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October 30, 2004

香田さん情報一転

今朝、イラクのバグダッド北方で発見された遺体について香田さんにほぼ間違いないという報道に暗澹とした思いでいたのだが、ひっくり返った。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041030-00000047-mai-pol
詳細はまだわからないし、ではその遺体は誰なんだという疑問は残るが、再び現地との情報交換を続けることにする。とり急ぎ報告まで。

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October 28, 2004

香田証生さん拘束事件について

またしてもイラクで日本人拘束のニュースに、27日朝は問合せの電話が止まらなかった。NGOかジャーナリスト関係の人であれば、大体どこかで会ったことがあったり、名前を聞いたことがあったりするものだが、今回ばかりはまるでピンとこなかった。香田証生さんは旅行者としてイラクに入ったそうだが、振り返ると4月の人質事件の前、バグダッドに滞在していたころ、よく大学生のバックパッカーが、私が寄宿していたカサブランカホテルを訪ねてきたことを思い出す。あの時期でも、現地の案内人もいないのによく入るなあと思っていたのだから、極度に治安が悪化した今でも旅行者が入っていたことにまず驚いた。そういえば香田さんはカサブランカホテルにも訪れていたそうだが、今は狙われるので外国人は泊めないとホテルに断られていたらしい。

日付が変わって、先ほどようやくイラク人現地スタッフのサラマッドに電話がつながった。しかし人質となった香田さんについての情報は、残念ながら現時点ではこちらで確認できる以上のものはないようだ。明日クバイシ先生のところに行ってみるようだが、今回の犯行グループ、「イラクの聖戦アルカイダ機構」とはザルカウィ氏の組織だからおそらく働きかけは難しいだろうとのこと。その上このグループはやはりイラク人の間でもかなり危険だという評判らしい。

しかし過去このグループが関わった外国人の人質事件で、殺害まで至ったケースの共通点は米軍と何らかの関わりがあるということ。高遠さんや安田君たちを拘束したイラク人のグループと違ってかなり悪質なグループであることは間違いないが、殺害するか解放するかというところに、米軍との繋がりというのが重要な基準になっているような気もする。

このグループは声明で「日本の軍隊に付き添う部隊の一人が~」と香田さんのことを表現しているが、自衛隊関連の仕事をしているとかん違いしているのかもしれない。彼らの理解では自衛隊=米軍協力者だから、このままでは米軍と繋がっているものという基準になってしまう。また、「彼はイスラエル、ヨルダン、その後、イラクを訪れた。」とあるが、所持品等からイスラエルにいたということがわかり、それが一層米軍のスパイ活動等と疑われている可能性もあるのではないだろうか。

今、香田さんの解放に向けてできることで最も効果的なのは、グループに彼がただの旅行者で自衛隊とも米軍ともまったく関係のない人物だということを伝えることだと思う。町村外相がすでに声明を出しているようだが、自衛隊を派遣し、しかも相変わらず時間稼ぎすらせずに、即「撤退はしない」と明言した日本政府側の声を素直に受けとるとは考えにくい。高遠さんたちのとき同様、一般市民、特にイラク人からのメッセージが有効かもしれないということで、香田さんの情報をアラビア語に訳し、グループの関連するサイトに送るなど、できるだけのことはやってみると言ってくれた。時間は限られている。今出先なので、携帯でしかネットにアクセスできないのが苦しいが、何とかメールを通じて彼の情報を送ってみようと思う。

治安に関してはやはり相変わらず危険な状況が続いているようだ。現地事務所やPEACE ONが関わっている障害者福祉施設の往復も、必要最小限にとどめざるを得ないという。仮に今私がイラクに入りたいと言ったとしたら、今は絶対にやめてくれと言うそうだ。そんな中、現地で活動を続けているサラマッドとフランス人の新婦アマラには本当に頭が下がるが、同時にとても心配である。他、イラクの友人たちもみな元気だと聞いてとても安心したものの、とにかく一日も早くこんな状況は終わってほしい。また、日本を見れば新潟が大変だ。犯行グループからの自衛隊撤退要求があろうがなかろうが、今こそ一日一億円もかけてイラクに駐留させている自衛隊を引き揚げて、その力を新潟の被災地に集中させるべきときではないだろうか。そして、香田さんが無事解放されることを、心から祈っている。

