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September 28, 2004

ソウルに行ってきます

ここ最近ひどく忙しく全く書き込みできなかった。
これからソウルに行って、
ヌティナムカフェに展示してあったイラクアーティストの絵を持ち帰ってきます。
来月からは沖縄で展示します。

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September 21, 2004

サラマッドレポート ~バグダッド事務所前の爆発~

諸事あってUP遅れてしまったが、以下19日夜に送られてきたイラク人スタッフ、サラマッドからのメールより抜粋。最近のバグダッドの治安について聞いてみたところの返答です。

I am sorry if I tell you that but we are not ok at all because it is too dangerous situation, it never happened before, bombs every where even Amara and me can not move too much in Baghdad, really it is too bad situation. Yesterday happened explosion in front of our office building and killed 2 police men ( I will send the pictures to you now with this message )and also they found one bomb in front of our office branch and one in the end of our branch, because they wanted to explode cars of American because some time they pass in our branch, but allhamdollah every thing ok only some glasses and some doors. Hassan fine and he say hello to you, and for our office only the locker and I changed, because you know our office in behind.

~以下日本語訳~
悪いんだけど、危険すぎて全く良くないよ。今だかつてないほど爆弾がいたるところにあって、アマラ(サラマッドの妻。フランス人)も俺もバグダッドの中あまり多く出歩けない。全くもってひどすぎる状態だよ。昨日なんかうちの事務所の建物の目の前で爆発があって、警察官が二人殺された。(メッセージと一緒にそのときの写真を送るよ)また彼ら(他の警察官?)はうちの事務所前の路地の始点でひとつ、そしてその路地の終点でひとつ爆弾を見つけたんだ。なぜなら彼ら(犯人)は時々その路地を通るアメリカ(軍)の車両を爆破したかったんだ。しかし神のおかげでそれは全て大丈夫。ガラスとドアがやられただけだった。(門番の)ハッサンも元気で君によろしく言ってたよ。うちの事務所に関しては玄関のドアの鍵を換えただけ。事務所は(通りの)裏側だからね。
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~以上サラマッドから~

先月初めのキリスト教会連続爆破事件の際は、事務所の近所にも教会が多いので一時はどうなることかと思ったが、その後は特に近所での爆破事件はなかった。事務所のあるカラダ地区は割と治安が良いことで有名だった。事務所前の路地といえば、先月は毎日のように歩いていた通りである。あまりの状況の変化に、正直驚いている。日に日に悪化するイラクの現状。もう半年もすればずいぶん安定してくるんじゃないかと、サラマッドと話し合っていた今年の春頃がまるで夢のようだ。そういえばあの時はイラク人アーティストとの交流を目指した画家の増山麗奈さんとも一緒に活動したものだが、現状で同様の活動は難しいだろう。彼女はあの時期にアーティストとの交流を果たしてきて、本当に幸運だったと思う。アーティストといえば、ポーランドに絵画修復の技術を学びにいっている画家のハニさんもバグダッドに残している大切な家族のことがきっと心配だろう。とにかく今はイラクの友人たちの安全を祈っている。

誘拐されたイタリアNGOスタッフに関する情報も、相変わらず錯綜しているようだし、現地からの続報はない。あれからもう2週間ほどはたったであろうか。無事を信じているがさすがに心配である。

そういえばこのブログでは以下のイタリアNGO職員達の解放を求める国際アピールにWeb上で簡単に賛同署名できるサイトの紹介がまだでしたのでお知らせします。
http://www.petitionspot.com/petitions/freeourfriends
アピール文日本語訳
http://give-peace-a-chance.jp/118/italy.html

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September 17, 2004

京都~東京そしてイラク

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9月11、12日京都、「平和のための伏見戦争展」2日連続講演では、若者企画ということで久しぶりに歌まで歌ってきた。このような機会がある度に、早くイラクの民族楽器オウドでイラクの民謡を歌えるようにならねばと思う。

慌しいスケジュールではあったが、龍馬の寺田屋や酒蔵で有名な伏見を自転車で巡り、御香宮神社から湧き出る名水、御香水で喉を潤し、連日の疲れを癒した。また、そば茶寮「澤正」で展示されていた「コスタリカ賛歌」で有名な児玉房子さんの透き通った美しいガラス絵の数々、そして石峰寺の伊藤若冲作の石仏五百羅漢、苔にまみれ風化しつつも静謐な造形美を感じさせる異形の石仏たちには、心まで癒されたような気がした。

