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August 26, 2005

恐怖の生活

「もうこの国のためにどうすればいいのかわからない」
と、しばらくぶりにバグダッドに帰った友人のメールは結んであった。無事に戻れたのは何よりであるし、心配していた家族との喜びの再会も果たせた。しかしそれもつかの間、その家族から伝えられたイラクの状況のあまりのひどさに、彼の心は悲しみに満ち、破壊されてしまったという。

両親はかつて見たこともないほどの涙を流しながら、久しぶりに会う息子である彼にその状況を語りはじめた。
「あいつを知っているな?」
「ああ」
「殺された」
「彼もしっているな?」
「うん」
「殺された」
「彼も」
「・・・」
このように、友人や知人の多くが殺されてしまったか、国家警備隊などに拘束されているという。また、以前殺された近所の住民は、兄弟がまた狙われてしまいアラブ首長国連邦やドイツに避難しているらしい。

そして、「このようなことを直接聞くのは初めてだ」という驚きと共に、スンニ派とシーア派の住民レベルでの対立感情を伝えてきた。スンニである父親や友人に聞いたところ、誰もがシーア派に対する凄まじい怒りを表し、また逆も同じだという。これまではいくらメディアで両派の対立が語られてきていたとしても、住民レベルでは誰もスンニやシーアなど口にしなかったのに、これは実に悪い兆候だと嘆く。

たしかに私もこれまで聞くたびに「スンニだろうがシーアだろうが我々はイスラムでひとつ。対立を煽るメディアは本当に迷惑だ」という声がほとんどだったし、スンニとシーア間で結婚しているケースだって少なくなく、まあお互いバカにしあっているなあとは感じていたものの、少なくとも内戦になるほどの敵対感情は全く感じたことがなかった。しかし今では各モスクで宗教指導者がこの問題を話しはじめ、かなり深刻だという。

これまでどんなうわさがあっても頑なに両派の対立を否定してきた彼本人からこんな話を聞いたことは、私にとっても大きな衝撃であった。確かに両派の宗教指導者が拷問の末殺害されるなど、両派の対立を煽り、分裂による利益を目論む輩が引き起こしたとも考えられる事件がしばらく続いていた。しかしそれでも大規模な衝突までには至らなかったのは、「その手は食わないよ」とばかりに冷静に権力による罠を見抜くイラク人の怜悧さの賜物だとこれまで感心していたものだが、これだけ周りの人間も殺され続け、ついにその我慢も限界に達してきているのかもしれない。

シーア派有力政党であるイスラム革命最高評議会(SCIRI)のアル・ハキーム党首と彼が率いる民兵組織バドル旅団が中心となってこの国をめちゃくちゃにしているという。これまで82人ものスンニ派宗教指導者が殺害されたらしい(バグダッド市内だけなのかイラク全土なのかは不明)。アル・ハキーム氏はイラク警察と国家警備隊の90%をシーア派で固め、彼等は家宅捜索と称してあらゆるものを物色、配給カードまで奪い、果てには殺害していくというので、スンニ派住人は隠れ恐怖の日々をすごしている。「夜だけではなく、みな真昼間から全てのドアに鍵をかけ閉じこもる様子を見れば、どれだけ怖れているか分かるだろう」と。今ではむしろ家宅捜索では米軍が来ると安心し、あのアラウィ暫定政権時代を懐かしんですらいるとも。2年前のバグダッド陥落直後、「サダムは去った。しかし次のサダムが怖い」とつぶやいたイラク人の声を思い出す。そういえば最近では、あのサダムに帰ってきてほしいという声すらちらほら耳にするくらいだ。

そういえば延期され審議を続けていた新憲法草案、やはりスンニ派勢力の反対で再び採決が延期された。焦点となっているのはクルド人勢力が要求した連邦制の導入。南部の油田地帯を確保できるとシーア派勢力も賛成に回っている。「これはイラクを分断させる」とスンニ派勢力は頑なに反対を貫いているが、「この連法制の導入がなければ内戦になる」とルバイエ国家安全保障顧問は警告しているとも報道されている。友人によると、「このまま連邦制が導入されたらイラク南部が全てシーアの支配下におかれるのでスンニは認めないだろう。シーア派で国家警備隊のボスであるルバイエ氏の発言はこれまで通りの脅し。いずれにしてもイラクの将来は良くない」という。

