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June 30, 2006

アメリカにイラクにおける暴力を止めることを求める緊急嘆願書への署名のお願い

標記件署名のお願いです。イラクホープネットワークのHPを見ていただければわかるのですが、以下少し書いてみます。

イラクでは、見せかけの政治プロセスの裏で、治安は一向に改善しないどころかむしろ悪化の一途であり、その中で多くの市民の命が奪われていることは、イラク問題に関心を寄せる皆様におかれては、様々な情報からある程度は認識されているでしょうし、深く心を痛めていることと思います。

現在激しい掃討作戦が展開されているバグダードのドーラ地区に住むPEACE ON現地スタッフのサラマッドの家族は、モスクの責任者である父親と母親を残して、弟と妹たちは皆郊外の親戚の家に避難しています。サラマッド自身はイラクへの帰国を家族に反対されていて、いまだ妻アマラと共にフランスで待機しています。「家族が心配で夜も眠れない。気が狂いそうだ。今すぐイラクに帰りたい・・・」と嘆く彼の苦しみは計り知れません。

これまで拙ブログでも繰り返し紹介してきたように、このようにとりわけ首都バグダードの状況が最もひどいと言われてきましたが、ここ最近では南部のバスラ、サマーワ、そして中部ラマーディなど、各地での状況も日増しに悪化しています。他にも多くの友人、知人が、イラクから避難しています。

昨年個展のため来日したイラク人画家ハニ・デラ・アリさんから昨夜届いたメールによると、ラマーディ在住の彼の母親と兄弟が、あまりの状況悪化から近郊の町ヒート(ハニさんの故郷でもあります)に逃れ、酷暑のなか水も電気も不十分な避難生活を余儀なくされているそうです。

また、先達ても少し触れましたが、ラマーディで高遠さんの友人のお兄さんが交通事故にあい、病院に運ばれる途中に米軍の検問に阻まれて命を落としてしまいました。

以上は今年4月から始まったラマーディにおける米軍の包囲攻撃による悲劇のほんの一端にすぎません。

他にも、これまで伝えてきたように、各地の治安悪化の要因は確かに様々です。連日報道される爆弾テロから、シーア派民兵によるスンナ派市民の拷問殺害。このように煽られた宗派対立によって、もはやイラクは内戦状態とも伝えられていますが、こうした混乱の元凶はやはり米軍による違法なイラク侵攻から始まる占領統治の失敗ではないでしょうか。

現在もラマーディやバグダードで展開されているように、「武装勢力の掃討作戦」と称した米軍中心の軍事攻撃を激化すればするほど、一般市民の犠牲も増え続け、その反動としての暴力も激化し、治安がさらに悪化していくという悪循環に陥っているのです。

当たり前のことですが、こうした混乱の犠牲はいつも私たちと同じ一般市民です。これ以上の犠牲を一人でも減らすために、私たちに今何が出来るのでしょうか。

PEACE ONも参加しているイラク支援NGOのネットワーク、イラクホープネットワークでは、高遠菜穂子さんの友人の兄の死をきっかけにして、ブッシュ米大統領宛ての「イラクにおける暴力を止めることを求める嘆願書」を、弁護士などの協力を得て準備いたしました。詳しくはHPをご覧になってください。http://www.iraq-hope.net/

申し入れ書を読んでいただければわかりますが、今回はラマーディにおける軍事作戦の中止に焦点を絞っています。もちろんイラク全体の暴力を止めなければならないのですが、身近で具体的な事例を挙げられるところから、ひとつひとつ確実に声を届けていこうという判断です。

そこでぜひ、みなさまにも署名をお願いしたいと思います。署名は英語ですが、HPに日本語での解説も載っています。そして、多くの人にこの署名を広めてください。英語の紹介ページもありますので、 http://www.iraq-hope.net/english.htm 外国人の友人知人にも大いに広めていただければ嬉しいです。

もちろんこの署名だけで暴力が止まるほど世の中甘くないのは、人間の盾でも戦争が止まらなかった現実を現場で体験した自分にとって百も承知であります。それでも、何もしなければやはり何も変わらないし、むしろそれは現状を支持していることと同義だと思います。一人の声、一人の署名でも、多く集まればそこから大きな力が生まれる可能性が生まれます。たとえどんなちっぽけな可能性でも、そこに可能性がある限り、やってみる価値はあると思うのです。ちっぽけな一人一人からかき集めた税金は、やがて戦争という巨大な暴力に使われる可能性もありますし、実際は残念ながらそれが現実となってしまっていますが、その逆の方向に動かす可能性だって、私たちちっぽけな一人一人がもっているわけですから。

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June 29, 2006

四国行脚記

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遅ればせながら四国行脚記なんぞ書いてみる。思えば3年前、イラク戦争での人間の盾活動から帰国直後の2003年5月、高松での講演に呼ばれたのをきっかけに、四国学院大、そして徳島と、次から次へと参加者が次の講演を主催されて、おかげ様で四国講演行脚も今年で四度目。これも弘法大師空海の御利益かしらん。(写真は高知の最御崎寺)