13日は一年ぶりの神戸で、元神戸元気村の吉村誠二さんと会う。彼とはイラク戦争開戦前に初めてイラクに行ったときからの付き合いだが、愛くるしい二人の幼い娘さんには初めて会った。

思えば昨年のイラク人間の盾活動から帰国後これまで全国各地で講演を続けているが、関西方面は不思議に少なかった。約10年前バンド活動をしていたころは、毎年2回は関西方面にツアーに出ていたものなのだが。これを機にまた関西に行くことが増えるといいなと思う。

14日は東京に戻り府中市美術館へ。来年一月の増山麗奈さんとのトークショー、「イラクと日本のアートを結んで」の打ち合わせ。この度イラクから持ち帰った絵画もお見せする。

15日は墨田区の厚生館保育園で講演。前半機材の不具合で写真が出せなかったので、いつも通りの最新報告からではなく、そもそもなぜ私が昨年開戦前のイラクに行こうと思ったのかという話から始めた。おかげであまり最新報告に割く時間がなくなってしまったが、この話は自分の中でもとても重要だなあと改めて思った。

そういえば、昨年のイラク攻撃の理由とされた大量破壊兵器はやはりなかった、そしてアメリカはもう探すつもりはないという記事を見つけ、その扱いの小ささに驚いた。当時は持っているかもしれないということだけで、連日のように一面を賑わせていたはずである。報道はまたしても「力こそが正義」の裏付けに手を貸しているようだ。

「大量破壊兵器をもっているかも」という疑いだけで起こした戦争で、いったいどれだけのイラクの人々が、アメリカ軍による大量破壊兵器によって、まるで虫けらのように殺されていったのか。バグダッド陥落直後、地上戦の犠牲となった民間のイラク人の遺体の回収作業を手伝った際に聞いた家族の慟哭、魂の深奥部に刻まれたあの悲しみの叫び声が今改めてよみがえる。

そして今も、報道の減少に反比例して、さらに殺され続けているイラクの人々。現地の治安は明らかに悪化している。イラク人スタッフサラマッドからの連絡によると、学校の新学期は9月中旬からの予定だったが、今年は10月2日からになりそうだとのこと。

こんなイラクに誰がしたという責任は問われないまま、悲痛な叫び声はまた闇の中に葬り去られ、怨恨の澱から吹き出る暴力だけを「テロ」と括り、「対テロ戦争」の名の下に更なる殺戮を正当化し巨大なテロを積み重ねていく。アメリカ政府を筆頭にしたこの罪業はあまりにも深い。そして、この戦争を支持した日本政府を、結果的に支え続けている私たち、また間接的とはいえ経済的にもこの戦争構造に深く加担している私たちは、紛れもなく共犯者であろう。

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September 13, 2004

イタリアNGOスタッフ誘拐について

イラク人スタッフのサラマッドからの連絡によると、何度かイラクイスラム法学者協会のクバイシ先生と会って相談しているそうだが、犯行グループが何者なのか、イラク人なのか、そうでないのか、誰もつかめていないそうだ。ただ、やはりほとんどのイラク人が、間違いなく犯行グループはイラク人ではないと言っているらしい。

以上取り急ぎ京都から。

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September 11, 2004

9/11 in Kyoto

突然ですが、今京都に来ています。HPでは告知していましたが、今朝忙しくてこのブログで紹介できませんでしたので、取り急ぎお知らせまで。今日11日と明日12日二日連続でお話しますので、お近くの方はどうぞ遊びに来てください。

http://npopeaceon.org/schedule/index.html

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September 10, 2004

イタリア人NGO誘拐の衝撃  サッカーボール 

イラクでのイタリア人NGOの誘拐事件には大きな衝撃を受けた。武装勢力はなんと事務所まで忍び込んで連れ去っていったというから、7月にバグダッドに現地事務所を設立し、先月はそこを中心に活動していた自分にとって、なおさら人事とは思えない。そういえば先月の活動中、あまり治安がいいとは呼べない地域を車で通り過ぎるとき、「ここでは隠れていたほうがいい。たとえ今ここで何もなくても、良からぬ輩に跡をつけられて事務所の場所をチェックされ、いつか狙われるということもあるかもしれない」と現地スタッフのサラマッドに言われた意味が今恐ろしいほどよくわかった。現地で活動を続けている各国のNGOもこの事件を受けて撤退を検討している。このように人道支援に携わる外国人を捕まえても、イラクにとってなにもいいことはないので、おそらく犯行グループはイラク人ではなく外国から来ているグループではないかと思っている。真偽の程はわからないが、犯行声明でも「イタリアを罰するため・・・」とある。NGOを拘束することによるイラクのダメージなどお構いなしというか、むしろそれを目的にしているのではないだろうか。この度はまさに狙いを定めているようなので、スパイを警戒して一度外国人を拘束し、そうでないとわかると解放していた高遠さんや安田君たちのケースとは明らかに違う。それにしても日本での報道が少ないのが気になる。サラマッドや現地のイラク人とも連絡を取っているが、その後の情報があまりにも乏しい。一部からは楽観論も出ているが、どうにも手も足も出せない状態のようだ。とにかく一日も早い無事解放を祈っている。

