夢想と現実
何となしに物憂い心持を引きずったままずいぶんと更新をさぼってしまった。11日は3名の戦争体験者(シベリア抑留、中国参戦、広島被爆)を交えて札幌で講演。過去の戦争と現代の戦争は表層においてこそ大きく様変わりしたとはいえ、要するに人殺しであるという本質においてはいささかも変わらないものだ。中国参戦時の体験、まさに人間が壊れていく様を搾り出すように語ってくれた須田さんにとって、こうして戦争体験を語るのは今回が初めてだというから有難い。このように紡ぎだしてくれた記憶を繋ぎとめていく世代間の縦のネットワークをどこまで広げていけるだろうか。
その後は法事など続きしばらく東京を離れていた。17日に戻り、昨日18日は渋谷でのリレートーク反戦集会に参加。イラク問題に限らず、パレスチナ、チェチェンからの声にも耳を傾ける。あのイラク攻撃開始から3年が経過し、世間のイラクへの関心も減り今イラクで何が起こっているのか伝わらなくなってきているとは言っても、それではおよそ10年で全人口の四分の一もの人間が殺されたというチェチェンの悲劇はどれだけ伝えられているだろうか。このように、同時代に横たわっていながらも、情報の圧倒的格差から記憶の表層にすら刻まれることの稀な声がある。
こうして所は違えども同時代に生きるものたちが繋げる横のネットワークと、時を超えて記憶が繋ぐ世代間の縦のネットワークが交差するそのまさに中心点に自分は生かされてここにある。この時空の両軸を発展させて、どこまで大きな球体を拵えることが出来るだろうか。解き放つことのできる自己の精神はその球体の大きさに比例し、われわれが描ける未来の射程も決まってくるのだと思う。
そんな形而上的夢想についつい飛躍してまどろんでしまうのは、物憂い現実に引き裂かれないようにと必死に足掻く生命体としてのささやかな自己防衛本能からなのか、それとも単に現実からの逃避なのか。
先日も行方不明の隣人がゴミ捨て場で目玉が抉り出された状態で発見されたとバグダードの友人から連絡があり言葉を失った。あまりに治安が悪く友人は仕事場にも通えない状態で、家族は本気で移住を考えている。父親はモスクから離れるわけにはいかないので、せめて今頻繁に命を狙われている若者だけでもバグダードから離れろと言われるが、家族が引き裂かれていくのに耐えられないという。戦争、そして占領によって引き起こされたイラクの混乱は、留まるところをしらない。
気がつけばもう3月20日。あのイラク攻撃からちょうど3年である。戦時下でイラクの友と生死の運命を共にしてから、足繁く通うたびに彼らに命を教わって、生きる糧を得てきたものだが、イラクの友人ですら避難先から祖国に戻ることの困難な状況に陥ってしまってからというもの、何か共に病を患っているような気がする。もちろん彼らからしてみれば、3年前以前から続く運命の只中にいるわけなので、同じ病などと言うのもおこがましい限りなのだが。
「人間の盾」で戦争を止めるというのは確かに夢想だった。それでも誰もまだこの戦争を解決できてない以上、戦争を止めようというすべての発想と試みは未だ夢想の段階に留まっている。しかし夢想からしか生まれえない人間の出会いというものもあり、時間はかかってもそれを育むことによってしか成しえないことが必ずあると信じて、懲りずに夢想を続けていこうと思う。そのためにも、今すぐ出来て効果が出せる短期の視点と、長い期間、それこそ数世代もかけて実現せしめる長期の視点とをしっかり分けて、改めて取り掛からなければ。
夢想で結構。戦争によってしか問題は解決できないというのも所詮は巨大な夢想に過ぎないわけだし、そんな現実離れした夢想をこれからも続けられたのでは、それこそ夢想することすら出来なくなってしまうから。


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