6月8日、雨の高松空港に到着するとザルカウィ殺害を伝えるTVニュース。四国学院大の山本先生、中村先生、ムアンギ先生3人総出で迎えに来てくださって、繁雨に霞む讃岐の山に分け入り怪しげな中華料理屋で餃子をご馳走になる。山本先生は怪しくて美味しい店を良くご存知だ。昨年は打ち上げで確か四軒ははしごしただろうか。

9日、四国学院大学で講演。ケニア出身ムアンギ先生の平和学の講義でのゲストだが、一般からも何人か参加してくださった。内容は、イラクでの戦場体験、そして支援活動を通して考えた憲法9条。昨年は機材の調子が悪くビデオが写らなかったので、今年はせっかくだからといろいろ欲張りすぎてしまい後半話が押してしまった。終了後の打ち上げはいつもの焼肉屋で韓国人留学生も交えて談笑。酒豪揃いだったが昨年深夜3時頃までの深酒を反省してか今回ははしごせず解散。

10日、朝飯に恒例の宮武うどん店で讃岐うどん。まんが日本昔話に出てきそうな讃岐の山々を周囲に抱く長閑な田園のど真ん中、外観は普通の民家で、ひっそりと街道の奥にあるのだが、観光バスからもぞろぞろと客が訪れるほどの人気の店で、確かに美味い。書入れ時のはずのゴールデンウィークなどは、客があふれ近隣に迷惑をかけるからと休みにすることもあるという。余裕だ。

高松への出発前、昨年は空海が拵えたという満濃池を逍遥したが、今年は空海生誕の地「善通寺」に寄る。ちょうど創建千二百年祭の真っ最中の土曜日だったので、お遍路さんのみならず在俗の人でごった返していた。おかげで、漆黒の闇体験「戒壇巡り」は、本来一人静かに廻れれば闇を忘れた文明の光に倦んだ心を鎮め、胎内回帰的な絶好の瞑想の機会になると思い楽しみにしていたのだが、前後におばさんたちの嬉嬉としてまた奇奇怪怪な黄色い声がこだまして、いらん妄想が踊りどうにも興醒めだった。

しかしちょうど宝物館で催されていた「密教のほとけ」展に感動。香川を中心に四国、岡山各地から集められた曼荼羅、仏像、仏画約30点。ほとんどが平安、鎌倉時代につくられたもので、時空を超えて各々の仏の内面から迸るかような作者の魂魄に完全に圧倒された。

お昼頃電車で高松に移動。思えばこの四国行脚も、今回の講演主催者でもある香川県議会議員の渡辺さと子さんに3年前講演に呼んでくださったことから始まっている。今回も決して大勢の参加者ではなかったが、話を聞くのが初めての方と何度目かの方、また老若男女のバランスもよく、昨年同様質疑応答では憲法9条について活発な議論になり、自分自身も大いに刺激になった。講演の内容ではイラクの現状について昨日より深く話した。アフガン支援NGOの方も参加されていて、打ち上げでもいろいろと話したのだが、イラク同様アフガンの治安もやはり相当悪化しているということを聞いた。

終了後高速バスで徳島に移動。PEACE ON会員でもある吉見千代ちゃんが迎えにきてくれる。彼女は今回この徳島講演の主催者であるだけでなく、同時期に開催されるイラクアート展「LAN TO IRAQ」から、他この四国行脚全体のコーディネーターとして奔走してくれた。渡辺さと子さん、山本先生、そして千代ちゃんと、各講演会での出会いがこうして結び付けてきたご縁に改めて感謝。そういえば昨今はこうして各地の会員が企画してくれることが増えていてありがたい。園瀬川では2年ぶりに蛍が出迎えてくれた。そっと手をさしだすと、いつの間にか掌に乗ってきて、一期一会の幻灯を明滅させていた。

11日、午前中は四国放送ラジオ「サンデーウェーブ」に出演。イラクの現状、またイラクアートについてなど話す。コメンテイター、徳島大総合科学部助教授の饗場和彦さんの舌鋒が小気味好い。LAN TO IRAQ展開最中のカフェ、グリグリで昼食を済ませ、午後から講演。取材に来ていた若い新聞記者が偶然自分と同じ気仙沼出身で驚いた。高松講演同様少人数だったが参加者のバランスもよく、後半の議論も有意義なものだった。打ち上げには先日イラクアート展に関する渾身の紹介記事を書いてくれた朝日新聞の若手女性記者も参加してくれて、阿波に集う若き熱気で酒も美味かった。

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12日、午前中は千代ちゃんの友人、池田オーナーが経営するアジア雑貨とタイ古式整体のお店、「瑳り沙り」にてタイ古式マッサージをしてもらい行脚の疲れをとる。そのまま眠れたらどれほど幸せだろうと至福感に恍惚としながらカフェ・グリグリへ。午後2時からギャラリートーク。展示作品を解説しながら、その背景に浮かび上がってくるイラクの文化、歴史、風土、そして現状まで話を膨らませた。高松でチラリとお店を覗いたセカンドハンド代表の新田さんともお会いできた。(写真は朝日新聞松谷記者提供)

