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August 17, 2005

揺れに立つ

東北で大きな地震があった。実家が宮城県の気仙沼なのですぐ電話したがやはり繋がらない。しばらくしてかけなおすと「なに大丈夫だでば」という母ちゃんの声に一安心。仙台の友人からも電話があり、やはり宮城南部はかなり揺れたそうだ。18日から盛岡ではじまるLAN TO IRAQ、イラクの現代アート展の準備で今は大童だが、展示のため明日17日から岩手入り。余震などでまた新幹線が止まらなければいいが。

あの敗戦から60年、そして9・11総選挙を前に、この国はいろいろな意味で揺れている。60年というのは長いのか短いのか、とにかく揺れる我らの心次第で今後の60年が決まるはず。ここ数年、この国の舵取りは熱病に侵されるがごとく帝国の滅びの道を心中覚悟で歩んできた。しかし今こそ正気に返るまたとない機会でもあると思う。何事も、「はじめるのには遅すぎる」などと考えているうちに、本当に手遅れになってしまうものだから。

そしてイラクも揺れている。15日は憲法起草期限だったが、一週間ほど延期された。アメリカの圧力で無理やり決められるのではないかとも懸念されていたものの、なんとか自らの足で踏ん張った形になったのは、どことなく参院で郵政を否決したこの国に似ているようにも感じた。しかしこの先どこまで踏ん張れるか、いや、そもそもその足は自らのものなのか、イラクにしても日本にしても、全く心もとない。しかし少なくとも、自分の足だけはしっかりと大地につけていきたいものだ。

IMGP0287「外国のものではなく、イラク人の考えと手とよって書かれた憲法を欲す」2003年10月、イラク、ヒッラの病院前で撮影

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