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January 30, 2005

前夜

昨日イラク人現地スタッフからのメールを翻訳しようとしたのだが、睡眠不足から集中力の限界に達しついに眠ってしまった。するとアチェ取材に出発する直前の志葉玲君がしっかりと訳してブログにUPしてくれていた。彼にも同じ内容のメールが届いていたのだ。出発前で忙しいのにありがたや。

途中までは彼の訳を参照していただくとして、以下彼が略したところを紹介;

「我々が通うモスクは最後のお祈りの前に閉まってしまった。最後のお祈りは6時半なのに、今6時過ぎは誰も外を出歩いてはいけないからだ。また朝もしかり。朝一番の祈りは5時半から始まるのに、誰も朝6時前には出歩けないから。このひどい状況は今日(28日)の朝から始まった。50以上もの学校が爆撃されているんだけど、今日から2月3日までは休みになっている。」

さて、さきほどメールでまた追加情報が送られてきた。選挙前日であるが、どうやらインターネット通信環境は遮断されていないようだが、バグダッド市内は異様な雰囲気に包まれているようだ。

「米軍とイラク軍は今通りを監視している。なぜなら今朝早く、全ての車の移動を禁止するという放送が流れたんだ。今通りは空っぽだよ。もはや歩いて移動するしかできない。」

ふと2003年4月7日頃バグダッド陥落直前の街の空気を思い出した。今頃イラクは選挙前夜だが、まるでこれから首都攻防戦が始まるかのような緊迫感の中、皆どのような気持ちで夜明けを待つのであろうか。今が最も暗い時なのかもしれない。運命の黎明。私は今祈ることしかできないが、夜明け前が一番暗いと信じて、御来光を希う。

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January 29, 2005

ブラジル人人質について

1月20日、イラクで日本人エンジニアが拉致されたのではないかという情報があったが、実際はブラジル人エンジニアだったようだ。とたんに日本のメディアではほとんどこの件についての報道がなくなってしまったが、そのブラジル人を拉致したグループはなんとあの4月の日本人人質事件の際に高遠さんたちを人質にとった「サラヤ・ムジャヒディン」と同名の組織。アルジャジーラで犯行声明を出したが人質の姿はなく、さらに奇妙なことには解放条件が提示されていなかった。(かろうじて見つけた日本での関連情報

昨日は北京在住のブラジルの新聞社の特派員からの電話で叩き起こされた。ブラジル人の人質、Joao Jose Vasconcelos Jrさんについて。拘束したグループ名があのときの日本人人質事件と同じグループ名だったので、あの時は誰が交渉に当たったのかなど、とにかく解放に向けたアドバイスがほしいとのことだった。イラクイスラム宗教者委員会のクバイシ先生のことや、当時の人質解放に向けてのイラクと日本の市民の動き、そしてこれまでストリートチルドレンを見続けてきた高遠さんの活動などを説明した。

今ブラジルではこの事件について驚きに包まれているようだ。軍隊も派兵していないし、アメリカの政策にはむしろ反対しているというのに、どうしてこのような事件が起こるのかと。

先日はやはりイラクに派兵していない中国人8人が拘束され、結果的に無事解放されたようだが、どうもあれは日本人と間違えたのではないかという情報もあった。このように、今回もイラクに軍隊を派兵している国の国民と間違えて拉致してしまったことも考えられなくはないなあと思いながら、特派員の質問に答えていった。現地イラク人スタッフがいるので、なにか出来ることがあればいつでもお手伝いしますと伝えた。

あのブラジルサッカーの有名人、ロナウドが解放を呼びかけたおかげで、少しは情報として流れるようにはなったが、拘束されたのが日本人ではないとわかってから、あたかもこんな事件など存在すらしなかったようにマスコミ報道がぴたりと止んでしまっていた。こうしたことを考えると、やはり日本人の犠牲がなければ、もしくは有名人が関わっていなければ、報道する価値などないのだろうか。

さて、イラクではもうすぐ事実上の戒厳令下での民主的選挙という人類史上例を見ない茶番劇が開催されようとしている。現地ではどうやらまもなく国境はおろか通信手段まで断たれるだろうとの噂で持ちきりのようだ。そんな中、イラク人スタッフのサラマッドからバグダッドの近況を伝えるメールがきた。続きは後ほど。

