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July 10, 2005

7・7London 引き裂かれた七夕

ロンドンでの同時多発爆破事件の死者は50人を超え、さらに増える見込みだという。突如として襲いかかる暴力に命を奪われた人々、そして残された家族や恋人、友人たちの悲しみは如何ばかりであろうか。イラクの戦場で目の当たりにした、あの記憶に深く刻み込まれたひとりひとりの嗚咽と慟哭が、再び意識下を這いずり回っている。死のデータとしての数字の背後に広がっていく、破壊された物語を背負い明日を生きねばならぬ人々の、ひとりひとりの苦悩の表情がよみがえる。死者は数字ではない。イラクだろうが、イギリスだろうが、このように簡単に人間が殺されていくのを見るのは、本当にやり切れない。

しかしながら、この報道の格差はどうだろう。イラクではこの規模の事件は連日のように起こっているが、今では新聞の一面を飾ることは皆無に近い。いやイラクなら実はまだましなほうなのだ。ベタ記事程度で流されていくものや、記事にすらならない無数の死があり、この地上はそうした死者と、残された人々の幾億もの悲しみに包まれている。今回の事件を知ったとき、こうしたあからさまな報道の圧倒的非対称に、正直嫌気がさしもした。

「イラクでは毎日のように起こっていることなんですよ。そもそもこんな事件が起きてしまうような原因を作ったのは、いったい誰なんですか」と突き放したい気分にもなってしまったが、今イギリスに留学している友人がいるので、やはり心配になって安否を確認するメールを出した。そこで何が起こっているかを想像する鍵として、そこに顔の見える友人がいるかどうか、これはやはり大きいと思う。

その友人は無事だった。しかしまだ安否の確認が出来ていない友人もいるので心配だという。

以下、この事件を受けて改めて考え、その友人宛にメールで吐露したことを一部編集の上紹介します。


「9・11の時も感じたことですが、
こういう事件が起きると、いつも僕の内面はある種の奇妙な葛藤が起こり、
引き裂かれてしまいます。

当然、ひどいことだと思う反面、
幾多の犠牲を飲み込んで膨張してきたこの文明が崩れていくのを、
「ほら見たことか」と半ば喝采を挙げてしまっているような自分もいるのです。

チョムスキーの言葉、
「誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい」
を引っ張りだすまでもなく、やったことは全て跳ね返ってくるわけで、
イギリスはこの事件の何万倍もの仕打ちをしてきたわけだから、
こんな事件が起こるのは至極当然だとも思ってしまうわけです。

しかしよくよく考えると、そういう感情の背後には、
攻撃される主体を単に「アメリカ」や「イギリス」など、
漠とした記号ないし抽象概念で捉えている事がわかります。

これは9・11の直後、熱くなったアメリカのいわゆる愛国者たちが、
「テロリストであるアラブ人を全て殲滅せよ」と気炎を上げ、
戦争を良しとする論理とあまり変わりないのかもしれません。

この論理に共通していることは、そこに具体的な人間の顔がないこと、
つながりを持った人間が生きていないということだと思います。

恐ろしいことですが、こうした考えが、
自分の中にも存在しているということを認め、
何とかそこから乗り越えることは出来ないだろうかと、
僕もイラクに行って直接人間同士のつながりをつくり、
簡単に言えば彼らと友達になってしまい、
友達が殺されるかもしれないということがどういうことなのか、
自分の問題として考え、その恐ろしさと、戦争の愚かさを、
みなに知ってほしいと思ったものでした。

それでもまだ葛藤して引き裂かれているのも事実ですが、
やはり今回はSさんがイギリスにいるということで、
単純な感情に飲み込まれずにすんでいるのかもしれません。

世界中の人が、世界中に友達を持つようになればいいのに、と思います。

ところでこれを機に、テロ対策ということで、
世界規模でまた一気に警備が厳しくなり、
結果的には皮肉にも新たないわゆる「テロ」を生む土壌が
醸成されてしまうことを心配しています。

無数の「テロ」によって無辜の民の生血を啜り肥大してきたこの文明という怪物は、
その体内にやはり「テロ」によって自らを食い尽くす胚子を孕んでいたのでしょう。

そしてその萌芽にせっせと水をまいてしまっているのは、
「テロ」の脅威に怯えて、「テロに屈しない」という政府にすがろうとする、
私たちの心の弱さなのかもしれませんね。」

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Comments

>世界中の人が、世界中に友達を持つように
>なればいいのに、と思います。

ほんとにそうですよね。

特に、各国の元首には留学や海外ボランティア経験が
なくてはなれない、とか、
国籍と母語の違う人たちと一定期間過ごさなくてはなれない、とか、
そんな基準を設けたらいいのにって思います。

愛してやまない甥っ子達や
地球上の子供達の将来を思うと、
ほんと、せつないです。

Posted by: M Sato | July 11, 2005 at 11:34 PM

昨日ロンドンに行ってきました。
日曜日にかかわらず地下鉄はガラガラ。
爆破テロがいかに人びとの心に恐怖を植えつけた痛感。
警察の数も増え、プラットフォームも大画面で映し出されていました。
このさき、一体どうなっていくんだろう、と強化される警備のもと、不安な気持ちを抱えながら歩き回ってきました。