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October 27, 2004

ジャミーラ高橋さんの逮捕について

LAN TO IRAQ沖縄展も無事終了し、昨日(10月25日)、東京に戻りました。報告することは山ほどたまっていますが、とり急ぎジャミーラ高橋さんの逮捕についてコメントしました。
http://npopeaceon.org/topics/J.html

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October 19, 2004

またしてもイラクでNGO誘拐

引越しの荷造りの合間にネットをチェックしたら、
イラクでNGO誘拐のNEWSが。

Video shows kidnapped aid worker(BBC)
イラクでNGO代表誘拐 状況は不明 【ロンドン19日共同】

先日ようやくイタリアNGOスタッフが解放されたばかりだというのに、またしても人道支援に携わる方が誘拐されてしまった。詳しいことはまだわかっていないが、誘拐されたマーガレット・ハッサンさんは世界各国で活動を続けるNGO、「ケア・インターナショナル」の現地事務所代表。イラク国籍を持ち、イラクに約30年も住んでいるそうで、同団体で10年以上働いているらしい。このようにイラクと運命を共にしている方がまたしても誘拐されてしまった。とにかく一日も早い無事解放を祈る。

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沖縄(2)-南部戦跡を訪ねて~アブチラガマ~

10月13日
前日に引き続き沖縄を学ぶツアーとして、南部戦跡を巡る。案内は沖縄平和ネットワークの深澤先生。太平洋戦争の最終段階、国内唯一の地上戦を迎えた沖縄。南部戦線は凄惨を極め、90日間にわたる沖縄戦では日本兵6万6千人、沖縄出身兵2万8千人、米兵1万2千人、そして一般住民は9万4千人が亡くなったと伝えられていて、なんと当時の県民の4人に一人が亡くなった計算になる。身内で命を落としていない人など一人もいなかったのではないだろうか。昨年のイラク戦争、陥落直後のバグダッドで、米兵がイラク人の立入りを禁止していたために地上戦で巻き添えになって殺された家族の遺体を回収することができないと、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら私に米兵と交渉してくれと頼んできた男性の表情が甦る。あの悲痛な叫び声は、私の記憶の中で時と場を超えて反響を繰り返し、眼前の風景、ガジュマルの大木の枝から無数に垂れ下がる気根に吸い寄せられ、半世紀以上前の夥しい血を吸い上げてきた幹の記憶と絡み合い、今ここ沖縄の大地に達した。出会ったばかりの魂がお互いを鎮めあっているように、美しい樹冠が木漏れ日と戯れていた。

玉城村糸数にある壕、アブチラガマに入る。もとは集落の避難壕だったが、日本軍の陣地壕や倉庫として使われ、やがて戦場が南下して南風原陸軍病院の分室となりひめゆり学徒隊なども配属され、一時は600人以上の負傷兵で埋め尽くされていたという。ひんやりとしたガマの中には、当時使用していた生活品などがそのまま散乱し、抜けた歯まで落ちてあった。所々焦げた人の肉が影のようにこびり付いていて、戦争前に訪れたバグダッドのアメリアシェルターを思い出す。死者の息遣いまで聞こえてきそうな漆黒の闇の中、深澤先生からの説明に耳を傾ける。

重症患者の傷は悪化し蛆だらけになり、破傷風患者が増えて麻酔なしで手足を切断し、脳症患者が這いずり回りなか、うら若きひめゆり学徒隊の乙女たちは冷静に、分離した肉片を落とさないよう大切に抱えていったという。当時インテリ層ほど発狂しやすかったらしいが、阿鼻叫喚の地獄絵図の中彼女たちはいかにして正気を保ち看護を続けることができたのか。振り返ると自分も遺体の回収作業を手伝った時、呼吸すら困難な腐敗臭に何度も戻しそうになりながらも、自分でも恐ろしいほど冷静に対処できていたことを思い出す。不思議なほど透明になった意識が自己を極端なほどに客体化していたような、いまだに奇妙な記憶の断片として、自己の存在と世界との距離がうまくつかめない。あれは発狂しないための自己防衛本能のようなものだったのだろうか。

