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March 20, 2006

夢想と現実

何となしに物憂い心持を引きずったままずいぶんと更新をさぼってしまった。11日は3名の戦争体験者(シベリア抑留、中国参戦、広島被爆)を交えて札幌で講演。過去の戦争と現代の戦争は表層においてこそ大きく様変わりしたとはいえ、要するに人殺しであるという本質においてはいささかも変わらないものだ。中国参戦時の体験、まさに人間が壊れていく様を搾り出すように語ってくれた須田さんにとって、こうして戦争体験を語るのは今回が初めてだというから有難い。このように紡ぎだしてくれた記憶を繋ぎとめていく世代間の縦のネットワークをどこまで広げていけるだろうか。

その後は法事など続きしばらく東京を離れていた。17日に戻り、昨日18日は渋谷でのリレートーク反戦集会に参加。イラク問題に限らず、パレスチナ、チェチェンからの声にも耳を傾ける。あのイラク攻撃開始から3年が経過し、世間のイラクへの関心も減り今イラクで何が起こっているのか伝わらなくなってきているとは言っても、それではおよそ10年で全人口の四分の一もの人間が殺されたというチェチェンの悲劇はどれだけ伝えられているだろうか。このように、同時代に横たわっていながらも、情報の圧倒的格差から記憶の表層にすら刻まれることの稀な声がある。

こうして所は違えども同時代に生きるものたちが繋げる横のネットワークと、時を超えて記憶が繋ぐ世代間の縦のネットワークが交差するそのまさに中心点に自分は生かされてここにある。この時空の両軸を発展させて、どこまで大きな球体を拵えることが出来るだろうか。解き放つことのできる自己の精神はその球体の大きさに比例し、われわれが描ける未来の射程も決まってくるのだと思う。

そんな形而上的夢想についつい飛躍してまどろんでしまうのは、物憂い現実に引き裂かれないようにと必死に足掻く生命体としてのささやかな自己防衛本能からなのか、それとも単に現実からの逃避なのか。

先日も行方不明の隣人がゴミ捨て場で目玉が抉り出された状態で発見されたとバグダードの友人から連絡があり言葉を失った。あまりに治安が悪く友人は仕事場にも通えない状態で、家族は本気で移住を考えている。父親はモスクから離れるわけにはいかないので、せめて今頻繁に命を狙われている若者だけでもバグダードから離れろと言われるが、家族が引き裂かれていくのに耐えられないという。戦争、そして占領によって引き起こされたイラクの混乱は、留まるところをしらない。

気がつけばもう3月20日。あのイラク攻撃からちょうど3年である。戦時下でイラクの友と生死の運命を共にしてから、足繁く通うたびに彼らに命を教わって、生きる糧を得てきたものだが、イラクの友人ですら避難先から祖国に戻ることの困難な状況に陥ってしまってからというもの、何か共に病を患っているような気がする。もちろん彼らからしてみれば、3年前以前から続く運命の只中にいるわけなので、同じ病などと言うのもおこがましい限りなのだが。

「人間の盾」で戦争を止めるというのは確かに夢想だった。それでも誰もまだこの戦争を解決できてない以上、戦争を止めようというすべての発想と試みは未だ夢想の段階に留まっている。しかし夢想からしか生まれえない人間の出会いというものもあり、時間はかかってもそれを育むことによってしか成しえないことが必ずあると信じて、懲りずに夢想を続けていこうと思う。そのためにも、今すぐ出来て効果が出せる短期の視点と、長い期間、それこそ数世代もかけて実現せしめる長期の視点とをしっかり分けて、改めて取り掛からなければ。

夢想で結構。戦争によってしか問題は解決できないというのも所詮は巨大な夢想に過ぎないわけだし、そんな現実離れした夢想をこれからも続けられたのでは、それこそ夢想することすら出来なくなってしまうから。

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March 03, 2006

聖廟爆破後 続き

バグダードの友人から届く情報によると、市内各所で戦闘の音が止まず事態はさらに悪化しているようだ。

先日の続き。友人の父親は外出禁止令の中、何とかモスクでの礼拝を済ませてきた。するとモスクに米兵がやってきて、「もしイラク警察が米軍とは別で単独でモスクに入ろうとしたら、たとえ銃を使用してでも彼らを中に入れないように」と警告されたという。どういうことか?