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その後徳島大学の饗場先生の授業で恒例のゲスト講義。一年生なので、戦争の実態と現地でのNGO活動についてやってほしいとのことで、遺体収容作業のビデオも含めイラク戦争時の写真と映像を中心に見せながら話した。ちょうど自己責任論についても取り上げていたそうなので、実際に現場を見て活動してきた人の話を聞かせたかったそうだ。約1時間半、水を打ったように皆静かに話を聞いてくれてありがたかった。終了後の食事会でも学生が数人参加してじっくりと話し込んだ。講義中は周りを気にしてかなかなか質問できない学生たちも、こうした場になるとずいぶんしゃべるし、しっかりとした考えを持っていて嬉しくなる。

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13日、作夜のW杯サッカー日本対オーストラリア戦まさかの逆転劇のせいか夢見が悪い。朝早くから千代ちゃんと池田さんと旦那さんと4人で高知へむけ出発。四国行脚とは言っても、これまでは讃岐と阿波の国のみだったので、初めての土佐に心は躍る。梅雨だというのにありがたいことに天気は好く、突き抜ける空と碧い海は眩しくでっかい。宍喰温泉で身を清め、風を切って一路室戸岬へ。念願の御厨人窟(みくろど)に入りしばし瞑想。ここは若き修行僧時代の空海が「虚空蔵求聞持法」を会得、つまり悟りを開いた場所としてしられている。洞穴の奥から外界を見つめると、確かに「空」と「海」だけが燦然と輝いていて、凝視していると洞穴入口が己の意識と外界とを繋ぐ唯一の閾にも見えてくる。このまま夜を徹してみれば、明けの明星が口から入って身体を貫いたという空海の感激が追体験できるのではないかという罰当たりな邪念に掻き乱されて瞑想は終了。

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最御崎寺、室戸岬などを拝みて、今度は海から山へと駆け上がる。千代ちゃんの友人、Kさん夫妻がきりもりする山の上のレストランでうまい空気とコーヒーをご馳走になり、Kさんとこの犬も二匹増えて、美しい棚田を横目に香美市の山を分け入った末に現れた手作りログハウスにお邪魔する。オーナーは手作り竹細工師のTさん。ランプの灯りの下に次々と集うひとびとは皆土佐に流れ着いたよそ者ばかり。世知辛い文明の光を厭い、共に陰翳礼讃の杯を酌みかわす。馥郁たるジャスミン風呂で汗を流して、ふと窓の外を眺めると、闇にとける湯気に誘われてか迷い蛍が風にたゆたう。山にこぼれるカリンバの音色、合わせて虫たちの奏でる夜想曲に包まれて、土佐の夜が更けてゆく。

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翌朝、目覚めのチャイを飲み干すと、カリンバや竹笛やジャンベなど手作り楽器のセッションが始まる。無心に魂を大空に解き放てば、リズムは山の鼓動と共鳴し、風が生命を海まで運んでいくだろう。ところで皆さんさすが自然派だけあって、ひょうたん三線で有名なふるさと気仙沼が誇るミュージシャン「熊谷もん」さんのことをよく知っていた。名曲「あかるいきざし」を久しぶりに聴いて心地よかった。(写真は吉見千代さん提供)

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午後、山の上のレストランに戻りうまいスパゲティを食べ、高知市まで下り、はりまや橋、高知城など訪ねた後、坂本龍馬ゆかりの桂浜で海を眺めながら幕末の志士に想いを馳せる。生まれ育った三陸の海と同じ太平洋なのに、やはり高知の海はでかい。空もでかい。波の表情も潮風の薫りも違う。これまで日本の夜明けを導いてきた空海や龍馬の思想や行動から放出されるあの突き抜けた大らかさは、やはりこの土佐の風土が育んだのだろう。ここまでちっぽけな自分というものを思い知らされると、むしろさばさばしてくるから不思議だ。今、日本のみならず世界は新たな無明の闇に覆われているようだが、終わらない夜はないし、あかるいきざしを見つけていくのは、いつの時代もやはりちっぽけなはずの人間なのだから。巡り巡ってここまで連れてきてくれた、すべての出会いに感謝して、四度目の四国行脚を終える。

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June 24, 2006

昨日発売のFRIDAYに

先日来日したイラク人カメラマン、イサーム・ラシードさんの写真と共に、イラクについての記事が掲載されているのでお知らせします。PEACE ONバグダード支部局長のコメントも載っています。

*ところで今日も先ほど現地から届いた情報によると、新政府が出来てもザルカウィが殺害されても治安は全く改善されないどころか、治安部隊や米軍など4万人以上も投入してバグダードで展開中の過去最大規模とも言われる大規模掃討作戦の結果、治安部隊にバドル旅団やマハディー軍など多くのシーア派民兵が入り込み好き勝手やっているらしく、治安はさらにひどくなっているようだ。そんな中、陸自撤退を決定した日本政府は空自の米軍支援を拡大していくとのことだが、現地スタッフは、「知ってるよ。アメリカについていくしか道のない日本のような国を気の毒に思うよ。本当に悲しいことだ」とのこと。取り急ぎ

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靖国で会いましょう

PEACE ON主催の勉強会が明日に迫ったので拙ブログでも紹介します。好評だった前回の「原点から考える日本国憲法9条」から続いての第2回目は、靖国神社フィールドワークです。今年は8月15日に決行か?とも噂されている首相小泉の靖国参拝は、アジア周辺国との連帯の最大の障害のひとつになっていますが、直接現場に足を運んで、自分の目で見て、この問題をいっしょに考えてみませんか?