やがて1945年5月25日、命令により病院は撤退。住民約200名と日本兵、そして生き残った負傷兵の雑居状態になってからは、米軍による黄燐弾攻撃などにより犠牲者が増え続ける。その際日本兵は、泣き声がうるさいと敵兵に見つかると赤ん坊を殺させ、「お前たちが生き残っても御国のために何の役にもたたん」と言って、住民を盾にして立て籠もったという。集団自決と言うが赤ん坊が自分の意思で死んだわけではなく、これは紛れもなく集団殺人というべきだろう。彼らが護りたかった御国とは、一体何だったのか。

「軍隊は国民を護らない」という言葉がもっともリアルに響く場所、それが沖縄である。

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ガマの出口からすぐのところにある「大東亜戦争沖縄戦戦没者の墓」

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October 16, 2004

沖縄-イラクに最も近い日本

昨日(14日)沖縄から戻りました。以下諸々報告。

10月9日
イラク劇団「アル-ムルワッス」の東京公演、イラクアート展LAN TO IRAQが同時開催されていた国際交流基金フォーラムでの最終日。台風で客入りは今ひとつだったが、アル-ムルワッス劇団はイラクのとびきりの歌と舞踏を披露してくれた。
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思わず体が動き出すリズムと、知らずに口ずさむメロディー。気が付くとイラク復興基金会議のため来日していたイラク外務省職員などのイラク人数人が、イラク国旗を振って踊っている。気分はすっかりバグダッド。全身をめぐる灼熱の夏の記憶。魂が火照り、連日の疲れが蒸発していく。これが彼らの伝えたい真のイラクだ。アート展も同じだが、戦争だけでない、このような楽しいイラクをもっと知ってもらいたい。

10月10日
東松山で行われた第19回平和のための戦争展in比企にて講演。本来2日連続のイベントだったそうだが、台風のため前日の展示は中止となったそうな。それにしても第19回目とはすごい。やはり継続は力なりであろう。
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10月11日
沖縄へ。那覇市民ギャラリーで行われている10・10空襲展に一部参加しているイラクアート展LAN TO IRAQは2日目を迎えていた。古からの中東文化の中心地、バグダッドから飛び立った珠玉の作品たちが、東京、ソウルと旅を重ねて、ついに沖縄上陸である。
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お昼に沖縄そばをご馳走になったあと、沖縄平和ネットワークの総会で講演。前回1月に初めて沖縄で話したときもそうだったが、イラクの話を沖縄でするということだけで感慨深い。日本国内で今のイラクの人々の気持ちを最もよく理解できるのは、沖縄の人々だと思うからだ。

講演終了後、那覇市民ギャラリーのある「パレットくもじ」へ。画家の増山麗奈さんと地元の美大生による屋外コラボレーションとして、ライブペインティングが行われていた。バグダッドでもハニさんとやっていたLAN TO FACEシリーズの沖縄版。顔の左側には明るく開放的な沖縄、右はいまだ軍事占領下にあるオキナワのイメージ。夕暮れ時、ジャンベとサックスの生演奏をバックに、妖美な三本の絵筆が乱舞していた。
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夜は沖縄平和ネットワークの打ち上げに参加。泡盛を飲んで大いに盛り上がった。

10月12日
沖縄平和ネットワークの与儀先生の案内で基地ツアーへ出発。4月のファルージャ虐殺の際に海兵隊を送り込んだキャンプ・シュワブを通り抜けて辺野古へ。米軍海上ヘリポート建設のためのボーリング調査に抗議船と座り込みで闘っている現場を始めて訪れた。イラクにも行ったことのある平和市民連絡会共同代表の平良夏芽さんは、あくまでも非暴力での抵抗を貫いているが、何と自ら海中に潜り身を挺して阻止していると聞いて驚いた。市民による徹底した非武装非暴力での実力行使による抵抗運動。昨年のイラク戦争中「人間の盾」に参加したときの気持ちと重なった。彼が「食べてしまいたい」と言うほどの、このジュゴンの海の美しさ、そしてその海を守りたいという気持ちは、やはりここに来てみなければわからない。
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座り込みテントで見覚えのある女の子がいるなあと思いきや、去年2月の開戦前のイラクに初めて行ったとき一緒だった末木さおりちゃんだった。9月頭からカヌー隊でがんばっているそうだ。当時は高校生だったのに、ずいぶんと逞しくなったものだ。さおりちゃんに聞くと船を出しての連日の抗議は相当ハードなようで、確かに見渡すと皆の顔には疲労の色が見える。地元のオジイ、オバアもテントにやってきたが、聞くと地元3、県外7の割合らしい。防衛庁のお金による懐柔策もあってか、いまひとつ地元からの波は広がっていないとも聞いた。

