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February 25, 2006

聖廟爆破後

報道されている通り、22日イラク中部サマッラで二つのイスラム教シーア派聖廟が破壊されてからイラク全土で緊張が高まっている。バグダードの友人からも、大変なことになったとメールが来た。

1200年ほど前に建立された二つの聖廟は、世界中のシーア派信徒にとって巡礼では外せない聖地で、第10代、11代イマーム(無謬指導者)の墓があり、宗教的に非常に重要な意味を持っている。22日早朝何者かが侵入しそれら聖廟を爆破してから、サドル派民兵マハディ軍を中心に24時間以内に168のスンナ派モスクが破壊され、130人のスンナ派信徒が殺害されたという。友人の住む首都バグダード、ドーラ地区では3人の指導者が殺害され5箇所のモスクが爆破されたという。スンナ派住人の多くは皆自警団を組織してモスクなどの防衛に当たっているらしい。特にスンナ派にとって重要なアダミア地区にあるアブハニーファモスクに何かあったら、スンナ派とシーア派の内戦が起こるだろうと友人は心配している。イラクイスラム法学者協会などスンナ派有力者達は、政府とサドル派の責任を追及していて、サドル師がバスラなどの都市でスンナ派モスクの防衛にマハディ軍を送ったと言っても、サドル師やシスターニ師がスンナ派モスクを破壊することはハラーム(禁忌)だという宗教令を出したところで、スンナ派はもはや信じられない。イランは事件の背後にイスラエルとアメリカがいると騒ぎ立てる。新たに政府は外出禁止令と数百もの検問所を設け、全てのオフィスと学校が3日間閉鎖された。シスターニは政府がシーア、スンナ両派のモスクを保護することが出来なければそれぞれイスラムの自警団として独自に守ると宣言。スンナ派の各政治政党は新たな政府を作るための協力を取りやめた。サマッラの人々はタラバニ大統領に犯人を非難するように請願、住宅省大臣が破壊された二つの聖廟を訪れようとしたところ、住民による投石にあい断念。現在シーア、スンナ両派共、政府と米軍に大きな怒りを感じ、誰もが武装しそれぞれのモスクを守っているのだという。

一方、サマッラではアルアラビーアTVの3人のジャーナリストが殺害された。一人はアトゥワル・バフジャットさんという26歳の女性記者。イラク戦争時、「人間の盾」の取材も多くこなした記者である。

友人の父親はモスクの責任者の一人なので、例えどんな状況でも行かねばならぬという。周囲では3つのモスクが破壊され、父親の所属するモスクは何とか襲撃を逃れているらしいが、このままでは襲撃されてしまうと言ってきかないらしい。近所に住む友人のおじさんも、何者かに誘拐されたまま帰ってきていない。「死の軍団」と恐れられるシーア派民兵組織バドル旅団から、解放してほしければ約100万円の身代金を払えと脅されているが、果たしてそれで本当に帰ってくるのか、払うとしても家を売り払いでもしなければ不可能だと途方に暮れている。

友人は、どうすればいいのかわからない、もうただただ神に祈るしかないという。

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February 24, 2006

無事帰国&勉強会のおしらせ

昨日23日無事帰国しました。帰りのアエロフロートでもやはり機内TV放送はなく、中継地モスクワの空港内アイリッシュパブでは昨年同様ギネスが切れていてがっかりしてしまいましたが、昨夜は久しぶりにしっぽり蕎麦屋で日本酒と、旅の疲れを癒しました。

さて、さっそく明日の勉強会のおしらせです。

★第1回PEACE ON LEARNING
「原点から考える日本国憲法第9条―市民がつくった平和憲法」

PEACE ONでは、“PEACE ON LEARNING”と題する学習会を主催していくことにしました。毎回テーマを設定して各界の識者をお招きし、小規模で濃密な会合をもてればと思います。
参加ご希望者は事務局までご連絡ください。

日時:2月25日(土)14:00~16:00
場所:文京区民センター 2-B室(都営三田線・大江戸線「春日」駅 or 東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」駅すぐ)
資料代:500円
講師:河上暁弘さん(中央大学人文科学研究所客員研究員・法学博士・憲法学、PEACE ON会員)

