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August 08, 2005

ヒロシマ「あの日」を考える

IMGP47768月6日に広島から帰ってきた。昨日7日は坂戸の「原爆絵画展」で講演。まさにヒロシマを考える一週間だった。

原爆ドームをはじめ、被爆の爪あとを訪ね歩いた。35度を超える炎天下、滴り落ちる汗が眼に沁みて、心に描いた60年前の地獄絵図が蜃気楼のように滲んでは消える。汗を拭えば、乱立するビル群に眩惑された。下には、「あの日」の閃光を浴びたきり、もう二度とお天道様を拝むこともなく折り重なっていった累々たる屍たちが、新たな地層を形成しているのだろうか。あのようなものを拵えて、ここに落としたのも人間。そして、「75年間は草木も生えぬ」とすら言われたこの地を、ここまでにしたのも人間なのだ。

土砂降りに近いこの蝉時雨も、「あの日」にはピタリとやんだことだろう。後に続いた「黒い雨」は、地中の幼虫たちも浴びたのだろうか。人間の愚かさで固められたこの大地を突き破り、限られた地上での日々を謳歌する、儚き命の強さを思った。

あのきのこ雲の下で何があったのか。「あの日」を体験したヒバクシャの言葉は、平和記念資料館の全展示よりはるかに重かった。その記憶のあまりの酷さから、また、死んでゆく家族を前に何も出来ず自分だけが生きのびたという負い目から、語るのをためらってきた方々も、少しずつその体験を話し始めてきているという。

当時17歳だったというおばあちゃんは、一面黒と赤に塗られた風景の中、臓腑が股間からはみ出した女性を跨ぎ、風船のような顔、顔、顔の行列を掻き分けて家族と共に逃げたものの、妹さんを亡くしてしまったという「あの日」の胸をえぐられる思いを語ってくれた。また、「あの日」に至るまでこの国が狂喜し辿ってきた狂気の道のりとひもじい日々も。「あのような思いはもう誰にもしてほしくない」というのが語り続ける理由だという。ここ最近の日本を見ていると、なんとなくまたあの過ちを繰り返すのではないかと心配にもなるそうだ。やがて「あの日」の記憶を持つ人がこの地上からいなくなる日が、必ず、しかもそう遠くない将来に訪れる。その前に、どれだけその記憶を語り継いでいくことが出来るのだろうか。

広島の人がヒロシマを語り継ぐ記憶は様々であった。今回の滞在でお世話になった方は、「私は原爆がなかったらこの世に生まれてなかったのよ」と言う。お父さんが原爆で妻子を亡くし、その後再婚して自分が産まれたからだそうだ。原爆で失った命を語り継げるのは、このように原爆によって生まれた命でもある。また、被曝の程度に関わらず医療費が無料になる被曝者手帳など、原爆によって受ける恩恵のことや、ヒロシマは原爆によって国際都市になったが、広島に住む人で国際人と呼べる人はまだまだ少ない、被害者感情をむき出しにするだけでは世界の共感を得られるわけがないなど、自戒を含めた手厳しい意見も聞いた。イラクに行くたびにも感じていたことではあるが、やはり現場では様々な声があり、外から見ていた印象とはずいぶん変わるものである。

そして世界から見たヒロシマも決して一様ではない。原爆で失われた十数万人の命に思いを馳せるのならば、そこに至るまでに失われた2千万人もの命のことも考え、この国が犯してきた大罪を直視しなければならない。そういう意味で、日本国憲法9条はアジアの国々への謝罪のひとつでもあるというのはもっともだと思う。しかし、だからといって決してアメリカの原爆投下の正当化は出来ない。人類史上初の原爆の使用は、広島や日本に対する国際的犯罪を超越した、全人類に対する犯罪なのだ。世界は「あの日」を境に西暦の使用を中断し、ヒロシマ暦に切り替えるべきであった。「あの日」を境に、戦争の脅威は、国家間の破局の可能性に留まらず、地球上における人類の存亡に関わってきている。核抑止論などは前時代的な発想であり、効果よりもその先に深刻なリスクを抱えていることに人類は気づくべきではないだろうか。今日におけるいわゆる対テロ戦争、ウラン兵器の使用、戦術核の使用検討、そして先日のNPT再検討会議などを見る限り非常に心もとないが、核兵器の削減、そして廃絶は、国家間の安全保障を超越したまさに人類の安全保障なのだから。

そして明日8月9日はナガサキ原爆忌を迎える。60年前の「あの日」が最後であることを祈って。

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