元旦から親不知が痛み出し、散々な正月を迎えてしまった。休日診療をしている歯医者に診てもらうと、過剰歯なるものが親不知と奥歯の間に増殖し、押し合い圧し合いせめぎ合い、痛みのトライアングルを形成していた。炎症が治まったら、その過剰歯と親不知を2本同時に抜くことになりそうだ。あなおそろしや。一年の計は元旦にありというから、やはり今年も相当の覚悟をして生きなければならないということかもしれない。
大晦日から昨日5日までサラマッドからメールが来ないので遅いなあと思った矢先に、「イラクが4日から選挙後の30日まで完全遮断?(電話、インターネット、その他通信施設全て)」なんてメールが転送されてきた。もしやそのせいかと思いすぐさま電話してみると、サラマッドにはつながらなかったが、バグダッドの友人にはすぐつながった。その後すぐメールも届いたし、今のところは別段問題はないようだ。しかし事実だとしたらこれはとんでもないことなので、現在関連する情報がないか問合せ中。
さて、以下は昨日サラマッドから届いた新年の挨拶。
はじめに、全ての日本人、イラク人、そして世界のみなさんに新年あけましておめでとうと言いたい。そして言いたいことは、2004年、イラク人は辛い体験を学んだということ。我々は最も大切なもの、命を失った。命の試練。我々の命の価値はとても低いものになってしまった。アメリカは我々をテロリストと呼んで殺し、政府は我々を「テロリストを助けている」といって殺し、そしてムジャヒディン(イスラム聖戦士たち)は我々を政府に協力するものどもと呼んで殺す。一体どれだけの代償が支払われたのか。我々はあまりに耐え難いほど支払った。ただ平和がほしいだけなのに。過去、サダムによって殺された我々は、今はアメリカによって、そしてムジャヒディンによって殺されている。どの集団も自分らのルールを中心にしたいがためだ。そして我々イラク人は(言うことを)聞かなければならない。さもなくば死だ。苦しみを終わらせるために、アメリカのやり方に従おうと考えた人もいるが、今ではそれがどういうことか、誰もが確信を持って言える。
そしてこれは僕からのメッセージ。もし自分自身が救われたいと思うのなら、自分自身の力で救うのだ。きっと後でたくさんのいい人々があなたのそばにいることを知るだろう。私たちの国イラク、バグダッドは毎日泣いている。そしてそこに住む人々も泣いている。しかし我々の声を聞く人はそんなに多いわけじゃない。だから、新年を祝い集って楽しむ世界中に伝えたい。我々は爆弾を恐れ家に隠れて新年を楽しむだろうと。新年あけましておめでとう。
~以下原文の一部(安全を考慮して後半部のみにします)~
and this is my message, if you want to help your self, help it by your self, sure after you will find too much good people will be with you.
our country Iraq, Baghdad cry every day and its people but not too much persons listen to us , so I want to tell all the world enjoy your new year make party, celebrations, and we will enjoy our new year hide in house scared bombs.
happy new year.
また、電話がつながったバグダッドの友人は、つい先ほども近所で爆発があったばかりだというのに「おおYATCH、電話ありがとう!そして新年おめでとう」と笑う。後からメールもきたが、なんとPEACE ONも支援で関わってきたパレスチナ難民キャンプのハイファクラブに先日米軍が押し入ったらしい。テントから何から全てが破壊され、スタッフも全員逮捕。責任者のQ氏は家族と共に国外に逃亡したが、米軍は彼の自宅から全てを奪っていったという。いつも抵抗勢力との戦闘が繰り広げられている地域なので、米軍お得意の過激派掃討作戦に巻き込まれてしまったのだろうか。現在事実関係を確認中だが、事実だとしたらこれまたとんでもないことだ。あの施設が機能しなくなったら、バグダッドのパレスチナ難民は一体どうやって生きていけばいいのか。
また、ファルージャ市内の状況も凄惨を極めているという。とにかくジャーナリストが見事にいなくなってしまったイラクでは、今一体何が起きているのか、こうしてイラクの友人たちから送られてくるわずかな情報をつなぎ合わせ想像するしかない。本来であれば、私もバグダッドで正月を迎えている予定だったのだが、こうしてこののどかな日本で歯の痛みをこらえて雑煮を啜りながら彼らの声を拾うだけという体たらくだ。犠牲者が15万人を超えるという大惨事になったスマトラ沖津波の惨状も考えると、まさに世界は地獄の最中にいる。アンマン在住の亡命イラク人画家ハジムさんからも新年の挨拶メールが届いたが、彼も新潟の地震と共に、東南アジアの人々のことも心配していた。来月にはアンマンに行くつもりだが、全くこんなところで歯が痛いなどと言って年始の不運を呪っている場合ではない。
この据わりの悪い正月に鬱屈とした思いを戸惑いながら反芻している刹那も、この惑星は弛まず回り続けている。多くの悲しみを乗せたまま、今日も太陽の周りを回り続けている。人間の都合でその一周は一年と呼ばれ、ひとつの区切りとして正月があるが、この惑星の運行に何か特別なことが起こるわけではない。悲惨さもめでたさも併せ呑んで、この星はただただ回り続けているだけだ。年末年始に惨事が重なったせいか、とても正月を祝う気分になれないという挨拶は多いが、知らないだけで毎日どこかで人は殺されているし、いつもどこかで愛が芽生えて新しい命も生まれている。怒り、哀しみ、喜びを乗せて、この星は回り続けている。願わくは、毎日、この星の上で生きる全ての命と共に、陽が沈むたびに死にゆく命を悼み、陽が昇るたびにいまこの刹那に生かされてここにあることを喜び合いたい。大いなる天球の褥に体を横たえ、生と死が、ゆくりなく結び付く夢を抱いて。
以下は先日サラマッドとアマラがフランスから持ち帰ったギフトをバグダッド市内のC病院の子どもたちに届けているところ。子どもたちはとてもとても喜んでいたそうな。



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