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April 24, 2005

「Little Birds イラク 戦火の家族たち」

4月と言えばイラク戦争バグダッド陥落から2年だけではなく、あの日本人拘束・人質事件からちょうど一年でもあり、いろいろ書きたいことがあったのだが、現地とのやり取りと法人2期目初頭の雑務に追われたまま10日以上もブログの更新をサボってしまった。そして明日はもう岩手で講演ではないか。とり急ぎ以下先日試写会で観たおすすめ映画、「Little Birds イラク 戦火の家族たち」の宣伝をしておきます。

監督の綿井さんにはイラク戦争中、砂嵐の中のデモ活動を撮ってもらうなどお世話になりました。元人間の盾の仲間なども映画に登場しています。

あのイラク戦争とは、一体なんだったのか。爆弾を落とされる側からの視点に徹底的にこだわり、あの戦争の本質にせまる力作です。畳み掛けるように突きつけられる我々の戦争責任と、小鳥の鳴き声が響き渡る静謐な風景との奇妙なコントラスト。私がいつもイラクで感じてきたあの肌触りを、ここまでリアルに映像によって表現できるとは驚きを禁じえません。みなさんにもぜひ感じてほしいです。

【映画上映のご案内】 転送・転載歓迎

綿井健陽第一回監督作品 
「Little Birds イラク 戦火の家族たち」

4月23日(土)から、全国の劇場でロードショー公開!

2005「香港国際映画祭」正式招待作品
2005「テサロニキ国際ドキュメンタリー映画祭」正式招待作品

日本/2005.1/アラビア語ほか(日本語字幕)/35mm/102分
撮影・監督:綿井健陽 http://www1.odn.ne.jp/watai/
製作・編集:安岡卓治
翻訳:ユセフ・アブ・タリフ、重信メイ、勝元サラー
編集助手:辻井潔
製作:安岡フィルムズ
配給:Project ”Little birds”
配給宣伝協力:バイオタイド

 2003年3月のアメリカのイラク侵攻後、戦争とイラクの市民を取材し続けた綿井健陽(アジアプレス)。バグダッド、サマワ、アブグレイブなど、イラクの人々の声に耳を傾け、マスメディアが伝えなかったイラク戦争の実像を記録した。1年半に及ぶ取材期間で撮りためた120時間余のテープからいま、1本のドキュメンタリー映画が完成した。

「ニュースステーション」や「News23」などで、精力的にイラクからの映像報告・中継リポートを行い、「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞を受賞した綿井健陽の渾身の第一回監督作品です。テレビでは伝えきれなかった戦争の現実を鮮烈に描いた本年度最大のドキュメンタリー話題作をこの機会に是非ご高覧下さい。

▼上映劇場

新宿「K’s Cinema」(4月23日~)http://www.ks-cinema.com/

【会場への地図】 JR新宿駅の東南口から徒歩2分
http://www.ks-cinema.com/map.html

上映時間は、10:20/12:30/2:40/4:50/7:00

5月27日(金)までの間、毎日5回上映(各回定員入れ替え・整理券制)です。
前売券も各プレイガイドで発売中です。

▼各地の劇場・日程

渋谷・アップリンクファクトリー(5月28日~) http://www.uplink.co.jp/factory/
大阪・シネ・ヌーヴォ     (6月4日~) http://terra.zone.ne.jp/cinenouveau/
名古屋・シネマテーク    (6月4日~) http://cineaste.jp/
広島・横川シネマ       (7月中) http://ww41.tiki.ne.jp/%7Ecinema-st/top.html

ほか、北海道から沖縄まで全国各地の劇場で順次ロードショーです。

各地の劇場・日程の詳細は公式HPの劇場欄をご参照ください。
日程・場所未定のところは、今後随時更新されますのでご確認ください。
http://www.littlebirds.net/gekijo/gekijo.html

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April 12, 2005

遺体収容2周年に9条を考える

20030410(前記事の続き)4月10日は私にとってバグダッド陥落2周年の4月9日より重要な日、そう、2年前のこの日に地上戦の犠牲となったイラク人の遺体収容を手伝ったのだった。