1月末発売の河上暁弘単著『日本国憲法第9条成立の思想的淵源の研究―「戦争非合法化」論と日本国憲法の平和主義』(専修大学出版局)をテキストに、日本国憲法第9条がいかなる歴史的位相からいかにして成立するに至ったかを「市民がつくった憲法」という視点で描きつつ日本国憲法が目指す平和な世界と日本のあり方のグランドデザインを示してみたいと思います。

*以上PEACE ONのホームページから転載

後半では私もイラクでの体験をもとに紛争の現場から見た憲法9条という視点で討論にからみます。ヨルダンで仕入れてきたアラブ民芸品のいくつかも販売しますのでぜひおいでください。

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February 21, 2006

雨のLENS再び

19日早朝アンマンを発ってお昼頃雨のパリ到着。ポンピデューセンターでは残念ながらルオーの絵は一枚しか見ることは出来なかったものの、「BIG BANG-20世紀芸術の破壊と創造」展ではピカソやジャコメッティなど巨匠たちが交差する美の乱舞を堪能。同日夜は2003年イラク戦争の最中ドーラ浄水場でバグダード陥落までの時を共にした戦友、元Human Shieldのナディアとの再会を果たし、昨日20日はフランス滞在中のイラク人アーティスト、アハメッド・サーフィーとも再会。昨夜無事ランスのサラマッド&アマラの元に戻りました。15日に発ってからランスはずっと雨だったそうです。デジカメのケーブルをハニさん宅に忘れてきてしまったため写真のUPも出来ず詳細も後ほどになりますが取り急ぎお知らせまで。明日はもう帰国の途につきます。

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February 18, 2006

ドルマを囲んでイラクの未来を考える

ハニさんの友人のイラク人若手アーティスト、シルワンさんの家を訪ねる。アーティスト仲間で昼食でも、という集まり。なんとイラク現代アート界の巨匠、齢80を越える大老ヌーリ・ラーウィ氏とも2年ぶりに再会できた。来週からここアンマンで個展があるということでシルワンさんの家に滞在しているようだ。ハニさんの奥さん、オム・ムスタファの手料理ドルマを囲んで談笑。それにしてもイラクから避難しているアーティストがこんなに増えているとは。
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ハニさん撮影:右から私、ヌーリさん、シルワンさん

シルワンさんは2年ほど前バグダードからここアンマンに移り住んでいる。ハニさん曰くよく名の知れたアーティスト。主にイラクの女性や動物などをモチーフにした抽象的な作風で、古代イラクをテーマにしているハニさんとは違うものの、同じくイラクの文化を現代アートに表現している。構図も色使いもとても洗練されていて、その上古きよき時代のイラクを伝えてくれる逸品ぞろいだ。食後にはモデルに誘われたので早速抽象的な似顔絵を一枚描いてもらった。
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ちなみにヌーリ氏はこれまでバグダード市内に4つの博物館を設立してイラクの文化の発展に努めてきたが、今日の状況の中では政府からは全く予算が下りず、また、ユネスコなど国際機関に何度も請願しているのに返事すらないらしく、予算が足りずに維持することが出来ないと嘆いていた。やはりイラクの文化を知らない人が多すぎる。世界がもっとこの人類の文化の宝の存在に気付けば変わっていくはずなのだが・・・本当にもったいない。一人でも多くの人にこのすばらしさを味わってもらい、保存に力を貸してくれるよう、まだまだ精進せねば。
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ヌーリさんの作品

夜はハニさんのいとこアブドゥルカーデルさんの家でナツメヤシなどの取引について相談。アブドゥルカーデルさんはイスラム教神秘思想のスーフィズムを教えている大学教授。ちょうどスーフィーに関する本を読んでいるところだったので思わぬところで話が弾んだ。バグダード大学で教えていたそうだが、一年ほど前からここアンマンに移り住んでいる。なんとシーア派政党イラクイスラム革命最高評議会の民兵組織バドル旅団に脅迫を受けたらしい。イラクの医師や学者などの知識人が相次いで誘拐、殺害、または出国などの脅迫を受けているとは以前から聞いていたが、こんな身近なところでも・・・。

破壊されているのはイラクの未来そのものである。

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HANI on CNN!

