立場で世界を見ることはできないからだ。

もちろん断食したからといってそんな世界の矛盾が解消されるわけではない。戦争を体験したといっても、帰る場所のある身では、実際にそこで生活している人々の立場になって考えることは困難なことのように、断食してもやがて食えることがわかっているわけだから、実際に飢餓で苦しむ人々や動物たちの立場で考えることは不可能だからだ。しかし、出来るだけその状態に自分の身体を近づけることによって、少なくともこれまでの麻痺していた状態に比べれば、はるかにそうした断絶の彼方に放り出された人々の想いにも近づくことが出来るのではないだろうか。たとえまったく同じ気持ちにはなれずに、そこには常に越えがたい差異が存在しているとしても、そうして生まれる共感こそが、この圧倒的な断絶を熔解していく力に生まれ変わる可能性を秘めていると思うのだ。共感できる人間がひとり、またひとりと増えていき、その共感の波動が広がっていって、やがて巨きな力に生まれ変わるとき、人類は本当の意味での幸いを見つけることができるのかもしれない。宮澤賢治の言葉、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」をいま再びかみ締める。

こうした断食の感想を英語に要約してイラク人の友人サラマッドにメールで送ると、それはムスリムがラマダーン(断食月)を経て抱く共感とほとんど同じだと大変喜んでくれた。そういえば以前ヨルダンのアンマンで、お世話になっている薬剤師に断食体験の話をしたときもえらく喜ばれたのを思い出す。もちろん日中だけ食を断つイスラームの断食とはやり方が違っても、その目的において多くを共有しているようだ。こうした体験談を基にして、彼らイスラームの人々とお互いの宗教や世界観について語り合うのをいつも楽しみにしている。私は決して特定の宗教、宗派に属しているわけではないが、あえていつも仏教徒という立場で話す。無知によってイスラームへの偏見を抱いている日本人が多いのと同じように、仏教を知らずある種の偏見を持っているムスリムも多いのは現実である。しかしイスラームと仏教との違いよりも、その共通点を発見してそこから話し始めると、彼らもとても大きな関心を持って話を聞く姿勢になってくれることが多いから面白い。残念なことに多くは政治的に悪用されることによって、世界の宗教、文化間にも大きな断絶が生まれてしまい、その断絶によって相互理解が妨げられていることが多いが、本来宗教とはその本質において異なる信仰を持つ人々であっても平和裏に共存できるものだと信じている。

その原理において資本主義経済を完全否定して神の前での万民の平等を説くイスラームと、絶対非暴力、非殺生を唱える仏教は共に、狂気の沙汰に陥りもはや破滅への暴走を食い止めるのは不可能とも思われる現代の人類社会にとって、新しい持続可能な世界への扉を開く大いなる可能性を秘めているのではないだろうか。その可能性を現実の希望に転化させていくためには、まずは世界のイスラームに対する偏見を解き、ムスリムたちの生存を脅かし憎悪を掻き立てているアメリカを中心とした欧米世界の資源搾取を目的とした軍事的圧力をやめさせること、そして葬式仏教に堕ちた仏教の教えを、これまではただその有り難さをただ享受してきた私たち日本人が再びその本来の意味を問い直し、非戦という価値観において完全に共鳴する憲法9条を共に携えて、世界に向けて力強く発信していくことが、この21世紀に人類が生き延びていくためにも、どうしても必要だと思うのだ。そのために、まずはイスラームと仏教が対話を深めて、お互いの可能性をこの世界で新たに開花させていけば、帝国主義的政治による悪用によってその本来の姿が歪められてしまったキリスト教世界との対話をより生産的で実りのあるものにしていくことが出来るのではないだろうか。とりわけ仏教にいたっては、世界のいたるところで現われている絶望的な断絶を超え、真の和平への仲介を果たすために、世界宗教のなかで歴史上この現代ほどその存在意義を問われている時代はないかもしれない。

そうした仏教の可能性を生かすも殺すも、ひとえにこれからの日本人の生き方にかかっていると思うのだが、まずはこの国の隅々に巣食っている宿痾を恐れずに直視することからはじめなければいけない。最近いじめによる子どもの自殺が問題になっているが、子は親の背を見て育つというように、全ては大人の社会の反映である。年間3万3千人、一日およそ100人もの人間が自ら生命を絶つに至っているこの闇に、「美しい国」やら「新教育基本法」やら「命の大切さ」などという耳障りのいい言葉をいくら連ねてもその深奥まで光は決して届かない。繰り返すが、命は食によってつくられる。日本の食糧自給率は40%前後なのに、食糧廃棄率は25%以上で消費大国アメリカを抜いているという、こんな食の有り難さを完全に忘却した社会で、どうして命の大切さなど語れるだろうか。我々は生命のつながりを断絶し自ら拵えたシステムによって心地よく飼育され、気がついたら自らの生命を忘却して病的に肥え続ける家畜に変わり果ててしまっているのだから。