あの時イラク人は米兵から許可がおりず死後3,4日経ち腐敗の進む家族の遺体のところまで行くことが出来なかった。そこで我々人間の盾が米兵との交渉を依頼され、結果立ち入りの許可を得て10人ほどの遺体を家族のもとに返すことが出来たわけなのだが、あの時我々が第三国の外国人でしかも非武装の民間人だったからこそ彼らの間に入って出来たのだと思っている。

これはもちろん極端な一例ではあるが、逆説的だが紛争地において非武装の民間人だからこそ出来る国際貢献というのはまだまだあるのではないだろうか。危ないから武装すべきという論理があるが、紛争地の現場にいる限り私は皮膚感覚でまったく逆のこと、危ないからこそ丸腰を強調した方が安全だと、本能的に感じてしまうのだ。

武器を持つということはそもそも相手に対する不信が前提である。その相手がやはり武器を持っていればその不信は恐怖に変わり、殺される前に殺さねばという心理が働き、些細な動きにも過剰に反応しがちになる。そしてそうした不信の連鎖は意味のない暴力を過剰生産していく、これはまさに今イラクで起こっていることなのだが。とにかく武器は新たな武器を呼ぶ。武装してこそ身が守れるというのなら、イラクの外国人の犠牲者で、世界一武装しているアメリカ兵の犠牲者が最も多いのはなぜなのか。

こうした負の連鎖を断ち切るためには、全く逆に相手を信じることによる連鎖を作り出していくしかないと思う。つまり「私はあなたを人間として信用します。私のことを決して殺さないでしょうから、私もあなたのことを誤って殺すことのないように武器を持ちません」と丸腰で対話に臨むのです。これにはもちろんリスクは伴いますが、前述のように武装したところでやはりリスクは伴います。いや、丸腰でいるよりも大きなリスクかもしれないのです。要するに、丸腰でいようが武装していようが、どちらをとってもリスクをゼロにすることは不可能だということ。だったらよりリスクとコストが少ない方がいいに決まっているでしょう。そう考えると、やはり丸腰の方が安全でより大きな効果が得られるのではないかと思うのです。

これは国家対国家でも同じように言えると思う。日本国憲法前文にも「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるように、つまり相手のことを信用して自らの安全を守るということ。

まあ軍拡か軍縮かと言う問題でも、ヒロシマ・ナガサキの原爆を経験して以来、我々人類は身を守るはずの武力で逆に自らを何度も滅ぼしかねないという段階にきてしまった以上、偶発事故など管理上のリスクも含め、すなわち武力を増やし続けることのリスクはもはや限界に達しているのではないだろうか。お互いがお互いを滅ぼす危機を回避するには、やはりお互いがお互いを信じて少しずつでもいいから武器を減らしていくしか、人類がこの先生き延びる方法はないと思う。肥大する軍事費のせいで国民健康保険すらないアメリカ国民にとっても、軍縮は当然大きなメリットだろう。軍拡でうまい汁を吸う一部の輩だって、この星そのものがなくなってしまえば元も子もないわけだし。

そういう意味でも、日本国憲法9条の理念はこの国に留まらず、すべての国にすむ人々にとって、そして未来の世代にとっても、まさに今が旬ではないだろうか。これは人類の到達すべき理想といってもいいと思う。よく「そうは言っても現実を見ろ、9条は理想に過ぎん。だから現実にあわせて9条を変えて普通の国を目指すのだ」という人がいるが、どうにも本末転倒だなあと感じる。どうして「現実」を目指すのだろう。「現実」とは目指すものではなく把握すべきものではないのだろうか。これだけ悲惨な世界の現実を目の当たりにして、やっぱこれじゃあまずいでしょうということで、ではどんなのがいいのかと「理想」が生まれる。そしたらその理想に向ってこの現実とのギャップを正確に測定して、この現実を理想に一歩でも近づけるために皆で話して知恵を出し合い切磋琢磨していけばいい。それが立法ってプロセスだと思う。だから9条は理想でいいんだと思う。

9条は押し付けられたものだからという人もいるが、いいものはいいでいいと思う。いやどうせならもっといいものにしたいから変えようという意見もあるし、私もどちらかといえばそうなのだが、現在事実上の戦時下でこれをやるととんでもない方向に変えられる恐れがあり、とても危険だと思うので今は変えないほうがいいと思っている。