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January 27, 2005

トーク&ミュージックイベントのお知らせ

またしても直前の告知になってしまいましたが、今晩は以下の歌ありトークありのイベントに参加します。昔の歌なんかも歌っちゃうと思います。

東長崎機関イベントTalk&Music
「戦地で囚われ体験」と「愛の人質」

戦場ジャーナリストが、自身の捕虜体験やイラク人間の盾など、リアルな戦場体験を語る。

出演:
加藤健二郎(戦場野郎&バグパイパー)
常岡浩介(イスラム教徒&ジャーナリスト)
相澤恭行(NPO代表&ミュージシャン)
田中まり子(歌手)
特別追加ゲスト:
坂本洋(ミュージシャン)

OPEN 18:00 / START19:00
¥500(飲食別)
場所:NAKED LOFT
新宿区百人町1-5-1百人町ビル1階
(西武新宿駅北口1分/JR新宿東口10分)
TEL 03-3205-1556

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January 23, 2005

トークイベントのお知らせ

もう今日ですが、イベント告知です。

増山麗奈「戦争とアート」連続プログラム
 「イラクと日本のアートを結んで」

増山麗奈(画家)&相澤恭行(ピースオン)&本江邦夫氏(府中市美術館館長)によるトーク

日時:2005年1月23日(日)14:00
場所:府中市美術館 講座室 

無料ですので、お近くの方は散歩がてら遊びに来てくれると嬉しいです。

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January 21, 2005

イードルアドハー(犠牲祭)

昨日20日はイスラム最大の祭日のひとつ、イードルアドハー(犠牲祭)。イスラム教徒が預言者イブラヒームの故事にちなんで羊などを屠り貧しい人々や隣人に分け与えて祝う日なのだそうだ。サラマッドはバグダッドのジャドリア地区のファルージャ避難民キャンプに羊を3頭、他子どもたちへのお菓子など届けてきた。とても喜ばれたそうだが、はじめこの羊が日本とフランス(サラマッドの新婦アマラはフランス人)からの支援によって届けられたと伝えると、彼らはアラブ諸国以外の支援は受け取れないと断ったという。サラマッドはキャンプの責任者に、これは日本の政府ではなく日本とフランスの市民とのつながりから届けられたものだと説明したところ、彼らは理解し喜んで受け取ってくれたそうだ。ホッと胸を撫で下ろしたが、彼らは外国がみなブッシュとアメリカを助けていると思っていて、イラク人以外の支援はほとんど受け取らなくなっているらしい。暫定政権からの支援も同じく受けとらないとのこと。言わずもがなのことではあるが、この度のファルージャ大侵攻に対する彼らの怒りは相当なものなのだろう。それだからこそ、これまで日本とイラクの市民が積み上げてきた関係を彼らが理解してくたことが嬉しくてしょうがないと、サラマッドははちきれんばかりの喜びを伝えてくれた。

So here I want to tell you how much I was happy because those people understood Iraqi relationship with Japanese, Alhamdollah,(アルハムドゥリッラー:アラーのおかげで)

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お菓子の準備をするサラマッドとアマラ

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羊を運ぶサラマッドの弟

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キャンプに到着

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羊の解体

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キャンプの子どもたちとアマラ

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ジャドリア地区のファルージャ避難民キャンプ(向こうに見えるビルはバグダッド大学)

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January 16, 2005

パレスチナキャンプとファルージャ避難民

先日のブログで、バグダッドの友人からパレスチナ難民キャンプのあるハイファクラブが米軍のがさ入れをうけて破壊されたという情報が入ったと書いたが、その後サラマッドが確認に行ってくれていた。昨日まで上げなくてはならない会計関連の仕事に追われていて、すっかりこのブログで紹介するのが遅れてしまったが、友人からの話はやはり本当だったようだ。

どうもハイファクラブとキャンプの住人の一部との軋轢が原因だったらしい。ハイファクラブでは昨年からファルージャの避難民支援に精を出していたのだが、なんとキャンプのある住人がハイファクラブはファルージャのテロリストを支援していると米軍に垂れ込んだというのだ。とたんに米兵はカウボーイのようにキャンプに押し入り破壊の限りを尽くし、パソコンから書類から全てを押収していったという。責任者のQ氏とその家族はうまく逃れて現在ドイツにいるとのことだが、自宅も荒らされ金品から何から奪われてしまったらしい。また、彼の兄弟をはじめスタッフが5人拘束されてしまい、現在も米軍の留置所にいるとのことだ。(昨日のメールによればスタッフ3名は解放された)

