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May 31, 2005

崖っぷち

提出期限直前の決算処理に追われ汲々としていると、斎藤さん情報が。報道で伝えられている通りならば、残念な結果をむかえてしまったようだ。私も映像を見たが、間違いないと思う。おそらく襲撃されたときにはもう亡くなられていたのではないだろうか。今回、拘束したという組織と斎藤さんの立場を考えると、生還ははじめから難しいだろうとは思っていたが、実際にこういう結果になってみると、何ともやるせないものだ。

数日前、以前バグダッドで知り合った友人に相談してみたところ、「ダメもとでやってみるか」と武装抵抗勢力に詳しいというイラクの知人を介して救出の可能性について尋ねてくれていたのだが、開口一番「お前俺を殺す気か?」とすげなく断られたということだ。彼を救出しようという行為自体が米軍側と見られてしまい協力者の命が危険にさらされてしまうので、今回は気の毒だがどうすることもできないというのがその友人の弁であった。

後はせめて彼の遺体が家族のもとに帰ることを祈るばかりである。

こうしてまたしてもイラクで日本人が犠牲になってしまったわけであるが、そうこうしているうちに今度は首都バグダッドでサダム旧政権崩壊後最大規模といわれる掃討作戦が始まってしまった。ここ最近市内の家宅捜査などが以前より頻繁に行われるようになってきたと、現地スタッフからの報告があった矢先である。治安回復を目的にして、イラク治安部隊4万人と米兵1万人でバグダッドを完全包囲していわゆる武装勢力を一掃するという作戦のようだが、このように力によって封じ込めようとする行為自体が、治安を悪化させる要因になっているとしか思えない。バグダッドは巨大な都市なので、昨年のファルージャのようなことにはならないと思いたいのだが、早速イラク・イスラム党の党首が不当に拘束されるなど、きな臭さを増している(誤認逮捕ということですぐ解放されたようだが)。バグダッドには多くの友人がいるので、問い合わせてはいるのだがまだ返事がなく心配だ。

提出期限直前の決算処理に追い込まれているこの瞬間にも、多くの生命が崖っぷちに追い込まれている。

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May 24, 2005

斎藤さんのことも気になるが・・・

斎藤昭彦さんがイラクで拘束されたという情報から早2週間が過ぎてしまったが、彼の安否に関する情報は全くないままだ。現地スタッフや友人などにも問い合わせているが、アンサール・スンナ軍がいかに強力で、米軍警護としての斎藤さんの立場を考えると今回は厳しいだろうという意見以外はやはり何も情報がない。

報道は目立たなくなってはいるものの、イラク各地で爆破事件などが続き、日毎に状況は悪化している。イラクイスラム宗教者委員会幹部のハッサン・ヌアイミ師がイラク内務省特殊部隊に拘束され、拷問の末に遺体で発見されるなど、各地でスンニ派高位指導者の暗殺等が続き、宗派対立を煽る動きは留まるところを知らない。これでまだ民衆レベルでの大規模な宗派対立、内戦に至っていないのは、以前から「その手は食うか」と冷静に状況を判断していた多くの分別あるイラク人が、この現状においてもその聡明さを維持していることの証明ともいえるのではないだろうか。

斎藤さんが拘束されたイラク西部ヒート周辺の治安も最悪らしいが、さらにシリア国境付近でも米軍がまた掃討作戦と称して大規模な攻撃を行い、多数の一般市民の死傷者がでたという。そして以前現地スタッフから聞いた言葉、「米軍が攻撃の手を強めれば強めるほど、爆破事件などが増え、抵抗する勢力も強くなっていく」を裏付けるかのように、戦火は各地に飛び火していき、バグダッドの治安悪化も深刻だ。斎藤さんのことも気になるが、私にとってはイラクの友人たちのほうがはるかに気がかりだ。

先日現地スタッフから届いた連絡によると、いたるところで爆破事件が起きていて、彼の妹が通う市内ドーラ地区にある学校前でも爆発があり、妹の友達4人が亡くなったという。(妹は無事だそうです)そして米兵とイラク国家警備隊は家宅捜査を強化しているようだが、捜査を受けた家ではさまざまなものが盗まれるという被害が続出しているようで、現地スタッフもお金やコンピューター、また大切な書類などは全て隠したということだ。

そのドーラ地区では200人を超えるイラク人が逮捕され、また、イラク西方、ファルージャ近くの町ハディーサでは、やはり米軍と国家警備隊によって多くのイラク人が投獄され、中央病院も徹底的に破壊されたという。