改憲論が声高に叫ばれている現状は憂えるべきなのだろうか?いやこれはこれまで我々が9条をほったらかしにして自国のみの平和に安逸としてきたことのしっぺ返しに違いない。こうして議論する機会が増えたことは、改めて9条のことを熟考するまたとない機会でもある。そういう意味では改憲論者には大いに感謝してしかるべきだと思う。そして9条は全人類の理想ならば、やはりもっとその意義を世界に伝えていく必要があるだろう。政府がこの体たらくであるから、日本の市民が世界に出向いて行動によって9条の精神を具現化していくしかない。そう、今こそ9条に魂を吹き込むときなのだ。

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「憲法9条のないアメリカとイラク」

【PEACE ON NPO法人化1周年記念イベント「憲法9条のないアメリカとイラク」-4月3日文京区民センター】

IMG_0613_5対談相手の堤未果さんは9・11アメリカ同時多発テロ事件をニューヨークで直接体験し、その後PTSD(心的外傷後ストレス障害)を克服して現在は執筆活動をしている。最近もイラクから帰還した米兵の取材を通した彼女の記事が月刊誌「世界」5月号に載ったばかりだ。

堤さんとの出会いは一昨年の7月、イラクから医師が来日した際に講演の通訳を頼んだのがきっかけだった。当時の交渉の様子は彼女の著書「グラウンド・ゼロがくれた希望」に詳しく載っていたが(私は「元人間の盾A君」と表記されていた)、講演前日という突然の依頼にもかかわらず快諾してくれて、畳み掛けるような医学用語をてきぱきと訳してくれたのがとても有難かった。その後も一度ホームパーティー形式の講演でご一緒したが、今回のように対談するのは始めてである。

憧れていたあのアメリカが9・11で豹変していく様子を目の当たりにしながら、自身の日本人としてのアイデンティティに目覚め、PTSDを克服して生きる希望を見出した堤さんの著書を読んだりお話を聴いたりしていると、当時私が9・11からイラク行きを決意するまでの間に心象の地図に現出したおぼろげだった点と点がようやく結び付いて、これから進むべき新たな海図をより鮮明に照らしだしてくれるような光を感じる。私も戦時下のイラク滞在中、特にバグダッド陥落直後にイラク人の遺体収容を手伝った際に叩きつけられた「世界は暴力に支配されている」という圧倒的な絶望感を経て、「それでもイラク人とも米兵とも話が出来た。市民一人一人は対話が可能ではないか」というわずか一滴ではあるけれど確かな希望の光を見た。爆弾を落とす側と落とされる側から見たそれぞれ二つの光は、それぞれそこに生きる人間ひとりひとりの物語を映し出しながら、生と死は正視に耐えないほどの乱反射を繰り返していく。

イラクの最前線に送られたアメリカの若き帰還兵の多くは現在アル中かヤク中かホームレスだという。帰還兵が言ったという「戦争には加害者などいなくて全員が被害者だ」という言葉だが、確かにアメリカでは兵役は志願制ではあるものの、事実上経済的徴兵制ともいえる中で何も知らないままイラクの最前線に送られる彼らは、ある意味犠牲者であるともいえる。しかしその彼らに理由もなく虫けらのように殺されていくイラクの市民と彼ら米兵を同列に被害者と呼ぶことは出来ないだろう。彼ら米兵はあくまでもいわば戦争中毒に陥ったアメリカという国のシステムの犠牲者なのであって、殺される側のイラク人から見れば彼らは紛れもなき侵略者であり加害者である。そしてそのシステムを動かすアメリカ政府を頂点にして、そのシステムの恩恵を享受する企業、ブッシュの再選に見られるように結果的に支えているアメリカ国民も、その構造を米国債を買い続けることによって支え続ける日本政府も、その政府を黙認しさらには国債等総額700兆円もの大金を貸し付けて支え続ける我々日本国民も、この現代の戦争の加害者であろう。

後半はコスタリカの平和憲法にも詳しい弁護士の田部知江子さんを交えて、この現状のなかで日本国憲法9条が持つ意味を話し合う。これまでは「9条があったから戦争せずに済んだ」といったような消極的用法が多かったような気がするが、これからは「9条を使って世界で何ができるか」というような積極的用法が求められるのだと思う。そもそもこれまで我々は9条の意味を本当に理解していたのだろうか。9条というのは決してこの絶対的安全圏から叫ぶだけで効果が現れるわけではなく、まさに修羅場でこそその真価が問われる実に覚悟が必要なものだと思っている。(続く

