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August 28, 2006

行ってきます

相変わらず出発準備でバタバタで直前の更新です!

★ イラク周辺地域へ出発のおしらせ
PEACE ON IRAQプロジェクト継続のため、相澤と高瀬が8月28日に日本を出発し、シリア、ヨルダンなどイラク周辺地域に向かいます。

●活動内容は、
・ 現地スタッフのサラマッド達との打合せ、支援の調整(レポートでお伝えしたとおり、現在バグダードでの支援の継続が困難なため、無事に家族の避難先モースルに戻ったサラマッドは現在モースル市内の病院、障がい児福祉施設、孤児院などを訪れて調査中)

・ 10月に中和ギャラリーで開催されるイラク人作家6人展のため、アンマン在住のハニ・デラ・アリ氏などアーティスト達との打合せ(2作家来日予定)

・ シリアでは主にアラブ雑貨等の仕入れ、またイラクから逃れてきたパレスチナ難民の調査を予定

帰国は9月21日の予定です。


引き続き皆様の温かい支援、ご協力のほどどうかよろしくお願いいたします。

・振込先 郵便振替 00160-2-647637
      口座名 PEACE ON
・備考欄に「イラク支援」とお書きください。


●帰国報告会●

日時 9月24日(日)14:00~16:00(13:30開場)
場所 本駒込交流館4階洋室A 
住所 東京都文京区本駒込3-22-4 
(東京メトロ「本駒込」駅2番出口右へ5分)
参加費 500円


取り急ぎですみません

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August 19, 2006

シャハラザードに忘れられた故郷

明日19日のイベント、ライジングサンでのトークならびに明後日の講演に備えて札幌に来ています。更新遅れていたイラクレポートをひとつ。


無事バグダードからモースルに戻った現地スタッフのサラマッドからのメールには、変わり果てた故郷の様子が綴られていた。

「もし君が自分の目であの現実を見たら、僕が言葉で伝えることなんて全く比べものにならないということがわかるだろう。あれは決してバグダードじゃない。別の都市、まさに死の都市だ。光も命もない、ただ殺戮と恐怖の生活。自分が見たものを君が見られるように、僕の瞳を君にあげることができたならと思う。涙なしでは見られない。

人々はいまバグダードを亡霊の都市と呼ぶ。からっぽで通りに車も人もいない。昨年までは渋滞から通り抜けるのに1時間半かかっていたルートも今では多くのチェックポイントがあるのに10分もかからない。中心部の商店ですら午後2時になるともう店じまい!以前は夜10時頃まで開いていたところがだよ。街で見かける輩といえば、一般車両に乗って銃を持つ連中ばかり。午後4時に通りに立てばもうあたりには誰一人いないんだ。本当に怖かった。朝早くでも、殺されるのを恐れて多くの店は閉まっている。君もよく知っているカラダ通りの商店街、あの一番の繁華街ですら4軒に1軒の割合しか開いていない。他の通りじゃほとんどがもう仕舞屋で、開いているのはせいぜい1、2軒だろう。もし朝にパンが手に入らなかったらその日はもうパンなしで暮らさなきゃならないってことだよ。

ガソリンは1リットルあたり2500ID(イラクディナール:1$は約1500ID)でもはやヨーロッパ以上。以前は350IDだったガス1ボンベが20000ID。50度を超える暑さの中相変わらず電気は6時間に1時間のみの通電・・・


実家のあるドーラには米軍とイラク軍が完全に包囲していて帰ることが出来なかった。バグダード近郊のおばさんの家にお世話になっていたんだけど、おばさん夜寝るときは自分の部屋も含め全てのドアに鍵をかけるんだ。一度近所にシーア派民兵のマハディー軍がやってきて、一家皆殺しにされたことがあるからだ。おじさんの会社の従業員に何人かマハディー軍の人間がいるから何とか大丈夫みたいだけど、聞くとマハディー軍は夜襲などの際、警察に賄賂をわたしチェックポイントで見逃してもらったり、警察の車や銃を借りたりまでしているらしい・・・。

(以下とても長く複雑で今は書ききれないので今回は省略します)