サダム政権が崩壊し、パレスチナ人に対する援助が断ち切られてから、国外から支援してくれる親戚などがいない人々は家賃が払えなくなるなどして、アパートから追い出されるケースが戦後急増した。ハイファクラブはそうした人々の駆け込み寺のような存在となり、一時は300もの家族がテント暮らしをしていた。幸いUNHCR経由の支援で、一年間の契約に限られてはいるものの、少しずつアパートに移り住むことができていて、私が8月に訪れたときにはもうほとんどテントには残っていなかったのだが、中にはお金だけもらってキャンプに住み続けていた家族もいたようだ。クラブとしては早くアパートに移り住んでほしかったようで、そうした家族とのトラブルが絶えなかったようだが、まさかこんなことになってしまうとは。現在ハイファクラブではお金がないので、国外から支援されたキャンプ内の巨大ジェネレーターや、PEACE ONが昨年春に寄贈したミニトラックまで売りに出さなければならないと言っていたそうだ。

それにしてもそんな垂れ込みひとつでここまでするほど米軍は神経を尖らせているわけだから、誰かを陥れたかったら偽情報でも米軍に通報すれば簡単にできてしまうのだろうか。悲しいが、これがいまだに非常事態宣言は解かれていないイラクの現状である。そんな中、報道によれば今月末にはどうしても選挙をやるそうだが、そもそも非常事態宣言中に民主的な選挙というのがどうして成立するのか、いまだによくわからない。選挙前に人の出入りをはじめ全ての通信手段が遮断されるという噂は、やはり噂の域は出ていないものの、イラク人の間ではもっぱらそうなるだろうとの話で持ちきりだという。

さて、サラマッドはここのところアマラとファルージャからの避難民について調査をしてくれていた。避難民用に作られたキャンプだけではなく、バグダッド市内の空き家などにも多くの家族が住んでいて支援を必要としているようだ。メールで相談した結果、この寒い冬を乗り切るためのストーブ、そして小麦粉、砂糖、ライス、ビスケット、パスタ、ティー、スープ、オイルなどの食料を早速届けてくれた。とり急ぎ写真を送ってくれたのでいくつか紹介します。
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January 07, 2005

イラクからの新年メッセージ

元旦から親不知が痛み出し、散々な正月を迎えてしまった。休日診療をしている歯医者に診てもらうと、過剰歯なるものが親不知と奥歯の間に増殖し、押し合い圧し合いせめぎ合い、痛みのトライアングルを形成していた。炎症が治まったら、その過剰歯と親不知を2本同時に抜くことになりそうだ。あなおそろしや。一年の計は元旦にありというから、やはり今年も相当の覚悟をして生きなければならないということかもしれない。

大晦日から昨日5日までサラマッドからメールが来ないので遅いなあと思った矢先に、「イラクが4日から選挙後の30日まで完全遮断?(電話、インターネット、その他通信施設全て)」なんてメールが転送されてきた。もしやそのせいかと思いすぐさま電話してみると、サラマッドにはつながらなかったが、バグダッドの友人にはすぐつながった。その後すぐメールも届いたし、今のところは別段問題はないようだ。しかし事実だとしたらこれはとんでもないことなので、現在関連する情報がないか問合せ中。

さて、以下は昨日サラマッドから届いた新年の挨拶。

はじめに、全ての日本人、イラク人、そして世界のみなさんに新年あけましておめでとうと言いたい。そして言いたいことは、2004年、イラク人は辛い体験を学んだということ。我々は最も大切なもの、命を失った。命の試練。我々の命の価値はとても低いものになってしまった。アメリカは我々をテロリストと呼んで殺し、政府は我々を「テロリストを助けている」といって殺し、そしてムジャヒディン(イスラム聖戦士たち)は我々を政府に協力するものどもと呼んで殺す。一体どれだけの代償が支払われたのか。我々はあまりに耐え難いほど支払った。ただ平和がほしいだけなのに。過去、サダムによって殺された我々は、今はアメリカによって、そしてムジャヒディンによって殺されている。どの集団も自分らのルールを中心にしたいがためだ。そして我々イラク人は(言うことを)聞かなければならない。さもなくば死だ。苦しみを終わらせるために、アメリカのやり方に従おうと考えた人もいるが、今ではそれがどういうことか、誰もが確信を持って言える。
そしてこれは僕からのメッセージ。もし自分自身が救われたいと思うのなら、自分自身の力で救うのだ。きっと後でたくさんのいい人々があなたのそばにいることを知るだろう。私たちの国イラク、バグダッドは毎日泣いている。そしてそこに住む人々も泣いている。しかし我々の声を聞く人はそんなに多いわけじゃない。だから、新年を祝い集って楽しむ世界中に伝えたい。我々は爆弾を恐れ家に隠れて新年を楽しむだろうと。新年あけましておめでとう。