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April 05, 2005

イラク現代アート展示のおしらせ

IMGP4265銀座の中和ギャラリーにて2005年4月4日(月)~9日(土)開催の「アジアの息吹 BREATH OF ASIA」に、LAN TO IRAQ(PEACE ONのイラク現代アートコレクション)からもイラク美術界の重鎮ムハンマド・ムハラッディーンと、ヘワー・アート・ギャラリーのオーナーで自らもアーティストであるカシム・アル・サブティの作品を出品しています。入場は無料ですのでぜひお立ち寄りください。

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April 02, 2005

PEACE ONイベントのおしらせ

さて、PEACE ONのホームページのスケジュールでもおしらせしておりましたが、明日のイベントについてこのブログでもおしらせします。ぜひおこしください。


PEACE ON NPO法人化1周年記念イベント
   「憲法9条のないアメリカとイラク」

出演:堤未果(作家・ジャーナリスト)・相澤恭行
司会:田部知江子(弁護士)

人間の盾としてイラク戦争を直接体験した後、イラクの子どもたちへ支援活動を続ける相澤恭行と、ニューヨークで強烈で悲惨な「9.11」を体験した後、イラクに派遣される米兵を取材し始めた堤未果さんの2人が、「憲法9条のないアメリカとイラク」というテーマで対談します。憲法9条を持つ日本から今の世界を見て、もう一度平和についていっしょに考えてみませんか?

時間:14:00~(13:30開場)
場所:文京区民センター 3階3-C会議室
(都営三田線・大江戸線「春日」駅 or 東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」駅すぐ)
参加費:500円
主催:PEACE ON

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April 01, 2005

まとめてイベントレポート

おお、あっという間に4月に入ってしまった。遅ればせながらここ最近のイベントレポート一気にまとめてみます。

【イラク支援・アンマン帰国報告会-3月19日飯田橋ボランティアセンター】

WPNのデモ行進に続いて小ぢんまりとした帰国報告会。はじめにメンバーの山崎俊一監督作品『A peace of truth ~楯の見たイラク~』(東京ビデオフェスティバル入賞)を上映。これは2年前開戦前のイラクになぜ行こうとしたのか、そして爆弾の下人間の盾活動の際感じたことなどが15分ほどでよくまとまっているので、導入にはぴったりだった。そしてやはり山崎くんが試験的に作ってくれた30秒ほどのPEACE ONコマーシャルも上映。いきなりTVとは言わないが、この辺うまくHP上でも流せるようにしたい。

さて、報告会とは言っても今回イラクには入れていないので、事実上はイラク人現地スタッフのサラマッドの報告会である。現在の愛妻アマラへのラブレターを戦時下で代筆してからというもの、彼の代弁をするのはもはや宿命なのかもしれない。また、イラクの報告だけではなく、アメリカの次のターゲットと噂される悪の枢軸候補国のシリアの首都ダマスカス、そしてレバノン前首相のハリリ氏暗殺直後に訪れたベイルートの様子なども話した。これまでブログで報告してきたことが中心だが、あれから2年経って、現在もイラクと関わり続けていることの意味を改めて噛み締めながらの報告となった。

P1020127また、会場ではダマスカスで仕入れてきたスカーフやヒジャーブ、そしてサラマッドがイラクから仕入れて持ってきてくれたクフィーヤ(アラブの布)やナツメヤシの民芸品なども販売。この時期イラクからの輸入品は貴重である(今後も講演会場では販売します。残り少ないのでお買い求めはお早めに!)。そしてメンバー弘中さんの岩手のパン工房「瑠璃屋」の自家製酵母パンとお菓子も販売したが、あっという間に売り切れてしまい自分は食いそびれてしまった。今度24日に岩手に行く際にはたらふく食べようと思う。


【いま歴史を問う-かつてと今の戦場の実相から-戦後60年の節目の年に、私たちは過去から何を学べるのか?-3月20日中野ゼロ】

P1020162主催はPEACE ON団体会員でもあるノーモア南京の会と撫順の奇跡を受け継ぐ会。過去から現代に連なる戦争加害者としての視点から歴史を問う企画である。私の演題は「市民の見たイラク戦争」ということで、この国が関わる現代の戦争責任について話した。(当日来てくださったマサガタさんのブログに当日の感想がコメントされていました。一番下のかかしさんのコメントです)