この状況では僕らのNGO活動もとてもこれまでのようには出来たもんじゃない。病院に医薬品を届けることも出来なかった。保健省の事務所なんかもマハディー軍に占拠されたりしていて、米軍が急襲したら拷問部屋があったり、また、ディアラの高名な医師が保健省に呼ばれた際に、なんと保健省事務所のある建物の中でマハディー軍に拉致されたり。もちろんディアラの医師たちは皆で彼を解放しろと要求したが、3日後に拷問痕のある遺体として発見されたんだ。ところでこれまでコンタクトを取っていた医師は今オマーンに避難しているから、後任の医師からの連絡を待っているんだ。

これまで(弟が継続して)支援してきた障がい者福祉施設は、今子ども達は夏休み中だけど、アルマナー身体障がい者学校のマネージャーとは連絡が取れた。あまりに治安が悪いので2週間に一日くらいしか学校には行けないみたい。久しぶりだったから僕がバグダードに帰ってきてくれたことをとても喜んでくれて、この状況下では通学バスのサポートを一時中断せざるを得ないことも了解してくれた。そして代替支援案として、施設の図書室を充実させるというPEACE ONライブラリープロジェクトにも同意してくれた。ただ問題はこの学校が完全にシーア派居住区にあること。マネージャーは(スンナ派の)僕が来ることを完全に極秘にするって約束してくれているけど、市内でいい児童用の本を扱っている書店があるところはどこもトップクラスに危険な地域ばかりなんだ・・・。

バグダードを車で運転しながら、空っぽで汚く変わり果てた街を見て、あの歌、Je m'appelle Bagdad(My name is Baghdad)のあの一節、『シャハラザードは私を忘れた・・・』を思い出してしまった。」

(注)Je m'appelle Bagdad(My name is Baghdad)は、オーストラリア出身の女性シンガー、Tina Arena の新曲。かつて誇っていた美も栄華も、今はまるで廃墟のようになってしまったと嘆く女性の哀しみ、人間の儚さを、変わり果てたバグダードの都にかけた歌。
ビデオクリップ
フランス語・英語対訳
シャハラザードは千一夜物語・アラビアンナイトの語り部

このようにバグダードでの支援の継続が困難なため、無事に家族の避難先モースルに戻ったサラマッドは現在モースル市内の病院、障がい児福祉施設、孤児院などを訪れて調査しています。来月には私も周辺地域にて支援の打合せならびに調整を行いますので、引き続き皆様の温かい支援、ご協力のほどどうかよろしくお願いいたします。

・振込先 郵便振替 00160-2-647637
      口座名 PEACE ON
・備考欄に「イラク支援」とお書きください。

親愛なる人々の住むイラクをどうか忘れないでください。

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August 16, 2006

アラブの魅力と壊されゆくイラク

直前のお知らせで恐縮ですが、明日16日夜7時からPEACE ON事務局高瀬がワークショップでお話しますのでよかったら遊びにきてやってください。
タイカレー500円、水餃子350円、サラダ300円、冷麺500円など揃っているそうです。

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●日時:8/16(水)19:00-23:00

●場所:交流イベントスペースあかね(東京メトロ東西線早稲田駅3分)

●講師:高瀬香緒里

・自己紹介
1978年、京都生まれ。同志社大学文学部哲学及び倫理学専攻卒業。長野県での隠居生活中にイラク戦争開始。現在は、NPO法人PEACE ONにて、イラク支援・文化交流活動に取り組む。同法人理事。27歳。

イラクという国の魅力にとりつかれて早3年半、日に日に情勢の悪化するこの国を、ただ見ているだけというのは辛いものがありますが、それでも愉快なイラーキーと接するのはほんとうにオモシロイ。支援と交流をとおして、これからもお付き合いしていきたいです。そして日本にも、イラクが好きと関心をもってくれるひとが増えればいいなと思っています。
最近では、「共謀罪」反対にも力を入れています。

・ワークショップ名
「アラブの魅力と壊されゆくイラク」

・ワークショップ要旨
イラク隣国ヨルダンを訪れ、そこで知った底抜けに明るいアラブの毎日と、突きつけられたイラクの現実とのギャップ。本ワークショップでは、ヨルダン報告を中心に、いかに魅力的な国イラクが破壊されているか、写真と映像を使って、その事実を見ていただきます。

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また、このブログではお知らせ遅れていましたが、「アメリカにイラクにおける暴力を止めることを求める緊急嘆願書への署名」は、おかげ様で目標の5千を超える5495筆の署名をいただき、8月9日アメリカ大使館に届けることが出来ました。詳しくはイホネットのHPならびに高遠菜穂子さんのブログ高瀬香緒里のブログをごらんください。皆様のご協力本当にありがとうございました。