この度の事件を受けて、外国人のスタッフが一時的に撤退するのはやむを得ないかもしれないが、これでNGOがイラクでの活動を停止することはありえない。実際今回の当事者であるIntersosや「バグダッドへの架け橋」も活動を継続するとコメントしている。

外国人にとっての治安が悪化する一方のイラクだが、ここ最近さらに多くのイラク人が殺され続けているということを忘れてはならない。

サドルシティーで戦闘、43人死亡 停戦後、最大規模
http://www2.asahi.com/special/iraqrecovery/TKY200409070263.html
ファルージャで米軍が大規模攻撃、100人死亡と推定
http://www2.asahi.com/special/iraqrecovery/TKY200409080175.html

そんなイラクから、サラマッド便りが届いた。

Hello yatch , I hope your family fine , I am sorry for Japan because of CATASTROPHE..
Here the pictures for Al Iman school with foot ball.

「ハローYATCH、家族が元気でありますように。日本での大災害(台風)は気の毒に思うよ。アル・イーマン(小)学校にサッカーボールを届けた時の写真だよ。」

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このサッカーボールは、私がバグダッド滞在中、先月の12日に事務所に届いたものだ。パキスタン製のフェアトレード商品で、グローブ大分というところからイラクに送ってほしいとJVCに託されたもので、そして高遠さんが中心となって出来たイラク・ホープ・ネットワークに寄付されたという形になっている。バグダッド市内の小学校や孤児院にスレイマンさんとPEACE ONで手分けして配ることになっていた。私の滞在中は学校周辺の治安が悪く届けることができなかったのだが、この度届けてくれたようだ。無事に新学期が始まり、次代のイラク代表を目指すちびっ子たちが元気いっぱいにボールと戯れることができることを祈るばかりだ。

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September 08, 2004

ルオー版画展、その他徒然に

しばらくブログをさぼってしまった。当初イラクからの現地報告だけに使おうとも思っていたが、やはり一度始めてしまうとそのまま日記として続けたくなるから不思議なものだ。以下今日までの由無し事をまとめて書いてみる。

9月2日
昼間少し時間ができたので、同じくちょうど都合よく時間があいた友人のSさんと、かねてから行きたかったジョルジュ・ルオーの版画展を観にいく。ルオー初の版画集という「ユビュ爺の再生」と、代表作「ミセレーレ」全点。ルオーといえば分厚いマチエールによって内面からの光を美しく表現する色彩の画家として有名だが、白という原点に立ち返り、色彩の王者とも言われる黒を巧みに操り、モノクロームの世界のコントラストを極限まで追求し、芸術の原初的体験に連れ戻してくれるようなこの版画集も、やはり彼の代表作と言っていいだろう。

兵士として出征する父親を抱きしめる息子、その傍らに立つ死神「これでお終いだよ、おやじさん!」。そしてその父親が戦場で骸骨となり、新たな死神として次の犠牲者を探す「人は人にとって狼」の連作などに、彼の強烈な戦争批判も感じることができた。

ルオーの絵との出会いはもう5年以上前になるだろうか、東京ブリジストン美術館で観た「郊外のキリスト」。薄暗い路地裏を二人の子どもとそぞろ歩くみすぼらしいキリストに、月光がやさしく降り注いでいるこの作品を見たとき、そのあまりの美しさにしばらく動けなくなってしまったのを憶えている。それ以来ルオーは私の一番のお気に入りの画家となった。

私はキリスト教徒ではないが、カトリック幼稚園で毎朝目にしていたステンドグラスの記憶は、やはりステンドグラス職人だったルオーが描く黒く太い線を見るたびに甦る。そして遠藤周作、キルケゴールなどを読みながら、自分なりにキリストというものを理解しようとしていた時期にルオーと出会い、埃にまみれていた心の琴線が弾かれ、自分なりのキリストというものがやっと少し見えてきたような気がした。

