「もうこの国のためにどうすればいいのかわからない」
と、しばらくぶりにバグダッドに帰った友人のメールは結んであった。無事に戻れたのは何よりであるし、心配していた家族との喜びの再会も果たせた。しかしそれもつかの間、その家族から伝えられたイラクの状況のあまりのひどさに、彼の心は悲しみに満ち、破壊されてしまったという。
両親はかつて見たこともないほどの涙を流しながら、久しぶりに会う息子である彼にその状況を語りはじめた。
「あいつを知っているな?」
「ああ」
「殺された」
「彼もしっているな?」
「うん」
「殺された」
「彼も」
「・・・」
このように、友人や知人の多くが殺されてしまったか、国家警備隊などに拘束されているという。また、以前殺された近所の住民は、兄弟がまた狙われてしまいアラブ首長国連邦やドイツに避難しているらしい。
そして、「このようなことを直接聞くのは初めてだ」という驚きと共に、スンニ派とシーア派の住民レベルでの対立感情を伝えてきた。スンニである父親や友人に聞いたところ、誰もがシーア派に対する凄まじい怒りを表し、また逆も同じだという。これまではいくらメディアで両派の対立が語られてきていたとしても、住民レベルでは誰もスンニやシーアなど口にしなかったのに、これは実に悪い兆候だと嘆く。
たしかに私もこれまで聞くたびに「スンニだろうがシーアだろうが我々はイスラムでひとつ。対立を煽るメディアは本当に迷惑だ」という声がほとんどだったし、スンニとシーア間で結婚しているケースだって少なくなく、まあお互いバカにしあっているなあとは感じていたものの、少なくとも内戦になるほどの敵対感情は全く感じたことがなかった。しかし今では各モスクで宗教指導者がこの問題を話しはじめ、かなり深刻だという。
これまでどんなうわさがあっても頑なに両派の対立を否定してきた彼本人からこんな話を聞いたことは、私にとっても大きな衝撃であった。確かに両派の宗教指導者が拷問の末殺害されるなど、両派の対立を煽り、分裂による利益を目論む輩が引き起こしたとも考えられる事件がしばらく続いていた。しかしそれでも大規模な衝突までには至らなかったのは、「その手は食わないよ」とばかりに冷静に権力による罠を見抜くイラク人の怜悧さの賜物だとこれまで感心していたものだが、これだけ周りの人間も殺され続け、ついにその我慢も限界に達してきているのかもしれない。
シーア派有力政党であるイスラム革命最高評議会(SCIRI)のアル・ハキーム党首と彼が率いる民兵組織バドル旅団が中心となってこの国をめちゃくちゃにしているという。これまで82人ものスンニ派宗教指導者が殺害されたらしい(バグダッド市内だけなのかイラク全土なのかは不明)。アル・ハキーム氏はイラク警察と国家警備隊の90%をシーア派で固め、彼等は家宅捜索と称してあらゆるものを物色、配給カードまで奪い、果てには殺害していくというので、スンニ派住人は隠れ恐怖の日々をすごしている。「夜だけではなく、みな真昼間から全てのドアに鍵をかけ閉じこもる様子を見れば、どれだけ怖れているか分かるだろう」と。今ではむしろ家宅捜索では米軍が来ると安心し、あのアラウィ暫定政権時代を懐かしんですらいるとも。2年前のバグダッド陥落直後、「サダムは去った。しかし次のサダムが怖い」とつぶやいたイラク人の声を思い出す。そういえば最近では、あのサダムに帰ってきてほしいという声すらちらほら耳にするくらいだ。
そういえば延期され審議を続けていた新憲法草案、やはりスンニ派勢力の反対で再び採決が延期された。焦点となっているのはクルド人勢力が要求した連邦制の導入。南部の油田地帯を確保できるとシーア派勢力も賛成に回っている。「これはイラクを分断させる」とスンニ派勢力は頑なに反対を貫いているが、「この連法制の導入がなければ内戦になる」とルバイエ国家安全保障顧問は警告しているとも報道されている。友人によると、「このまま連邦制が導入されたらイラク南部が全てシーアの支配下におかれるのでスンニは認めないだろう。シーア派で国家警備隊のボスであるルバイエ氏の発言はこれまで通りの脅し。いずれにしてもイラクの将来は良くない」という。
戦争はサダム政権だけではなく、イラクの社会を、そしてイラクの人々の心まで破壊してしまった。本当にどうすればいのか、彼同様にわからない。とにかく、お互いに今「生きている」ことが唯一の希望と信じ、出来ることを続けていくしかない。
まずは、この戦争の責任の一端を担っているこの国をどうにかしなければならないということだけは間違いないだろう。9・11はもうすぐだ。
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