つまり今はイラク警察までもが各地でモスクを爆破したりしているというのだ。2月27日には、ドーラ地区内のその友人の住む地域に、なんと50台ものパトカーがモスクを破壊しようとやってきたので、地域の人々皆で銃を取って追っ払ったらしい。何人か警察側に犠牲者も出たという。

このように、今では警察がもう信じられないどころか、あからさまに攻撃してくる始末であるから、市内どこでもみな自警団のようなものを組織して、24時間体制で地域を守っているという。

夜になれば、スンナ派地域からシーア派地域にめがけて迫撃弾攻撃、そしてシーア派地域からはスンナ派地域への攻撃がやまない。両派が混在している地域では、お互いが疑心暗鬼になり、商売も営めず軒並みシャッターが下りている。友人の弟も怖くて仕事場であるお店まで行くことが出来ないそうだ。こんな状況なので、ほとんどの子どもたちは学校に通うことすら出来ていない。

友人は、スンナ派モスクを破壊している連中の中心は、サドル師の民兵、マハディ軍だと言う。先日、バグダードから東にあるスンナ派地域のサルマンパクでは、シーア派警察が町に侵入しようとしたところ、サルマンパク地区の警察と銃撃戦になった。シーア派警察は犠牲者を出しながらもなんとか逃げ切って、今度はマハディ軍を引連れて再び挑み、サルマンパクの警察を皆殺しにしたそうだ。

2月22日サマッラでの聖廟爆破後、2月27日の時点で、イラク全体で1300人以上が衝突によって死亡したという報道もある。

これまでどんなに煽られても、幾度も内戦の危機を乗り越えてきたイラクの人々。しかし今回ばかりはこれまでとは明らかに違うと、友人も恐れの色を隠せない。

心配していたバドル旅団に誘拐されていた友人のおじさんの消息だが、居場所だけはわかったそうだ。何とか身代金を払わずに解放できないものかと交渉中だという。

ここにいて何もできずじりじりと時間だけが過ぎるこの焦燥感。いまだフランスで足止めをくらっているサラマッドなど、同じく彼の地に家族を残している人々が抱いているものとは比べものにならないだろうけど。

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香田さん追想

報道によると、最近バグダード市内でイラク治安当局に逮捕された男が2004年10月に香田証生さんを殺害したときの実行犯だったと自供したようだ。数日前、「イラクのTV局アルイラキーヤが近いうちに香田さんについて報道するという情報があったが、何か詳しいことがわかったら教えてください」という問い合わせが香田さんの親御さんからあったばかりで、イラクの関係者に聞いていたところだったのだが、この容疑者が拘束されたのは3週間ほど前だったというから、なるほどこのことだったのかと納得がいった。

供述によると香田さんはバグダード市内のハイファで殺害されたようだ。当時報道では、ファッルージャで香田さんのパスポートが発見されたという米軍発表による情報を流したきりで、その後の検証記事を見た記憶はない。(どこか検証していたのだろうか?)いずれにしても、香田さんを殺害したグループはファッルージャにいたのだろうという印象を残したまま、世界は現代版ゲルニカともいえる米軍による大量殺戮、あのファッルージャ掃討作戦に沈黙したのだった。

ところで自供したとされる男は、ザルカウィ率いるといわれるアルカイダ系組織に属していると言っているようだが、最近イラクの友人から聞いた話によると、多くの反米抵抗組織が「アルカイダ」という名を使って自らの組織価値を高める傾向にあり、ある種のブランドと化しているようなところもあるようなので、現時点の供述だけで、これもまたザルカウィの仕業かと考えるのは危険である。彼は実行犯であるが、はじめは身代金目的だったのに途中上部からの指令によって自衛隊撤退要求に切り替えたという。殺害を実行しなければ自分が殺されるとも言っているようだが、とにかくこれから首謀者との関係、そして一連の外国人人質事件とのつながり、また彼らの動機や信念など、詳しいことが解明されればと願う。ただ、現在のイラク国内の混乱のせいもあってか、海外報道に関してはこの件についてほとんど触れられていないことを考えると、どうにも心もとないのだが。(どなたか見かけたら教えてください)