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なんと2月3日頃、CNNの番組「Inside the Middle East」にハニさんが登場したらしい。早速録画したCDを見せてもらった。テーマはイラクの子ども達で、ハニさんがアンマンで働いているアニメ制作会社、ルビコン社の取材に来たらしいのだが、ハニさんの作品を見てインタビューをすることになったという。最近東京で個展を開いたイラク人アーティスト、ハニ・デラ・アリと紹介され、個展のパンフレットを指して、「『混沌からの光』というタイトルを付けていますが、この状況の中でイラクの子ども達が光を見ることが出来ると思いますか?」というインタビュアーの質問に、ハニさんは「はい。子ども達には希望があります。この闇の後、必ずや光を見るでしょう」と英語でしっかりと答えていた。
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子どもたちもこの番組を見るのは初めてだ。

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アンマンにいます

15日、雨のフランスからやはり雨のヨルダンに移動。フランスよりは暖かいだろうと少し服を置いてきたのだが考えがあまかった。寒い。そういえば2003年イラク訪問の帰りに初めてアンマンを訪れたときも2月、あの時は一面の銀世界で道路脇の雪だるまに迎えられたものだった。バスで市内に移動して、早速ハニさんの家にお邪魔する。夜9時、次女ルカイアはもう眠っていたが、新作が飾られたリビングでファミリーがあたたかく迎えてくれた。

16日朝、カーテンを開けると雪。子ども達が学校に行った後、外に出ると陽が射してくる。ダウンタウンの喧騒の隙間を縫って流れるアラブ音楽のリズムは、透き通って稠密な日光に溶けて曲がりくねった路地に注がれていく。気がつくと足取りが軽やかに。まだまだ冷たいが、待ち望んでいたアラブの風に心を洗う。
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訳あって近いうちに外国で働くことになるかもしれないというヨルダン人の友人を訪ね、続いて夕方は一年振りにイラク人画家ハジムさんの家に。15年ほど前、オランダへ留学した帰りにクウェート侵攻にぶち当たってしまい、徴兵を逃れるためにアンマンに留まらざるを得なくなってしまったハジムさん。彼のようにオーバーステイをしているイラク人にとって、昨年のアンマンホテル連続爆破事件の後は一層住みにくくなっているようだ。

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February 15, 2006

記事紹介

いろいろ書きたいことはたまっているのだが、立て続けに予定が入り時間がなく詳しく紹介しきれない。取り急ぎ地方紙LA VOIX DU NORDに載った記事を紹介。
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ぼた山から生命

13日、炭鉱跡のぼた山を緑化させる活動に取り組んでいる組織CHAINE DES TERRILSの事務所を訪れレクチャーを受ける。スライドによる紹介で、あの巨大な墓場のような印象のぼた山が美しい緑に生まれ変わることを知って感動した。300ほどあったうちすでに100は緑化しているという。今は冬のため、遠くからではよくわからなかったが、ぼた山の裾野まで行くと確かに緑が息づいていた。木々が地中を浄化させ、所々池まで出来て様々な生物が訪れ生息するようになっているという。文明の亡骸のキャンバスに、生命が描く煌く色彩の乱舞の予感。己が生命の深き淵からも、歓喜の産声が聞こえてくる。
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案内してくれたパトリックさん

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クスクス

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11日夜Dr.ラウエルに夕食に招待されてアルジェリア料理レストランでクスクスをご馳走になってから、12日の昼はナセラさんのお母さんに、夜はアマラのお父さんにと続けに食事に招待されクスクス攻めにあう。やはり家庭の味が一番。それにしてもアマラの友人はアルジェリア人ばかりなので、フランスに来ているのにアルジェリアにいるようだ。

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ランスVSリヨン

(11日の続き)夕方薄暗くなってくるとランスの町は赤と黄色に包まれた。今夜はサッカー、地元ランスと現在リーグ一位のリヨンの試合。4万人以上もの観客がスタジアムに詰めかけた。やはりフランスといえばサッカー。中学時代、サッカーに燃える日々を過ごしていた頃のアイドルは、フランス代表のミシェル・プラティニだった。眠い目をこすりながらも深夜TVで欧州プロサッカーリーグの試合を観ていたものだが、その憧れの試合が今目の前に。チームカラーの赤と黄色を身にまとったサポーター達の歓声は地鳴りのようにスタジアムを揺さぶり、キックオフと共に20年前の興奮がよみがえった。
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前半は0-0だったが、後半開始10分ほどでランス待望のゴール!哀れサラマッドはアマラからかかってきた電話に出ていて見逃した。