生命の源である海の生態系を破壊し、あのファルージャでの虐殺にも参加した部隊をより機動的にイラクに、そして世界各地へ送り込むための基地が、われわれの税金によって作られようとしている事実。目先の利益、そして日米安保の大儀の下に、一体誰が犠牲になっているのか。日本のさらなる発展と安全のためには、イラクで何人殺されようが、辺野古の美しい海が失われようが、そしてその資金を自ら提供しようが、仕方のないことなのだろうか。イラク戦争同様、この辺野古の問題は、われわれに突きつけられた現代の戦争責任問題だと思う。

キャンプ・ハンセンの第一、第二ゲートの間あたり、小高い丘の上から基地内を覗くと、訓練の射撃音が連続して鳴り響いていた。視界に入る山々はすべて基地の一部だという。よく見ると、ところどころまだら模様に砲撃の跡でえぐられ禿げかかり、とても病的な印象を受けた。

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金武町レッドビーチでは何と偶然にもオーストラリアからチャーターしているという高速輸送船「ウエストパック・エキスプレス」が寄港していて、銃を持った米兵が警戒する中、コンテナを積んだ車両が次々と積み込まれていた。沖を見ると薄っすらとした霧の中、後部にヘリパッドの付いた軍艦が不気味な低速で東に移動していた。与儀先生は、「きっとイラクに向かうんでしょう。ああ、わじわじ(沖縄の言葉で腹が立つという意味)してしょうがない」と呟いた。(翌日の新聞によるとやはりイラク向けとみられる) 

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8月13日に起きた沖国大の米軍ヘリ墜落現場では、先日の講演にも来てくれた沖国大学生の伊佐くんが証言してくれた。ずいぶんと広範囲に渡って破片が散らばっていったそうで、犠牲者が出なかったのは奇跡としか言いようがない。昇天する龍の影のようなどす黒く煤けた線が、鉄骨が少しはみ出した壁を斜に横切り、その上にはプロペラで削られた跡だろうかほぼ水平に数本の溝が刻み込まれている。本来豊かな樹木が生い茂っていて外からこの壁は見えにくかったそうだが、ヘリの撤去作業のため米軍に全て切り落とされてしまい、今では途中から折れて煤けた一本の木の幹と共に、寂寥たるその姿を敷地外に晒していた。イラク行きを急いだがゆえに、整備に甘さが生じて起こった墜落と聞いて、風景は完全にイラクと重なった。これは紛うかたなきイラク戦争の被害のひとつである。

沖縄はやはりイラクに最も近い日本だった。(続く)

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October 09, 2004

サラマッドレポート ~新学期にバスを届ける~

5日、イラク人現地スタッフのサラマッドからレポートが届いた。6日からのイラクアート展、そして7日はピースルネッサンス10・7(きくちゆみさん、鬼丸昌也さん、小川真吾さん、小林正弥さん、田中優さん、上村雄彦さん達と再会できて嬉しかった)と続き、なかなか時間が取れなかったが、取り急ぎ簡単に訳してみた。10月2日にイラク国内の学校の新学期が始まるとのことだったので、8月私の滞在中に準備していたマイクロバスを届けてくれたのだが、やはり現地治安は一層悪くなっているようだ。

~以下サラマッドより~

マイフレンド、心配してくれてありがとう。本当に君はイラク人のすばらしい友人だよ。全てのイラク人に君の気持ちを伝えられたらいいんだけど。アラブ人そしてイラク人ですら犬のようなやつが多いなか、アラブ人以外でもこんな友達がいることをしってもらうためにね。返事遅れてゴメン、親父が病気でドクターに診てもらうために連れて行ったんだ。手術しなきゃダメみたい。

