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August 15, 2005

イラク人が想うヒロシマ

今フランスにいるイラク人スタッフから、先日ヒロシマに関するドキュメント番組をテレビで観たといってメールが来た。原爆をつくり落とした側、そして落とされた側からの証言を集め対比させたような内容だったようで、「もはや言葉は見つからず、ただただ涙がこぼれ落ちるばかりだった」と。イラク人はサダム時代からの反米教育の一環としてアメリカによる原爆投下をしっかりと教えられてきたせいもあってか、驚くほどみなヒロシマ・ナガサキに同情してくれるものだ。しかしその被害の実態について、資料などで詳しく教わってきたわけではないようで、詳しく被曝者の証言に基づいたその番組には相当衝撃を受けていたようだ。特に焼け落ちる家屋の下敷きになり泣き叫ぶ赤ん坊を助けられなかった母親のことが頭から離れないと言う。同時に落とした側がいまだに正当化する様子を見て、その場でテレビをぶち壊してやろうかと思ったと、そのやり場のない怒りを綴っていた。そしてそうした想いを周りに話そうにも、やはり誰もがわかってくれるわけではないという嘆き。戦争がどういうものか皆しらないのだと。そしてメッセージは以下に続く。

「本当に、まさに心から、そして深い気持ちから、全ての日本人に、そしてまさにヒロシマの市民に言いたい。私はあなた方に起こったこと全てに同情します。歴史はあなた方を忘れず、そして決してアメリカを許さないでしょう。出来るのなら伝えてほしい。私はあの番組に出てきた人(被曝者)がみな、私の家族の一人であり、またイラクの人々であると感じました。この同情の気持ちをうまく説明する言葉が見当たらないから、なんと言っていいのかよくわからないのだけれども、どうか伝えてほしい。心から皆さんを愛し、本当にとても尊敬しています。そしてどうかアメリカをあなたの国から出ていかせてください。」

彼の母親は最近、心臓発作に苦しめられている。バグダッド掃討作戦の一環でもある米軍とイラク軍による連夜の家宅捜索を受けての恐怖とストレスも、原因のひとつらしい。

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Comments

私が住んでいる韓国でも、
広島で被爆した韓国人の方達のドキュメンタリーをしていました。

先日、JSA(板門店)に行ってきましたが、
膨大なお金と時間、そして優秀な人材達が
ただにらみ合うためだけに使われている様子をみて、
かなり複雑な気持ちになりました。

平和になりますように

Posted by: M Sato | August 16, 2005 at 05:17 PM

イラク人スタッフの方の気持ちと言葉に、慰めと励ましを感じました。原爆を落とした側が自らを正当化し、ヒロシマといえば、すぐに「リメンバー・パールハーバー」と返してくる姿。でも、その一方で、この日本もアジアの人たちに対して、同じように自己弁護的な言葉を発しているわけですよね。「戦争」ということに責任を負わせることもできるのでしょうが……。
とにかく、科学という名のもとに、現代人は入ってはいけない所へ足を踏み入れてしまったと思います。

Posted by: Shalom | August 16, 2005 at 08:20 PM

自ら犯した過ちを認めない心は己の弱さから発し、その心は再び過ちを犯していくのでしょう。しんどいですが、己の弱さを正視することでしか、その弱さを克服する方法はないと思います。まさに今日の人類の課題でしょう。

Posted by: YATCH | August 17, 2005 at 04:15 AM

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