Posted by: SAYA | July 12, 2005 at 12:21 AM

M Satoさん、
>特に、各国の元首には留学や海外ボランティア経験が
なくてはなれない、とか、
国籍と母語の違う人たちと一定期間過ごさなくてはなれない、とか、
そんな基準を設けたらいいのにって思います。

それもいいですね。特に日本は物価が高いこともあって、こちらに来る外国人は相対的に少ないようですから、こうしてまだ円が強く海外に比較的行きやすいうちにどんどん外に出て友達作ってほしいですね。

お、SAYAさんじゃあないですか。無事で何より。そして初コメント嬉しいです。北アイルランド紛争の影響からイギリスは元々かなりの監視社会でもあったともききますが、これを機にさらに強化されるのでしょうか。あと、恐怖心が生み出すイスラム教徒に対する偏見、嫌がらせ等が心配です。今フランスにいるイラク人スタッフも、周りがアラブ人に対して怖がるようになってきたと言っています。また、イラクでアメリカ何をやってきたかを話そうとすると、政治的な話はしないでほしいと咎められることが多く、どこにも民主主義なんてないじゃないかと嘆いていました。

Posted by: YATCH | July 13, 2005 at 12:15 AM

イラクと英国の報道の格差?
よくもまあ、ぬけぬけとそういうことがいえるよ。
ヒステリックな感情論があるだけじゃん。
結局、流行の被災地にしか関わらない人に言える言葉では
ないと思うよ。
典型的な偽善だ。

Posted by: しゃみいるたん | July 13, 2005 at 10:23 PM

しゃみいるたん、遠くからお忙しいところ書き込みありがとうございます。

>結局、流行の被災地にしか関わらない人に言える言葉では
ないと思うよ。
典型的な偽善だ。

イラクが流行の被災地なのかどうなのか、まだ具体的にはイラクにしか関わったことがないのでなんとも言えませんが、おっしゃるとおりその他の地域にはまだ主体的に関わったことがないのに、「イラクとイギリスの報道の格差」などという言葉を使う資格などはなかったかもしれませんね。イラクに友人が多いので、どうしてもイラクを中心に考えてしまうし、感情的になってしまうところもあるかもしれません。しゃみるたんのように世界を見てきた人からすれば、さぞ滑稽に感じられたことでしょうね。偽善者であることを認めましょう。そして少しでもその偽がとれるよう、努めていきたいと思います。

Posted by: YATCH | July 14, 2005 at 04:04 PM

ヤッチ、こんにちは!僕も今回のテロ事件に対して、不安と混乱を感じている一人です。でも、サヤさんが無事だったのは不幸中の幸いです。ところでしゃみいるたんさん、僕が言うべきことでもないのかもしれませんが、もしまだ、ここのブログを拝見されているようでしたら、しゃみいるたんさんの見てきた世界を是非教えてくれませんか?そして「ぬけぬけとそういうことがいえるよ」と言う根拠を教えてくれますか?僕もヤッチと同じように報道の格差を感じた一人なので、しゃみいるたんさんの意見、ちょっと興味あります。それでは。

Posted by: ももい | July 16, 2005 at 07:31 PM

はじめまして。
どうしても情緒に偏る部分も、内では少なからずあるとしても、イラク等に直接関わっておられる方の声はやはり貴重なものだと思います。こういった方々の見地を拒んでいて、何が情報先進国イギリス・日本・アメリカ等なのだろうと感ずる所です。ジャーナリズム的行為というモノがともすれば偽善にまみれているというのは耳が痛いですが、多くの真摯なジャーナリストがそれを内省しつつも、例えば今回のロンドンの事件の様に権力側が発生以後、国際テロ組織との関連を執拗に謳う状況をそのまま甘受しない態度――氾濫し、また操作される情報の数々との付き合い方――を要請するのも、ジャーナリズムの一つの役割であると思っています。それ故、Yatchさんの紡ぐ、自戒を多分に含んだ意見を受け入れることは大事なことと考えています。

Posted by: stickman | July 16, 2005 at 11:27 PM

ももいくん、書き込みありがとう。

しゃみいるたんはチェチェンなどを中心に活動しているジャーナリストで、イラクでもお世話になりました。
http://sherko.hp.infoseek.co.jp/
先日は何とグルジアから追い出されたと連絡がありました。もう帰国されてるようですね。

stickmanさん、はじめまして。
書き込みありがとうございます。今度はイラクで98人死亡のNews(17日)がありました。イラク人スタッフのメールからは、「まるでイラクでは毎日犬が殺されていて、Humanbeingはロンドンやマドリッドやパリにしかいないようだ」と。もはや犬以下の扱いにすらなっていないであろうイラク以外のところからの声にも、どれだけ耳を傾けることができるのでしょうか。重い課題ではありますが、本当のHumanbeingになるためには、避けて通れない道ですね。まだまだ修羅です。

Posted by: YATCH | July 19, 2005 at 06:51 PM

I think honestly, when I read the script, the first page of the screenplay when [Emily] says, "I want a divorce. Womenfolk, you will have to climb as good as you kin. Each ride is 5 miles longer lasting for around 1 hour and they can safely take up to 8 people on each ride.

Posted by: Hay Day Hacks | October 06, 2014 at 03:51 PM

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Tracked on July 11, 2005 at 11:40 PM

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