状況については、うん、たくさんの爆発がある。そして何が新しいかって言えば、この爆発はアメリカ人(米兵)だけではなくイラク人に対して起こっている。そして最近は新しいやり方で。爆発させてからあと、助けに来た人々が集まったところで、より多くの人々を殺すためにまた別の爆発が起こる。(この箇所の英文ちょっと苦しいが大体こんな意味のはず)これが先日起こっていたことだよ。

選挙、そしてサマラとファルージャの攻撃については、選挙の前に全てのイラク人を支配下に置く計画に従うって国防大臣が言ったんだ。きっとその計画ってやつは、選挙前に状況を良くするためにと、問題のある場所をすべてぶっ叩くってことだろうよ。まあ選挙後に何が起こるかはアラーの神が知っているだろう。

ここバグダッドではたくさんの検問、イラク警察より米兵が多い。学校が始まったばかりなのでみな怯えている。しかし労働省に関しては来週から始めると、アルヌーア(盲学校)、アルアマル(聾学校)、そしてアルマナー(身体障害者施設)(以上すべて労働省の管轄)のマネージャーから聞いたよ。安全のためと労働省からの指示らしい。確かに先週土曜日に(新しい)ピースオンバスをアルヌーアに届けてきたけど、(約110人中)20人の生徒しかいなかった。マネージャーが言うには来週から始めるそうだが、労働省からまだ始めるなと言われたものの、正確にいつまでと聞いたわけでもないので、来週から始められるかどうかわからない、おそらく来週からだろうということらしい。他の障害者福祉施設でも同じ。でもバスは届けてきたから明日写真を送るよ。(事務所の)インターネットは遅いからネットカフェから送るね。

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新ピースオンバスとアルヌーア盲学校のちびっ子たち
(ステッカーは画家のハニ・デラ・アリさんによる新デザイン)
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サラマッドと新ドライバーのArkan M Shakier
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アマラとちびっ子たち

~以下ドライバーとの契約とバスの修理に関するくだりは省略~

アルマナーはいくつか薬と備品等を必要としている。アルヌーアは今食料(宿舎用)と薬が必要とのこと。明日リストを送るよ。
事務所は大丈夫。
アマラ(新婦)も僕もとても気をつけて、大切なとき意外はなるべく出歩かないようにしている。
ピースオンの(新しい)リーフレット完成。でもこの手の印刷に適した紙を探している。かなり気に入ると思うよ。
何でも聞いてくれよ、とくに状況について、外の人間に今のここの状況を伝えるのはとても重要だからね。

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バグダッド事務所にて新婚サラマッドとアマラ

~以下原文(明らかなスペルのミスだけ直しました)~

hi my friend, thank you so much about your care, really you great friend of Iraqis people, I hope I can tell all Iraqis about your feeling to let them know there are friends not Arab while there are too many dogs Arab and even Iraqis. I am sorry if I late to answer you because my father was ill and I took him to doctor, he must do operation.

about the situation , yes too many explosions , and what the new is this explosion against Iraqis not only against American, and now they use new way , they let care explode and after when people collect to save who they can save the make other care explode, to let more people die, that what happened in last days.

about the election or why the attack samara and falluja because minister of defense said we will follow plan to make all Iraq under control before election , so I think their plan is hit every place has problem just to make the situation good before election and after election allah know what will happen,

here in baghdad too many check point and amrican more than Iraqi police , and even every body scared because school just start now , but for ministry of labor they start next week that what the manger of al noor and al amal and al manar told me because that order from minister of labor for security. I visited al noor to give them peace on bus in Saturday I found only 20 students there. and she told me they will start next week because that order but also they are not sure if they will start next week because she said they told us don’t start school but they did not say until when but she think next week. The same with other handicapped school. but I gave them our bus and I will send the pictures tomorrow because our inter net too slow, so I will send them from internet coffee.

also I make ID to driver with peace on contract with Arabic contract, Arabic contract said he responsible if any thing happen to our bus, with the condition of our red bus, and for blue bus tomorrow will finish inshallah, I am with mechanic step by step, and I change every thing in motor by good kind of spare parts, about al amal bus it is ok and I finish the contract by Arabic and English just stay the driver ID because he did not bring his picture only today.