サッカーといえば2004年夏のバグダード滞在時、オリンピックサッカーで快進撃を続けていたイラクチームの勝利への祝砲の雨に腰を抜かしかけた夜を思い出す。

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February 13, 2006

炭鉱からパステルへ

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ランスは過去炭鉱で栄えた町だという。15年ほど前に全ての炭鉱が閉鎖されたので、今は町のあちこちに煤けた色をした跡地が点在している。ピラミッドを思わせる巨大な円錐形が薄墨色に滲んだ空から亡霊のように浮かび上がる様はまるで文明の墓場のようだ。ランスをはじめ北部フランスにはアラブ人の移民が多いが、炭鉱で働かせるために連れてこられたと聞く。

11日午前中はナセラさんの案内で100年前の炭鉱での大事故を伝える写真展を見に行った。1906年当時の写真や新聞を中心に、1100人もの死者を出した大惨事の記録を、主催の人権団体のスタッフが丁寧に説明してくれた。泣き叫ぶ家族、ストライキで通りに溢れる群集から、鼠や馬を食べて生き延びた人々まで、文明に翻弄された人々の生と死がモノクロームに刻みこまれていた。当時はまだアラブからの移民は来ていなく、労働者の多くはベルギーやポーランドから出稼ぎにきていた人だったようだが、いつの時代も犠牲になるのは貧しい者たち。一世紀前の悲劇を伝える白黒写真は、現代もいたるところで焼き増しされ続けている。当時の敵国ドイツから駆けつけたという救助隊の写真だけが、会場を出て見上げた鈍色の空の彼方、心象のフィルムにカラーで焼きついていた。
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午後、ルーベ(ROUBAIX)という町にあるラジオ局Pastel FMに出演。ノール=パ・ド・カレー全域に放送されるこの局にはアマラがこれまで2回ほど出演していて、一番自由にものが言えるということでお気に入りのようだ。先日の講演のようにイラクの現地情勢についてはサラマッドが話し、自分は活動紹介、そしてリスナーからの質問に答えるという形で、日本から見たイラク戦争、アメリカの暴走、活動のスタンスなどについて話した。ヒロシマをはじめ日本のことを多く絡めて話してみたが、年間の自殺者が3万3千人を超えているという日本の現状を話すと、DJはイラクの現状以上に驚いた様子だった。
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イラク、日本、フランスと、時空を超えるパノラマ写真。さて、これからどんな色で現像していこうか。

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フランス初講演

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2月10日、ランスの工業大学INSTITUT UNIVERSITAIRE DE TECHNOLOGIEで講演。英語で話してアマラがフランス語で通訳。去年の彼らの日本講演と逆の立場になったわけだが、思わず夢中になり通訳を忘れて話し続けたり、アマラは通訳に飽きたらずやたらに長く補足したりと、お互い役割が逆転しただけだなあと思った。日本語だとついつい余計なことまで話しすぎて長くなってしまうけれど、英語だと出来るだけ要点をまとめて話そうとするし、通訳が入る間に次に話すことをまとめられるので、思いのほか落ち着いて話すことが出来る。イラクの現状などはサラマッドに任せて、自分はなぜこのような活動をすることになったのか、なぜイラクに行こうと思ったのか、戦時下に何を見てどう感じたのか、そこでどのような出会いがあったのかという体験を話し、そしてPEACE ONのこれまでの活動を、写真を交えて紹介した。

学生達は所々うなずきながら食い入るように話を聴いてくれて、予定の時間を超えても話を続けてほしいと、誰ひとり席を立つ人はいなかった。恥ずかしがるアマラとサラマッドにかまわず懲りずに戦時下の二人の恋物語を話すと、案の定みな喜んでくれた。やはり色恋沙汰への関心も国境を越える。終了後、マグレブ諸国出身のアラブ系の学生はサラマッドにムジャヒディン(イスラム戦士)について、ファッルージャでは誰が戦っているのかなど熱心に質問していた。また、学長室まで行ってこうした機会を続けてほしいとお願いする学生までいた。