<転送転載歓迎>

==◇ 第2回PEACE ON LEARNING ◇==============
「歩いて・見て・考える・靖国問題」
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◆日時:6月25日(日)
◆集合時間・場所:13:00・靖国神社大鳥居前
◆講師:長沢俊夫さん(いのちのことば社出版部編集者・PEACE ON会員)
◆参加費:500円(ほかに遊就館の入館料として、800円/学生600円がかかります。)
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靖国神社はどんなところ? 本殿の後ろ側はどうなっているの? 遊就館にはどんなものが並べられているの? とにかく百聞は一見に如かず。あなたの目で確かめてみましょう!
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人数把握のため、参加ご希望者は事務局宛てご連絡ください。

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June 20, 2006

空は残して陸自撤退

日本政府はイラク南部サマーワからの陸自撤退を決定した。新聞社からの電話取材も受けたので、そのままブログに思うところを書こうとしたら、サマーワから避難したイラク人の友人のことをはじめ、書きたいことの多くはすでに事務局高瀬に先を越されて書かれてしまっていた。(PEACE ON DAYS参照)同じことを書いてももったいないので、以下補足のつもりで。

以下PEACE ON DAYSより;
>サマーワは比較的安定しているから、イラクに治安維持の権限が委譲されるという。サマーワ出身のスンニ派のわたしの友人は、シーア派のバドル旅団から脅迫状を受けとってイラク国外に避難したというのに。マリキさん、サマーワは前と比べてはるかに治安が悪化しているはずよ、なぜ?

比較的安定しているというのは「他の地域と比較して」という意味だろうが、ここ最近も書いてきたように、バグダードやラマーディやバスラなどその「他の地域」というのがこれまた以前と比較すると相当に治安が悪化している。おそらく、新政府も出来てほら復興プロセスがうまくいるでしょうとアピールするためにと、無理やり権限を委譲したのだろう。確かに以前はそれなりに治安がよかったという理由でサマーワが陸自の駐留先に選ばれたのは間違いないが、派遣当時から私は「危ないから行くなではなく、もともと危なくなかった地域を危なくするから行くな」と主張してきた。(2004年1月20日WPN記者会見での発言要旨

もちろん自衛隊だけが原因ではないが、サマーワの治安が悪化してきたことの大きな要因として、外国軍の駐留がある。対陸自を含めいわゆる抵抗勢力の攻撃が激化して、ついには夜間外出禁止令が出されるなど、とうの昔からとても日本政府が主張してきた「非戦闘地域」とは呼べなくなってきていた。「イラク復興支援」の名のもとに、つまりイラク人を助けに行っているはずが、自衛隊という武装勢力の存在自体が原因になって、結果的に逆にイラク人の命を危険にさらしてしまっているのだ。

以下再びPEACE ON DAYSから;
>治安権限委譲をもって、治安担当でなく「復興支援」をしているはずの自衛隊が撤退するというのも、おかしな話。もちろんわたしも、自衛隊は一刻も早くイラクから撤退してほしい、と願っている。とはいえ、あまりにも筋が通らないんじゃなくて?
今のままではサマーワの住民は、「日本軍はほとんど生活を改善してくれなかった、そのうえ日本企業も来ないまま撤収なの?」なんて思っていることでしょう。

2003年10月イラクで活動していた頃は、自衛隊が来るなんてしらない人がほとんどだった。2004年の3月には、「日本のことは大好きだから信用している。他の軍隊とは違うはずだ」という意見、自衛隊というより日本そのものに対する信頼感と、「次に企業が来るんだろ?」といった期待、また「なんでアメリカと一緒に来るんだ?」という嫌悪感が交錯していた。そしてついには同年4月の邦人人質事件での犯行グループによる自衛隊撤退要求によって、彼ら抵抗勢力にとっては、自衛隊は完全に占領軍と同じ敵とみなされていることが明らかになり、同年10月同じく自衛隊撤退要求の末に米国旗の前で殺害された香田さんのケースに至っては、もはや日本は完全にアメリカと同一であるという強烈なメッセージを突きつけられてしまった。

いくらイラク市民へのアンケートなどで自衛隊の支持が高かったとは言っても、それだけでこの自衛隊派遣を評価するのはあまりにも早計すぎる。武器を取って抵抗している人々からすれば、日本はもはや完全に敵国扱いである。今後日本人がイラクのみならず海外において香田さん同様の被害にあうリスクは格段に増しているのだ。

その後さらにイラクの治安悪化は猖蹶を極め、かつてはありえなかったいわゆる宗派対立まで発展していくと、イラクの友人を通して自衛隊駐留についての意見を求めても、毎日の命のことで精一杯で、それどころではないと突き放されることが多くなっていった。確かに日本人の自衛隊イラク派遣への関心はもっぱら国内ニュースとしての関心でしかなく、イラクの人々からするとどうにも的外れなものが多かっただろうと思う。そういう私も今回の日記を含めやはり少しでも関心を持ってもらおうと、日本人への潜在的影響などと絡めて伝えることが多い。実際には今現在も各地で状況は悪化していて、陸自撤退などの他に伝えるべきことは山ほどあるのだが・・・。