米軍がいることによって守られている治安も確かにあるだろう。しかし米軍がいることによって悪化する治安のほうがはるかに大きい。やはり立ち返るべき言葉は、チョムスキーの「誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加するのをやめればいい」ではないだろうか。(昨年11月10日の当ブログ記事

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May 10, 2005

戦争の民営化 「ピープルOK?」

またしてもイラクで日本人が拘束された。昨夜午前一時頃通信社から「サイトウ・アキヒコさんってしってますか?」と一報を受けてから速報を追っていると、はじめは私のしらないジャーナリストの方だろうかとおもっていたが、拘束された斎藤昭彦さんは何と米軍下請けの民間の警備会社で働いている方で、しかも米国防総省の身分証明証までもっていると聞いて仰天した。こうしたいわゆる外国人の傭兵は今のイラクに2万人以上もいるという。昨年の8月バグダッドで活動中、ネパール人の傭兵にはたくさん会ったが、まさか日本人も傭兵として入っていたとは。

戦闘があったといわれるヒートは、ラマディから近い小さな町で、LAN TO IRAQ(イラク現代アート)の代表作家、ハニ・デラ・アリさんの生まれ故郷。何度か写真を見せてもらったが、風化した古代の遺跡とユーフラテス川の美しさが時代を超えて調和するのどかな田舎町で、彼の作品にも大きなインスピレーションを与えているという。

イラク人のバグダッド支部局長にも早速連絡したが、彼は現在あいにくイラクを留守にしているので現地との連絡は困難な状況であり、過去の日本人人質事件の時同様に現地のイラク人のネットワークを活かして救出の糸口を探るということができないままでいる。仮にうまくこれまでお世話になってきたイラクイスラム宗教者委員会にコンタクトが取れたとしても、こうした傭兵、米軍下請けの戦闘要員に対しては、これまで通りの協力は残念ながら期待できないだろう。

斎藤さんは自衛官OBで、フランス外国人部隊として各国の戦場も体験しているという。どういう理由で、そうしてどういう気持ちでこの度傭兵となりイラクで働いていたのかわからないが、彼のご家族や友人の方々のことを考えると、何とかなるものなら何とかしたい。しかしこれが現在のイラクで起きている厳然たる戦争の現実であり、日々イラク人が感じている恐怖でもある。

そしてこの度の事件は、まさに戦争の民営化がもたらしたもの。そういえば昨年4月の日本人人質事件の背景となったファルージャ包囲攻撃も、3月末に4人の米軍請負の傭兵が殺害されたことがきっかけとなっていた。こちらのメディアでいくら民間人と報道されようと、現地の人間から見れば今のイラクに武器を持って入ってくる外国人はりっぱな戦闘要員である。現地の抵抗勢力にとって、もはや入ってくる外国人が一般の市民なのか戦闘員なのか見分けがつかないので、昨年の安田君たちのようにとりあえず拘束するというケースが増えたのもこうした戦争の民営化の影響だろう。

この度斎藤さんを拘束したというアンサール・スンナ軍のことはあまり詳しく知らないが、これまで外国人に対する様々な事件でかなりよく名前が出ている。これまで人質を盾に何か要求をしたことはないらしいが、この度彼だけが生きて捉えられ、その事実をウェブサイトで公表した意図は一体何なのか。これから何らかの要求があるとすれば、それはどういったものになるのだろうか。

重傷を負っているという彼の身の上と同時に案ずるのが、いかなる要求が出されるにしても、その取り扱われ方によっては、それがイラクの人々、そしてアラブの人々に対して、「ああ日本は自衛隊に飽きたらずついに民間人まで米軍と一緒に銃を持ってやってくるようになったか」と、つまりもう日本はアメリカと官から民までなんら変わりなくなってしまったんだなあという印象を与えてしまうのではないかということである。昨年香田さんが米国旗の上で殺害されたのも、もはや日本は敵国であるアメリカと同じだという強烈なメッセージであったが、この度の事件も、これからの扱われ方によってはそうした印象を決定付けてしまう可能性がある。そうなってしまえば、今後ますます我々日本の市民がイラクの市民と交流することが困難になっていくのではないだろうか。これはお互いの未来にとって大きな損失となりうる。

戦争中、イラク人にお茶をご馳走になりながらよく言われたのが、「ジャパニーズピープルOK、ガバメントNO、NO」。つまり政府と一般市民をきっちりと分けて考えてくれていたからこそ、この度の戦争に首相が支持を表明し事実上の敵国となっても安全に活動ができていたわけなのだが、こうした戦争の民営化は、こうした分別を撹乱させる要素をも持っている。