夕方はランス公立病院のDr.ラウエルに挨拶に行く。これまでバグダード中央教育子ども病院への医療器具の寄付などで彼にはたびたびお世話になってきた。アルジェリア出身の医師で、これまでアルジェリア支援を中心にやってきたが、アマラに出会ってからイラクも支援するようになってくれたという。柔和な笑顔が素敵なドクターだ。

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February 10, 2006

フランスの仲間たち

9日、サラマッドとアマラがお世話になっているNGO、アソシエーション・ソリダリテ・コーポレーション‐ASSOCIATION SOLIDARITE COOPERATION‐(ASC)の事務所を訪れた。アルジェリア出身の代表のナセラさんは、緑の党ランス市議会議員でもある。彼女はサラマッド&アマラのイラク報告会がきっかけで二人と友人になり、その後イラク写真展の開催やイラクへ送る医療器具の寄付の呼びかけなどに大いに尽力してくれたという。二人が今住んでいるアパートも、ナセラさんのおかげで契約できたそうだ。笑顔が素敵で、ファッションも粋な女性である。彼女のお母さんも一緒に活動していて、手づくりのケーキをふるまってくれた。
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ASCでは、地域に住む移民への生活や教育支援を中心に、アルジェリア地震被災者への支援やサラマッド&アマラを通してのイラク支援など、国外にも広く目を向けて活動している。食料、衣料、その他生活雑貨などを持ち寄ってASCの事務所に集め、地域の必要な人々に分け与えるなど、相互扶助の精神で50人ほどのメンバーが皆ボランティアで運営しているようだ。

私が訪れたときはちょうどヒジャーブを被ったアラブ系のおばちゃんたちがフランス語を習っていたところで、思わず「アッサラーム・アライクム」とアラビア語ではにかみながら挨拶を交わした。フランス語が出来ないために仕事に就けない移民は多く、子どもたちの勉強も遅れがちだというのに、政府は学校の先生を減らしているので大変だという。ここランスではそれほどでもなかったようだが、昨年末にパリ郊外中心に発生した若者の暴動は、こうした若者の不満も背景になっているのだろう。アマラも時々先生としてここで教えているようだ。ちなみにサラマッドは別な学校でフランス語を学んでいるが、「発音しないのに文字にしたり、もう難しくて嫌になるよ」とこぼしている。

夜は市役所で行われたノール=パ・ド・カレー地域圏の議会に招待され、議員の皆さんの前でナセラさんに紹介されて少しだけスピーチをさせてもらった。今後はイラクとの文化交流をフランスとともに広げていきたい。その後議会を傍聴していると、パンや飲み物がふるまわれたが、ワインやビールまで出てきたのには驚いた。
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ランス市長と

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Bonsoir!

2月8日、13時成田発。アエロフロートは乗るたびにサービスが悪くなっている。なんとアルコールが有料に。機内食の前に飲むワインは楽しみのひとつだったのに、まったくひどい仕打ちである。おまけに今回はシステムの不調やら何やらで、映画やニュースなどの機内TV放送、また音楽などのサービスも停止ときた。安さだけが理由で利用しているのだが、ここまでくるとさすがになあ・・・・。まあ落ちないだけ感謝しよう。

ひと眠りしてふと窓から地上を眺めると、彼方の地平線が美しく朱に燃えている。かつて旅に熱く恋焦がれていた時代を思い出し、いかほど遠くに来てしまったのだろうという寂寥感に突如として包まれる。あの想いも気がつけば、心の彼方に滲んでしまっている。しかし振り返ればいつもこのように、失われた時を求めて人は彷徨い続けるのかも知れない。

約十時間後モスクワの空港に到着。外はマイナス20度にもなるという。暮れゆく雪の滑走路を横目に、一時間も待たずにパリ行きに乗換え。アイリッシュパブでギネスを一杯ひっかける暇もなかった。アンマン行きに乗り継ぐために、機内席から拝借した毛布に包まり雑魚寝して約24時間も空港内で過ごしたことを思えばましではあるが、あまり時間がないのも落ち着かないものだ。