掘り下げた過去、直視した己の罪業の分だけ未来は開かれるのだが、いつの時代も人間は弱さゆえに己の罪から目を背けてしまう。今第一に闘うべき相手とは、己に巣食っている心の弱さだと思う。

久しぶりに映画監督の海南友子さんにも出会えたのだが、あまり話せなくて残念だった。また、前日に引き続き風邪で咽喉は潰れたままで声は最悪の状態であり、さぞ聴き辛い講演だったと思う。初めて聴いた方はぜひまた別の講演にも来てもらって本来の美声?を堪能してもらいたい。(以上写真2枚提供wattan)


【第9回平和公共哲学研究会 「いまイラクで何が起こっているのか?~イラクの現状と今後の展望~」-3月23日キャンパス・イノベーションセンター(CIC)】

IMGP4223いつも10・7ピースルネッサンスなどでお世話になっている上村雄彦さんがコーディネイター。先日のWPN集会でもゲストで発言していたCONDI(イラク民主化 国民潮流)イラク人、アル・バハードリ氏の報告から。19時からの報告なのに19:30に家族から電話がくるのでホテルに戻りたいと本番前の打合せで言われたときには一同仰天したが、なんとか説得して20時まではやってくれた。アラブ人のインシャアッラー(神がお望みならば)のノリは大好きだが、さすがにこうした場でとびだすとは冷や汗ものである。

前半は一般的な状況説明で物足りなかったが、後半質疑でのこの度1月30日に行われた国民議会選挙がいかに茶番だったかという説明が面白かった。全国がひとつの比例区としての比例代表制なのだが、各政党多くても上位4位くらいの候補者しか名前が公表されなかったそうだ。少ないと上位1位のみである。それ以下は安全上の理由とやらで、候補者が例え100人以上いようが名前はおろか情報が全て隠されていて、一体どんな人物なのか皆目検討が付かない中で投票せざるを得ないという世にも不思議な選挙であったそうな。当然アル・バハードリ氏はこれを民主的な選挙だったとはみなしていない。

【劣化ウラン兵器禁止・市民ネットワーク結成1周年の集い-3月29日神保町区民館】

たんぽぽ舎の柳田さんのお誘いでNO DU! NET結成一周年の記念講演。PEACE ONはイラクの劣化ウラン被害とみられる白血病などがんの子どもたちの支援に関してはお手伝い程度しか出来ていないのだが、湾岸戦争以降、特に南部の都市バスラを中心に不気味に進行するこの静かなるジェノサイド-大量虐殺は深刻の度を増している。この度の戦争でも、首都バグダッドにウラン兵器はアメリカ軍によって大量にばら撒かれてしまった。2年前の開戦からおよそ10万を超えるイラクの市民が犠牲になったとも言われるが、このような不可視の潜在的犠牲の可能性にも目を凝らす必要がある。当時盛んにピンポイント攻撃が吹聴されたが、こうした目に見えずさらに時差を伴った影響も知ってのことならば、それはある意味無差別爆撃より卑劣ではないだろうか。こうした大量破壊兵器の使用に歯止めをかけることは我々人類としての責務であろう。

また、湾岸戦争後から続いた経済制裁によって、こうした子どもたちを中心に150万人以上のイラク人が亡くなったともいわれる。戦争よりも経済制裁が苦しかったと言うイラク人は多く、「戦争反対は結構だが、ではあの一番苦しかった経済制裁のときに国際社会は一体何をやってくれたんだ」という声が、再び私の傷口をつつく。イラクは総人口の半数以上が18歳未満の子どもであり、ある意味こどもの国とも呼べる。こうした犠牲の多くはあの底抜けに明るいちびっ子たちなのだ。経済制裁は国連の名の下に行われた。人類の希望である子どもたちの未来を奪い放置してきたわれわれ国際社会の共同責任はあまりにも重い。(写真はバスラ郊外にある子どもの墓とそのそばではしゃぐ子どもたち-2003年2月24日)

haka20030224

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