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August 12, 2006

レバノンへ今最も必要な人道支援とは

9日文京区民センターでのイスラエルのレバノン侵略を問う緊急集会に続いて、11日の東上線上福岡駅前での緊急集会にも参加して少し発言してきた。先月からこれまで3回ほどイスラエル大使館前の抗議にも参加してきて、ここにきて少しずつ反対の声も高まってきたようにも感じるが、残念ながらこの日本からの声は国際世論を動かすほどの力には程遠い。以前は武器をとり闘っていたヨルダンの友人も、今はレバノンへの人道支援活動のため奔走しているが、なぜ世界はこの蛮行を止められないんだと憤懣やるかたない。その友人から、何とかいっしょに支援出来ないかと相談を受けていて、今後のスケジュールなど調整しているものの、さすがに緊急の支援となるとレバノン現地パートナーと連携しての長年の活動経験のあるNGOを通して行ったほうが効率もいいので、ちょうど先日集会でご一緒した「パレスチナの子どもの里親運動(JCCP)」のレバノン緊急募金を、この場を借りてお知らせします。
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募金先(郵便局振替口座)
口座記号番号 00120-0- 112249
加入者名   パレスチナの子供の里親運動
(通信欄に「緊急募金」とお書きください)
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JCCPは1984年から現地のNGO(ベイト・アトファル・アル・ソムード)を通じてベイトのパレスチナ難民キャンプに支援を続けてきたNGOです。PEACE ONでも、先日の勉強会で岩手の会員「瑠璃屋」さんが送ってくれた手作りのケーキなどを会場で販売し、その売上を全てここに募金しました。ぜひともご協力お願いします。

もちろんあらゆる支援が必要なのだが、今最も必要な支援とは何だろうか?イラク戦争中、訪れた病院のドクターに、「薬やドクターは足りていますか?今最も必要な支援は?」と尋ねたとき、「今最も必要な支援は、この戦争をとめることだ」と言われたことが忘れられない。

あのイラク戦争だって止められていればこんなに人が死ぬこともなかったし、ここまで支援で大変な思いをしなくてもすんだことだろう。いくら支援をしたところで、戦争が終わらなければ、いつまでたっても同じことの繰り返しなのだ。

ここにきてやっと国連安保理で戦闘の完全停止決議が採択されたが、数時間後、あざ笑うかのようにイスラエルの攻撃は続いている。(関連記事)国際世論はあくまでも即時停戦の圧力をかけ続けていかなければならない。戦争を止めることが、今最も必要な人道支援なのだ。

ところでバグダードへ向かった現地スタッフのサラマッドから、無事モースルに戻ったと連絡があった。とりいそぎ報告まで。

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August 08, 2006

イスラエルのレバノン侵略を問う8.9緊急集会

緊急企画で私も発言することになりましたのでおしらせします。


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イスラエルのレバノン侵略を問う8.9緊急集会

   緊急ですが、ぜひご参加ください。

主催:劣化ウラン兵器禁止・市民ネットワーク(たんぽぽ舎気付)

1.講演(3人)
 ●レバノン・パレスチナの歴史的経緯:
         田浪亜央江(たなみあおえ、一橋大学院生)
             パレスチナ問題に詳しい

 ●レバノンの映像などを映しつつ:豊田直巳(ジャーナリスト)
                レバノンで取材の経験も

 ●イスラエルが使う非人道的兵器:山崎久隆(劣化ウラン研究会)

2.発言(6人プラスα―私も一言、二言。いろいろ言いたい)

  鎌仲ひとみ(映画監督・ヒバクシャ、六ヶ所村ラプソディ)
  相澤恭行(NPO法人PEACE ON代表)
  福士敬子(都議会議員)
  白井佐智子〔パレスチナ(レバノン)子どもの里親運動〕
  北宏一郎(劣化ウラン兵器禁止・市民ネットワーク、
       ヒロシマ原爆で両親をなくす。それと今の
       レバノンの空爆下の市民が重なる…)
  柳田 真(たんぽぽ舎)
  
  会場からの発言

3.メッセージと文章と
  広瀬 隆(作家)、綿井健陽(映画監督)