またまたPEACE ON DAYSから;
>そしてもっと嘆くべきは、陸自は撤退しても、空自はさらに拡大して「復興支援」でない米軍の後方支援をつづけるということ。イサムさんも講演で、「陸軍だけでなく空軍も、日本軍を撤退させてください」と促してらっしゃった。日本びいきのイラクの皆さんがこれ以上もう日本をキライにならないために、陸海空すべての自衛隊の撤収を、唱えつづけていかなければいけないと思う。

昨年来日したイラク人スタッフのサラマッドも、日本人が今できることは何か?という問いに対して、

>「どうかイラクのことを忘れないでほしい。世界から見捨てられているとかんじることが、イラク人にとってもっともつらいことだから」

の他にもうひとつ、「自衛隊を撤退させてほしい」ともあった。以前は彼も「みんな日本人のことは大好きだからまあ大丈夫だよ」と言っていたものだが、さすがにあまりの状況悪化を受けて、「全ての混乱の元凶は、暴力による解決しか頼ってこなかった米軍を始めとする占領軍であり、この占領軍の撤退以外に改善はありえない。そして、大きな影響力をもつ日本からも軍隊がイラクに駐留していることによって、その占領が正当化されてしまっているんだ。米軍を孤立させこの占領そのものをやめさせるためにも、まずは大好きな日本からその軍隊を撤退させ、この占領に加担するのをやめてほしい」とのメッセージを残していった。

結局日本企業へのバトンも渡せないまま陸自が撤退し、しかも空自が残りあからさまな米軍支援を続けることになれば、多くのイラク人の目には「結局何しに来たんだ。電気をはじめインフラは何一つ改善されていないのに。イラクのためではなく、やはりアメリカのために来ていたのではないか」とも写りかねない。抵抗勢力への印象はもう取り返しがつかないかもしれないが、このまま空自が米軍支援を続けることによって、イラクの一般市民が抱く印象すら、さらに悪くなってしまう可能性もある

これから自衛隊をバンバン海外に出していきたい輩にとっては、これまで延べ5千5百人もの隊員が事実上の戦時派遣を体験したわけであるから、このイラク派遣は最高の訓練になったとほくそ笑んでいることだろう。しかしその陰で、イラクの市民が本当に何を望んでいるのかということや、日本の市民が将来被るだろう危険は驚異的に増大しているという現実にはお構いなしだ。少しでもリスクを減らすためには、やはり空自も含めての撤退がどうしても必要だと思う。

しかしこれまで市民の力で陸自撤退を実現できなかったのも事実。さてこれからどうやっていくか、頭の痛い問題は絶えないが、小さくとも出来ることを続けてイラクの友との絆を繋ぎとめ、お互いに知恵を絞って考え行動し続けるしか道はない。

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June 17, 2006

鏡の国のザルカウィ

「ザルカウィ死亡?」の一報は四国行脚の初日、高松空港の到着ロビーのTVニュースで知った。本当か?と思いつつも行脚中は連日立て込んでいた上にどうもネット通信環境が悪かったのでなかなか関連情報をフォローできず、今更ながら帰京してからやっとまとめてニュースに目を通すことが出来た。ここ最近イラク駐留米軍のイラク市民に対する虐殺の疑いが次々に出るなど、米政府の評判がかなり落ちていたところでのこのサプライズなので、タイミング自体はまさに演出したとしか思えないのだが、彼がイラク中部のバクーバ近郊で米軍とイラク軍の攻撃により殺害されたということはどうも間違いないようだ。

彼の存在がイラクにおいて特に注目されだしたのは2004年4月のあの邦人人質事件以降であるが、当時から現地でイラク人に彼の存在のことを聞くと、「ザルカウィなんて攻撃正当化のために米軍が作り出したストーリーだ」という答えが返ってくることが多かった。(参考まで拙ブログ:2004年11月米軍によるファッルージャ総攻撃時のザルカウィについてのイラク人の声) 

私も、仮に彼の存在、特にイラクでの活動自体は事実だったとしても、報道されていたザルカウィ関連情報をそのまま信用することは出来ないだろうと思っていた。米軍が自身の軍事攻撃を正当化するため、そして反米抵抗勢力全体の印象を悪くしようとするネガティブキャンペーンとして、彼の脅威を誇張していたか、もしくは、反米抵抗勢力側が米軍を混乱させるための情報撹乱の一手段として、いわばブランドとして「ザルカウィ」や「アルカイダ」という名を濫用していたのではないか、と。

2004年10月に香田証生さんを殺害したグループもザルカウィ系とは言われていたし、今年になって殺害実行犯の一人がそうだと自供したというが(拙ブログ参照)、果たしてそのグループにどこまで彼の指揮命令系統が行き届いていたのかはいまだによくわかっていない。そういえば当時香田さんの救出に向け動いていたとき、犯行グループと接触できるかもしれないと協力してくれた友人も、連中とザルカウィとの直接の関係はないはずだと言っていた。(拙ブログ参照

さて、そのとき協力してくれた友人とは、先日の日記「変化」の最後のほうでも少し紹介した。先日イラクでのミッションを終え帰国したばかりとの一報を受けほっと安堵していたところだったが、このザルカウィ殺害にヨルダン治安当局の情報が役に立ったとの報道に、これは彼が何らかの形で一枚噛んでいる可能性もあるなと思った。