al manar need some medicine and other thing also, al noor need food in this time and medicine I will send the list tomorrow to you.
our office fine .
amara and me too careful we don’t go out only for too important thing .
peace on leaflet finish but I try to find paper for this kind of print , you will like it too much .
if you want to ask about any thing please ask, I mean situation, I will tell you because it is too important to make people out side understand the situation here .
your friend

サラマッドの親父さんの病気が気になるが、こんな中、ちびっこたちの笑顔には本当に救われる。一日も早くみんなが安心して学校に通える日が来ますようにと今はここ日本で祈っているが、やはり早く会いに行って一緒に遊びたい。

また、現地ではサドルシティー、ファルージャ、サマラを中心にした攻撃激化から、多数の死傷者が出て医薬品が不足している。ドクターからの緊急依頼を受けて、JVC、イラクホープネット(アンマンにいる高遠さん)、そして現地にいるイラク人のスレイマンさんの連携ですでに緊急支援が動きだした。PEACE ONとしてはこの緊急プロジェクトに今後現地のサラマッドが協力することになりましたので、ご協力よろしくお願いします。
http://www1.jca.apc.org/jvc/jp/notice/notice20041007_iraq.html

ところで、イラク劇団の「アル-ムルワッス」の東京公演は明日が最終日。私もシンポジウムは参加したが本番の劇はまだなので明日はしっかり観よう。イラクアート展LAN TO IRAQも同時開催していますので、台風で大変でしょうけどみなさんぜひ観に来てください。
http://www.jfforum.jpf.go.jp/event_sch/details/event_sch_detail.html

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October 04, 2004

雲のゆくえ

10月2日、新橋のマキイマサルファインアーツに画家の井上玲さんの個展、「雲のゆくえ」を観に行く。まるで申し合わせたかのようにLAN TO IRAQのメンバーともう一人の玲さんも勢揃い。切り絵を効果的に活かした作品群に魅了された。
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*(井上&志葉)二人の玲さん

ギャラリー屋上には9・11のイベントで制作した「足ペインティング」の大作。そして僕とシバレイ君がイラクから持って帰ってきた新聞を使ったコラージュは、実に興味深いものが多かった。

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両手をあげているような自らの影に、銃を向けているかのような米兵の写真の切り抜きを使ったコラージュ。まるで恐怖が生み出した自己の幻影と戦い続けるアメリカを象徴しているようだ。

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泣いて死を予言するというアイルランドの妖精バンシー。イラクと関わり、アイルランドに特別の情感を抱く自分にとって、まるで己の心象風景を覗かれたような気がした。

雲のようにひと時もその場に留まらず変転を繰り返す地上の人間が織りなす生と死のドラマ、世界中に満ちる哀しみ、苦悩、怒り、不安、絶望を、自然の中の美しさから得られる一滴の希望をもとに、あたたかい色彩、また力強くもやさしいフォルムに転化させている。それらは観るものの心の中で新たな生きる力となって結実し、その喜びは次の命につながり、雲のようにとめどなく流れていく。

振り返れば8月21日、バグダッド空港に向かう道すがらサラマッドに買ってきてもらった新聞が、このように生まれ変わるとは。命とアートの出会いの不思議と可能性を再発見させてくれる素敵な個展であった。

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上の写真はバグダッド事務所にて8月撮影。井上玲さんが事務所開設祝いに作ってくれた切り絵の飾り。アラビア語の挨拶、「アッサラームアレイコム」(あなたがたの上に平安を)と描かれている。イラク人画家のハニ・デラ・アリさんも気に入ってくれた。

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October 03, 2004

ソウル-東京-沖縄、人とアートがつながるLAN TO IRAQの旅

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9月28日~30日まで、LAN TO IRAQの芦澤さんと韓国ソウルに行ってイラクの絵を持って帰ってきた。チュソク(韓国の旧盆)で休みだったのも関わらず、伊神さんの友人リー・カンソンさん、パク・ソヨンさんに通訳から梱包から手伝ってもらい、また、絵を展示していた(5月から7月までは夢幻~モンファン~で展示)ヌティナムカフェのキムスキョンさんも、わざわざお店を開けて準備をしてくれていたおかげで本当に助かった。時間がなく、またチュソクだったのでろくに観光など出来なかったが、演劇をやっているというリーさんとはすっかり意気投合し、いい出会いが出来たと思う。イラクでも韓国でも、やはり人と人とのつながりの大切さをひしひしと感じる。