4.●と き:8月9日(水)午後6時半~9時(6時開場)

  ●ところ:文京区民センター2F(東京都文京区本郷4-15-14)
           ※地下鉄都営三田線春日駅下車徒歩3分
            JR水道橋東口下車9分
            TEL03(3814)6731 

  ●会場費・資料代:800円

主催:劣化ウラン兵器禁止・市民ネットワーク
   たんぽぽ舎気付
   〒101-0061 東京都千代田区三崎町2-6-2ダイナミックビル5F
    TEL 03-3238-9035 FAX 03-3238-0797

☆ ビラコーナー、署名コーナー、パンフ販売コーナーも
 設けます。ご活用下さい。

☆ 当日は、資料集を用意―天木直人氏の対談、
 ベイルートアピール(レバノン連帯国際派遣団の宣言)、
 新聞切り抜き、その他関係資料

他詳しくはPEACE ONのHPもご覧ください

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August 06, 2006

故郷イラクへの旅路2 ~バグダード恐怖の日々~

避難先のイラク北部モースルで無事家族との再会を果たしたイラク人現地スタッフのサラマッド。喜びもつかのま、バグダードでの恐怖の日々を聞いて言葉を失う。心配するといけないからと、彼がフランス滞在中は言えなかったことが多かったそうだ。

あれほど頑なに家を護ると言い張っていた父親が、ついに避難を決めた理由は、二度ほど直接銃撃にあい殺されかけたからだそうだ。一度は隣にいた親友が撃ち殺されたという。

ちなみに今バグダードではそれぞれの地区をそれぞれ違った武装したグループが支配していて、よそ者というだけで殺されてしまうので、地区から地区へと渡り歩くことがなかなかできない。

ドーラでもサドルシティでもアダミヤでもどこでも、通り、そして電柱など、いたるところに血糊がこびりついているという。電柱に括りつけて殺すからだそうだ。

そして通りのいたるところに死体が転がっていて、その脇を通って食べたり飲んだりすることがもはや普通のことになってしまっているとも。

ドーラそしてハイ・アル・ジハードでは、子ども達が死体をゴールにしてサッカーをしている・・・。

また、イランから大量の古い食物、毒入りのお菓子、そして鉄くず入りの粗悪品の小麦粉など入ってきて、食べる前に磁石でチェックしないといけない、また、他にイランから爆発物の混入された携帯電話の充電器やガスのボトルなども入ってきていて、危険なので使用しないようにと内務大臣すら警告したそうだ。(以上真偽の程は定かではないが、こうした噂が立っているということだけでイランに対する印象の悪さが伝わってくる)

非常に多くの連中が、お金目的で子どもや女性を含めて誘拐している。

今ドーラを支配しているアルカイダ系とも言われるオマル軍は、シーア派民兵のバドル旅団やマハディー軍を殺すためにサウジアラビアやエジプト、他スンナ派の国から資金援助を受けているという。それはシーア派とイランが増長し勢力を拡大していくのを恐れているからだとも。ひとり殺害すると700ドルもらえるらしく、何人かメンバーの名前を教えてもらったところ、信じられないことに、サラマッドの友人も何人か含まれていたという。そして住民の多くは身を護るために彼らに食事や多額の寄付を与えているそうだ。

いまや多くの若者は各グループのスパイ、大人は殺人を仕事にしていて、ドーラにいる隣人のほとんどはスパイか殺し屋に変わり果てていて、他の地域でもほぼ同じだろうという。

「あの友達がどうしてスパイや殺し屋になれるんだろう、あんなにいい奴だったのに、どうしても信じられない・・・」

この猛暑(50度以上)の中、電気は6時間に1.5時間通電のみ。ガソリン価格は17リットルで20000イラクディナール(1リットル100円近く)と高騰している。

上記は闇価格だが、ガソリンスタンドで給油すれば警察がやってきてスンナ派だとわかると殺されてしまうので、誰も怖くてスタンドには行けない。病院ですら同様だという。

また、以前弟の友人Kが玄関先で何者かに撃たれ瀕死の重傷を負った際の話だが、(1月23日の拙ブログ記事参照)あの時はKが弟のところに携帯電話を置き忘れていたらしく、妹がその携帯を取って玄関先でKに手渡した直後、妹の目の前で銃撃にあったという。それからというもの、当時の恐怖がトラウマになってか、毎晩起きて叫びながら歩き回っているようで、サラマッドが帰った夜もそうだったようだ。