現地時間夜9時頃パリのシャルル・ド・ゴール空港に到着。しかし迎えにきているはずの現地スタッフのサラマッド&アマラがいない。1時間ほど待っても来ないので、このまま空港内で野宿はたまらんと思い電話しようとするとようやくサラマッド現れる。どうやらターミナルを間違えていたらしい。車にアマラを待たせたサラマッドは、何でもミュンヘンから来た便で日本人が沢山降りてきたのできっとこの便だろうと思い待っていたようだが、おいおいそもそもミュンヘンってドイツじゃないか。なんか変だなあと思いながらも尋ねるのも恥ずかしいのでそのまま待っていたというから困ったものである。さすがの名ガイドもイラクと同じようには行かない。

おんぼろフォードの中古車、通称サラムーディⅢに乗って夜のハイウェイを東北へ飛ばす。サラムーディⅡでのバグダード珍道中がよみがえる。「フランスはどうだ?」と聞かれても、まるでバグダードの夜を走っているようで、どうもまだフランスに来た感じがしない。

話題は日本からイラク、そしてデンマークの新聞が載せたイスラム教の開祖ムハンマドの風刺画をめぐって世界各地で広がっている抗議活動へ。全人口の一割ほど、500万人以上とも言われるイスラム教徒を抱えるここフランスでも当然この問題への関心は高いようだ。イスラム教徒である二人の怒りもやはり大きい。私もこの問題はいわゆる「表現の自由」を盾にして意図的にイスラム教徒の怒りを煽っているように感じている。各地でデンマーク大使館への放火など相次いでいるが、初めからこうなることを計算済みで、すなわちイスラム教徒は実に野蛮な人たちだと世界に印象付けようという目的で挑発しているのではないかとも思ってしまう。「表現の自由」が試されているともいうが、アマラに言わせれば、そもそもヨーロッパに表現の自由なんかない。例えばもしホロコーストについて疑いを挟むような発言をすれば大変なことになるのでみんな口を噤んでいる、そんなタブーはいくらでもあると言う。残念ながらここフランスでも、履き違えた野蛮な「表現の自由」を振りかざし新たな風刺画を発表する輩が出てきたようで、二人ともすっかりうんざりした様子だった。

2時間ほどかけて二人の住む町LENS(ランス)に到着。昨年末幸運にも友人から紹介してもらったというアパートは、壁にハニさんの絵も飾られ実に瀟洒なインテリア、そして清潔に片付けられていて、旅に疲れた私をあたたかく迎えてくれた。
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February 08, 2006

フランスに行ってきます

現地治安の悪化からイラクへの帰国を見合わせている現地スタッフと会って、今後の打合せなどしてきます。また、フランス国内の支援関係者たちとも会って、これからの連携についてもいろいろお話してくるつもりです。

初のフランス、美術館で大好きなルオーを観ようなどとも企んでもいましたが、「すでに取材やら講演やらいろいろ段取っているから、忙しくなるのは覚悟しててね」なんて言われてしまいました。彼らの来日時のような状態になるかもしれませんね。

また、今回は途中こっそりヨルダンのアンマンにも行って、ハニさんとも今後の展開、新しい若手作家の発掘、そして新たな民芸品の仕入れなどについても話してきます。

これまでどおり、旅&活動の様子は時々このブログでもお知らせできると思います。

それでは、行ってきます。

YATCH@成田空港

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February 06, 2006

「イラクニ接近ス」上映のお知らせ

イラク関連上映会のお知らせです。

2003年2月、初めてイラクの地を踏んだとき、
バグダードホテルで私と同室だった当時確か19歳の大学生、
谷澤壮一郎くんからのお知らせを紹介します。

彼はその後何度かイラクを訪れ今回のドキュメンタリー映画をつくり、
また04年9月からはインドネシアに留学、大津波直後のアチェも取材しています。

映画では、たくさんの友人の声を通して見事にイラクに接近しています。
アホがつくほど底抜けに明るい素顔から占領の葛藤まで、
まさに友達でなければ迫れないイラクがそこにあります。
映像は2004年4月までなので、その後彼らはどうしているのか、
どのように考えが変わっているのか、とても気になってしまうところですが、
こうしたイラクの姿を伝えてくれる映画が出来て私もとてもうれしく思っています。
リトルバーズもいいですが、こちらも合わせ観ることをおすすめします。