イラク戦争中初めて出会ったときは、彼はヨルダン軍を抜け出し米軍と戦いにきたイスラム義勇兵だったが、昨年のアンマンでのホテル連続爆破テロの巻き添えで親友を失い(拙ブログ参照)、ザルカウィへの復讐を誓ってヨルダン治安当局へ情報を提供するようになった。もちろん義勇兵はとっくにやめていたし、ザルカウィのグループに所属していたわけでもないのだが、過去の義勇兵つながりで何らかの情報は持っていたのだろう。そしてこの度ついにはイラクで米軍と活動を共にしてきたばかりなのだ。

もちろんだからといって彼の情報が決め手になったかどうかまではわからないし、彼のミッションの全容もわからないが、ここ最近イラクでの修羅場を潜り抜けてきた彼からの情報には興味深いものが多いのでいくつか紹介したい。

~米軍との共同作戦から~
・いわゆる対テロ作戦で最前線に送られているのはほとんどが外国人の傭兵であり、米兵は非常に少ない。
・提供された情報に基づき家屋を急襲させ容疑者を捕らえ最後に米兵が尋問するが、最終的に容疑者がいわゆるテロリストではなく過去サッダームの軍隊にいた今は貧しい人間だとわかると、米兵は彼らにカネを渡している。
・米軍はイラク人の反抗的市民にカネを渡すなど援助して殺人、爆破、誘拐などのテロ活動を煽りたて、イラクの混乱を生み出し、「イラクには米軍が必要である。さもなければお互いが殺し合いやがて内戦になるだろう」という印象を、イラク人に、そして世界中に与えている。(以上は彼の見解であるが、米兵が金銭を渡しているというのは補償という意味もあるかもしれない。いずれにしてもイメージアップキャンペーンには違いないが)
・米軍は我々を最終的には最前線に置き去りにして裏切った。(お前イラク人を殺していないだろうなという質問に)それは誓ってやってない。むしろ民間人を殺そうとした米兵を殺そうかと思ったくらいだ。

~ザルカウィ殺害に関して~
・ミッションは成功したので、殺された友人も墓の中で喜んでいると思う。
・とはいえやはり彼の最後は気の毒に思った。12年以上前、まだテロリストになる前の彼を個人的にしっているから。とてもいい奴だった。
・最終的に彼は米軍の攻撃ではなくイラク兵に殺された。
・ただしこれは決して終わりではなくむしろ始まりである。100万(1,000,000millionと書いてあったが)もの新しいザルカウィが生まれ、ここヨルダンが彼らのテロ攻撃のターゲットの中心になる。ヨルダン治安当局は、米軍のザルカウィ殺害作戦にヨルダン治安当局が協力したと発表した。バカだ。まさに新しい地獄への門を開けてしまった。今すべての新ザルカウィが報復したがっている。これは連中の最大の失敗だと思う。

以上、誇張もあるが、私もザルカウィの殺害は治安安定にはむしろ逆効果なのではないかと思っている。彼の指揮命令系統が及んでいた範囲よりも、単に彼の思想に共鳴して独自に活動していた連中が多かったとすれば、彼の死はいわば殉教者として英雄視されてしまい、今後ますます攻撃が激しくなっていくのではないかと危惧する。先日来日したイラク人カメラマン、イサーム・ラシードさんも同様の意見を持っていた。

なお、イラクの友人からのメールによると、ヨルダンの親族やパレスチナのハマスの一部でザルカウィを殉教者と崇める動きがあるらしく、それに対し多くのイラク人が憤慨していて、ヨルダン人やパレスチナ人に対する殺意をむき出しにする輩まで現れているという。また、TVでは彼の殺害に喜ぶイラク人が映し出されているようだが、そんな様子を見て友人は苦笑する。

「あのザルカウィが消えれば今度は100のザルカウィが来るよ。あんなのただの記号にすぎない。連中の爆破テロなんて今更だれが気にする?あんなの水を飲むがごとく普通のことになってるんだよ。今の心配事、普通じゃないことは、突如として家に押し入り拉致し拷問の末に殺して道端に捨てていくあの民兵連中なんだ。だって爆破テロは家でおとなしくさえしていれば大丈夫だけど、バドル旅団などの民兵連中にかかったら家にいたって全く安全じゃない・・・。今回のザルカウィの件は、ただMr.Dog(ブッシュ)とイラク新政府にとって使えるネタなんだと思う。こうした宣伝が必要だったのさ。ブッシュはあの後「戦争はまだ終わったわけではない、ザルカウィの後継者を追跡する・・・」なんて言ってるし、新政府は、「殺害現場からザルカウィがアメリカとイランの関係を悪化させ戦争状態にもっていこうとしていたことを裏付ける貴重な資料を発見した・・・」ときたもんだ。今本当に深刻なのは民兵による拷問殺人(2006年以降バグダード市内だけで6000体が遺体安置所に運ばれた。5月は1400人で過去最悪)なのに、この件に関して新政府は全く言及してない!」