ルオーは20世紀最大の宗教画家とも言われる。しかし彼の描くキリストの姿は、決して過去のキリスト教絵画のような神々しい神の子、壮麗で威厳のある勝者としてのキリストではなく、惨めで弱々しくもあり、不幸な乞食、まさに敗者としてのキリストの姿である。常に弱きものと心を共にして、人間存在の根源的な不安と苦悩を分かち合いながら歩くキリストの姿。しかしそこにルオーが投げかける深き内面からの光は、そうした悲しみをやさしく包み込み神秘的な輝きにまで昇華させ、まさに全てが愛にあふれているような風景を描き出している。

Sさんには最近ルオーを紹介したのだが、とても気に入ってくれたようで嬉しい。新橋の松下電工 汐留ミュージアムで9月12日までやっているので、興味のある方はぜひ観に行ってもらいたい。

夜は機関紙、「地域と労働運動」の取材を受ける。

9月3日
この度のイラク支援&文化交流活動報告書の作成にてこずり、またしても徹夜。

9月4日
徹夜明けに届いた新聞で、ロシア北オセチア共和国での学校占拠が最悪の結末を迎えたことを知る。夜は大雨の中フリージャーナリスト常岡さん邸で、やはりフリージャーナリストの志葉玲くん、今度PEACE ONの事務を手伝ってくれるTさん、新聞記者のKさん、そして常岡さんの友人HさんOさんに私のイラクからの無事帰国を祝ってもらった。とてもありがたかったが、学校占拠事件に関する電話がひっきりなしに鳴る常岡さんを横目にして、なんとも複雑な思いでもあった。

9月5日
盛岡教育会館にて講演。地方では盛岡での講演が一番多い。これまで何度か講演に来てくださった方を多く見かけた。主催は岩手平和美術展なので、ヒロシマ・ナガサキ忌に行ったイラク人アーティストとの共同企画の報告に多くを割いた。どうも近頃の講演は美術に関連したものが多く嬉しい。大船渡線の終電でふるさと気仙沼に帰る。

今では東北で講演があるたびに実家に帰るようにしているが、昔は一年に一度帰るかどうかだった。戦争中は最大の親不孝ものだったが、結果的に今では親孝行出来ているような気がしている。

9月6日
実家では久しぶりに特に何もせず過ごす。庭をぶらつき母さんが育てている草木の説明を受けたり、ちびっ子の頃よくもぐって遊んだ縁の下などを眺めたり。拾った野良猫を飼おうとして用意したダンボールもそのままで、かび臭さと共に、当時犬やら猫やらと日がな一日中駆けずり回って遊んでいた記憶が甦った。うまい刺身も食って、帰国後初めてのんびり出来た気がする。

それでもずっと心に引っかかっているのがあのロシア学校占拠事件だ。またしてもこの最悪の結末。そしてどうしていつも子どもばかり犠牲となってしまうのか。今回の事件の全容はまだわからないことが多いが、これを機にまた報復やむなしの空気が拵えられるのではないかと心配だ。また、これはパレスチナやイラク、その他どこでもいつも感じていたことではあるが、改めて報道の圧倒的不公平、つまりこれまでチェチェンでいくら同じように子どもたちが殺されていても、今回のようなニュースには決してならなかったということを思った。そして、いくら大きなニュースにはなっていなかったとはいえ、これまで自分がいかにチェチェン問題について知らなく、また知ろうとしていなかったか。やはりそのためだろうか、今回の事件について自ら語る言葉は全て己に空々しく響き返ってきて、やり場のない思いは羞恥心となって行き場もなくグルグルと巡り続け、ひとつひとつの時間にへばり付いてどうにも心からくつろぐことが出来ない。

振り返ればイラクに初めて行く前も同じような気持ちだったような気がする。結局自分が直接見たこともない世界を語っているとき、その言葉には責任がないということに気付いたのだ。そこで己の身体を通じて世界を知り、責任を持って自らの言葉で語りたいという想いが高じ、戦争前のイラクに飛び込んだのだった。

9月7日
夕方5時頃赤羽到着。台風のせいだろうか風が強い。たまっていた仕事に手をつけているうちに、またしても朝を迎えてしまった。

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September 02, 2004

真のイラク?