また、今回この男を逮捕したイラク治安当局の組織というのがこれまた悪名高い内務省対テロ部隊「オオカミ旅団」というから注意が必要だ。同旅団は、今まさにイラクのスンナ派住民を恐怖に陥れている「死の軍団」ことシーア派民兵組織「バドル旅団」から派生した特殊部隊である。バグダードの友人たちからこれまで聞いてきたオオカミ旅団というのは、家宅捜索と称して金品を強奪、またいい加減な情報だけで証拠もないままにテロリスト容疑をかけて一家の大黒柱を拘束し、解放の条件として法外な身代金を要求するなど、とにかくいい話を聞いたことがない。一連のスンナ派宗教指導者の拷問殺人にも関わっているとも聞く。この逮捕をきっかけに、テロ対策の成果を世界にアピールしたい政府の思惑と絡み、彼らのイメージアップも図られている可能性もある。

何はともあれ、香田さんのお父さんのコメント、「(前略)犯人が捕まってうれしいという気持ちはありません。今は、なぜ息子が殺されなければいけなかったかというむなしさだけです」に深く共感する。仮にこの容疑者が本当に香田さんを殺害した実行犯だとしても、香田さんはけっして帰ってくるわけでもなく、ましてやこれで今後こうした事件がなくなるというわけでは決してないのだ。あの時も、そして今も我々が問いかけられているものは、「誰が香田さんを殺したか」ではなく、「なぜ彼が殺されなければならなかったのか」だと思う。そして、「なぜあんな危ないところに行ったか」ではなく、「なぜあんなにイラクが危なくなってしまったのか」ではないだろうか。

苦しいことだが、もう一度あの時のことを振り返ってみよう。日本政府の「撤退はしない」という交渉への含みゼロの即答を受けて、幸田さんは「米国旗」の前で「日本人」ということだけで殺された。このことが何を意味するか。香田さんはまさに私たち日本人がイラクに積み重ねてきた罪を一身に背負って亡くなっていった。それこそ、日本もその一員である国連お墨付きの大量虐殺である経済制裁という罪から、今日の混乱の元凶である米英軍によるイラク侵略戦争を支持し、侵略軍に付き従う自衛隊という武装組織を送り出し、挙句の果てにはあのファッルージャ総攻撃まで支持してしまったこの国の最高責任者の罪と、その責任者を結局変えることが出来なかった私たち有権者一人ひとりの罪を一身に背負って。

香田さんの行動については、今も当時書いたとおりに評価している。昨年彼のご両親にお会いして、彼のことをたくさん聞いて、なんか昔の自分と重なるところが多くあり、とても他人とは思えず、ますます会いたくなったものだ。昨年のアンマンでもクリフホテルのサーメルからいろいろ聞いたが、彼が生きて帰ってきていたら、きっと共に活動する同士になっていたと思うと、本当に残念でしょうがいない。

彼の思いと共に、これからもイラクと向き合っていこうと思う。

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March 02, 2006

上野の森でイラクアート

イラク情勢などいろいろ書きたいことたまっているのですが、とりいそぎ宣伝させてください。

上野の森美術館にて開催中の国際公募「アート未来展」に、LAN TO IRAQからもヌーリ・ラーウィとハニ・デラ・アリの作品が招待出展されていますので当ブログでも紹介します。

「アート未来展」
3月1日(水)~6日(月)
10:00~16:30(初日13:00~/最終日~13:30)
一般500円/学生300円
IMGP5897
なんとLAN TO IRAQの他にもISSAM ALTAYというイラク人作家の作品が一点出展されていました。他にもバングラディッシュ人作家の作品など逸品揃いですので、上野公園に散歩がてらぜひお立ち寄りください。

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