そして今度はバグダードで4万人以上も動員して米軍とイラク軍による過去最大規模の武装勢力掃討作戦が開始されたという。全くこれまでこうした作戦を繰り返すごとに無辜の民が犠牲となり、米軍への憎しみが募り反動としての暴力が各地に飛び火して全体としての治安がますます悪化してきたということをどうして学習しないのだろう。いったい米軍は何がやりたいのか。やはり恒久基地建設を目指し駐留延長を正当化するために、こうしてわざと治安を悪化させようとしているとしか思えなくなってくる。陸上自衛隊がサマーワから7月中にも撤退かとも報じられているが、このままではまたずるずると延びていくかもしれない。

最後にもうひとつ。高遠さんとプロジェクトを共にするラマーディの友人からの知らせによると、彼の兄が交通事故にあい、病院に運ばれる途中に米軍の検問に阻まれて命を落としたという。こうしてまたあちこちで米軍への民心は離れていく。

ザルカウィによって行われたという残虐行為は全て、これまでイラク戦争と占領という巨大な暴力によってもたらされた幾多の残虐行為と鏡面関係にある。ザルカウィ殺害に嬉々とする輩の心そのものが、ザルカウィを生んだ狂気を合わせ鏡のように拡大再生産していくという道理を学ばない限り、この悪循環は止まらないだろう。テロリズムとは、鏡に映しだされた我々の恐怖心そのものだ。

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June 12, 2006

四国行脚中其の弐

なかなかブログUPする間もありませんが、四国学院、高松、徳島と、おかげ様で連日出会いに恵まれながらお話できております。今日はカフェ・グリグリでギャラリートークの後徳島大学。LAN TO IRAQ展は14日までやってますので四国の方はぜひ。
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「LAN TO IRAQ in Tokushima」
日時:5月22日(月)~28日(日)11:30~22:00 火曜定休
場所:CAFE au GOGO(徳島県吉野川市鴨島町喜来/0883-22-1357)

日時:6月10日(土)~14日(水)11:00~20:00(L.O.19:30) 木曜定休
場所:カフェ・グリグリギャラリー(徳島市南佐古一番町4-9/t.f.088-602-1701)

共催:NPO法人PEACE ON・イラクの今を聞く会
※ギャラリーのご観覧はカフェご利用のかたに限らせていただきます(NO SMOKING)。
●12日(月)14:00~15:00にはNPO法人PEACE ON代表 相澤恭行による作品解説あり。

それと14日は東京で以下のイベントがあります。「今のイラク」を聴く貴重な機会なので、お見逃しなく。

■6月14日(水)

「イラク人カメラマンは見た! イサーム・ラシードさん緊急報告会~映像が語るイラク市民の悲劇~」

時間:18:30~20:45(開場18:00)
場所:東京都 文京区民センター3-A室(東京メトロ丸ノ内線・南北線「後楽園」駅or都営三田線・大江戸線「春日」駅すぐ)
資料代:500円

ますます混迷の度を深めていくイラク。治安情勢の悪化で外国人ジャーナリストがイラクを取材することが極めて困難な中、日本では新聞やテレビなどによるイラク報道も減る一方ですが、現地の状況は過去最悪といえるものとなっています。
イラク中部・西部を中心に繰り広げられる米軍・イラク治安部隊による激しい掃討作戦、「内戦状態」とまで言われるスンニ、シーア両派の武装集団や民兵による殺し合い。学校や職場に行くことも出来ず、家の中で怯えて暮らす市民たち・・・。
今、イラクで何が起きているのか、なぜイラク情勢は混迷し続けるのか。バグダッドを拠点としてまさに命がけの取材活動を続けるイラク人カメラマンのイサーム・ラシードさんに、日本のマスメディアによる報道ではうかがい知ることの出来ない、イラク市民が直面する現実をお話しいただきます。またとない大変貴重な機会ですので、ふるってご参加ください。

第1部:イサーム・ラシードさん撮影の映像・スライドの上映  
第2部:イサーム・ラシードさんに聞く、イラクの現状(聞き役:高遠菜穂子・志葉玲)

<イサーム・ラシードさんプロフィール>
1973年、バグダッド生まれのバグダッド育ち。イラク戦争前までは電気技士だったが、開戦後、イラク市民の犠牲を伝えるため、フリーランスカメラマンとして活動を始める。イギリスのテレビ局「チャンネル4」など、多くの報道機関で活躍、日本でもテレビ朝日やFRIDAYなどに映像・写真を提供している。04年4月、11月の米軍によるファルージャ市攻撃の際には、同市内に潜入取材。厳しい報道規制の中で、虐殺されていく市民の側からカメラを回すことに成功した、世界でも数少ないカメラマンの一人。昨年夏にも来日し、DVD「ファルージャからの証言」を各地で上映。多くの日本の市民に衝撃を与えた。今回の来日では最新の取材を収めたDVD2本を公開する。

主催:イラク・ホープ・ネットワーク
協力:World Peace Now
お問合せ:志葉玲(090-9328-9861)

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June 08, 2006

四国行脚中

出発前UPしたかったのだがメンテ中で断念。スケジュールはpeace onのHP参照してください。今四国学院ロゴス館から新携帯で試験的にUPしてます。やはりPCがいいなあ・・・。