ちなみにLAN TO IRAQ、次は沖縄に行きますが、その前にちょっとだけ東京でも展示しますので以下宣伝です。


国際交流基金とタイニイアリスの共催で、バグダッドから初めて劇団「アル‐ムルワッス」が日本にやってきます。東京公演は10月7日から9日まで、国際交流基金フォーラムで開催されるのですが、10月6日(シンポジウム)から9日まで、ロビーにてイラク現代絵画展LAN TO IRAQを同時開催いたしますので、どうかよろしくお願いします。

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October 02, 2004

安堵と憂慮と

30日に韓国から戻ってきたものの、あまりに仕事がたまっていて息つく暇もない。それにしても遅ればせながらイタリアNGOスタッフたちの解放はとても嬉しいしらせだった。信じていて本当に良かった。無事に帰ってきたということは、もちろん拘束されていた彼女たちにとっても、そしてイラクのみんなにとっても良かったと思う。イタリアに帰国したばかりで、「私はイラクを愛しているので、早く(イラクに)戻りたい」という言葉がとても嬉しかった。そう、イラクにいる親愛なる友人たち、ちびっ子たちのことを想うと、この言葉は私にもよくわかる。戦火の中でも逞しく日々を生き、微笑みを絶やさず、私たち外国人を迎え入れてくれたイラクの人々。ここまで私たちを惹きつけるイラクの魅力、そして古からの豊かさの源泉はやはり人にあるのだと思う。
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*写真は昨年の戦争中3月23日ドーラにて撮影

しかしフランス人記者イギリス人エジプト人をはじめ、まだまだ拘束されている人たちがいるし、状況は決して良くなったわけではない。(今度はインドネシアの女性も拘束されているようだ)

このような外国人人質の問題も深刻だが、ここにきてまた連日のようにイラク人が殺され続けている。治安悪化に関して決して誇張しないイラク人スタッフのサラマッドが、ここ最近のバグダッドの急激な治安悪化について、あまりに問題が多すぎてこれからいったいどうなってしまうのかさっぱりわからないとこぼしている。昨日サマラでも大規模な戦闘があったようで100人以上の死者が出ている。来年1月に予定されている国民議会選挙のために武装勢力を一掃するというのが米軍側の言い分のようだが、選挙のための暴力という茶番劇の末に、民主的な選挙が出来るとでも本気で思っているのだろうか。巻き添えで亡くなる一般市民の家族の怒りが、民主的な選挙の実施をさらに困難にしていくとしか思えない。

パウエル米国務長官が開戦の理由となった大量破壊兵器はやはりなかったと改めて言い切ったそうだが、今日のイラクの無法状態はまさしくこの無法な戦争によって引き起こされたのではなかったか。ふと8月22日バグダッド国際空港に向かう道すがら、サラマッドと米大統領選について話したときの彼のコメントを思い出した。

「ブッシュは再選されると思う。なぜなら彼の政策は成功しているじゃないか。9・11以降、アメリカ本土では大規模なテロ事件は起こっていない、つまり本土は安全になっている。昨年のイラク戦争の結果、アメリカと一戦交えたい輩は次から次へと外からみんな自由にイラクにやってきて、ほら、この有様だろ。米兵の犠牲がいくらでようが、そもそも政権にいる連中なんて全くお構いなしだろうし、アメリカ人の最大の関心事は本土が安全であることじゃないか。テロリストと呼ばれる連中を全てイラクにおびき寄せる。これが彼の言うFree Iraq(自由なイラク)だろう。」

なるほど結果的にアメリカと戦う格好の戦場になってしまっているのは間違いないし、短期的な戦略として見ればそういう一面もあるのかもしれない。これが真の狙いかどうかは別として、やはりアメリカが本気でイラクを復興させる気があるとは到底思えない。鍵を握っているアメリカ市民には、長期的にみた真の国益、人類益を考えて投票してほしい。そうした意識を変えていくにはどういたらいいのか。改めてきくちゆみさんのような働きかけは大切だなあと思った。

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