混沌からの光
21日昼はスタッフと現地の会計帳簿の突合せ。夜はイラク人画家のハニ・デラ・アリさんが訪ねてきてくれた。しばらくホテルのロビーで話したあと、シメサニという繁華街にアルギーレ(アラブ式水タバコ)を吹かしに出かける。思えば彼に会うのも昨年8月バグダードであったのが最後だったから、約一年振りである。昨年秋から今年の春にかけて約半年ほどポーランドに古美術修復の技術を学ぶため留学してきた成果だろうか、英語はずいぶん上達していた。昨年と比べるとずいぶんとやせたようだが、元気そうで何より。
今年2月にイラクに帰国してからも治安悪化に歯止めがかからず、5月に家族を連れて一時出国したハニさんは、今も一家でアンマンのアパートで生活している。最近は子ども向けのアニメーションを制作する会社でも仕事を得て働いているそうだ。子どもたちの夏休みが終わり一度バグダードに戻らなければならないとも聞いていたが、アンマンの学校に通い続けることができるというのでそのまま滞在しているようだ。これまではこうしたイラク人の子ども達をアンマンの学校が受け入れるのは3ヶ月が限度だった。しかしこの度それが1年間に延長されたということだ。このように、イラクから逃れてきてアンマンの学校で学ぶ子ども達は昨年あたりまでは10万人ほどだったが、ここ最近一気に増えて30万人ほどだという。実際には100万人くらいはいるのではないかとも聞いた。
アンマンの昼はまだまだ暑いが、夜はぐっと気温も下がり過ごしやすくなる。シメサニのオープンカフェのある通りでは、夜風に水タバコの煙を燻らす人々で遅くまで賑わっていた。ヒジャーブを被った女性までぷかぷかやっている。アラブ音楽のリズムと共に舞い、月夜に溶け入る煙の渦が描く天上のアラベスクに酔いしれる。気がつくともう深夜1時半をまわっていた。
22日、ハニさんのアパートを訪れる。眺めの良い高台にあり、中は白の壁にハニさんの抽象画で彩られていて、瀟洒で清潔感のある部屋だ。新しい作品もいくつか見せてもらった。
遺跡を思わせる質感のマチエールから古代の光が滲み出るかのような色彩の基本的なスタイルに、躍動感のある文様が姿かたちを変えて燦然とした色彩の海を縦横無尽に泳ぎまわる。おなじみの渦巻き文様は、6千年前の美の神イナナに仕えた巫女ワスィーファの象徴。画家の筆を通して顕現したこの美の使者によって、いにしえの尽きせぬ美と知恵の泉から汲み上げられた煌く生命の光が心象の風景と戯れ絡み合い、混沌としたこの地上にやさしく降り注ぎ、忽然と未来への海図が浮かび上がるようだ。その他アッラーの99の名前のひとつひとつをモチーフにした作品など、新たなスタイルの作品も大いに楽しめた。彼の絵は確かに進化を続けている。
子ども達も相変わらず元気そうだ。アトリエにはいくつか子ども達が描いた絵も飾られていた。さすがは画家の息子、娘たちだけあって、豊かな才能を感じさせる。抽象も具象ものびのびと自由に描いている。ハニさん曰く自分の子ども時代より上手いそうだ。長男ムスターファの抽象画はかなり父の影響をうけているが、末っ子ハッスーニの作品は父親も驚くほど前衛的だ。今回は11月に日本であるハニさんの個展の打合せにきたのだが、そのうち家族展が出来るねと笑いあった。
大好きな家庭料理、ドルマを囲んで談笑。昨年バグダードでご馳走になってからというもの、すっかり大好物になってしまった。ハニさんの絵をバックに皆あぐらをかいて車座になりドルマを頬張る。子ども達のはしゃぎ声を聞きながら、あの懐かしの味が口いっぱいに広がるともう気分はすっかりバグダードなのだが・・・。
数ヶ月前にハニさんの親戚の息子が米軍に撃たれ亡くなるなど、家族の安全を考えればここヨルダンに移り住んでいるのも止むを得ないと思う。彼も子ども達のことを考えてこれでよかったと思うと言う。しかし一見元気そうな子ども達も、実はイラクに帰りたがっているらしい。学校でもやはり子ども達のメンタリティーがイラクとヨルダンでは違うらしく、すぐには馴染めないのだろう。
ホテルに戻ると、また大きな荷物を大量に積んだ車が。今ではこのホテルの宿泊客のほとんどがイラクから逃れてきた人たちだそうだ。日ごとに混沌の度合いは増し、生と死の閾で喘ぎ続ける人々に、光が注がれるのはいつの日か。
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Comments
うーむ、大変だねぇ。Yatchはまだアンマンにいるのかな?ハニさん一家にオイラと増山麗奈がよろしく言ってたって伝えておくれ。
Posted by: シバレイ | September 26, 2005 07:24 PM
アリさんの絵は本当に素敵ですね。
東京でお会いできるのを心から楽しみにしています。
YATCH、香緒里ちゃん体に気をつけてくださいね。
Posted by: 千代 | September 27, 2005 08:56 PM
お、シバレイどうも。君らのことハニさんにこにこして喜んでたよ。
千代ちゃん、どうもお久しぶりです。
楽しみに待ってる人がたくさんいることも伝えておきますね。
Posted by: YATCH | September 29, 2005 07:22 PM