こうした社会の病理を凝視していけば、その末端には自分自身の存在があり、その内には正視し難い宿世の罪業が蠢いていて、重ねてきた己の恥辱の記憶の層を培地にし、絡めあい縺れあい、ひたひたと魂を侵食している音にうなされる。その苦しみから逃れようと酒神を崇めて宴に興じても、酩酊から醒めれば世界はさらに重く圧し掛かる。弱さから知らずに自分の心にまで断絶の壁を張り巡らし、愚かな自我を護り通そうと足掻いたところで、臨界点を超えいつかは噴き上げてくる生命の反撃にはなす術もなく、壁は脆くも崩れ去り、自分はもちろん愛する人まで深く傷つけてしまう。

そしてこれは他でもない私自身のことでもある。酒に負けもっとも大切な人の心を深く傷つけておきながら、腐臭で鼻がひん曲がりそうなこの己の精神の堕落を、興に任せた断食修行記などで衒い蓋をして恥じることなく悦に入ってつらつらと書き連ねることで、さらにその愛する人の傷を深めて不快な思いにさせてしまったことを、この場を借りて告白し謝罪したい。そしてさらにこの記をそのままに掲載することを許してくれたその有り難い慈悲の心に深く感謝している。

自分自身は過去の世界の反映であると同時に、今の世界は自分自身を反映した世界であるから、こうした己の内に巣食っている問題を解決しない限り、いくら社会の問題に取り組んでみたところで未来の世界を変えることなどできやしない。先ずは自分自身の内面に作り出された断絶の彼岸に、こちらから飛び込んでいくことが、今の自分にもっとも必要なことではないか。

先ずは自分自身の内に、そして周囲にある断絶を直視して、そこに自らの身体を投げ入れること。これしか断絶の彼方に疎外されている生命との交感への回路をつくり出し、自身の生命と世界を取り戻す手段は存在しないだろう。断食はそうした試みのひとつにすぎない。何度でも繰り返すが、食べることは生きることそのものである。食を断つということは、生命を断つということでもあり、それはすなわち自らの身体をいくらか死の側に近づけるということだ。不思議なことであるが、死に近づけば近づくほど生が見えてくるので、死を隠蔽する社会では生もまた見えにくくなるという道理も納得できる。生と死は決して対立などしていない。まさに死の中にこそ生があるのだ。生と死は分かちがたく共にあり、全ての生命は、生と死が無限に織り成す宇宙の網の目の中で、永遠に無量無辺の生命交響曲を奏で続けている。個体としての生命体はその刹那にこぼれた一滴の光であり、祈りによって永遠の海に再び還っていくのだろう。

最後に、この度の断食修行でお世話になった日本山妙法寺亀有道場の牧野行暉上人からいただいた妙法蓮華経如来神力品第二十一からのお言葉を紹介したい。

諸仏救世者 住於大神通 為悦衆生故 現無量神力
(諸々の仏、世を救わん者、大神通に住して、衆生を悦ばしめんが為の故に、無量の神力を現じたまふ。)

断食明けにいただいた有り難い食をはじめ、生命を喜ばせるものは、すべて仏のはかりしれない不思議な力がはたらいているおかげであるという。自らの力で生きているのではなく、多くの生命に生かされてここにあるという驚きと、当たり前のことを有り難いと喜べることの有り難さをいつもに忘れずに、これからも毎日を過ごしていくことが出来たら、この上ない悦びである。いただきます。

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Comments

「イスラムが資本主義経済を完全否定」というところがよく分からなかった。そうだっけ?

Posted by: shamil | January 05, 2007 at 08:32 AM

あけましておめでとうございます、
はじめまして、突然のコメント失礼します。
貴重な現地レポートいつも楽しみに拝読しております。
今回のサダムの死刑執行は、仕事柄司法制度の観点からも
考えさせられることが多かったです・・・。
今年も現地ではお気をつけください。
ご活躍お祈りしております。

追伸、先日サイト運営をはじめまして、
もしよろしければリンクさせて頂けないでしょうか?

Posted by: KANA | January 05, 2007 at 02:00 PM

shamilさん、

先日のイードルアドハーの羊の施しありがとうございました。おかげ様で無事年を越すことができました。

また、新年早々こんな長文読んで下って感謝です。そして鋭いご指摘もありがとうございます。

前置きとして、「その原理において」と付け加えたとおり、現状を見る限り決してイスラーム社会は資本主義経済を完全否定しているわけではないと思います。ただ、イスラームの教義の特徴として(これもやはりその原理においてですが)「利子の厳禁」がありますから、資本主義経済が利子を前提としている限り、イスラームがその原理において資本主義経済を完全否定する宗教と言っていいのではないかと思ったのです。こうした説明が不足していたのは否めませんが、この感想文では断食体験で得た仏教の今日における世界的意義をまず書きたくなって、書きながら同時にイスラームとの連携の必要性を感じたので付け加えてみました。

Posted by: YATCH | January 05, 2007 at 02:06 PM

KANAさん、

はじめまして。先日トラックバックしてくださった方ですね。どうもありがとうございます。国際問題に関心のある方に読んでいただいて嬉しく思います。今後何かでご一緒できれば幸いです。リンクはフリーですので、こちらこそよろしくお願いします。あ、リンクしたサイトをおしえてくださいね。

Posted by: YATCH | January 05, 2007 at 02:57 PM

ありがとうございます!
これからよろしくお願いいたします。

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