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July 31, 2004

イラク入国から新事務所到着まで(29日の日記から)

5時半起床。6時過ぎにはアンマンのホテルを出る。タクシーでMarka エアポートへ。軍用空港と言うだけあって、迷彩色の軍用機が並んでいる。チェックインは名簿の名前のところにサインするだけの簡単なもので、セキュリティーチェックも実に簡潔なものだった。

AirServはプロペラ機で、中央の通路を挟んで両側座席は各一列で確か16座席くらいだっただろうか、実に狭い。こんな小型機で飛ぶのは初めてなので、とても楽しみにしていた。プロペラが回転を始めると、バリバリバリという轟音と共に振動が走るが、じきに慣れてしまう。離陸もスムーズで、乗り心地は申し分ない。砂漠を見下ろしながらぐんぐん高度を上げていく。どこが一体国境だったのかまるでわからないままに、気が付くと2時間ほどでバグダッド上空。これまで5回ほどイラクに行っているが、いつもは約1000キロのバグダッド街道を半日かけてたどり着いているので、こんなに早く着いてしまうとどうも拍子抜けしてしまうなあと思っているうちに、バグダッド国際空港上空で突然景色が止まった。どうも空中停止したらしい。やがてゆるやかに機体が左に傾き、らせん状にきりもみ降下が始まった。全身で重力を感じていると、ぐんぐんと滑走路が目の前に近づいてきて、寸前に機体は平行を取り戻し、実に自然体で着陸。撃墜されるのを避けるためなのだろうが、パイロットの見事な腕前には舌を巻いた。

飛行機から降りると、一瞬サウナに入ったかのような錯覚を覚える。熱い。噂どおり、It’s hot(暑い)というよりIt’s heat(熱い)と言うのがふさわしい。バグダッド国際空港。初めて来たときは昨年の2月、バスラから空路でバグダッドに戻ったときだったが、当時はサダム国際空港という名前だった。税関では特に何も問われず、これまで陸路で入っていたときと同じようにパスポートにスタンプを押してもらうだけで通過できた。聞いていた通りまだビザは不要らしい。カフェテリアなども全て閉鎖されたままで、暗く閑散とした空港内には、出稼ぎだろうフィリピン人の姿が目立つ。破損して意味不明の数字や文字が入力されたまま機能していないフライトスケジュールを告げる掲示板の航空会社の欄に、煤けたJALのロゴマークを見つけた。再び直行便がバグダッドに乗り入れる日はいつだろうか。

サラマッドが空港まで迎えに来てくれた。途中道に迷ったらしく少し遅れたものの、相変わらず元気な様子に安心した。サラマッドの車はエアコンが壊れているので、窓を全開にして温風というか熱風をあびながら走る。市内までの道はずいぶんと空いていて、この道も危険といわれていたので少々緊張したが、話しをしているうちにあっという間に市の中心部へ。お昼頃と言えば以前は市内どこも大渋滞を起こしていたものだが、あまり混んでいない。暫定政権への主権移譲後、あちこちで行われていた道路封鎖がかなり減ったのが大きいようだ。街は相変わらずの賑わいを見せているが、さすがにこの暑さのせいか、心なしかいつもより人通りは少ないようにも感じた。

カラダ地区にあるPEACE ONバグダッド支部新オフィスに案内される。ここは3月にサラマッドの友人で南アフリカ人のハッジャ、スレイヤおばさんが借りていたアパートで、何度か遊びに来たことはあったので場所は知っていた。中に入るとあまりの変わりように驚いた。汚れていた壁は一面塗り替えられており、これまでのPEACE ONの活動の様子を撮った写真が綺麗に並べて飾られている。添えつけの古いソファーには新しいカバーがかけられ、部屋の隅々には観葉植物が置かれて何とも落ち着くレイアウトに仕上がっていた。奥の部屋には大きな机が用意され、その後ろの壁にはイラクと日本の国旗が飾られていて、中央にはイラクの地図、そしてその上にPEACE ON with Iraqi peopleというにくい演出できめている。シンプルながら、実に素敵なオフィスに仕上がっていた。5月末頃からこつこつと準備を始めたのだが、出来るだけお金をかけないようにと、家具などは友人から譲り受けたりして、新婦のアマラと二人でここまで準備したとのこと。改めて愛の力の大きさを知る。まだまだ用意しなければいけないものは多いが、これでいよいよ念願のバグダッド支部事務所開設である。ベッドルームもあるので、バグダッド滞在中はここで寝泊りできるし、この際ここをヘッドオフィスにしたいくらいだ。
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金曜の街と電気事情

食事とネットカフェに行こうとカラダ通りに出たが、金曜なので閉まっている店も多く閑散としている。この暑さでは日中外で働くのは拷問に近い。呼吸時には鼻の穴で熱風を感じてしまう。そのせいか、夜の方が街は賑わっているようだ。道行く人々の顔も昼間見るときより生気に溢れ、実際ご機嫌に声をかけてくれるので、ああやっぱり相変わらず明るいイラク人だなあと妙に安心した。昼間、イラク対中国でサッカーの試合があったせいか、
私を見かけてはスィニー?チャイナ?と声をかけてくる。ヤバニー(日本人)と答えると、アー、ヤバニー、ゼン、ゼン(良い)と笑顔で返してくれる人がほとんど。イラクが中国に負けたばかりというせいもあるかもしれないが、この界隈では以前と変わらず親日派が多いようだ。