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June 04, 2006

変化

イラクで先月20日にやっとこさ正式な政府が成立したとはいっても、バグダードの友人から届くメールによると、治安状況は相変わらずのようだ。そもそもブッシュ政権のイラク占領の建前のひとつであるイラク「民主化」の成果とやらを世界に印象付けるためには、何が何でも政治プロセスをスケジュール通りに運ばせる必要があり、これまでの政治イベントだって力ずくで無理やり押し通してきた結果であるから、今回いくら「正式」と政府の看板を挿げ替えたところで、治安状況が改善していないこと自体は特に不思議ではない。

しかし、微かではあるが変化の兆しはあるという。バグダード市内での爆破事件、戦闘は相変わらず、いやむしろひどくなっているかもしれないが、以前は日常茶飯事だった拷問の末殺害され路上に放置されている遺体を見ることが最近は減ってきたというのだ。以前の内務大臣バヤーン・ジャブル(現金融大臣)が、暗殺団と恐れられているシーア派民兵など治安部隊を完全に掌握していて、好き放題やっていたからだろうと友人は言う。現在内務大臣はマリキ首相が兼任していて、今後のポストによってはもとの木阿弥ということも十分考えられるが、気になる変化ではある。

これまでもイラクの人々はこうした政治イベントに半分期待しながらも常に裏切られ続けてきたので、もはや茶番でしかないと頭では理解しているものの、せめて少しでもましにならないものかとの希望を決して捨ててはいないことは、今回も行間から感じることは出来た。

そういえば最近はラマーディーでの掃討作戦のため米軍が増派(関連情報)され、南部バスラではシーア派の内紛から非常事態宣言(関連情報)、陸自への攻撃も続くサマーワでは夜間外出禁止令が出される(関連情報)など、むしろバグダード以外での治安悪化が目立つ。

また、ここのところ米軍によるイラク市民虐殺の疑い(関連情報)が次々と明るみに出てきている。これまでも同様なことは相当数あっただろうに、ここにきて立て続けに出てくるようになったこの変化も気になるところだ。米国内でもラムズフェルドが元米軍幹部やCIA元職員から辞任を要求されたり、「なぜうそをついた」と質問攻めにあったりと、こてんぱんにやり込められているし、ブッシュ支持率もついに20%台になり世論調査でも「最悪の大統領」という烙印を押され、さらには、以前タブー扱いだった「9・11米中枢テロ事件は米政府による自作自演ではないか」という陰謀説も今では大っぴらにメディアで議論されだしている。こうした米国内の変化とも何か関連があるのではないだろうか。これまでそれこそ力ずくで押しとどめてきたであろうこうした地下水脈からの流れが、ついに堰を切って迸りだしているような気配すら感じる。

ところで、一昨日は画家の親父が上野東京都美術館での「新象展」(親父の宣伝で恐縮ですが10日までやってますので興味のある方はぜひ)に出展している関係で上京し、昨日帰るまで家に泊まってもらっていた。その間、共謀罪一転採決か?という報道が飛び込んだり、とあるミッションでイラク入りしていたのだが2ヶ月以上も全く連絡が途絶えていたヨルダンの友人から突然電話が入ったりして大騒ぎになった。その友人は戦時下のバグダードで出会ったときから悪運だけはとことん強い奴なので、きっと這いつくばってでも生き延びるだろうとどこかで楽観視もしていたが、最後のメールで今回は本当に危険だと言ったきりで正直もうだめかなとすら思っていたところだったので、怪我はしたものの辛うじて生還の一報にほっと胸を撫で下ろした。ホントにまあ波瀾好きのバカだがどうも憎めない奴である。今のイラクの混乱は明らかに米軍によって意図的に引き起こされたものだと断言していた。親父はそんなやり取りに笑みさえ浮かべつつ、縁側にゆるりと座り超然として煙草の煙を燻らせてはいたものの、実に慌しい都市生活?を垣間見せてしまったかもしれない。

さて長くなったが最後に共謀罪。奇妙な静寂を突き破る「与党、民主党案丸呑みで採決か」というNewsには、あの3年前バグダード陥落直前の不気味な静けさをぶち破り未明に轟いた米軍戦車の砲撃音すら思い出した。しかしそこはさすがに民主党、与党の「採決してから後で改訂すればいい」という姑息な思惑をしっかりと見抜き採決拒否。これで何とか継続審議とはいうものの、まだまだ安心は出来ないので、センセイ方に「今後ともよろしく!」とせっせせっせとFAX攻め。(衆議院法務委員会FAX一覧)それにしても、4月に某TV局に電話で問い合わせた際、「キョーボーザイって何ですか?」と逆に質問され返り討ちにあったころと比べると、確実に変化を感じる。

あと共謀罪といえば、このブログではお知らせ遅れましたが先日の火曜日に発売された週間SPA!の共謀罪特集もお忘れなく。戦友シバレイ、わかりやすい記事に仕上げてがんばってますな。連日国会傍聴を続けているPEACE ONの共謀罪廃案担当?高瀬香緒里が見た共謀罪トンデモ審議の暴露話も載っています。さらには旧イラクバース党員で共謀罪による密告社会の恐ろしさを知り抜いている人物、先日5月31日に結婚2周年を迎えたばかりのバグダード支部長サラマッドからの共謀罪コメントまで載っていますよ。

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