2月26日(日)15時頃から、私も会場でのトークイベントに出演する予定です。

転送に次ぐ転送、大歓迎いたします

皆々様

毎度お世話になっております
谷澤壮一郎です
寒い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか
私は2年連続インドネシア・アチェにて年末年始を過ごすこととなりました
帰国と同時に足の指に霜焼けが出来、苦しんでおります
遅くなりましたが、今年もどうかよろしくお願いいたします

さて、この度私谷澤が自主制作いたしましたドキュメンタリー映画、
「イラクニ接近ス」が遂に渋谷・UPLINK Xにて公開される運びとなりました
http://www.uplink.co.jp/x/log/001024.php
2月20日(月)より、以下の日程で上映されます

2月20日(月)-2月24日(金) (16:00- / 18:00-)
2月25日(土)-3月3日(金)  (14:00-)
3月4日(土)以降  (13:30-)

上映期間中、多彩なゲストと私谷澤とのトークイベントも開催予定です
どうかお誘い合わせの上、劇場へと足をお運び下さいますよう、よろしくお願いいた
します
また、私の怠慢ゆえ、映画の宣伝活動が非常に遅れております
宣伝にご協力頂ける方がおられましたら、
是非谷澤までご一報下さいますよう、よろしくお願いいたします

どうもありがとうございました
劇場でお会いできることを楽しみにしております
乱文お許し下さい

谷澤壮一郎


2004年春、それでもイラクの日常は堂々と営まれていた。

ドキュメンタリー映画
「イラクニ接近ス」
2005.2完成 / 62分 / カラー


20歳、イラクひとりぼっち
あの怪しげな戦争から1年。
2004年3月、当時20歳の制作者タニザワは単身でイラクへお邪魔した。
戦前戦後通じ3度目の訪問で撮影したインタビュー映像を中心に、本作は構成されてい
る。
そもそもの企画から撮影、編集、監督を一人でこなした、
完全「自己責任」制作映画なのである。


一般ピープルのお言葉
「イラクは○○です」と日々ニュースはのたまう。
そんなに簡単にイラクがわかるのか。
4万円の借り物ハンディカムを前に、イラクの一般ピープルは一人ひとりの言葉で語っ
た。
戦争を肯定する者、否定する者。サダムを肯定する者、否定する者、触れようともしない
者。
アメリカを口撃する者、認めざるを得ない者。夢を見る者、見られない者。
ゆえに世界は悩んでいる。


堂々と営まれる日常
ステキなイラクは確かにある。
遠い銃声や爆発音の中で、人々はフツーに生きている。
或いは、必死でフツーな暮らしを取り戻そうとしている。
パン屋のオヤジは、今日も盛大におまけをしてくれる。
仕事のない兄ちゃんらはサッカー観戦に興じている。
町には美人と変人があふれ、甘いチャイ屋の露店が交差点に並んでいる。

自分の感じたイラク、日常を生きる人々の姿は、
今も変わっていないと信じている。


製作者プロフィール
谷澤壮一郎(タニザワ・ソウイチロウ)宇都宮大学国際学部4回生。
イラク戦争前後に3度イラクへ入り、ドキュメンタリー映像を制作。
「イラクニ接近ス」は、「IRAQI Who I Met」に続く2作目。
東京新聞(栃木版)に「イラク普通人」に関するコラムを連載(計14回)。
2004年9月よりインドネシア留学。12月末以降スマトラ沖大地震・大津波の取材に入る

現在、アチェ紛争避難民とツナミ、和平の問題にテーマを絞り、
映像制作集団DNAと共にドキュメンタリー制作に携わる。今は映像留学を夢想して
いる。
http://www.faiznet.info/


上映に関するお問い合わせは、
谷澤壮一郎(監督):090-6201-5459 pulausoichiro@hotmail.com
アップリンク 鎌田 :03-6825-5502
までお願いいたします

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