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電気事情は相変わらずで、3 by 3、つまり大体3時間電気が来て3時間停電というサイクルだ。以前ホテルに泊まっていたときは停電になってもすぐ発電機が作動するのであまり気にしていなかったが、今回は自分で発電機をまわさなければならないので、夜、停電前には手元に懐中電灯を用意しておくとか、電気があるうちにシャワーを浴びようとか、事務所の発電機はあまりパワーがなく部屋の全ての電源を賄えないというのもあるのだが、停電のサイクルに神経を使う。停電時はまずエアコン、冷蔵庫など、消費電力の大きいものは発電機が壊れてしまうので電源を落としておいてから、ブレーカーを落とす。そして発電機を作動させ、電気が来たら逆の順番でスイッチを入れていくという一連の手順をおぼえた。睡眠中深夜の停電時は、わざわざ起きてせめて天井のファンをまわすために発電機を動かすか、少々蒸し暑くても3時間待つかの選択をせまられる。このようにホテル暮らしではなく実際に生活してみると、イラク人の生活上の様々な苦労が体験できる。

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July 30, 2004

イラク到着!

さて、もうご存知の方もいらっしゃると思いますが、
この度PEACE ONイラク現地直接支援活動ならびに
新バグダッド事務所開設準備のため、22日に日本を発っておりました。

前回5月のファルージャ支援の際は、
出発前外務省から実家に電話が入るなどがありましたので、
今回出発前の一般向けアナウンスは控えさせていただきました。

アンマンではJVCの原さんと購入する医薬品の調整等を行い、
イラク人アーティスト、ハジム・アルブスターニーさんと再会し、
また、日本人人質の救出に尽力されたイラク人のひとりで、
先日の中野での高遠さんたちのイベントにも出演され、
アンマンに戻ったばかりのイフサン・アリ・スレイマンさんにも
28日夜にお会いすることが出来ました。

直接お目にかかるのは初めてでしたが、
時々日本語を交えながら、言葉をひとつひとつはっきりと
丁寧に話す彼の口調はウィットに富み聞くものの心を捉えて離さず、
実に人間的魅力に溢れた人だなあという印象でした。
アンマンに着いたばかりだというのに翌日朝にはもうバグダッドに向け出発し、
近日中にはバクーバの支援に向かうとのことでした。

私も29日の早朝にアンマンの定宿をチェックアウト、
イラク入りは6回目になりますが、
今回は初めて空路でバグダッド入りを果たしました。
NGO関係者専用のプロペラ機でしたが、
着陸時のきりもみ降下には正直感動してしまいました。

baghdad_international_airport.JPG


さてバグダッドは噂どおり「暑い」を超えて「熱い」です。
アンマンでの爽やかな暑さがもう懐かしい・・・。
さらに熱い新婚ホヤホヤのイラク人スタッフ、
サラマッドの案内で新バグダッド事務所に到着しました。

さすがに5月から準備していただけあって、
事務所の内装は感動的なほど美しく仕上がっていました。
この際ここをヘッドオフィスにしたいくらいです。
しかも極力お金をかけないようにと、
新婦アマラと二人で手がけたといいますから、
愛の力の大きさを改めて感じました。

しかしそのアマラも結婚に関する書類等の手続きのため、
現在フランスに一時帰国しているので、
サラマッドの背中から「I miss you」を感じてしまいます。
★二人に関して詳しくは、PEACE ONのHP
から、以下のページを参照してください。
http://npopeaceon.org/popupwindows/etc/sarmad%2Bamara.html


なにはともあれ、
PEACE ON IRAQ PROJECT in Summer 2004 始まりました。
★これまでのレポートは
http://npopeaceon.org/popupwindows/yatch%20report/index.html

今回は、学校はどこも夏休み中であるのと、
まだ外国人に対する治安は決していい状態ではなく、
活動範囲をあまり広げることは出来ないので、
この新バグダッド事務所開設準備に集中したいと思います。

これまで事務所はサラマッドの自宅を兼用していましたが、
この度彼が結婚したということもあり、
また、お互い直接顔の見える支援並びに、イラクと日本、
永続的な交流関係を構築するにあたっての拠点として、
この比較的治安の良いカラダ地区で事務所を開設することにいたしました。
お近くにお寄りの際?には、ぜひ遊びにいらしてください。

他に活動内容は新学期に向けてのバスプロジェクトの準備、
抗がん剤等の医療支援、アートプロジェクトの打合せ等があります。

ファルージャに関しては、
散発的に米軍による攻撃が続いているせいもあり、
地元住民の外国人に対する警戒心は一層強く、
現在直接入るのは非常に危険な状態だと聞いております。
結果的に、私が5月に行ったときが、
(4月以降では)最も安定していた時期だったようです。
高遠さんをはじめ、各NGO、そしてスレイマンさんとも連絡を取り合って、
最も効果的で安全な支援のあり方を模索し、
慎重に進めていきたいと思います。

今回の活動報告は、Blogを使ってみようと思います。
なれないので、うまくいくか少々不安ですが、
時々覗いていただければ幸いです。

まだ着いたばかりなので何とも言えませんが、
暫定政権への主権移譲後、
少なくともバグダッド市内に関しましては、
いたる所でイラクポリスが警備に当たっていて、
治安はかなり改善されているようです。
長く続いた屈辱的な占領状態に疲れ果てて、
今は何よりも安全で安定した暮らしがほしいイラクの人々にとって、
この度の暫定政権は、結局アメリカの傀儡とわかっていても、
それでも以前よりはましだしだと、一定の評価はされていると聞きます。

外国人に対する治安は引き続き注意が必要なので、
サラマッドのアドバイスに従い、
安全管理には最大限の注意を払って活動していきます。

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