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★写真は29日の埼玉毛呂山の会場

早いものでもう9月。8月末の三日連続講演は何とかやり終えたが、三日目の世田谷では2回講演だったのでさすがに後半は少し声を枯らしてしまった。やはり一回目と二回目の間、油断して何も食べなかったのがいけなかったのかもしれない。どうにも伝えたいことがありすぎるのと、全身に滞留するバグダッドでの熱風を放出する必要があったので、話すだけでも相当お腹が減るものだ。各会場とも予定の時間を超えて話してしまったが、みなさん真剣に耳を傾けてくれてとてもありがたかった。

イラクに行って帰ってくるたびに、情報量、話すべきことが増えていって、どこを削るかでいつも悩む。戦前から戦中、そして現在に至るまでの流れを説明しないと見えてこないことも多く、最新の報告だけをするわけにはいかないからだ。そして行くたびに、どうしてもこれを伝えてくれというイラク人の声も増えていくからなおさらだ。彼らには他になかなか伝える手段がないからか、とにかく真のイラクの姿を世界に伝えてほしいという声をよく聞いた。

真のイラクの姿と言えば、今回バグダッドに滞在中アルジャジーラの支局が閉鎖されたとき、あれは仕方がないなどと言ってあまり反対する声がなかったのには驚いた。「アルジャジーラは中東の事実を伝える貴重なメディアではないか」とサラマッドに言うと、「しかしとても偏った事実だ。イラクの悪い印象ばかりを世界に与え続けている。おかげで外国人はみんな怖がって誰もイラクに来なくなってしまった」と、あまりいい印象ではないようだった。特に通訳など外国人と仕事をするイラク人にこういう意見が多かった。

他にもアルアラビーヤなど他の衛星放送も同様に偏っており、まともなのはアブダビTVくらいだとも聞いた。そういえば8月7日に行ったヒロシマ・ナガサキ忌の即興アートパフォーマンスの際も、いくつかの衛星放送のメディアにも呼びかけたのにも関わらず、来たのは国内メディアばかりだった。「連中の関心は戦闘や爆破や誘拐ばかりで、平和には特に関心がないんだよ。本当は、もっとイラクの今の普通の暮らしや、文化を伝えてほしいのに」

なるほど、アメリカからすればアルジャジーラはあまりにも反米すぎると嫌われているのだが、イラク人からは、あまりにもイラクが危険だというイメージばかりを拡げすぎるということで、あまり好かれていないのかもしれない。

日本でも特に大きな事件がないと今ではもうイラクのことをあまり取り上げなくなっているようだ。まあもともと何か事件があるからニュースになるわけであり、何でもない日常はあまりニュースにならないので、どうしても印象は偏ってしまうものかもしれない。しかし、「あれだけ過去日本企業がイラクに来ていたからこそ、イラク人の日本人に対する印象はとてもいいというのに、その反対にどうして日本人は文化面やイラクのいいところをもっと伝えてくれなかったのか」と言われたときには、全く虚をつかれる思いだった。

いつもそうであるが、今回の滞在では特にこうした声を聞くことが多かった。やはり実際に生活してみないとわからないことだらけではあるし、行くたびにますますわからなくなることも多いが、例え少しずつでも、同じ市民の立場で見て触れた彼らの微笑ましい日常や豊かな文化を伝えていきたいと思うし、今日のようなイラクの状況でも、活動を通してこのようなつながりが保てていることに、改めて感謝の気持ちでいっぱいだ。
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★写真は昨年10月ヒッラからの帰り道、道路脇でナツメヤシの民芸品を売る少年。
「TOKYO? テクノロジー! IRAQ?デーツ!(ナツメヤシ)」と自慢していた。


先日は友人の安田純平くんと日本酒を飲み交わしながらそんな話をしていた。日本に帰ってきて飲む日本酒の味は格別だ。ところで安田純平くん人気もついに日本酒のブランド化だって?そんなわけないか。でも気になるので今度注文してみようかなあ。

うまい酒を飲んで帰ると、その安田くんから沖縄からのメールが転送されてきた。米軍海上ヘリポート建設のための沖縄名護市辺野古沖でのボーリング地質調査が強行されそう だとのことだ。「おもいやり予算」によって、4月のイラク、ファルージャ大虐殺に参加したキャンプ・シュワブの米海兵隊のために、さらにわれわれの税金が一兆数千億円もつぎ込まれようとしている。日米安保、そして現在のわれわれの生活は、一体誰の犠牲の上に成り立っているのか。イラク、そして沖縄にも、共同の責任、そして現在の戦争責任を負うわれわれ一人ひとりが考えていかなければならない問題だ。

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