33歳最後の一日、悶々とした時間が流れていく。

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May 02, 2005

戦争の最初の犠牲者は真実

4月中旬、バグダッドの東南のマダエンという町で、スンニ派武装勢力が150人近いシーア派住人を人質にとって立て籠もり、やがて数日後にはチグリス川で50人以上の遺体が発見されたという報道があった。(関連情報

イラク移行政府のタラバニ大統領はそのシーア派住人の人質の遺体だと主張していたが(関連情報)、その遺体が本当にそうなのか、その可能性があるというだけでそのまま続報もなく、一体どうなったのかと思っていたら、イラクの友人からメールが送られてきた。

何でも最近イラクイスラム宗教者委員会のある幹部に話を聞いてきたそうなのだが、この事件について、一般の報道とはまるで異なる情報で驚いた。参考までに以下訳して紹介しておく。

「この問題は、以前とある集団がマダエンの隣の町クートからやってきたときから続いていた。そのとある集団とはイラク人ではなく、周辺国からきた連中であるが、警察と国家警備隊が彼らを支援していたのだ。やがてその集団はマダエンの元々の住人であるスンニ派ドレイミ族に対して乱暴狼藉を働くようになり、捕まえてクートの監獄にぶち込むなどしてきたが、クートの市長は見て見ぬふりをするどころか、連中の暴力に手を貸してきていたのだ。これらは2ヶ月前から始まりこの度のマダエンの事件まで続いている。その集団の犯行は何人かのドレイミ族の宗教指導者を殺害するまでエスカレートし、ついには警察や国家警備隊、そしていくつかのイラクの政党がグルになって、先日のニュースにあったように、スンニ派がシーア派を人質にとったなどというありもしない物語をでっちあげた。こんな事件は絶対に起こってはいない。連中が警察と政党といっしょになって、スンニ派住民を追い出そうと事件を捏造したのだ。しかしこれはシーア派のためではなく、米軍の安全確保のためだ。マダエンはイラク南部からの米軍のルートの中心にあたり、このルートでクウェートから食料などを運んでくる。そして休憩地点になってもいるからだ。」

国民議会選挙が終了し、移行政府が発足したあとも混乱が収まらないイラク。世界の関心が薄れるなか、あえて危険を冒してまで治安改善の目処が立たないイラクで取材をしようというメディアも少なく、NGOも活動が制限され、イラク人ですら外国人と関係をもつだけで生命が脅かされるという状況が続き、一体そこで何が起こっているのか、ますますもってわからなくなってきている。

上に訳した情報もひとつの見方に過ぎないかもしれないが、他の一般のイラク報道もまた根拠のないひとつの見方に過ぎないものがあまりにも多くなってきているように感じる。本当に起こっていることは、何なのか。やはり戦争の最初の犠牲者は真実だ。

いずれにしてもこの事件のようにシーア派とスンニ派を分断させようとするような巨大な意図を背後に感じる。そしてその意図は、宗派の分断だけではなく、互いが互いを信じられなくなるような不信の種をイラク中に、いや世界中にばら撒いているように思える。不信から生まれる対立、分裂、そして懸念される衝突から利益を得るのは誰なのか?

昨年の3月頃からこうした対立を煽るような事件は続いていたが、当時はイラク人に会うたびによくいわれたものだ。
「スンニもシーアも、もともとうまくやっていたんだぜ。余計な対立を煽るメディアにはえらい迷惑だ。俺達はイスラム、ひとつなんだよ」と。
彼らは今も同じように笑顔でその言葉を繰り返してくれるのだろうか。

今、改めて戦争の本当の恐ろしさが、その正視に耐えない燻り爛れた自らの臓腑を血走った眼窩から抉りだし、全細胞が拒絶するあの腐臭を、この母なる大地に撒き散らしながら、イラク全土を飲みつくそうと這い回っている。そして耳を傾ければ、そのひたひたとした不吉な足音が、いよいよこちらにも近づいてきているのを確かに感じる。今、この巨大な力に抗う魂が試されているのだろう。

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May 01, 2005

バスがきた

もう5月!忙しさにかまけてここのところブログの更新がとんと追いついていない。さて簡単にでも現地スタッフからのレポートを紹介。

DSC00422所用あって愛妻の祖国を再訪しているバグダッド支部長に代わって、現地スタッフから写真が届いた。昨年までアルアマルろう学校で使用していたイエローバスは米軍による銃撃の巻き添えを食らい故障中だったが、無事修理を終え先月からは新ドライバーのもとアルマナー身体障害者施設で再び子どもたちを乗せて元気に走りだしたとのことだ。

日毎にイラク関連報道の数は減っているが、スタッフによると実際には現地治安の改善の目処はほとんどたっていないという。そんな中、とてもとてもちっぽけかもしれないが、希望を伝える数少ない報せのひとつである。


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