イラクからも無事アンマン到着!(26日)
午後3時頃ネットカフェでメールをチェックしていると携帯がなった。イラク人現地スタッフのサラマッドからである。予定では昨夜到着と聞いていて、さすがにちょっと心配になってきていたところだったのでホッとした。急いでホテルに戻ると新婦アマラも一緒である。半年振りの再会。ちょうどJVCの原さん、真紀さん、井下さんもやってきたので、皆で旧交を温めイラク関連の情報交換で盛り上がる。
サラマッドたちがアンマンに着いたのは深夜3時頃だったらしい。国境ではなんと8時間も待たされたというから、昨日自分がシリア国境で5時間の待ちぼうけを食らったくらいなんでもないなあと思う。以前からイラク・ヨルダンの国境通過には時間がかかっていたものだが、最近はさらにひどくなっているようだ。トレーラーなどは長蛇の列をなしていて、一日以上待つのはざらだという。それにしても相変わらず彼らの移動手段は陸路なのだが、何事もなく本当に良かった。今回私がイラク入りするリスクを考慮して彼らがアンマンまで来てくれたわけであるが、こうしてここまで来る道中は彼らにとって大きなリスクでもあるのだ。
いつもメールで情報を送ってくれるので、現在バグダッドがいかに危険な状態か理解していたつもりではいたのだが、やはり直接体験している彼らから話を聞くとより現実味をもって想像することが出来る。以前このブログでもイタリア人ジャーナリスト、ジュリアーナ・スグレーナさんがファルージャ避難民キャンプ周辺で誘拐されたときのことを書いたが*、キャンプの人の話によると当時すぐそばに警備員がいたのもかかわらず彼らはなすすべもなくただ空に向かって銃をぶっ放していただけだったらしい。そして彼女をさらった車は、堂々とバグダッド大学の正面ゲートから出て行ったというからこれまた驚きだ。「ああいう連中の前にはもはや警察もガードも全く意味がない、さすがにあのときはキャンプからの帰りに初めて武装警備員がついてきてくれたが、正直言って困ってしまった。あんな武装したガードなんか連れていたらかえって狙われる」とサラマッド。アマラもバグダッドでは外出時はもちろん家の中でもほとんどヘジャブを頭から被り、二人とも極力外出は控えているとのことだ。
昨年4月高遠さんや安田くんたちが拘束されたときはまだ話がわかるムスリムだったからよかったものの、今では様々な連中が跳梁跋扈しているのでイラク人ですら危なくてしょうがない。今の日本政府がアメリカの言いなりになっているのは皆知っているし、抵抗活動家にとっては当然敵だから日本人は格好のターゲット。誰も日本人を守ることなんてできやしないという。しかし大方の一般市民は相変わらず日本人に対して好感をもってくれているようだ。戦争中と変わらず、政府と民衆をはっきりと分けて考えてくれている人が多いというからありがたいし希望が持てる。一度は日本からというだけで支援を断られたキャンプでも、きちんと市民との繋がりを説明してからというもの、かなり良好な関係を維持しているということだ。ここ最近アマラと二人でキャンプ内のひとつのテントを借りて小さな幼稚園を始めたので、ちびっ子たちにヨルダンのお土産を買っていくんだと張り切っていた。
(選挙や生活状況など他にも話はたくさんあるのだが書ききれないので後日また)
夕食を3人で一緒にとった後はカフェでアルギーレ(アラブ式水タバコ)を楽しむ。結局12時過ぎまでゆっくりしていたが、こんな時間まで外で楽しめるなんてフランスに行ったとき以来だなあと、二人は心からくつろいでいる様子。今バグダッドは夜7時以降ほぼゴーストタウンと化し、とくに彼らのいるドーラ地区では毎日戦闘が絶えずとても夜出歩ける状況ではないという。ほとんど家の中ですごしているので、あれではまるで人質よと言ってヘジャブを外したアマラは久しぶりの開放感を満喫していた。それでもやはり人々が忙しなく時間に追われているフランスよりも、ゆるやかな時間の中で人々が温かく迎えてくれるイラクのほうが好きだという。これは同じく戦時下を共に過ごした私がイラクとの関わりを続けている理由と全く同じである。最も彼女の場合、戦争ですら止めることが出来なかったサラマッドとの愛の力が大きいのであろうが。


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