そのKが病院に運ばれたときのエピソードもさらに詳しく聞いた。Kの兄弟ははじめ医師に両腕を切断しなければ助からないと言われたが、手術を待っている間、助手から「切断する必要はない。あの医師は手術する手間を省きたいだけだ」とこっそり耳打ちされ、どういうことだと医師に詰め寄った。さらに「今すぐ手術しなければ殺す」と脅したところ、医師はすぐさま取り掛かったそうだ。後に彼を別の私立病院に移したところ、やはり両腕を切断する必要はないとのこと。今、Kの腕はほんの少しは動くようになっている。

Kにまつわる話をもうひとつ。ある日医師に、「プラズマ注射がどうしても必要なのだが、ここにはない」といわれて、サラマッドの家族も皆手分けして病院を回り探したが見つからない。するとその医師の助手がやってきてどうしたんですかとたずねてきた。家族はプラズマ注射がないとKが助からないと言うと、「私に持ってきてほしいですか?ならば30000ID(約20ドル)支払ってください」と言うのでお金を渡すと、なんと、はじめ医師がここにはないと言った同じ病院の薬局から持ってきたという。

「YATCH、これでいかに人間の命が価値のないものに変わり果てるかわかるだろう。注射一本分の価値すらないんだ。そして、どれほどまでにイラクが終わってしまったか」

民兵による被害は深刻だが、以前のように外国人が人質になったりする危険は相対的に減少しているのではないか、そして今自分がイラクに入って活動できる可能性はどの程度かとの質問には、もし今イラクに来たら、金のために誘拐する連中の最高のプレゼントになってしまうとのこと。外国人が人質になるのが減っているのではなく、単にイラクに入る外国人が極端に減っているというだけで、決して誘拐の危険は減っていないと言う。入っていても数えるほどのジャーナリストくらいで、ほとんどはシェラトンやパレスチナホテルなどに篭って取材はイラク人にやらせている。先日、私の友人の日本人ジャーナリストも約一週間バグダードを取材して無事帰国したが、やはりとても以前と同じようには活動できず、また昔を知っているだけに、変わり果てたイラクが悲しかったと言っていた。私の気持ちもわかるが、今来てもほとんど外出はできないので、NGOとしてとても以前と同様の活動は出来ないと言う。

「こんなこと言うのはとても悲しいことだけど、もし僕らの活動が君の命を意味するのならば、胸が張り裂けるけどむしろ活動をやめたほうがいいとすら思っている。だって最も起きてほしくないことは、自分の実の兄弟のような君を失うことなんだよ」

そして、これからバグダードに向かうと結んであった。


ところで今日は8月6日、61回目のヒロシマ原爆忌である。一昨年はバグダードのギャラリーでウードの哀しい調べとともに、昨年は広島にて蝉時雨に打たれながら、「あの日」のことを考え祈っていた。今年は東京にいるが、イラク、レバノンで吹き荒れる暴力、この終わりなき人類の業の深淵を前にして、それでもやはり「あの日」のことを考えている。

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故郷イラクへの旅路

極度に治安が悪化したバグダードに住む家族から帰国を止められていて、昨年末から妻アマラの国フランスでの避難生活を送っていたイラク人現地スタッフのサラマッドが、ついにイラクに帰り、無事家族との再会を果たしたと電話がきた。

「アルハムドゥリッラー(神のおかげで)、何とかイラクにたどり着いたよ。とりあえず無事のおしらせ。詳しくは後でメールするよ」

イラクに帰国したとはいっても、故郷バグダードではなく家族の避難先、北部の都市モースルである。彼らの住んでいたドーラ地区はとりわけ治安が悪化していて、もう限界だと一ヶ月ほど前からモースルの親戚の家に避難していた。

今朝届いたメールには、モースルまでの道中と家族から聞いたバグダードの様子が、段落もなくスペルミスもお構いなしに長文でびっしりと書き込まれていた。

イスラエル大使館への抗議に何度も足を運んではいるものの、一向に治まる気配のないレバノン情勢についても書きたいことはあるのだが、取り急ぎ先にこちらから紹介する。

フランスの医師から寄付してもらった100キログラム以上にも及ぶ大量の医薬品、医療器具などの支援物資も持っていくため、道中は困難を極めたようで、行間からも労苦と溜め息が滲み出てくるようだ。