~以下原文の一部(安全を考慮して後半部のみにします)~
and this is my message, if you want to help your self, help it by your self, sure after you will find too much good people will be with you.
our country Iraq, Baghdad cry every day and its people but not too much persons listen to us , so I want to tell all the world enjoy your new year make party, celebrations, and we will enjoy our new year hide in house scared bombs.
happy new year.

また、電話がつながったバグダッドの友人は、つい先ほども近所で爆発があったばかりだというのに「おおYATCH、電話ありがとう!そして新年おめでとう」と笑う。後からメールもきたが、なんとPEACE ONも支援で関わってきたパレスチナ難民キャンプのハイファクラブに先日米軍が押し入ったらしい。テントから何から全てが破壊され、スタッフも全員逮捕。責任者のQ氏は家族と共に国外に逃亡したが、米軍は彼の自宅から全てを奪っていったという。いつも抵抗勢力との戦闘が繰り広げられている地域なので、米軍お得意の過激派掃討作戦に巻き込まれてしまったのだろうか。現在事実関係を確認中だが、事実だとしたらこれまたとんでもないことだ。あの施設が機能しなくなったら、バグダッドのパレスチナ難民は一体どうやって生きていけばいいのか。

また、ファルージャ市内の状況も凄惨を極めているという。とにかくジャーナリストが見事にいなくなってしまったイラクでは、今一体何が起きているのか、こうしてイラクの友人たちから送られてくるわずかな情報をつなぎ合わせ想像するしかない。本来であれば、私もバグダッドで正月を迎えている予定だったのだが、こうしてこののどかな日本で歯の痛みをこらえて雑煮を啜りながら彼らの声を拾うだけという体たらくだ。犠牲者が15万人を超えるという大惨事になったスマトラ沖津波の惨状も考えると、まさに世界は地獄の最中にいる。アンマン在住の亡命イラク人画家ハジムさんからも新年の挨拶メールが届いたが、彼も新潟の地震と共に、東南アジアの人々のことも心配していた。来月にはアンマンに行くつもりだが、全くこんなところで歯が痛いなどと言って年始の不運を呪っている場合ではない。

この据わりの悪い正月に鬱屈とした思いを戸惑いながら反芻している刹那も、この惑星は弛まず回り続けている。多くの悲しみを乗せたまま、今日も太陽の周りを回り続けている。人間の都合でその一周は一年と呼ばれ、ひとつの区切りとして正月があるが、この惑星の運行に何か特別なことが起こるわけではない。悲惨さもめでたさも併せ呑んで、この星はただただ回り続けているだけだ。年末年始に惨事が重なったせいか、とても正月を祝う気分になれないという挨拶は多いが、知らないだけで毎日どこかで人は殺されているし、いつもどこかで愛が芽生えて新しい命も生まれている。怒り、哀しみ、喜びを乗せて、この星は回り続けている。願わくは、毎日、この星の上で生きる全ての命と共に、陽が沈むたびに死にゆく命を悼み、陽が昇るたびにいまこの刹那に生かされてここにあることを喜び合いたい。大いなる天球の褥に体を横たえ、生と死が、ゆくりなく結び付く夢を抱いて。

以下は先日サラマッドとアマラがフランスから持ち帰ったギフトをバグダッド市内のC病院の子どもたちに届けているところ。子どもたちはとてもとても喜んでいたそうな。
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January 01, 2005

Happy New Year 2005

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by Hani Dela Ali

2005年、あけましておめでとうございます

昨年も本当にいろいろありましたが、みなさまの温かい友情に支えられて、ここまで生きてくることが出来ました。本当にありがとうございます。イラクに限らず、世界中で悲しみが絶えませんが、生かされているこの一日一日を大切にして、少しでも世界が笑顔をとり戻せるよう、しっかりと生きていこうと思いますので、今年もどうかよろしくお願いします。

一日も早く、再びイラクの友人たちに会いにいけるようになることを祈って

May there be peace on you!

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