イラク入国から新事務所到着まで(29日の日記から)
5時半起床。6時過ぎにはアンマンのホテルを出る。タクシーでMarka エアポートへ。軍用空港と言うだけあって、迷彩色の軍用機が並んでいる。チェックインは名簿の名前のところにサインするだけの簡単なもので、セキュリティーチェックも実に簡潔なものだった。
AirServはプロペラ機で、中央の通路を挟んで両側座席は各一列で確か16座席くらいだっただろうか、実に狭い。こんな小型機で飛ぶのは初めてなので、とても楽しみにしていた。プロペラが回転を始めると、バリバリバリという轟音と共に振動が走るが、じきに慣れてしまう。離陸もスムーズで、乗り心地は申し分ない。砂漠を見下ろしながらぐんぐん高度を上げていく。どこが一体国境だったのかまるでわからないままに、気が付くと2時間ほどでバグダッド上空。これまで5回ほどイラクに行っているが、いつもは約1000キロのバグダッド街道を半日かけてたどり着いているので、こんなに早く着いてしまうとどうも拍子抜けしてしまうなあと思っているうちに、バグダッド国際空港上空で突然景色が止まった。どうも空中停止したらしい。やがてゆるやかに機体が左に傾き、らせん状にきりもみ降下が始まった。全身で重力を感じていると、ぐんぐんと滑走路が目の前に近づいてきて、寸前に機体は平行を取り戻し、実に自然体で着陸。撃墜されるのを避けるためなのだろうが、パイロットの見事な腕前には舌を巻いた。
飛行機から降りると、一瞬サウナに入ったかのような錯覚を覚える。熱い。噂どおり、It’s hot(暑い)というよりIt’s heat(熱い)と言うのがふさわしい。バグダッド国際空港。初めて来たときは昨年の2月、バスラから空路でバグダッドに戻ったときだったが、当時はサダム国際空港という名前だった。税関では特に何も問われず、これまで陸路で入っていたときと同じようにパスポートにスタンプを押してもらうだけで通過できた。聞いていた通りまだビザは不要らしい。カフェテリアなども全て閉鎖されたままで、暗く閑散とした空港内には、出稼ぎだろうフィリピン人の姿が目立つ。破損して意味不明の数字や文字が入力されたまま機能していないフライトスケジュールを告げる掲示板の航空会社の欄に、煤けたJALのロゴマークを見つけた。再び直行便がバグダッドに乗り入れる日はいつだろうか。
サラマッドが空港まで迎えに来てくれた。途中道に迷ったらしく少し遅れたものの、相変わらず元気な様子に安心した。サラマッドの車はエアコンが壊れているので、窓を全開にして温風というか熱風をあびながら走る。市内までの道はずいぶんと空いていて、この道も危険といわれていたので少々緊張したが、話しをしているうちにあっという間に市の中心部へ。お昼頃と言えば以前は市内どこも大渋滞を起こしていたものだが、あまり混んでいない。暫定政権への主権移譲後、あちこちで行われていた道路封鎖がかなり減ったのが大きいようだ。街は相変わらずの賑わいを見せているが、さすがにこの暑さのせいか、心なしかいつもより人通りは少ないようにも感じた。
カラダ地区にあるPEACE ONバグダッド支部新オフィスに案内される。ここは3月にサラマッドの友人で南アフリカ人のハッジャ、スレイヤおばさんが借りていたアパートで、何度か遊びに来たことはあったので場所は知っていた。中に入るとあまりの変わりように驚いた。汚れていた壁は一面塗り替えられており、これまでのPEACE ONの活動の様子を撮った写真が綺麗に並べて飾られている。添えつけの古いソファーには新しいカバーがかけられ、部屋の隅々には観葉植物が置かれて何とも落ち着くレイアウトに仕上がっていた。奥の部屋には大きな机が用意され、その後ろの壁にはイラクと日本の国旗が飾られていて、中央にはイラクの地図、そしてその上にPEACE ON with Iraqi peopleというにくい演出できめている。シンプルながら、実に素敵なオフィスに仕上がっていた。5月末頃からこつこつと準備を始めたのだが、出来るだけお金をかけないようにと、家具などは友人から譲り受けたりして、新婦のアマラと二人でここまで準備したとのこと。改めて愛の力の大きさを知る。まだまだ用意しなければいけないものは多いが、これでいよいよ念願のバグダッド支部事務所開設である。ベッドルームもあるので、バグダッド滞在中はここで寝泊りできるし、この際ここをヘッドオフィスにしたいくらいだ。


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