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December 16, 2006

断食修行記 其の四

(番外編としてちょっとした体験記を書いておこうというつもりだったのに、興にまかせて書いていたらずいぶんと長いものになってしまいました。よろしかったらもうしばらくお付き合いください)

五日目。前夜は中食によって臓器が興奮していたのだろう、すぐに寝付くことは出来なかったが、朝も全身が温まったままである。空腹感もなく、一日のお勤めをうそのように楽にこなすことが出来た。あの中食前の三日間の苦しみは何だったんだろう。やはり身体が生まれ変わったのか、それとも断食によって一度飢餓状態を体験した身体が、やっと摂取できた栄養分と熱量を、これまでのように無駄に消費せずに大切に使っていくことを覚えたのだろうか。いずれにしても自己身体の変容の不思議に深く感心する。

Imgp6840この日も初日同様鹿の家族が草を食みにやってきていた。鹿は時折思い出したようにすっくと首を上げて、本堂でお題目を唱えながらウチワ太鼓を叩くわれわれをじいっと見つめている。鹿の目にわれわれは一体どのように映っているのだろう、さぞけったいな生き物に見えるんだろうなあと思いながらしばし見詰め合う。かつては共存できていたはずの動物と人間。生存のためにやむなく動物たちの命を奪っても、野生動物たちの生きる世界を尊重してその霊を供養していた時代は、かろうじて維持された対等的な関係によってそこに人間と動物との魂の交感が成立する余地が存在し、言語以前の異種間対話が可能だったはずだ。そうした対話を通じてしか人間と動物の間の和平はありえない。しかし人間は箍の外れた欲望を充足させるためにこうした野生動物たちの生きる領域を次々に奪っていって、究極的には家畜化によってかつての対等的関係は破壊されていった。今日ではお互いの対話の可能性が失われたどころか、人間と動物のすむ世界間のこの悲しい断絶は、もはやかつて対話が成立したことの記憶すらも全て消去され、絶望的なまでの断絶状態に陥ってしまった。人間はその断絶をさも賢しげに文明などと呼び、いつでも好きなときにモノと同じように動物の命に手を加え、酒池肉林の宴を繰り返してその虚栄心を満たして悦に入ってきたが、ここにきて狂牛病やトリインフルエンザなど動物界からその断絶を打ち砕こうとする復讐とも言える攻撃にさらされている。これらはかつて対話が成立した対等的な関係を取り戻そうとして、なんとかしてそこに交感のための回路を生み出そうとする悲痛な試みなのかもしれない。そして、いまやその悲惨なまでの断絶は、人間と動物の間だけでなく、グローバリゼイションなどという美名の下で、同じ人間同士の間でも生まれている。しかし、対動物界同様、「対テロ戦争」などの手法では断絶をさらに深めるだけで、いくら続けてもさらなる攻撃を生み出し、いずれはお互いの世界が滅びていくことだろう。

Imgp6877_1結局異種間対話は成立しないまま鹿の家族は連れ立って林の中に消えていった。ふと北の窓に目を向けると、ゆっくりと仏舎利塔に向かって歩く小さな小さな老女の後姿が見えた。三日目から参加された安寿さん(尼僧)だ。11年前の断食でもご一緒だったこの安寿さんは、この度齢90にもなるとのことだが、耳は遠いものの頭は大変しっかりとしている。杖をつき、曲がった腰を支えながらも、一歩、一歩と、陽に白く輝く仏舎利塔に近づいていく。腰が悪く毎朝の御参りには一緒に行けないので、今お一人で御参りに行こうとしているのだろう。塔を登る階段の前にたどり着き、仏像の前で一礼すると、小さい躯体がさらに小さくなった。そのままどのくらいの時間が流れただろう。安寿さんはそのままの姿勢で微動だにせず祈り続けている。何を祈っているのかはわからない。ただ一心に、「南無妙法蓮華経」とお題目を唱え続けているのかもしれない。私もただ一心にその祈る姿を見つめていると、仏舎利塔と安寿さんの姿が次第に溶け合っていって、これまで見えていた建造物としての仏舎利塔が、全く新しい意味を持った姿に変容して、私の心に立ち現れてきた。一心に祈り続ける安寿さんの後姿はますます輝き、それにともなって仏舎利塔も天の青と日輪に照らされた地の緑に包まれていよいよその白い輝きを増し、風景は完全なる調和による交歓の喜びに満ち溢れていた。ただひとり、仏の前に立つ小さな姥の姿に、人間の祈りの美しさを見た。神仏は信仰のある祈りによってのみ存在するのだろう。

神仏を殺してまでも文明の発展への道を勤しんできた人類によって拵えられたこの現代社会では、多くの人間が更なる発展と成功への強迫観念に憑かれてわれ先へと生き急ぎ、疲労で歪んだ皺だらけの顔を化粧やら整形やらでひた隠して、自分たちはいかに幸福であるかと見せびらかし合うことに余念がないが、その化けの皮を一枚でもひっぺがせば皆無明の地獄で悶え苦しんでいる。動物界に飽き足らず、同じ人間同士の間でも対等的関係をことごとく破壊して断絶を生み出し、それによって得られる束の間の富の饗宴に呆けているうちに、神仏の世界との断絶も絶望的に広がってしまった。気がつくと人類は切り離された世界の間に張り巡らされたこの虚ろな網の目の上で、綱渡りの稽古よろしくせっせと世渡りに勤しんできたが、ふとした瞬間にその断絶の底なしの深淵を覗いてしまい、足を滑らせて堕ちていくものが後を絶たない。いや、一度堕ちてでも見なければ、その断絶の本当の恐ろしさはわからないだろうし、誰もが皆いつかは切れる網の上で踊らされているということにも気がつかないだろう。そして、限りなく堕ち続けていくこの無間地獄の中で、その断絶の淵から救いあげてくれるものはただ一つ、信仰のある祈りだけではないのだろうか。

それでもまだ信心のもてない私は、安寿さんの美しい祈りの姿を、驚嘆と憧憬が入り混じった心でただただ見つめているのであった。(つづく)

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