まずはパリからヨルダンの首都アンマンまでの飛行機。ロイヤルヨルダン航空に問い合わせると、これまでと同じように、はじめは荷物の事情を理解してくれて特別の計らいをしてもらえるとのことだったそうだが、出発の前日になって突然重量超過分は規定の料金を支払うようにと連絡がきた。話が違うと食い下がると、様々な責任者間をたらい回しにされた挙句、「イラク人にはアメリカがいるじゃないか。彼らが助けてくれるよ」とまで言われる始末。怒りを抑えてあきらめずに粘り強く交渉した結果、20キロから40キロ、最終的にはひとり60キロまで許可がおりた。それでも全ての支援物資は積みきらないので、あえなく着替えや家族や友人のために用意したお土産などを置いていかざるをえなかったそうだ。

アンマンには夜11時頃到着。なかなか大量の荷物を市内のホテルまで載せてくれる車が見つからず、やっとこさホテルに着いたときにはすでに深夜3時。ホテルのスタッフは乱暴に荷物を扱うものだから二つもバッグを壊してしまったうえに、一泊15JD(ヨルダンディナール 1JDで約160円)とこれまでの倍近くに騰がっている。アンマンで数日滞在して何人か友人とも会おうと思っていたが、これでは高すぎるし、レバノンからの避難民が大勢アンマンにきている影響もあってか、45分以上待ってようやくタクシー捕まるような状況なので、すぐさまシリアに向かおうと予定を変更したそうだ。

ところで前回2月に私がイラク人画家のハニさん宅に預けていったイラクの子ども達への文房具を取りに行くと、ハニさんは仕事で留守だったらしく、末っ子のハッスーニが出て「なんでYATCHの荷物を取るんだ。渡さないよ」と言われてしまったが、持っていたお菓子と交換ではどうか?と交渉するとあっさりと渡してくれたようだ。

さてシリアのダマスカスまではバスが安いのだが、この荷物では確実に国境で足止めを食らうだろうし、他の乗客もいる手前融通もきかないだろうと言うことでタクシーに変更。案の定国境ではいくらか賄賂を渡すと荷物もノーチェックで通過できたそうな。途中でタイヤがパンクしたので他のタクシーに乗り換えてダマスカスへ。巡礼地サイーダ・ザイナブ周辺などを少し散策し、モースル行きのバスに乗り込むと一人40ドルも取られた。家族からは13ドル程度だと聞いていたのにと周囲に尋ねると、レバノンからの避難民が押し寄せていてドライバーをどこも大忙しで値段も跳ね上がっていると言う。イスラエルの攻撃によって、レバノン総人口の3分の一近い100万人もの人が避難民になっていることを考えれば無理もない。

9時間ほどかけてバスはイラクとの国境(ラビーア)へ。シリア側税関で、サラマッドは問題ないが、連れのアマラははじめダメだと断られてしまう。結婚証明書を見せてそのコピーをとって何とか通過。さて問題はイラク側の税関。クルド人兵士「ペシュメルガ」がいてアマラの入国を頑として許可しない。ビザを見せてもこれはもう終わっているだの、結婚証明書のコピーを見せてもオリジナルをよこせだの、パスポートを見せてもこれはバグダードでしか通用しないだの、パスポートでぴたぴたと顔を叩かれながら嘲笑されたそうだ。やがて奥の事務室に通され、たらい回しにされた挙句の果てに、一度シリアに戻ってイラク大使館でビザを再発行してもらって来いという。それは困ると必死で懇願を続けた結果、何とか特別の臨時ビザを発行するという形で収まったが、手数料として80ドルも要求されたそうだ。おそらく同様の手口で賄賂を得る小細工を繰り返してきて、すっかり味をしめてしまったのだろう。まさに犬以下の扱い(アラブでは犬は侮蔑表現)を受けて、あんな連中に国を乗っ取られてしまったと、もうしばらくはイラクに帰ってくるものかとすら考えたそうだ。

しかし、苦難の旅を終えようやくモースルで無事家族と再会を果たした途端に、そんな思いはもちろん吹っ飛んだそうな。そして、家族はバグダードでの恐怖の日々を語り始めた・・・。(続く)

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