またしてもイラクで日本人が拘束された。昨夜午前一時頃通信社から「サイトウ・アキヒコさんってしってますか?」と一報を受けてから速報を追っていると、はじめは私のしらないジャーナリストの方だろうかとおもっていたが、拘束された斎藤昭彦さんは何と米軍下請けの民間の警備会社で働いている方で、しかも米国防総省の身分証明証までもっていると聞いて仰天した。こうしたいわゆる外国人の傭兵は今のイラクに2万人以上もいるという。昨年の8月バグダッドで活動中、ネパール人の傭兵にはたくさん会ったが、まさか日本人も傭兵として入っていたとは。
戦闘があったといわれるヒートは、ラマディから近い小さな町で、LAN TO IRAQ(イラク現代アート)の代表作家、ハニ・デラ・アリさんの生まれ故郷。何度か写真を見せてもらったが、風化した古代の遺跡とユーフラテス川の美しさが時代を超えて調和するのどかな田舎町で、彼の作品にも大きなインスピレーションを与えているという。
イラク人のバグダッド支部局長にも早速連絡したが、彼は現在あいにくイラクを留守にしているので現地との連絡は困難な状況であり、過去の日本人人質事件の時同様に現地のイラク人のネットワークを活かして救出の糸口を探るということができないままでいる。仮にうまくこれまでお世話になってきたイラクイスラム宗教者委員会にコンタクトが取れたとしても、こうした傭兵、米軍下請けの戦闘要員に対しては、これまで通りの協力は残念ながら期待できないだろう。
斎藤さんは自衛官OBで、フランス外国人部隊として各国の戦場も体験しているという。どういう理由で、そうしてどういう気持ちでこの度傭兵となりイラクで働いていたのかわからないが、彼のご家族や友人の方々のことを考えると、何とかなるものなら何とかしたい。しかしこれが現在のイラクで起きている厳然たる戦争の現実であり、日々イラク人が感じている恐怖でもある。
そしてこの度の事件は、まさに戦争の民営化がもたらしたもの。そういえば昨年4月の日本人人質事件の背景となったファルージャ包囲攻撃も、3月末に4人の米軍請負の傭兵が殺害されたことがきっかけとなっていた。こちらのメディアでいくら民間人と報道されようと、現地の人間から見れば今のイラクに武器を持って入ってくる外国人はりっぱな戦闘要員である。現地の抵抗勢力にとって、もはや入ってくる外国人が一般の市民なのか戦闘員なのか見分けがつかないので、昨年の安田君たちのようにとりあえず拘束するというケースが増えたのもこうした戦争の民営化の影響だろう。
この度斎藤さんを拘束したというアンサール・スンナ軍のことはあまり詳しく知らないが、これまで外国人に対する様々な事件でかなりよく名前が出ている。これまで人質を盾に何か要求をしたことはないらしいが、この度彼だけが生きて捉えられ、その事実をウェブサイトで公表した意図は一体何なのか。これから何らかの要求があるとすれば、それはどういったものになるのだろうか。
重傷を負っているという彼の身の上と同時に案ずるのが、いかなる要求が出されるにしても、その取り扱われ方によっては、それがイラクの人々、そしてアラブの人々に対して、「ああ日本は自衛隊に飽きたらずついに民間人まで米軍と一緒に銃を持ってやってくるようになったか」と、つまりもう日本はアメリカと官から民までなんら変わりなくなってしまったんだなあという印象を与えてしまうのではないかということである。昨年香田さんが米国旗の上で殺害されたのも、もはや日本は敵国であるアメリカと同じだという強烈なメッセージであったが、この度の事件も、これからの扱われ方によってはそうした印象を決定付けてしまう可能性がある。そうなってしまえば、今後ますます我々日本の市民がイラクの市民と交流することが困難になっていくのではないだろうか。これはお互いの未来にとって大きな損失となりうる。
戦争中、イラク人にお茶をご馳走になりながらよく言われたのが、「ジャパニーズピープルOK、ガバメントNO、NO」。つまり政府と一般市民をきっちりと分けて考えてくれていたからこそ、この度の戦争に首相が支持を表明し事実上の敵国となっても安全に活動ができていたわけなのだが、こうした戦争の民営化は、こうした分別を撹乱させる要素をも持っている。
33歳最後の一日、悶々とした時間が流れていく。
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