戦争はサダム政権だけではなく、イラクの社会を、そしてイラクの人々の心まで破壊してしまった。本当にどうすればいのか、彼同様にわからない。とにかく、お互いに今「生きている」ことが唯一の希望と信じ、出来ることを続けていくしかない。

まずは、この戦争の責任の一端を担っているこの国をどうにかしなければならないということだけは間違いないだろう。9・11はもうすぐだ。

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Comments

今回の報告はかなりショッキングなものでした。先日、イラクのジャーナリスト、イサーム・ラシードさんの報告を聞きに行きましたが、その時よりもかなり情勢は悪化しているのですね。ラシードさんもスンニー派とシーア派の対立はほとんどないと言っておられましたから。自分の国と同胞の心が壊れていく姿を見ることがどんなにつらく、痛ましいことか、「バグダッドのお友だち」の心を思うと、胸が痛くなります。平和を来たらすために、何をすべきか、「9・11はもうすぐだ」とあるとおり、まずこの国の方向性に関心を持つことから始まるのでしょう。

Posted by: Shalom | August 28, 2005 at 10:48 AM

ヨッチさん、こんにちは。
もう直ぐ選挙公示日ですね。

今回の選挙でイホネットとして活動する予定はあるのでしょうか?

話題としては、自衛隊のこと意外に2006年1月から実質サラリーマン増税の序奏である定率減税全廃、各種控除制度見直しが行われますので、事欠かないと思うのですが。

はっきり言って、ファシストは無知で間抜けすね。臆病で、猜疑心が強く、自分でけじめをとったことが無いのが共通項のような気がします。

9.11は、もう直ぐです。

Posted by: Nobody Knows | August 29, 2005 at 08:11 PM

Shalomさん、

これまでスンニ、シーアの対立を最も強く否定していたひとりから聞いたのでショックでした。そしてついにイラク新憲法の草案がスンニ派の反対を押し切った形で可決されたようです。結局アメリカが組んだスケジュールを優先させた形でしょうけど、ますますイラク分断に向けた動きが加速しそうで心配です。

Nobady knowsさん、

いちおうYATCHはヤッチと発音してほしいのですが・・・。

今イホネットのイラク水支援プロジェクトに関わっていますが、今回の選挙で活動する予定というのはないと思います。

小泉首相は郵政だけを争点にしていますが、おっしゃる通り、問題は他にも山積してますよね。郵政だって改革が必要なのはわかりますが、今の改革案では結局郵貯&簡保の340兆円にも及ぶ大金がごっそりとアメリカに持っていかれるだけでしょうから、これまた戦争の資金になっていくのでしょう。

いつの時代も、ファシストは変わりませんが、そのファシストを選んでしまう人々というのも、変わらないような気がします。

9・11、試されているのは私たちでしょうね。

Posted by: YATCH | August 29, 2005 at 11:21 PM

YATCHさん、おはよう御座います。
名前、すみませんでした。

郵政の件は、私も同じ意見です。
改革とは名ばかりで、意味がありません。外務省や財務省、経済産業省にとっては意味があると考えているのかもしれません。

ファシストの台頭は、最高責任者である人物が無知で無責任という問題も大きいですが、それに関わる人物が上手く利用しているという構図もあるでしょうし、それを取り巻くメディアを含む政財官が一体となって利用している実態も大きく影響しているように思います。

実態を無視した社会システムの運用と情報の恣意的な統制、民意の本質を逸脱した脱法的な権力の行使よって、法治、自治がなし崩し的に崩壊していくのも特徴かもしれません。

もっと体系的で構造的な問題だと思います。

Posted by: Nobody Knows | August 30, 2005 at 08:23 AM

Nobody knowsさん、

>もっと体系的で構造的な問題だと思います。

ごもっともです。やはり「誰が得をするか」という観点で見ればわかりやすいとおもいます。ただ、そうした問題を陰で支えているのは、私達の無知や無関心でもあるのではないかと思うのです。せっかくの投票権を放棄している人があまりにも多く、もったいない限りです。

Posted by: YATCH | August 30, 2005 at 01:10 PM

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